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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
五章 鏖殺人と仮面舞踏会
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八話

 ──異世界の歴史?俺なら知っている?


 突然の言葉に、緊張も相まってトモカズはパニックに陥る。

 だが、その混乱はすぐに、鏖殺人の言葉によって制止させられた。


「……魔法大戦が終わってすぐの頃、初代ティタンはある仕事にとりかかった……すなわち、佐藤トシオたちの財産の処分」


 唐突に始まった昔話に、トモカズは思考を停止させる。

 ふと気が付けば、いつの間にか会議場の人間すべてが耳をそばだてて鏖殺人の話を聞いていた。


「現在では禁忌技術などと呼ばれているが……異世界から持ち込まれた本、技術、資源。悪意を持つ者たちによって利用される前に、それらは処分される必要があった。そして、その過程の中で、初代ティタンは異世界の歴史について知った」

「異世界……『地球』の歴史」


 鏖殺人の言葉に反応するようにして、リュウが呟く。

 それが聞こえているのかいないのか、鏖殺人は反応を返さないまま、言葉を続けた。


「先ほど天司顧問もおっしゃられていたが、異世界転生者たちは元々、我々と同じ人間。当然、社会の在り方は異世界でもこちらの世界とそう変わりはしない。地球にも国家はあったし、それなりに長い歴史もあった。……そしてそれらの歴史は、常に戦争に彩られていた」


 何かを思い出したかのように、鏖殺人の声が低くなる。


「国家間の争い、個人の争い、信じるものの争い……異世界の歴史では、馬鹿の一つ覚えのように、常に戦争が起こっていた。一つ争いの種をなくしても、人はまた別の争いの種を見つける。……それを知った初代ティタンは、こう考えた」


 鏖殺人は言葉を切ると同時に、周りを見渡す。

 その次に発せられた言葉は、心なしかより強い語調になっていた。




「異世界転生者と私たちが同じ人間であるのなら、この世界が大戦の被害から復興したところで、私たちもまた、このような歴史を繰り返してしまうのではないだろうか、と」




 ──このような歴史を繰り返す……つまり、せっかく佐藤トシオを討っても、また人間は別の理由を見つけて戦争を起こし、滅びかけてしまう、ということか?


 トモカズは心の中で、鏖殺人の言葉を反芻した。

 同時に、心中では初代ティタンの思想に対して疑問が湧いてくる。


 実際のところ、魔法大戦の後、大きな戦争は起こっていない。

 そのことを歴史上の事実として知っているトモカズにとっては、初代ティタンの推測は酷く悲観的なものに思えた。

 その「地球」の歴史というものを知れば、この見方もまた変わるのだろうか。


 当然のことだが、トモカズの疑問は無視して、鏖殺人の話は続く。


「折しも、状況は最悪だった。異世界転生者たちが跋扈していたがために、拳銃や刀剣など、現代では製造、所有共に禁止されている、幾つかの武器が当時の世界には溢れていた。いずれ、人々が異世界転生者の助けなしにそれらを量産するのも、あり得ない話ではない。世界が戦争から復興しても、こういった武器が残っているのでは、邪心を抱く者が現れてもおかしくはない」


 大戦からかなり立って生まれたトモカズにとっては、聞いたこともない話である。大書院に保管されている本にも、見たことがない。


 もしかすると今、自分は歴史の暗部を知ろうとしているのかもしれない──。

 鏖殺人の演説に合わせて、体温が少しづつ上昇していくことが、はっきりと分かった。


「加えて、異世界転生者の存在を除外しても、この世界でも差別や争いは元来存在している。魔法大戦以前にあったという、ドラクル・タイガ大戦もそうだ。佐藤トシオというあまりにも強大な敵が存在していたがために、そういった火種は無視されてきたが、彼が討たれた今、もう一度その火種が復活する可能性はある」


 ドラクル・タイガ大戦。

 トモカズは、少し前に読んでいた拷問使に関する本を思い出す。


 あの本によれば、ドラクル帝国とタイガ王国の戦争に深く関与していた人物だったはずだ。

 そして確か、彼は、国内では汚れ仕事ばかりさせられていた。

 言い換えれば、差別を受けていた。


「元々佐藤トシオのせいで大打撃を受けていた、当時の世界。ここでまた争いが起これば、今度こそ人類は滅んでしまうかもしれない」


「滅亡までいかずとも、もはや国家という形すら維持できなくなり、野生動物のように群れて生きていくだけの存在になり果ててしまうかもしれない……。初代ティタンを始め、グリス王国の建国者たちは皆、このことを恐れていた」


「せっかく世界が復興しても、そのエネルギーが破壊に向かってしまっては意味が無い」


 建国者たちの懸念は、決して大げさなものではない。

 事実、魔法大戦後、国家の形が整うまで、一部の地域では人々は原始人のような生活をしていたと、トモカズは聞いている。

 あたり一面焼け野原だった当時の情景を思えば、不安を抱かざるを得なかったのだろう。


 だから、建国者たちは──。

 トモカズが連想したことを、鏖殺人がそのまま言葉にする。


「スケープゴートが必要だった。大多数の人々が敵として認識し、その力を振るうことに躊躇いがない存在が。そのスケープゴートを攻撃している間は、この世界における人間同士の争いを忘れ去ることが出来るような、都合のいい悪役が」


 普通なら、そんな存在はいない。

 だが、この世界に限っては存在する。図らずも、佐藤トシオのとばっちりを受ける形で。

 しかも、半分自然現象であるが故に、持続的にやってきてくれる─戦う相手には事欠かない─というおまけもつく。


「加えて、共通の敵を前にすれば人々が結束することは、既に証明されている。佐藤トシオを敵にしていた時は、人々は確かに一つになっていた。だからこそ、佐藤トシオを殺すことが出来たんだ。ならば、後はその状態を維持してやればいい」


 そこで鏖殺人は一度言葉を切る。

 それから、彼の心中を一息に吐き出した。


「故に、初代ティタンは転生者法を制定した。表向きは、世界の脅威を叩くために。真の意図は、人々が心の中に持つ攻撃性を異世界転生者に向け、それを利用することで安定した世界を作るために……」


 鏖殺人の演説に区切りがついて、会議場の雰囲気は一瞬、弛緩する。

 そのせいだろう。

 続いて発せられた鏖殺人の呟きを聞いたのは、トモカズやエリカなど、彼の近くにいた人間だけだった。


「……そして、この意図のもとに作り出された世界が安定しているという事実こそが、つまり『人が差別や戦争を好むこと』を前提として作り上げられたこの世界が上手くいっているという事実こそが、人が争いや弱者への加虐を好むことの証左になっている……」


 鏖殺人からすれば、何気ない呟きのようだったが、それを聞いたトモカズの脳には、何とも言えない衝撃が走った。

 同時にトモカズは、なぜ鏖殺人が「人は差別を好む」「異世界転生者の保護を国策にしたところで、上手くいくはずがない」と断言できたのか、分かった気がした。


 この百五十年間が。

 どうしても社会的な弱者にならざるをえない、異世界転生者の殺害を行い続けたこの世界が、順調に復興したという事実こそが。

 この世界の歴史こそが、彼の行動の根拠なのだ。


 だが、それでは、余りにも……。

 あまりにも、情けない話ではないだろうか?

 あるいは、余りにも……。


「……異世界転生者への憎悪が渦巻いていた百五十年前ならともかく、現代でも、人々はそんなことを好むのでしょうか。それでは、余りにも……愚かすぎる」


 一瞬、トモカズは自分が言ったのかと思った。

 だが、少し遅れてそれが隣の方から聞こえてきたと分かり、反射的にそちらに顔を向ける。


「……我が国が初期の段階から、異世界転生者の保護を基本方針としたように、彼らを都合のいい悪役と思わなかった人間は昔からいたはずです。現代なら、なおさら……」


 口を開いているのは、エリカだった。

 先ほどまでと違い、流暢にとはいかず、つっかえつっかえだが、反論を重ねていく。

 その姿は、自分の意見を述べているというより、そうでも言わなければやっていけない、とでも言うような雰囲気だった。


 鏖殺人は、その姿を見て──。


「突然ですが、天司顧問。一つ聞きたいことがあります。あなたがその立場に落ち着くとき、順風満帆に行きましたか?」


 出し抜けに、諭すような声色で問いかける。

 エリカはそれを聞いて、いかにも答えたくなさそうな表情を浮かべた。

 何と答えても、鏖殺人が自分の意図に沿うように解釈することを察したのだろう。


 だが、結局、声を出す。


「おおむね、望まれて職務につきました。ただ、反対する人も、いました」

「当ててあげましょうか。周囲の人間の殆どには大反対されたでしょう?いくら一般人扱いとはいえ、元王族がすることではない、と」

「……はい」


 根負けしたように、エリカは首を落とす。

 いくら殺害しないとは言え、アカーシャ国でも転生局の仕事はやや特殊なものとみなされる。鏖殺人のことを知っている人間なら、なおさら。

 トモカズが、元王族が顧問をやっていると聞いた時に驚いたのは、このことも含めて、だ。


 尤も、確か彼女の家は昔から転生局と関りが深かったはずだが────。

 それでも、わざわざしなくてもいいのでは、と言う声があったのだろう。


 そして同時に、この言葉はトモカズに対しても鋭い言葉だった。

 この会議が始まって以来、緊張し続け、鏖殺人や各国の局長を怖がっていた自分。

 早く終わってほしいと思っていた自分。


 なぜ、怖がっていたのか。

 もしそれが、転生局の職務についている者たちに対して、自分とは違う、特殊な人間たちだと思っていたからだとすれば。

 差別意識と呼べるものだったのだとすれば。

 トモカズもまた、職業差別をしてしまう人間だということだ。


「ただ一般人が就職するだけで、あの仕事はやめておけ、やるべきじゃない、なんて声が出るんです。それを知っているというのに、なぜ現代の人々が差別なんてしない、と言い切れるのです?」


 なまじ自分の体験を論拠にされているせいか、エリカは言い返すことなく唇を噛む。

 鏖殺人はその様子をちらりと見ると、突然会議の出席者から視線を外し、周囲の観覧席の方を向いた。


「もう一度言います。転生者法をなくしたところで、どうせ人々はまた新しい法律を作りますよ。自分たちとは違う、特殊な存在を排除するためにね」


 笑うように、鏖殺人が肩を揺らす。


「今度のネタは、肌の色ですか?それとも、住んでいる場所ですか?あるいは、病気の有無?人種?身分?職業?学歴?文化?国籍?性別?何でもいい。皆さん、どんなに馬鹿でも、自分と違う者たちを、少数派を見つけることに関してだけは超一流なんですから」


 嘲るような声色だった。

 あるいは、純粋に楽しんでいるようでもあった。


 観覧席からの、反応は無い。

 そして再び、会議室は深い沈黙に包まれた。


 ただ、この状況でも、トモカズは自身の心の中で、反論を組み立てていた。


 ──それでも、人がいくら愚かだとしても……転生者法を肯定する理屈にはならないんじゃないか……?


 自分のことを棚に上げているうえ、あまりに理想論に傾いていたために、口にこそ出さなかったが。

 だがこの時、確かに鏖殺人に対して感じた反感──あるいは、違和感──は、何時までも、トモカズの中でしこりのように残った。

 人が差別をすることを前提として作られ、あまつさえその行動を肯定する、転生者法という法への不快感と共に。

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