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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
五章 鏖殺人と仮面舞踏会
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七話

 群れた動物がやたらめったら騒いでいる時のように、会議場はしばらくの間、興奮した人々の声に埋め尽くされた。

 今まで異世界転生者の排除に関して頑なな態度を崩さず、国内外で恐れられてきた鏖殺人による、突然の宣言。


 異世界転生者の殺害は、「悪」であるという意思表明。

 長すぎる水掛け論に、いくらかだれていた記者たちを覚醒させるには十分な衝撃だった。


 観覧席に居る者だけではない。

 参加者もまた、この発言に対して困惑を示す。


 エリカは、いくらか当惑気味に表情を揺らして。

 トモカズは、口をぽかんと開けたまま固まる。

 可哀想なのはナイト連邦のメンバーたちで、図らずも鏖殺人と異なる意見を言ってしまった形になり、慌てながらこそこそと話し合っている様子が窺えた。


 その混乱の間も、鏖殺人に変化は見られなかった。

 むしろ、混乱を楽しむかのように、周囲の様子をゆっくりとした動きで見守る。

 それを見て参加者たちは、発言の真偽はともかく、今の状況は鏖殺人からすれば予定調和な展開になっているらしい、と察した。


 事実、次に鏖殺人が口を開いたのは、ざわめきが完全に収まってからだった。


「お二方が理由をおっしゃられた以上、私も理由を述べましょう。なぜ、異世界転生者殺害が『悪』であるのか……」


 いくらか芝居がかった、もったいぶった言い方で、鏖殺人は話を切り出す。

 その言葉に聴衆が弾きつけられるのを確認して、不意に鏖殺人はナイト連邦のメンバーたち──その中でも局長のリュウ個人を指さす。


「その前に、一つ聞きたい。刃野局長、よろしいですか?」

「は、はい?」

「あなたは異世界転生者の殺害を『正義』と言った。彼らは殺さなくてはならない存在だ、と。そこで聞きたい。もし、その考えに従って、異世界転生者が全て殺害されたなら。すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 突飛と言えば、突飛な質問。

 会議場にいる人間のほぼ全てが戸惑っていることが、トモカズには手に取るように感じられた。

 鏖殺人の意図が読めない。


 指名されたリュウとて、同じ気持ちだったのだろう。

 結局、おそるおそる、と言った様子で返答する。


「……もしそうなったら、この世界は、より良い場所になると思っています。もう、外部から混乱の源が来ることはない。だから、世界は平和になります」

「ふむ。まあ、そんなところでしょう。グリス王国も含めて、町の人々に同じ質問をして回っても、同じ答えが返ってくると思います」


 予定通り、とでも言いたげな様子で話を打ち切り、すぐに鏖殺人は向く方向を変える。

 その視線の先には、やはりと言うべきか、エリカの姿があった。


「続いて、天司顧問。あなたに聞きたい。あなたは異世界転生者の殺害を『悪』だと言った。そのうえで問いたいのですが、仮に、あなたの意見を聞き入れ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あるいは、そこまでいかずとも、全ての国家がアカーシャ国のやり方に従い、異世界転生者をそれなりの待遇で保護した場合。この世界はどうなると思いますか?」


 この言葉も、会議場で転生局員が口にするものとしては中々過激なものであり、間に挟まれたトモカズは目を白黒させる。

 だが、その質問が来ることをリュウに矛先が向いた時点で察していたのか、エリカは緊張した様子ながら、滑らかに答える。


「……恐らく、最初は世界は混乱するでしょう。今まで常識とされていたものが、突然否定されるのですから。ただ、現在アカーシャ国内で大きな問題が起こっていないことが示しているように、異世界転生者の問題は、制度さえきちんと定めておけば、殺害せずとも対処できる問題です。時間はかかるかもしれませんが、やがて世界はいい方向に変わっていくと、思います」


 いつか聞かれることを想定していたのか、突然の質問のわりにしっかりとした返答だった。

 そういう場面でもないのだが、傍で聞いていたトモカズは思わず感心する。

 どうやら、単純に「可哀想だから」という理由だけで転生者法や転生憲章に反対しているのではなく、自説の欠点と利点を認識したうえで、彼女なりの勝算があるらしい。


 こうして、予想しない形ではあったが、二つの転生局首魁の意見が明らかになった。

 自然に、会議場にいる人々の視線は鏖殺人に向く。

 それを察したのか、彼はふと笑うような声を漏らし、その次に、あっさりと意見を述べた。


「お二人の意見を聞きはしましたが────失礼ながら、認識が甘い。仮にお二人の意見に従って世界を変えたところで、その世界はすぐに行き詰るでしょう」


 何の感情も込めず、淡々と、二人の意見を切って捨てる。

 エリカが息を呑み、リュウが目を剥いたのが、トモカズの席からでも分かった。


「何故です?」


 いくらか感情を押し殺した様子で、エリカが声を発する。

 鏖殺人は、それを気にすることもなく、返答した。


「簡単です。お二人は、転生者法や異世界転生者の殺害という行動の意味を、『異世界からやってきた者たちによる混乱に対処するため』としか認識していない。だからこそ、頓珍漢な返答にもなる。佐藤トシオによる大戦が終わった頃、初代ティタンが構想した転生者法の本質は、そこではない」

「では、何だと言うんです?」


 次に問いかけたのは、リュウだった。動揺したまま、声を絞り出している。


「簡単なことです。これは、大げさに言えば人間の本質にまつわる問題を解消するための行動。すなわち────」







「人間という生き物が、()()()()()()()()()()()()()()()、転生者法は制定されたんですよ」







 先ほどまでの喧騒が嘘のように、会議場はシン、と静まり返った。

 それを気にせず、鏖殺人は話し続ける。


「このことを理解していれば、お二人の問題点はすぐにわかる。まず、天司顧問」


 青い仮面が、エリカに向けられた。


「断言してもいい。仮に、全ての国家で異世界転生者の保護を始めたところで、成功することはありませんよ」


「彼らの出現場所は予測不可能。そして、現れた場合、真っ先に通報するのは国の職員でもなんでもない一般の人間なんですから。『国がやらないのなら俺が代わりにやってやる』とでも言って、その場で殺されて終わりでしょう」


「転生局員以外の人間による、異世界転生者への私刑を厳罰化したグリス王国でも、その手の事件はなくなっていないんですから」


「実際、アカーシャ国でも、そんな事件は結構あるんじゃないですか?まさか、国民の全てが異世界転生者に対する差別意識を失ったわけではないでしょう?」


 思い当たる節があったのか、エリカが暗い表情を浮かべる。

 それに勢いを得たのか、鏖殺人の言葉は歯止めがきかなかった。


「人は、なんだかんだと言いながらも差別を好む生き物です。自分に矛先が回ってこない限り、誰も差別に反対などしない。そして、だれしも、一度手に入れた特権は手放したがらない」


「……我々の活動により、人々は『異世界転生者相手なら差別をしてもよし』と刷り込まれています。百五十年前から、ずっとね」


「今更変えることはできませんし、変えたところで意味はない。多少形を変えて、異世界転生者を差別していくための世界が出来るだけです」


 冷静に考えれば、それはあまりにも極端な意見だったが、これまで幾度となく異世界転生者を弾圧してきた人物の言葉であったがために、鏖殺人の演説には一定の説得力があった。

 何しろ彼自身、実際に異世界転生者を弾圧しながら、その行為を責められたことは無いのである。

 事実、彼の雰囲気に呑まれたかのように、聴衆からは異論は上がらない。


「次に、刃野局長」


 鏖殺人の仮面が、反対方向に向いた。


「仮に、異世界転生者が全ていなくなったところで、問題は解決しません。多くの人々からすれば、これは『魔法などという危険な力を使う混乱の元凶が消えた』と言うよりも、『いくらでも傷つけて良い対象がいなくなった』ことを意味します。結局、同じことですよ。大方、異世界転生者以外の、新しい差別する対象を見つけるだけでしょう。もしかするとその世界は、今よりももっと混乱した世界かもしれない」


 リュウは、黙ったままだった。


 それから、しばらくの沈黙があって。

 出し抜けに、声が響いた。


「……なぜ、そう言い切れるんです?異世界転生者がいなくなってからも、人は差別を止めないと……」


 一瞬、誰が口を開いたのか分からなかった。

 だが、視線が自分に集まっていることに気が付いて、トモカズは初めて状況を把握した。


 今質問したのは────自分だ。

 いつの間にか、口を開いていた。


「……珍しいですね、大書院の方が質問するとは」


 鏖殺人の仮面が自分に向き、トモカズは恐慌状態に陥る。

 質問を取り消さなくてはならないのだが、言葉が出てこない。

 どうしようか、どうしようか、と考えていると。


「まあ、せっかくの機会ですから、お答えしましょう。人々が差別を止めないという根拠を」


 意外にも好意的な受け取り方をしたのか、鏖殺人が反応を返した。


「それこそ、あなたなら知っていると思いますよ。……異世界の歴史が、それを証明しているということを」

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