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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
五章 鏖殺人と仮面舞踏会
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三話

 歴史書によれば、かつてアレルにはタイガ王国という国家が存在していたらしい。


 佐藤トシオの手によって滅んでしまったので、現在では碌な記録が残っていないのだが、それなりに繁栄した国家であったことは分かっている。

 少なくとも、アカーシャ国の建国者たちが、魔法大戦から生き延びたタイガ王国の王族を自分たちの旗頭として担ぎ上げる程度には、彼らには権威があった。

 タイガ王族の血脈はそれからも続き、現在君臨するアカーシャ国王は、当時担ぎ上げられた王の子孫に当たる。


 もっとも、アカーシャ国の王族は基本的に存在感が薄い。

 基本的に、「君臨すれど統治せず」を地で行く人々であるため、国内において実権などは持っていないのだ。

 それでも国民からの敬意はそれなりにあり、代々国の象徴として人気がある。


 しかし建国から時間が経つと、王族にも色々と問題が発生するようになった。

 単純に、血が繋がった人物が増えすぎたのだ。


 基本的に、王族の生活費は税金で賄われている。

 当然、王族の数が多ければ多いほど、その生活費は高くなる。

 そしてアカーシャ国では子沢山の王が多かったため、王族の生活費はやがてとんでもない額に膨れ上がってしまったのだ。


 仕方なく、国は血の繋がりが薄い王族から切り捨てていくことになる。

 現在の王の子どもなどはともかく、それよりも遠い縁戚は、もう王族ではない他人として扱うようになったのだ。

 こうして王族でなくなった彼らは、「天」という字を含む名字を与えられ、一般市民として生きていくことになったのだが……。




 ──元王族としてのコネがあるから、公務員になる人が多いとは聞いていたけど……まさかこんなところで会うなんて。いやまあ、アカーシャ国転生局の顧問がそうだってことは聞いてたけど、来ないって話だったし……。


 エリカが差し出した徽章を見た瞬間から、トモカズは興奮を隠しきれなかった。

 王族に子どもが生まれた時に与えられるという、白百合の徽章。

 王家を離れることになっても特に没収はされないため、思い出代わりに持っている人物は多いとの話だったが、エリカもまたその一人だったらしい。


「知っていると思うけれど、今は転生局の顧問として仕事をしているの。それで、早馬はここに置いて良い?」

「は、はい」


 トモカズの返した声は、自分でも嫌になるほど震えていた。

 既に王家からは離れているとは言え、基本的に遠目に見ることしかない存在に接するのは初体験であり、どう返答すれば良いのか分からなかったのだ。

 この辺り、中立を謳うマーズ大書院の一員でありながら、やはりトモカズはアカーシャ国民としての意識を忘れられなかったのだろう……目の前に高貴な身分の人間が現れると、つい緊張してしまう。


 混乱しているトモカズをよそに、エリカの動きは速かった。

 あっさりと馬を厩舎に繋いでから、馬の顔を一度、愛おしそうに撫でる。

 それから、すたすたと歩いて厩舎から離れていった。


 やっていることは高貴さとは程遠い雑務なのだが、彼女の生まれのせいか、行動のの一つ一つが不思議と流麗に見える。

 だから彼女が立ち去ってからも、トモカズはしばしその場に佇んでいた。

 周囲に匂う、厩舎には不釣り合いな香水の香りに浸って。




 ────かくして、三国の転生局代表は揃った。

 会議が始まったのは、これから一時間後のことである。




「それでは既定の参加人数に達したので、『転生憲章契約改定に関する国際会議』を開催したいと思います」


 広い会議場でもよく通る声で、鏖殺人が開会を告げる。

 会議の司会役は毎回変わるのだが、今年はグリス王国にその順番が回ってきていた。

 お面を身に着けたリュウも、仮面舞踏会めいた服装のエリカも、司会の言葉にしっかりと頷きを返す。


 ──これで、開会に対して不満はないっていう意思表示になるんだよな……頷きだけって言うのが、何だか原始的だけど。


 準備中に予習したことを振り返り、トモカズは転生局の代表たちの様子を観察する。

 そんなことをしていたからだろうか。

 少しの間、彼は司会である鏖殺人が自分を見つめ始めたことに気が付かなかった。


 しばらくしてから初めて強い視線を感じて、「ん?」と見返す。

 そこでようやく、鏖殺人の青い仮面が向けられていることを察した。


 いや、彼だけではない。

 リュウも、エリカも、いつの間にかその視線をトモカズに向けていた。


 ──え、何だこれ?


 見つめられている理由が分からず、一瞬トモカズはパニックを起こしかける。

 流石に可哀想になったのか、鏖殺人からフォローが飛んできた。


「……開会について不満でもあるのかな?マーズ大書院の責任者君?」


 明らかにからかいの響きを含んだその言葉に、トモカズはようやく自分を取り戻す。


 ──そうだ、最初に俺が、会場の使用許可を明言しないといけないんだった……!


 トモカズがここにいること自体、それを宣言するためである。

 どうでも良いことを考えていたせいで、本来の役割をすっかり忘れてしまっていた。

 慌ててトモカズは立ち上がり、必死に声を張り上げる。


「れ、例年通り、お集まりいただき、ありがとうございます。マーズ大書院館長代理として、以降六時間、この場所の使用を許可しま、す?」


 自分の言葉に自信がなかったためか、語尾が疑問形になってしまった。

 トモカズの言葉を聞いて、エリカは優雅に口元を手で覆う……笑いを隠したのだろう。

 鏖殺人とリュウは何も反応を返さなかったが、呆れているのは雰囲気でわかった。


 ──すいません、いや、本当にすいません……。


 心の中で盛大に詫びながら、トモカズは何とか着席する。

 顔から火が出そうだ。


「はい、結構。大書院の方も不満はなさそうです……では、各議題について話しましょうか」


 仕切り直しだと言いたげな鏖殺人の口調は、俯いたままのトモカズに止めを刺した。

 開始早々、迷惑をかけてしまった。

 あの鏖殺人に気を遣われている。


 ──まあ、これで俺がするべき仕事はもうないんだから、もう良いかな……。


 会議参加者たちがペラペラと資料をめくる音を聞きながら、トモカズはそんなことばかり考える。

 なんだか、一生分の恥をかいてしまった気分だ。


 そうして彼がウジウジしている内に、スムーズに会議は進んでいった。




「では、第七条について。『この世界を訪れた異世界転生者に対し、三国は情報の共有を目的として、これを努力する』……これについて、グリス王国転生局としては変更の必要は感じません。お二方は?」

「異議なし」

「異議なし」


 リュウは青年らしい明るい声で、エリカは歌手を思わせる深い声で。

 各々が鏖殺人の考えに同意を示す。

 それを見た鏖殺人は一つ頷き、手に持った紙を一つめくる。


「それでは、続いていきましょう。第七条の施行細則について……」


 ──転生憲章の会議って、こうやって進むんだな……予習しきれなかった部分だけど、思っていたよりも穏やかだ。


 何とか羞恥心の沼から復帰したトモカズは、新鮮な心境でその光景を見つめていた。

 やっていることと言えば、司会者が旧来の転生憲章の条文を読み上げ、変更すべきか否かを尋ねることのみ。

 目の前の会議の雰囲気は、平和そのものだった。


 斬り合いに発展しそうなくらい活発な議論が行われると聞いていたトモカズは、正直拍子抜けする。

 もっとも、鏖殺人が現在確認しているのは条文の最初の方────三国における基本方針の確認でしかないため、さして反対するほどの内容は存在しないのかもしれないが。


 ──それを踏まえても、緊張感は案外無いな。


 暇に任せて、トモカズは会議場の様子を観察する。

 会場前には結構な人が集まっていたと思うのだが、観覧席に立ち入る記者の数は意外にも少ない。

 加えてその少ない記者たちも、会議に大きな動きがないせいか、トモカズと同様に暇そうにしている……お陰で、のどかな雰囲気が作られているのだ。


 ──それに、一番は参加者の服装だろうな……。


 トモカズは視線を下げて、各国局長の姿を改めて観察する。

 やはり目を引くのは、エリカのドレスだろう。

 照明の下で仮面ごとキラキラと輝いていることを見ると、素材に宝石でも散らしているのかもしれない。


 それに引きずられて、次第にトモカズの目には、リュウや鏖殺人の格好も仮面舞踏会の衣装のように見えてきた。

 実際、剣や刀と言った物騒な得物を除けば、彼らの格好は仮装以外の無いものでもない。

 豪華なパーティーに参加した気分だな、と少し思った。

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