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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
五章 鏖殺人と仮面舞踏会
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一話

五章の語り手:マーズ大書院職員(司書) 糸井トモカズ

 古い木の扉を開けると同時に、糸井トモカズはすん、と部屋のにおいを嗅いだ。

 この図書館で働き始めて五年になる。

 だが、五年経った今でも、トモカズはこのにおいが──書庫の空気のにおいが好きだった。


 周囲一帯を埋め尽くす、この図書館の蔵書たちが作り出すにおい。

 虫やらカビやらが本に取りついた結果として生まれる、一種の腐臭であることを理解していても尚、何とも言えない親しみを感じる。

 同僚にも、あまり理解されていないのが残念だが。


「今日は、どれに、しようかなっと」


 狭い通路を器用にくぐりながら、トモカズはある種恍惚とした表情で書架に目を通す。

 そこに並ぶのは皆、市場ではどれほど探しても手に入ることはない蔵書たち。

 魔法大戦以前に書かれた本たちだ。



「ドラクル帝国の興亡」

「島間連盟血風記」

拷問使(ごうもんのつかい)の真実」

「自伝・ルーク大帝」



 どうやらこのエリアには、魔法大戦より五十年ほど前に書かれた本が多いようだ。

 要するに、二百年ほど前に書かれた本たちである。

 そのせいで、保存状態はかなり悪いが、読めないことはない。


 トモカズは、さんざん悩んだ末、結局前から気になっていた「拷問使の真実」を手に取る。

 そして、いそいそと部屋の隅に置かれてある机に向かった。

 出来るだけ、足音を立てないように。










 今、トモカズが勤めている場所────マーズ大書院がアカーシャ国の手によって建設されたのは、魔法大戦終結から二十五年後のこと。

 アカーシャ国の建国十周年を記念した時のことだ。


 魔法大戦で失われつつ資料を、国の区別なく保管し、未来に残す。

 そんなシンプルな目標を掲げ、「国境なき図書館」を謳ったマーズ大書院は、幼い頃から本が好きだったトモカズにとって、憧れの場所だった。


 魔法大戦以前の人々の暮らし。

 存在した国々。

 魔法の扱い。


 そんな、一般人の身では知りようもないことについて書かれた本が─それこそ、隣のグリス王国では取り締まられていそうな本が─図書館の名に恥じず、無料で読める。

 一応、閲覧目的やら何やらを書類として書かされるのだが、普通は閲覧申請が却下されることはない。

 本好きにとって、極めて魅力的な場所だった。


 発展教導院に通う頃になると、トモカズはもう、司書となってここで働こう、と決めていた。

 職員になれば、併設されている官舎で住むことが出来る。

 近くに住めば、それだけ、蔵書を読む機会が増える。


 単純な目論見だったが、結論から言えば、夢は叶うことになる。

 現に、トモカズは今、マーズ大書院の職員としての立場を利用し、休憩時間に蔵書を読むことが出来ているのだから。








 最初は、文法が古かったためにどうしてもとっつきにくかったが、三十分もした時にはトモカズは熱中していた。

 魔法大戦の前に存在していたという大国、ドラクル帝国。

 そしてその国の中で、汚れ仕事ばかりを行っていた一族、「拷問使」。


 彼らの滅亡について、ドラクル帝国の滅亡後、その国を接収したタイガ王国の人物が書いた本のようだ。

 書き方から推測するに、資料本というよりは歴史小説に近い。

 要するに、信憑性という点ではかなり低いのだが、意外とこういう本の中に真実が眠っていることも──。



「……仕事をさぼって外部持ち出し厳禁の書物を読みふけるとは、良い身分だな、おい」

「?……ぅわあ!」


 不意に、トモカズの背後から聞き慣れた声が響く。

 振り返ってみると、そこにはトモカズの上司である秋野課長の姿があり、トモカズは思わず蔵書から手を放して叫んだ。


「な、なんでここに……」

「休憩時間、もう終わっているんだが?」


 そう言いつつ、秋野は懐中時計をトモカズに向かって放り投げる。

 慌てて受け取ると、確かに、時計は午後の仕事を始める時刻から、十五分進んだ時間を示されていた。

 本を読みふけっているうちに、いつの間にかだいぶ時間が進んでいたらしい。


「すいません、すぐ仕事に……」

「あー、いい、いい。……お前の仕事は、今日から一週間だけ、少し変わるから」

「へ?」

「ま、座れ。元々、遅刻をとがめるというより、それを伝えに来たんだからな」


 万事において適当、との評判通り、どうでもよさそうな態度で秋野がトモカズの真向かいに座った。

 促されるままに、トモカズも椅子に座りなおす。




 トモカズの視線が自分に向くのを確認して、秋野は淡々と語り始めた。


「今度、うちが転生憲章契約改定に関する会議で、開催場になったことは知ってるよな?」

「ええ、もちろん」


 常識、と言っても構わない程基本的な話だったため、トモカズははっきりと頷く。


 全ての国家に関する書物を収集する、というスタンスから、マーズ大書院は立地こそアカーシャ国内にあるものの、どんな国家にも属さない、という中立の立場を掲げている。

 事実、その運営にはグリス王国やナイト連邦から派遣されている者も加わっており、政治的に特定の勢力を応援するような姿勢を取っていない。


 そして、マーズ大書院はその性質上、国家間の会議の開催場として、しばしば利用される。

 中立を掲げる図書館の中であれば、敵地ではないため、安心して国家間会議が進められる、という理屈のようだ。

 転生憲章に関する会議もまた、その例外ではない。



 転生憲章──正式には、異世界転生者排除に関する国家間基本指針合意及び普遍的活動提携関連憲章。

 グリス王国の二代目ティタンが音頭を取って締結した、グリス王国、アカーシャ国、ナイト連邦の三か国における、異世界転生者に対する排除活動の国際協力について記した国家間条約である。


 内容は、他国に逃げた異世界転生者捜索のための情報提供や、有事の際に三か国が団結して異世界転生者と抗争する、という約束事など、多岐にわたる。

 三年ごとに、その内容を各国の合意の元に更新しており、今年が丁度その年だったはずだが──。


「実はな……あの会議に、お前も出てほしい」

「……は?」


 夜中に突然頭をぶん殴って来るかのような、衝撃的な言葉が飛んできて、トモカズは間抜けな声を漏らす。

 内容を理解してからしばらくの間、「冗談だ」という言葉を期待したのだが、何時まで経ってもその言葉は発されなかった。


「……秋野課長、転生憲章の会議って言うのは、三国の転生局局長が一堂に会する、超重要会議だってことは、知ってますよね?」

「ああ」

「当然、基本的に、出席するのは各国の転生局職員だけですよね?」

「ああ」

「一応、会場を貸している立場にあるから、マーズ大書院の人間も参加しますけど、重要な会議だから、普通は偉い人が行きますよね?」

「ああ」

「……何故俺に?」

「消去法だ」


 トモカズの混乱を無視して、秋野はさらりと告げる。

 あまりと言えばあまりの対応に、何も言えなくなり、トモカズはただただ、口をあんぐりと開けた。


「まあ、聞けよ。館長が最近、体調が悪いのは知ってるだろ?お前も、食堂で薬をバリボリ食ってる姿を一度くらい見たことがあるはずだ」

「ええ、まあ」

「この前、いよいよ医者から危険信号を伝えられたらしくてな。昨日から検査入院だ。会議には出られん」

「じゃあ、副館長は?」

「グリス王国国立図書館に出張中。伝書カラスを飛ばしたが、間に合う見込みは薄い」

「統合司書長!」

「嫁さんが産気づいたから、実家に行っちまった。ずっと不妊に悩んでたことを知ってるから、止めにくくてなあ」

「雑務部の部長は……」

「この前、書庫の整理中に本が雪崩を起こして、顔面傷だらけだ。さすがに、そんな顔の奴を国際会議には出せんだろ」

「じゃあ、雑務の課長……」

「それは俺だが、正直言って忙しい。そこで、代役を探していたところ、うまい具合に見つけたんだよ。仕事をさぼって本を読めるくらい、暇な奴を、な」


 遠回しに皮肉を言われ、トモカズはウグッと喉を鳴らす。

 そこを言われると弱い。


「そういうわけで、会議の参加頼むよ。なあに、所詮、大書院の人間なんてお飾りだ。黙って座ってりゃ終わるよ」

「いや、そもそもそこに座りたくないんですけど……。あの会議、アカーシャ国の転生局局長が、鏖殺人といつも大喧嘩するらしいじゃないですか……」


 引け目があるので強くは言えないが、それでもトモカズはぼそぼそと反論する。


「異世界転生者の殺害に拘る鏖殺人と、彼らの保護や隔離を行うアカーシャ国は慢性的に仲が悪いからな……。まあ、仮に斬り合いにでもなって、それに巻き込まれたら、葬式くらいはしてやるよ」


 仕事を押し付ける側の気安さか、秋野の言葉は軽い。

 それだけ言うと、彼は席を立ってしまった。

 呆然としたままの、トモカズを残して。

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