十二話
「必要悪か……」
意表を突かれた様子で、鏖殺人がユキの回答を復唱する。
力が抜けたかのように、彼は一度組んでいた腕を解いた。
何か返してくるかと思ったのだが、鏖殺人はそのまま口を開かない。
その様子を見かねたのか、白縫の方が質問をしてきた。
「どうしてそういった結論に辿り着いたのか、聞かせてもらえるか、な?」
穏やかな口調を装っていたが、白縫の顔は完全に笑うのを我慢している人間のそれだった。
鏖殺人はともかく、白縫には面白がられているらしい。
依然として沈黙している鏖殺人が気になりはしたが、ユキはここぞとばかりに自分の意見を言い募った。
「……先程まで申し上げたように、転生者法は問題だらけの法律です。その法律に従って行動しているのですから、転生局とその基本方針も、問題を多数抱えています」
「現代では、異世界転生者は最早殆どの力を失っています。多少は魔法を使えると言っても、碌に訓練できるような場所もなく、危険性はない異世界転生者が多い」
「そもそも百五十年前ですら、佐藤トシオと言う例外を除けば、大体の異世界転生者は大した能力を持っていなかったのではないでしょうか」
「異世界転生者がやってくること自体は、この世界における自然現象。つまり佐藤トシオがやってくる以前から、異世界転生者はこの世界に何人もやってきていたはず……それにも関わらず、佐藤トシオが台頭するまで、この世界には現代における転生局に該当する組織は存在しなかった」
「要するに佐藤トシオが来る前までは、異世界転生者を殺さずとも何とかやれていたのでしょう。何人やってきても、彼らのせいで世界が滅びるようなことは滅多に無かった、ということです」
「そう考えれば、佐藤トシオに対する見方も変わってきます。現代では、佐藤トシオがまるで異世界転生者の代表のように扱われていますが、寧ろ彼はイレギュラーだったのかもしれません」
「台風や地震の中には、他のそれを凌ぐ程の記録的な災害をもたらす物が何十年に一回か現れますが……佐藤トシオもそうだったのでしょう。記録的に大きな<門>を潜ったために、偶発的に生ける世界の危機になってしまった」
「世界が滅びかけたのは確かに悲劇でした。しかしそんな特異例にばかり怯えて、昔の人々が過剰に反応してしまった結果作り上げられたのが、今の世界の在り方なのでしょう」
「お二人は当然ご存じでしょうが、隣国のアカーシャ国では、異世界転生者は隔離のみで済ませています。それでも国内の治安は比較的良好であり、大きな問題も起きていないと聞きます」
「これは、アカーシャ国では異世界転生者の数が少ないからというのも大きいですが……同時に、その程度の対応でも異世界転生者に対応できることの証明でもあります」
「ナイト連邦で活動する転生者結社、『人の翼』も、最近では異世界転生者の構成員の数は少なく、下手すると普通の人間の構成員の方が多いそうです。異世界転生者の境遇に同情して手を貸しているナイト連邦の市民の力を借りて、何とか組織を存続させている。つまり異世界転生者は、アレル在住の普通の人間の手を借りなければ、反抗すら出来ない状況にあるのです」
「それ程までに危険性がない存在を過剰に追い詰め、殺害し、余波で免罪符所有者のような何ら落ち度のない市民への誤解を広めて傷つける……これらを総括してしまえば、転生局の存在や異世界転生者への殺害行為は、『悪』と呼ぶことが出来ます」
多くの人間が聞くだけで顔を青くするような、過激な持論を唱えているつもりだった。
しかし予想に反して、鏖殺人や白縫は表情を変えなかった。
ユキとしては、これは好都合だ。
この演説を止められたくはない。
決して鏖殺人を妄信しているわけではなく、問題点も正確に把握しているのだとアピールする……そのくらい優秀な存在に成長出来たのだと訴える機会は、ここしかないのだから。
「……以上のように、転生局には多数の問題があります。しかし同時に、転生局はこの世界を何度も救ってきた存在でもあります。佐藤トシオの殺害だけではありません。戦後の人々の荒んだ心を、異世界転生者の排除という一つの方向に向けさせて王国の復興を早めた……この功績は、決して無視できないでしょう。それにもう一つ、大きな功績があります」
「へえ、もう一つの功績と、は?」
「はい。私自身の経験から気づいたことですが……」
話しながら、ユキは自分の過去を思い出していた。
ユキを異世界転生者の娘だと知って、石を投げてきた住民たち。
当時、ユキは彼らを見て「そこまで異世界転生者が憎いのか」と思っていた。
しかし今思うと、その理解は間違っていたように思う。
異世界転生者が魔法大戦を起こし、世界を滅ぼしかけたのは百五十年も前の話だ。
いくら南部の住人がそのことを忘れていないにしても、現代の若者は異世界転生者の被害を受けた経験には乏しいはず。
それなのに、どうして彼らはあれほどまでの熱量でユキを迫害したのか?
自分を傷つけたこともない異世界転生者のことを、何故そんなにも憎めたのか?
その答えはきっと単純だ────ただただ、「何か生活が上手く行かないな、ちょっと八つ当たりでもするか」と考えたからだろう。
彼らは別に、アレルと地球の関係だとか、転生者法の問題だとかを真剣に考えた末に、ああいった行為をしていた訳ではない。
不作による生活の苦しさや、自分の感じた鬱憤を晴らすために、ユキを傷つけ続けたのだろう。
そうだとすれば、百五十年経っても迫害が収まらないことに説明がつく。
あの地域におけるユキは、人の感情の掃きだめだった。
ゴミをゴミ箱に捨てるように、彼らは悪意やイライラをユキに捨てたのだろう。
しかし────。
「苦しい時、辛い時、悲しい時……様々な場面で、人は掃きだめを求めます。戦後の不安定な世界で、その掃きだめを作ったこそこそ、転生者法の功績でしょう」
その言葉に、ようやく鏖殺人は反応した。
「異世界転生者は……この世界の不満を受け止める掃きだめとして必要だと?異世界転生者を攻撃し続けることが、グリス王国民の精神安定に繋がる。だからこそ、有用だと言うのか?」
「はい」
迷うことなく、ユキは即答した。
「転生者法の問題点と同様に、転生者法の利点もまた、歴史が証明しています。グリス王国が他の国より早く立ち直ったことも、治安が明らかに良好なのも、異世界転生者という敵を作り出したからこそでしょう。異世界転生者は、世界共通の敵として必要だったんです。戦後の生活で沢山の不便があっても、国に対して不満を漏らしたくなっても……異世界転生者を攻撃することで、国民は安定した。だからこそ、今の国家があるのではないでしょうか」
白縫が、少しつまらなそうな表情になった。
彼にとっては、気が進まない話だったのだろうか。
だが構わない。
誰にどう思われようと、これはユキが何年もかけて熟成させた信念なのだから。
「ですから、その異世界転生者を排除する転生局もまた、例え『悪』であったとしても必要な存在です。転生局があるからこそ、ナイト連邦から流れてきた反政府組織も国内ではおとなしくしています。転生局の功績があるために、各国との外交でも我が国は優位に立てます。異世界転生者を殺害し続けるという姿勢が、確かに恩恵をもたらしているのです……だからこそ、転生局は『必要悪』なのです」
言い終えたと同時に、体中から汗が噴き出てきた。
無意識に力が入りすぎていたらしい。
気を取り直して前を見ると、対照的な二人の反応が見て取れた。
白縫は明らかに興味をなくしたのか、ユキを見ることすらなく、天井を見上げていた。
面接官を続ける気力もないらしい。
一方で鏖殺人は再び腕を組み、何かを考えている様子だった。
仮面の上からでも、顔をしかめているのが分かる。
そのまま、永遠にも感じるほどの長い沈黙が続いて。
ポツリと、鏖殺人は最後の一言を発した。
「最後に聞きたい。君は、自分でも『悪』と自覚している異世界転生者殺害を……入職後、躊躇いなくできるかな?」
「できます!」
殆ど叫ぶような音量。
仕方がないだろう。
ユキとしては、ここだけは疑われたくなかったのだ。
「貴方が殺せと言うのであれば、誰であっても……」
殺すことが出来ます、と続けようとした瞬間。
言葉を封じるようにして、鏖殺人が口を開く。
「もういい……分かった。ようこそ、転生局へ」
これで面接は終わり、ユキは少し待てと言われて別室へ向かった。
だからここから後の会話を、ユキは知らない。
ユキが立ち去ってから、鏖殺人と白縫が交わした会話など……知る由も無かった。
「途中までは面白かったですけど……結局は、転生局礼賛でした、ね」
露骨に呆れたような口調で、白縫がぼやく。
「ああ、ここ二、三年で知識だけは身につけたらしい」
かなり疲れた様子で、鏖殺人はイスに深く座り直した。
「それで、どうしま、す?」
「……流石に、採用するしかないな。他の場所に置くには、危険すぎる」
最後の言葉には、鏖殺人らしからぬ強い感情の発露が含まれていた。
それに気づいた白縫は、驚いて隣に顔を向ける。
彼の視線に気が付いているのかいないのか、鏖殺人は言葉を続けた。
「かつて自分は不幸だった、それを俺に助けられた、だから俺は正しいんだ……引き取った頃から、考え方が全く変わっていない。転生者法の問題点を正しく認識しているのに、結論はいつも『転生局万歳!』だ」
今度の言葉は、苛立ちのような感情を表に出していた。
転生局に勤め始めて以来の珍事に、白縫は更に目を見開く。
「異世界転生者の存在が、国民の不満を一方向に限定するための掃きだめ。それを排除するのは、必要悪……かつては自分がその掃きだめの立場にあり、その苦しさを誰よりも知っているはずなのに、どうしてああ言い切れるんだろうか」
そうまとめてから、最後に鏖殺人は愚痴を吐いた。
「馬鹿な子だ。今も、昔も……そしてきっと、これからも」




