十一話
「君は、転生者法について、どのように考えているのかな?忌憚の無い意見を聞きたい」
最初に鏖殺人から投げかけられた問いは、静かな口調だったが、それを凌駕する鋭さがあった。
長らく同じ時間を過ごしたユキですら、一瞬怯んでしまう。
故に、決して声が震えないように注意しながら、ユキは答えを発した。
「不完全な法律、だと考えます」
鏖殺人が首を揺らし、その傍らに佇む白縫は少し目を広げた。
ある程度はこの二人の意表をつけたようで、密かにユキは安堵する。
ユキの事情を知っている二人は、恐らく、ここでユキが転生者法や転生局について全肯定するような返答をすると思っていたのだろう。
だが、これは研修生が初日に経験する面接──ユキとしては、多少、過激なことを言ってでも、彼らにユキは仕事を任せられる存在なのだ、とアピールしたい。
それこそが、鏖殺人が去ってからも、ユキが努力を続けたことについての証明になる。
それに。
ユキが敬愛するのはあくまで鏖殺人であり────転生者法については、思うところがないわけでも、ない。
ここに入る前から推敲しておいた理論を頭の中で一度諳んじて、ユキはもう一度口を開く。
「転生者法は、異世界転生者を排除するという意志だけが先に走りすぎていて、法律としてはあまり練られていないものだと、私は考えます。グリス王国建国当初の混乱を考慮しても、足りない部分が多すぎます」
「具体的には、どのあたりが不完全なのか、な?」
続いての疑問は、白縫がしてきた。この状況を楽しみ始めたのか、ユキを見る目が完全に笑っている。
一瞬、ユキの中に生理的な嫌悪感が湧いてきたが、質問としては想定の範囲内だ。
迷うことなく、言葉を連ねる。
「主条文ではあくまで基本方針と実行者を指示するだけに終わり、残りの実行にあたっての規約は、施行細則でしか記していない点です。その施行細則も、ティタンの粛清劇に代表されるように、問題が起こってから後付けで加えたような例が多く、施行当初から少なくない混乱を起こしています」
尤も、そういった曖昧な条文だからこそ、ある程度は時代の変化に合わせて柔軟に解釈することが可能であり、転生局職員に自由な行動を許しているという利点もあるのだが、ユキは意図的に無視した。
この場では、必要の無い視点だ。
「この施行細則の多さが、一般市民に対する転生者法の理解を遅らせ、それゆえに転生者法のことを無視したような行動に出る市民を生んでいることも、大きな瑕疵でしょう。新しい施行細則ほど、人々の間で定着しておらず、特に情報から取り残されることの多い南部では把握されていません」
ここは自分自身で経験したことであるため、無意識に語調が強くなった。ただ、間違ったことは言っていないつもりだ。
比較的王都に近いアグラ市でさえ、「異世界転生者の排除は転生局の手でしか許されていない」という基本的な理解すらしていない人物がちらほらいた。その無理解が、ユキへの迫害をより強くさせたのだ。
尤も、転生局に見つかったら捕まると理解していながら、憂さ晴らしにユキを迫害する者も大勢いたが……。
「これらの要因が重なり合った結果、転生局は、俗に免罪符と呼ばれる証明書の発行、またその持ち主の保護など、本来行うべき異世界転生者の捜索からかけ離れた仕事を行う必要が出てしまっています。これは、市民の間で転生者法の基本理念が理解されていれば、発生しなかったはずの職務です」
ここまで口に出した時点で、ユキは一度口をつぐんだ。
一瞬、躊躇ったのだ。これから言おうすることは、本当に口に出していいものかと。
だが、結局、ユキの唇は動いた。
「要するに、転生者法自体に瑕疵があるために、転生局はその対応に追われ、本来行うべき、異世界転生者の排除という基本職務が疎かになる危険性を持っているのです。これこそ、本末転倒です。……このような法律は、法律として欠陥品だと、私は考えます」
気が付けば、鏖殺人は腕を組み、ユキのことを真正面から見つめていた。
その視線に、ある種の空恐ろしさを感じつつも、ユキは喋り続ける。
「欠陥は他にもあります。例えば、異世界転生者を排除、とは書いていますが、殺害なのか、隔離なのかが書いてありません。他にも、移動型、再誕型とは書いていますが、これではこれ以外の形で異世界転生者がやってくるような事態になった時、対応できません」
言い終えた瞬間、鏖殺人から矢のように反論が飛んできた。
「大戦直後は、大陸全土で異世界転生者に対する憎悪が渦巻いていた。それゆえに、例え欠点だらけの法律でも、とりあえずは制定しておかなければ、市民の気が晴れなかった……もし君の意見に対してそう言い返したら、どう答える?」
口調は鋭かったが、内容は少し的を外れていた。ユキの対応力を試すために、あえてそうしたのか。
すぐに反論を組み立て、言葉を返す。
「多くの人間が異世界転生者の排除を望んでいるからこそ、より揺るぎない、誰もが納得できる法律が必要なのです。異世界転生者に対しては何をしてもいいんだと誤解する市民、異世界転生者を殺すべきではないのではと考える市民、異世界転生者だと疑われ、風評被害に苦しむ市民……。これらは全て、転生者法の欠陥と、それに対する対応が場当たり的であったがために生じたのですから」
「……結構。よく分かった」
これ以上はいい、と言外に臭わせながら、鏖殺人が質問を打ち切る。
一瞬、言いすぎたか、とユキは不安になる。
だが、その不安はすぐに崩れた。鏖殺人は、転生者法を遵守しているが、別に転生者法を批判されることを許さないような、狭量な人物ではない。
おそらく、ここで聞いてくるのは────。
「君が言うように、転生者法は決して完璧な法律ではない。では、そのことを踏まえたうえで、君は転生局についてどう思う?いや、それ以前に、異世界転生者を殺害するという行為自体を、どう思っている?」
よどみなく言葉を重ねた鏖殺人に、白縫が驚いているのが視界に映った。
実際に父親を殺されているユキに対して、ここまで直接的に聞いたことが驚きだったようだ。
だが、対照的にユキの心境は落ち着いていた、何度も想定し、一人で予行演習までした問いかけだ。
言うべきことは、先ほどまでの問い以上に決まり切っている。
「必要悪、だと私は考えます」
鏖殺人の動きが、少し、止まった。




