十話
一度、鏖殺人を「神」と認識してからは早かった。
鏖殺人に引き取られてから、随分と時間が経ったある日……若くして一等職員となったユキは、いよいよ転生局で研修されることになった。
研修に挑む一等職員の多くは、配属初日にその部署の人間から面接を受ける
ユキと鏖殺人もまた、旧知の仲とは言え例外ではなかった。
鏖殺人が行った面接の内容を、ユキは今でも昨日のことのように思い出せる。
「……失礼します」
車椅子から身を乗り出して、ユキは器用に局長室の扉を開ける。
相手が開けるのを待つこともできるのだが、「神」にそんな雑事をさせたくはない。
器用になった自分の動きを見せるためにも、ユキは自ら車椅子を動かして室内に入った。
いい加減古くなっていたせいか、ユキが車輪を回す度に車椅子はきゅらきゅらと音を立てる
ユキとしては慣れた音なので、気にせずに回し続けた。
鏖殺人が嫌がるのであればすぐにでも買い替えるが、今のところそう言われてはいないのだから、これくらいは良いだろう。
「いらっしゃい」
「どう、も」
最初に返事をしたのは、重厚感のある椅子に腰を掛けた鏖殺人。
続けて軽く挨拶をしたのは、副局長の白縫だった。
二人とも、出勤初日ということでユキのことを待っていたらしい。
──この人たちに会うのも、久しぶりだな……。
彼ら二人を見て、ユキは思わず懐かしい感覚に囚われる。
実を言えば、この時点でのユキは二人と殆ど会えていなかった。
特に白縫などは、足の治療が「地球の医療技術を使っても、これ以上は良くならない」という状態になってからは全く会わなかったので、久々の再会だったのである。
そして鏖殺人もまた、ユキにとっては懐かしい相手だった。
この面接の約一年前、彼とユキの同居は解消されていたからである。
元々、多忙さからあまり家に寄り付かない人だったが────ユキが大体の日常生活を自分の手で行えるようになると、鏖殺人はユキに一人暮らしをするように告げて、家を出てしまったのだ。
「俺は、君と永遠に一緒に生きてやれるわけじゃない。酷なようだが、君もいつかは一人で社会に出なくてはならなくなる。足のハンデや、免罪符のハンデを抱えてもだ」
「君が人間であることの証明のために引き取るとは言ったが、周囲の様子からするとその証明は既に十分出来たようだ。もう大丈夫だろう」
「そしてこれまでの生活を見てきた限りでは、君にはもう一人で生きられるだけの力がある。なら、一人で生きるべきだ……通いの介護士は送ろう。だがそれ以外の場面では、俺はもう君とは会わない。その必要を感じない」
ユキを引き取った時と同じく、その提案は唐突だった。
鏖殺人はずっと、淡々とそんな理屈を説いていたと思う。
しかし当然の帰結として、ユキは動揺した。
鏖殺人との生活の中でユキが涙を流したのは、あの時が最初で最後だ。
気が触れたかのように暴れ、わめき、何度も鏖殺人に縋りついて────それでも、鏖殺人が態度を変えることはなかった。
……実を言えば、それまでの生活の中で薄々分かってはいたのだ。
鏖殺人が、あくまで仕事としてユキを引き取ったのだということは。
彼を「神」と呼ぶほどにまで慕っているのはユキの方だけで、鏖殺人はユキに対して、人間的な興味を抱いていないようだった。
基本的に、鏖殺人には私欲という概念が無い。
彼が話す言葉は、全て本心であり────本心であるが故に、口に出された言葉はそれ以上の意味を持たない。
別にユキを他者よりも優先して可愛がったとか、その人間性に惹かれて引き取ったとか、そんなことは一切ないのだ。
だからこそ、ユキが一人でやっていけるようになったのであれば、鏖殺人の仕事は終わる。
仕事が終わった以上は、もう関わらない。
それだけの話だった。
彼が出て行ったことを、ユキは悲しいとは思わない。
苦しいとも思わない。
自分が崇めた人物はそういう考え方をしていた、と言うだけの話だ。
そもそもユキは、「神」に見返りなど求めない。
こちらが勝手に崇めているだけなのだから、当然だろう。
だから重要となったのは寧ろ、この状況でも、自分が鏖殺人を追いかけるための方法であり────そう考えたからこそ、幼い頃からの夢を叶えて、こうして一等職員になったのだった。
──でも、今は懐かしがっている場合じゃないかな、面接面接……。
そこまで思い出してから、ユキは長い回想を打ち切り、面接官となる鏖殺人を改めて見据える。
彼の様子は、ユキの知っているそれと全く変わりが無かった。
顔を隠す青い仮面を身に着けたまま、彼は腕を組んで椅子に座っている。
──何を考えているのかな……。
今は上司となった鏖殺人を見ながら、ユキの頭には愚かな疑問が浮かんでくる。
当然、解答はすぐに思いついた。
──異世界転生者のことだよね、やっぱり……仕事熱心だから。
彼は多分、そのこと以外については思考しない。
だが、それでいい。
相手がユキに全く興味を抱いてなくても、その傍らに行くことさえ出来れば。
「それでは……出勤初日ということで、多少は知識を確かめさせてもらおう。局長と副局長で、簡単にだが面接をさせてもらう」
急に鏖殺人が口を開き、部屋の空気はそこで一気に引き締まった。
もっとも、鏖殺人の声に聞き惚れていたユキは別だったが。




