八話
「宮野くーん、大丈夫か、い?…………おー、い?」
「え……ひゃっ!」
そこで急に声をかけられて、現代のユキは長い回想から目を覚ました。
バッと横を見ると、白縫副局長が書類片手にユキの隣まで来ている。
すぐさま自分を取り戻したユキは、慌てて彼の方に向き直った。
「すいません、ボーっとしてて……」
「いや、いいんだけど、ね。別に僕としても、緊急の用事があった訳じゃな、い。いつものように、禁忌技術の閲覧希望書には判がいるというだけ、で」
大して気にしていない様子で、白縫はヒラヒラと手に持った書類を振る。
一方でその様子を見たユキに顔をしかめ、更に口も尖らせた。
「また、禁忌技術に触れるんですか?今週で三度目ですよ?」
「せっかくの役得だから、ね。これくらいは許して、よ」
一々語尾を区切る特徴的な話し方をしたまま、白縫がいつもの頼み事をする。
彼の懇願を見たユキは一つため息をついて、机上の判子を手に取った。
白縫が手にしているのは、禁忌技術の中でも特に危険な物……拳銃や爆薬のような、異世界由来の武器が保管されている場所への立ち入り許可証である。
転生局での研修に置いて、「禁忌技術について研究したくて」と発言して鏖殺人を驚愕させただけあり、白縫はしばしばこれを求めてくる。
本来ならこの場所は立ち入り禁止──副局長である彼すら、自分一人の判断では入れない──なのだが、鏖殺人か秘書官の判子さえあれば、立ち入りが可能となる制度なのだ。
しかし制度上許されているとは言っても、ユキは白縫がその場所に立ち入ることを好ましく思っていない。
寧ろ、嫌がっていると言っていい。
だって────。
「前々から言っていますけど、頻繁にああいう場所に通いつめていると、また根も葉も無い噂が立ちます。転生局が禁忌技術を商売に使っているだとか、禁忌技術でクーデターを企んでるだとか、既に色々言われているんですから……程々にしてくださいね?」
「分かってる、よ~」
恐らく分かっていないんだろうな、と即座に察せられるほどの軽薄さで白縫は手を振る。
彼の様子を見て、ユキはもう一度ため息をついた。
白縫には、転生局で働き始める前から色々と世話になっているのだが、どうにもユキはこの人物が苦手だった。
「……ところで、足の調子はどうだ、い?最近は僕も診ていないけ、ど」
そこで急に、白縫はユキの足のことを尋ねてくる。
少し前までは自分が関わっていたことだから、気になったのだろう。
「相変わらずです。五年前から、良くなることも悪くなることもありません」
ユキにとっては分かりきった答えであったため、希望書に判を押しながら淡々と返答する。
「そうか……治してあげられなくて、すまなかった、ね」
「いいえ。白縫副局長に無理なら、もうどうしようもないのでしょう……あの時にはお世話になりました」
「大してお役にはたてなかったけど、ね」
白縫は殆ど場の空気に注意を払うことがない性質の人間だが、ここでは流石に気まずそうな顔になった。
雰囲気が暗くなったのを察知して、ユキは慌てて言葉を付け足す。
「あの、皮肉とかではありませんからね?本当に、感謝しているんです。この足を動かすために、禁忌技術である地球の医療道具まで使っていただいて……お陰で、諦めがついたような所もありますから」
「転生者法施行細則第十七条、か……」
ユキの返答を聞いて、白縫は思い出したように根拠法を口にした。
『転生者法施行細則集
第十七条 転生局局長は主条文の目的に反しない限り、異世界由来の技術(以下、禁忌技術と呼称)を独占的に使用することができる』
ユキの足が、アレルの医療技術ではどう足掻いても回復しないと分かった時、鏖殺人が持ち出してきた根拠法だ。
この法律を使って、鏖殺人は地球から流れついた医療道具や薬品をユキに使うことにした。
禁忌技術に詳しい、白縫と共に。
結局は治らなかったけど、あの時は嬉しかったな────ユキは、当時の心境を自然と振り返る。
判子を貰って去っていく白縫を見送りつつ、彼女の意識は再び過去の回想に戻るのだった。
ユキは鏖殺人に保護された後、すぐさま王都の病院へと入院することになった。
足が動かないことだけでなく、栄養失調や火傷など、体に様々な問題を抱えていたからだ。
しばらくの間、ユキは王都の病院のベッドで寝続けることとなった。
そんな毎日だったものだから、ユキは最後に住んでいたあの村がどうなったのか、把握していない。
あの日、大量に逮捕された住民の行く末もそうだ。
一応あの一件は、王都で「新しい転生局局長が着任早々、転生者法の理解に乏しい現地住民を粛清した」と、結構な話題にはなったらしい。
しかし当時のユキにとって問題だったのは、かつてのご近所さんの動向ではなく、どれほど治療されても治らない足の方だった。
王都の病院でどれだけ治療を受けても、ユキの両足は全く動こうとはしなかったのである。
感覚の方は多少は回復したのだけれど、運動機能についてはさっぱりだった。
見舞いに来た鏖殺人を相手に、担当医がそのことを説明した時の様子はよく覚えている。
それは、ユキは偶然ベッド上で昼寝をしていた日のことだった。
当人が寝ていると思ったからか、担当医と鏖殺人はベッドの隣でその会話をしていたのだけれど────途中で起きてしまったユキは、二人の会話を聞くことができたのだ。
「腰の辺りに、神経に大きな損傷が見られます……下半身の感覚異常も含め、全てはそこに起因すると思われます」
「この子が言うには、保護される前の日に背中を強く叩かれたらしい。そのせいでが脊髄が損傷したということか?」
「恐らくはそうでしょう。元々栄養状態が悪く、骨も脆かったようです。それまでに受けた傷も含めて、損傷が蓄積していったのかもしれません」
「そうなると、現代アレルの医療ではここが限界か?」
「はい……失われた下半身の五感の方は、入院以降少しずつ良くなっているようです。ですから、そちらは治る見込みがあります。ただ、運動機能の方は……」
「……くるまいす、ですか?」
「そうなることでしょう……って、え?」
思わず口を挟んだユキに驚いたのか、医師と鏖殺人は同時に振り向いた。
その反応を見て、ユキは自分の判断が間違っていないことを悟ったと思う。
幼い頃から、自分一人で解決しなければならない問題が多すぎたせいだろうか。
入院中のユキは、医師や看護師たちを驚かせる程に大人びた思考をすることがあった。
だからこの時も、他の入院患者が使っている車椅子と自分の現状を組み合わせて、何となく病状を察していたのだ。
勿論、そんなことは医師たちには分からない。
会話を聞かれたことに混乱したのか、医師は慌てていた。
しかしその隣で……鏖殺人は、落ち着いた様子で返事をしてくれた。
「リハビリの結果待ちの部分もある。まだ確定はしていない」
その勢いで、もう一つ。
ユキの目を見据えて、こう続けた。
「仮に君の足が治らなかったとしても、俺が君の車椅子を押すだけだ。急に放り出すようなことはしない……約束する」
鏖殺人からすれば、子ども相手にとりあえず口にした励ましだったのかもしれない。
だがこの一言が、当時のユキをどれだけ幸福にしたのか。
全く分かっていないんだろうな、とユキは思っている。




