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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
四章 鏖殺人と「人間」の少女
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七話

 寝そべったまま顔をあげると、そこには何故か鏖殺人の顔がある。

 極めて奇怪な状況に、ユキは涙を流すのも忘れて一時停止した。


「……お母さんは?」


 最初に、鏖殺人はそう聞いてきた。

 静かな口調だった。

 母親相手だと敬語だったはずだが、ユキが子どもだからか敬語は外れている。


 何にせよ、質問の答えは分かり切っていた。

 未だに状況は理解できていなかったが、ユキは反射的に答える。


「出ていった」

「そうか……その足は?」

「動かない」

「いつからだ?」

「昨日……何しに来たの?」


 純粋に不思議に思って、逆に質問をしてみる。

 この家に、何をしに来たのか。

 そもそも、どうしてこの村にいるのか……訳が分からない。


「……君の様子を見に来たと言えば、笑うか?」


 続けての返答には、何故か自嘲的な感じを受ける言葉だった。

 笑われることを待っているかのような言葉。

 まだ碌に鏖殺人のことを知らないと言うのに、「似合わないな」と感じたことを覚えている。


 ユキは一応、母親から鏖殺人がどのような存在なのかは聞いていた。

 異世界転生者を殺すためだけに行動していて、父親を殺した存在。

 人を人だとも思わない悪魔だと、そのように聞いていたのだ。


 しかし今の鏖殺人は、どうも聞いていた話とは雰囲気が違うように思える。

 だから次に、ユキはこう尋ねた。


「殺さないの?」


 聞いた瞬間、仮面越しに鏖殺人が表情を変えたことが分かった。

 その雰囲気のまま、鏖殺人は淡々と説明をし始める。

 まずは、自分がここに来た理由を。


「俺の仕事は、異世界転生者を全て殺すこと。そして、人間を誰一人として殺さないことだ。だから転生局では、免罪符を持つ人間の様子を散発的に確認しに行くことがある」

「それで……来たの?」

「ああ。困っているのであれば、何かしら援助をしなくてはならないからな。もっとも、俺は異世界の概念で言うところの神ではない。手の届かない人物まで全て保護することはできないから、やれる分だけやっている形だがな」

「ふうん……」

「そしてつい先日、君の迫害についての証言があり、転生局に通報があったんだ。免罪符所持者が悪評に悩まされるのはよくあることだが、その域を超えているとな。だから、こうして君を保護しに来た」


 文字では表現しにくいのだが、噛んで含めるような言い方をしていた。

 まだ八歳の少女に過ぎなかったユキに、何とか理解してもらおうとするような言い方。

 それを聞くのは、酷く新鮮な気分だった。


 これまでユキは、大人のこのような話し方を耳にしたことが無かった。

 よく覚えていない父親にしろ、少し前に出ていった母親にしろ、自分に対してこのような話し方はしていない。

 出てくる言葉は、命令と愚痴ばかりだった。


 一応の家族ですらそうなのだから、他人には望むべくもなかった。

 ユキの人生で、ユキに対して優しく接してくれた存在は、この時の鏖殺人が初めてだったのだ。

 その彼こそが、ユキの父親の仇でもあり、この状況を強いさせた遠因であることは大きな皮肉だったけれど。


 ただし当時のユキは、まだ優しさというものに慣れていなかった。

 悪意よりもずっと、よく分からない概念だった。

 だから鏖殺人の言葉を聞いている時も、心の一部では「この人はいつから殴ったり叩いたりするのだろう?」と考えていて────故に、質問を重ねた。


「……私、異世界転生者の子どもなのに」

「関係がない。異世界転生者の子どもは全て殺せなどとは、転生者法には書いていない」

「免罪符があっても、誰もやめなかったのに」

「それは、ここの人間の考え方が間違っているからだ。本来、あってはならない」

「お父さんもお母さんも、いなくなったのに」

「申し訳ないが、父親の死に関しては謝ることはできない。これが俺の仕事だからな。母親の判断についても、俺が口を挟むことではない。ただ……君に関しては、俺の落ち度を含んでいる。君の母親の言葉を信じて、免罪符からの文章の削除を怠ったのは、俺の誤りだった。やったのは事務員だが、俺も忙しさにかまけて細かなチェックをしなかった。多分大丈夫だろう、と思い込んでいた」


 鏖殺人の言葉は明瞭だった。

 一切の迷いがなく、ポンポンと返答をしてくる。

 そして最後の質問に答えてから、ゆっくりと頭を下げた。


「……今まで、すまなかった」


 何故だろうか。

 その言葉を聞いた時、ユキの瞳からはもう一度涙が溢れてきた。

 どれだけ泣いても、枯れ果てるということのない涙が。


 きっとそれは、ユキが初めて、その存在を認められたように感じたからだろう。

 鏖殺人が父親を殺したとかいう過去の出来事は、もう頭からは吹き飛んでいた。

 彼は自分に対して真摯に向き合ってくれる、最初の大人だったから。


 そしてここで泣いたからこそ、次にかけられた言葉は確かにユキの心を射抜いた。




「転生局の局長として、或いは最近よく呼ばれる、鏖殺人とか言う名前にかけて保証しよう。()()()()()。このような扱いは、間違っている」




 そう告げた次の瞬間には、彼はもう手を伸ばしていて。

 異臭も気にせずに、ユキのことを抱えていた。

 そしてユキを抱っこしたまま、彼はずんずんと外に向かっていく。


 この日が、ユキがその村に住む最後の日となった。




「わぁ……」


 家の外に出た瞬間、ユキは思わず声を漏らす。

 声をあげずにはいられない程に、外の状況は一変していた。

 パッと見るだけでも、大きな変化が幾つも起きているのである。


 まず目の前の路地は、大量の警士で溢れ帰っていた。

 よく見る地方警士ではなく、より豪華な制服を着ている中央警士たちで埋め尽くされているのである。

 どうやら鏖殺人が彼らを連れてきたらしい、ということはぼんやり分かった。


 そして村の外に続く大きな道には、大量の馬車が用意されている。

 全体的にボロボロで安っぽい、乗っているだけで病気になりそうな不潔な馬車。

 後で聞いた話によれば、グリス王国で囚人の護送に使う最下級の馬車らしい。


 最後に、最大の変化として……。

 近隣住民のほぼ全てが、軒並み手を縄で縛られ、その馬車に詰め込まれようとしていた。


 パンだと言い張って石を売ってきたパン屋も、通りがかるたびに泥を投げつけてきた農家も。

 子どもたちと一緒になって殴ってきた教師も、ユキの訴えに耳を貸さなかった地方警士も。

 全員が中央警士に拘束され、雑に馬車に詰め込まれていく。


 終いには、鏖殺人に抱き上げられたユキの目の前で────昨日、ユキの足を動けないようにした老人が連行されようとしていた。

 杖を取り上げられ、中央警士によって後ろ手に縛り上げられているその姿は、完全に罪人のそれである。


 劇的な状況の変化に、思わずユキは息を飲む。

 それと同時に、縛り上げられた老人は鏖殺人とユキを見つけたのか、いきなり大声でわめきだした。


「わ、わしらは、異世界転生者じゃない!て……転生局は、異世界転生者を捕まえるのが仕事だろうが!こ、こ、殺すべきなのは、そこの娘だ!」


 恐怖で声が裏返ってこそいたが、ユキの耳にもはっきりとそれは聞こえた。

 昨日の今日と言うこともあり、どうしてもユキの身は強張る。

 しかし間髪いれずに聞こえてきた鏖殺人の言葉が、その硬直を解いてくれた。


「生憎だが、俺は異世界転生者を殺しにきたんじゃない。この地域に異世界転生者はいないからな」

「いや、そこの娘は異世界転生者の子どもで……!」

「知っている。だが、この子はただの人間だ。だから俺は今日……お前たちに法を執行するためにここに居る」


 簡素な口調ではあったが、反論を許さないような重みがあった。

 雰囲気に圧されたのか、老人がひゅっと音をたてて黙る。


「未成年者に対する集団暴行、転生局の問い合わせに対する偽証、そして今日ここに来た際の、転生局及び中央警士局への執拗な職務執行妨害。これらは全て犯罪行為だ。お前たちを捕まえない理由はどこにもないな……」


 連れていけ、という鏖殺人の命令を聞いて、中央警士がその老人を馬車へと放り投げる。

 同時に、鏖殺人はまるでこちらを安心させるかのように、ユキの頭を軽く撫でた。




 ユキは、この世に生まれついたその日、転生者法によって全てを失った。

 しかしこの日、ユキは転生者法によって全てを手に入れた。

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― 新着の感想 ―
免罪符に当初のような一文を入れれば、その文言ゆえにその後の家族が受ける苦痛は簡単に想像出来るにもかかわらず、何の手も打たなかった。 それどころか、「人間は殺さない」と口にする割に、遺された家族の気持ち…
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