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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
四章 鏖殺人と「人間」の少女
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八話

「宮野君、大丈夫か、い?……おー、い?」


 ふと声をかけられて、現代のユキは長い回想から目を覚ました。

 気がつけば、白縫副局長が書類片手に傍に来ている。

 はっと、自分を取り戻し、ユキは彼の方に向き直った。


「すいません、ボーっとしてて……」

「いや、いいんだけど、ね。禁忌技術の閲覧希望書には、どうしても判がいるか、ら」


 言葉通りに、大して気にしていない様子で、白縫はヒラヒラと書類を振る。

 一方、その書類を見たユキは反射的に顔をしかめ、さらに口を尖らせた。


「またですか?今週で三度目ですよ?」

「せっかくの役得だから、ね。そこはなんと、か」


 一々語尾を区切るような、特徴的な話し方で白縫がいつもの頼み事をする。

 ユキはひとつため息をして、机上の判子を手に取った。


 白縫が頼んできているのは、禁忌技術の中でも、特に危険だと鏖殺人が判断したもの────拳銃や爆薬のような、大きな被害をもたらしかねない、異世界由来の武器が保管されている場所への立ち入り許可である。

 転生局での研修の際に、「禁忌技術について研究したくて」と答えて鏖殺人を驚愕させただけあって、白縫はしばしばこれを求めてくる。

 一般人はまずは入れない場所だが、転生局の職員なら、鏖殺人か秘書官の判子一つで、閲覧が可能になるからだ。


 だが、ユキはあまり白縫がその場所に立ち入ることを好ましく思っていない。

 むしろ、嫌がっていると言っていい。

 その理由は──。


「前々からいっていますけど、あまりあそこに通いつめていると、また根も葉も無い噂が立って──転生局が禁忌技術を商売に使っているだとか、禁忌技術でクーデターを企んでるだとか言われて、ティタンさんの印象が悪くなります。……ほどほどにしてくださいね?」

「わかってる、よ~」


 恐らくわかっていないんだろうな、と察せられるほどの軽薄さで、白縫で手をヒラヒラと振る。

 その様子を見て、ユキはもう一度ため息をついた。

 転生局への入局以来、いや、それ以前から色々と世話になっている人だが、どうにもユキはこの人物が苦手だ。


「……ところで、足の調子はどうだ、い?」


 手を振りながら、今思い付いた、というような様子で、白縫が尋ねてくる。

 禁忌技術と聞いて、思い出したようだ。


「相変わらずです。五年前から、良くなることも悪くなることもありません」


 ユキにとってはわかりきった答えであったため、希望書に判を押しながら淡々と告げる。


「そうか……すまなかった、ね」

「いいえ……あの時にはお世話になりました」

「あまりお役にはたてなかったけど、ね」


 あまり場の空気、というものを気にしない性質の白縫だが、さすがに気まずくなったのか、言葉少なになる。

 雰囲気が暗くなったのを察知して、ユキは慌てて言葉を付け足した。


「いえ、本当に感謝してます。異世界の医療技術まで使わせていただいて……。お陰で、諦めがついたような所もありますから」

「転生者法施行細則第十七条、か……」


 ユキの返答を聞いて、白縫は懐かしそうに言葉を発した。




『転生者法施行細則集

 第十七条 転生局局長は、主条文の目的に反しない限り、異世界由来の技術(以下、禁忌技術と呼称)を独占的に使用することができる』




 ユキの足が、どう治療しても回復の見込みはないとわかった時、鏖殺人が持ち出してきた根拠法だ。


 ──嬉しかったなあ……。


 人前だとわかっているのに、思わず当時の心境を思い出して、ユキの頬が緩む。

 鏖殺人が自分の状態について、真剣に考えてくれたこと。

 その事が、当時からどうしようもなく嬉しかった。


 閲覧希望書を手に去っていく白縫を見送りつつ、ユキの意識はここに引き取られた直後にまで巻き戻った。








 ユキが鏖殺人に保護された時、鏖殺人が彼女に対してまず最初に行ったことは、当然と言えば当然だが、王都の病院へ入院させることだった。

 当時のユキは、足が動かないだけでなく、栄養失調や火傷など、体に様々な問題を抱えていた。

 その治療をしなければ、ユキの今後の処遇を、決めるにも決められない状態だったのだ。


 それ故に、ユキはかつて住んでいたアグラ市のあの地域が、その後どうなったのか、よく知らない。

 あの日に、大量に逮捕された住民の行く末もだ。


 ユキが入院している間に、裁判だのなんだの、難しい問題にはけりがついたらしい、と後から鏖殺人に聞いた。

 退院して初めて、あの一件が「新しい転生局局長が、赴任早々大粛清をやった」と、結構な話題になったことを知ったくらいだ。


 むしろ、当時のユキにとって問題だったのは、どれほど治療されても治らない足の方だった。

 その問題について、保護者代わりについてきた鏖殺人と、担当医が話していた時の様子は、よく覚えている。


 その時、ユキはたまたまベッド上で昼寝をしていた。

 だが、途中で起きてしまい、二人の会話を聞くことができたのだ。



「腰の辺りで、神経に大きな損傷が見られます……下半身の感覚異常も含め、全てはそこに起因すると思われます」

「この子が言うには、保護される前の日に背中を強く叩かれたらしい。そのせいで中枢神経が壊れていると?」

「恐らくは。元々栄養状態が悪く、骨も少々脆いようです。それまでに受けた傷も含めて、損傷が蓄積していったのかもしれません」

「では、現代の医療では、ここが限界か?」

「いえ、失われた下半身の五感の方は、ご本人の話によれば、入院以降少しずつ良くなっているようです。ですから、薬物療法も含めれば、そちらは治る見込みがあります。ただ、運動機能の方は……」

「……くるまいす、ですか?」

「そうなることでしょう……って、」


 突然話に入ってきた、ベッド上のユキに驚いたのか、医師と鏖殺人が同時に振り向く。

 その反応を見て、ユキは自分の判断がそう間違ったものでは無いことを悟る。


 幼い頃から、自分一人で解決しなければならない問題が多すぎたせいか、入院中のユキは、医師や看護師たちを驚かせるほど、大人びた思考をすることがあった。

 この時も、他の入院患者が使っている車椅子と、その患者と同じ病棟に居る自分の現状から、なんとなく病状を察していたのだ。


 会話を聞かれたことに混乱したのか、あわあわしている医師を尻目に、鏖殺人が落ち着いた様子で返事を返す。


「リハビリの結果待ちの部分もある。まだわからないさ」


 その勢いで、もう一つ。

 ユキを目を見据えて、こう続けた。


「仮に、君の足が治らなかったとしても、俺が君の車椅子を押すだけだ。放り出しはしないよ、約束する」


 鏖殺人からすれば、これはただ、仕事の上で口にした励ましだったのかもしれない。

 だが、この一言が、どれだけユキを幸福にしたのか。

 多分だが、鏖殺人はわかっていないと、ユキは思う。

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