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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
四章 鏖殺人と「人間」の少女
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四話

 記録に従えば、ユキは鏖殺人に引き取られるまでに二回、彼に対面している。


 一回目は、ユキの父親が鏖殺人に殺されてすぐの頃だ。

 ユキの父親は──何故かは分からないが──自分が転生局に処分されることを事前に察知していたらしい。

 それ故に、妻と娘を自分が殺される前に逃がした。


 しかし、彼の予測は甘すぎた。

 父親が殺されたから一ヶ月もしないうちに、ユキとその母親は鏖殺人に捕まることになる。

 異世界転生者である夫の逃亡を手引きしたとして、転生局に身柄を拘束されたのだ。


 そもそもこの段階では、転生局としても母親の宮野リンやユキのことを異世界転生者だとばかり思っていたらしい。

 まさか、異世界転生者と結婚する人間がいるとは思わず、夫婦で異世界転生したものだとばかり思っていたのだ。

 だから拘束した後の取り調べで、宮野リンがアカーシャ国生まれの現地人であると判明した際は結構驚かれたようだ。


 異世界転生者とアレルの現地人が結婚して、子どもまで残したという事例。

 前例がないこの事件に対して、鏖殺人の判断は迅速だった。

 宮野リンと宮野ユキに、免罪符を発行したのだ。




「宮野リンはアカーシャ国出身の現地人であり、ただの人間である。異世界転生者でない以上、我々が彼女を殺す理由は無い。異世界転生者と結婚してその逃亡を手伝ったことは転生者法施行細則に違反しているが、出身地がアカーシャ国であることを鑑みて、アカーシャ国転生局と協議して対応を決める」


「宮野ユキについても、異世界転生者の娘であるという特異な特徴を持っているが、妊娠・出産をこの世界でやった以上は異世界転生者ではない。アレル生まれの、普通の人間だ。再誕型異世界転生者の特徴も持っておらず、ただの子どもであることは間違いない」


「異世界転生者とこの世界出身の人間との区別は、『その魂や肉体が地球出身であり、<門>を潜っているかどうか』で決められるものであり、血筋では決まらない。異世界転生者の娘であったとしても、その魂と肉体がアレルで形作られている以上、異世界転生者にはあたらない」


「しかし誤解を呼びやすい境遇であることは事実であり、免罪符の発行によってその権利を守ることとする」




 鏖殺人の判断は、以上のようなものとなった。

 アカーシャ国との協議に決着がつかなかったこともあり、最終的には宮野リンとユキは二人して殆ど無罪放免となる。

 免罪符を二枚抱えて、普通の生活に戻るように言い渡されたのだ……長らく逃亡生活を送っていた割に、腰砕けな結末だった。


 何はともあれ、この時点で一度、鏖殺人はユキと対面したのだ。

 ユキの方は幼かったため、全く覚えていないが。


 一方で……鏖殺人と二回目に出会った日のことは、はっきりと覚えている。

 あれは、異常な程に暑い夏の最中だった。

 免罪符を受け取り、グリス王国南部で母と二人暮らしをしていた時期のことである。






 ────当時のユキが家に帰ってまずやることと言えば、衣服の洗濯だった。

 理由は単純で、周囲からイジメられていたために、いつも濡れ鼠のようになって帰宅していたからである。

 その日もきっと、誰かからイジメで水をかけられ、とぼとぼと帰宅していたはずだ。


 最初の頃は、母が洗濯をしてくれていた。

 しかし何度も同じように濡れて帰る度に、彼女の方も鬱陶しくなってきたのか、次第に洗ってはくれなくなった。

 だからこそ、ユキがやる羽目になっていたのである。


 洗濯だけではない。

 料理も、掃除も、買い物も。

 次第に、母親はしてくれなくなっていた。


 だからその日も、自分で教導院の制服を干していたのだ。

 するとその最中、唐突に玄関に人がいることに気が付いた。


 気が付いた瞬間、ユキは目を見張ったはずだ。

 何せその人物は、余りにも特異な格好をしていたから。


 青い仮面、黒いマスク。

 専用の制服、武骨な刀。

 後に毎日見ることになる彼の格好だが、初見のユキにとっては、幻覚を疑うほど奇妙な風景だった。


 だからこそ、なのだろうか。

 その時のユキは、思わず洗濯を中断した。

 走って彼の元に駆け寄り、こんな質問をしたと思う。


「……暑くないの?」


 最初にかけた言葉はそれだった。

 結構、気になっていたのだ。


「……全然」


 鏖殺人の方は、今も昔も変わらない。

 どうでも良さそうな、しかし生真面目な対応をした。



 


 

 当時住んでいた家が、何回目の引っ越しの末に手に入れた家なのかは覚えていない。

 ただ、少なくとも五回以上は引っ越していたと思う。

 父親が生きていた頃はともかく、彼が死んで転生局に追われなくなってからも、ユキとその母親は各地を流浪する暮らしを続けてた。


 免罪符を持つ者は、国から引っ越しなどを行うための補助金が出る。

 つまり、普通の人よりも気軽に引っ越しすることが可能だ。

 しかしそれにしても、ユキたちのこれは頻回だった。


 それだけ引っ越しをした理由は────ユキや母親の免罪符の末尾に書かれた、この文章にあった。


「当該人物は異世界転生者の娘であるが、変わりなく上記の内容を保証する」


 ユキの母親は転生局から釈放されてすぐ、免罪符を持って引っ越しをすることにした。

 恐らく、娘と共に新天地で新しい生活を送ろうとしたのだろう。

 だが、ここで免罪符に頼ったのが間違いの元だった。


 免罪符を持っていれば引っ越しはしやすいが、当然ながら引っ越しの要請をする際には、役所などに免罪符を提示する必要が出てくる。

 そうなると、どうしても注目をひいてしまうのだ。

 ユキが異世界転生者の娘であることを示すこの一文が、役所の職員たちの間で噂になってしまう……それほどまでに珍しい事例だから。


 加えて、田舎は噂が広がるのが早い。

 職員には守秘義務があるのだが、田舎では誰も守っていなかった。

 だから折角引っ越しをしても、現地に着くまでにユキたちのことが噂になってしまうのである。


 今度引っ越してくる人は、異世界転生者の妻と娘らしい────。


 娯楽もない南部では、そんな噂をすることが楽しかったのだろう。

 ユキたちは引っ越した当初から好奇の目線に晒され、一挙一動に注目されていた。

 そして異世界転生者を嫌っている人間たちには、憎しみの視線をぶつけられる。


 こうして初めての引っ越しをした時から、ユキたちは周囲の迫害を受けるようになった。


 元々、南部は異世界転生者を嫌う人が多いのだ。

 異世界転生者の母と娘に対して、危害を与えるのを躊躇うような理由はどこにもなかったらしい。


 彼らからすれば、異世界転生者を愛して逃亡を援助し続けた宮野リンも、その子どもであるユキも、怨嗟の対象だったのだ。

 他のことで例えるなら……「有名な犯罪者の家族」のような扱いをされていた、と言えば分かりやすいだろうか。

 本来なら良くないことだが、人間とはそういう対象を差別したがる生き物なのである。


 勿論、そんな場所で健やかに生きられる訳がない。

 だから免罪符の力を使って、再度引っ越しをすることになる。

 しかし引っ越し前はやはり免罪符を提示するので、同じように噂になって……この繰り返しだった。


 ユキの母親は、何度か迫害による被害を地方警士に訴えていたと思う。

 明らかに不当な差別を受けている。

 免罪符を持っているのにまともに機能していないと、そう言い募っていた。


 しかし、相手にされないことが多かった。

 当然だろう。

 南部に駐在する地方警士は、地元出身者が多いのだから。


 本来なら南部の土地勘を職務に生かしてもらうためにそうなっているのだが、この場合は悪い方向に働いていた。

 南部出身であるために、他の住人と同じように異世界転生者を憎み、ユキの母親やユキをぞんざいに扱う人物が多かったのである。

 地方警士たちは明らかに、転生局からの「免罪符所有者の権利を保護せよ」という命令を無視していた。




「異世界転生者の家族が贅沢を言うな。お前らは本当なら、異世界転生者と一緒に死んでないといけないんだ」




 この類いの言葉を、何度言われたことか。

 ユキが教師に叩かれ、同級生に川に突き落とされ、持っていった物の殆どを盗まれても、誰も助けようとはしなかった。

 ユキの母親が明らかに不当な賃金で働かされ、家に何度か空き巣が入っても、動こうとする者はいなかった。


 免罪符を使わず、偽名で引っ越したときもあった。

 しかしちょっとしたことで自分たちを疑うものが現れ、結局は免罪符を見せることになる。

 そうなると、やはり同じことが起きるだけだった。




 ……こんな扱いを受けていても、ユキの母親は何故か南部に住むことに拘っていた。

 異世界転生者に同情的な人が多いとされる、グリス王国北部への移住は拒否していた。

 この理由は、今でもよく分からない。


 夫が亡くなった場所の近くにいたかったのか。

 単純に、土地勘がある場所にいたかったのか。

 ただ、鏖殺人の目が届く範囲から外れたかったのかもしれない。


 しかし彼女の拘りは、彼女とユキの受ける被害をより大きくさせた。

 南部のどこに行っても、ユキたちを人間として扱ってくれる者はいなかったのだから。


 こんな生活を繰り返していれば、誰だって悪意に慣れる。

 というより、何をされるか分かるようになる。


 だからだろうか。

 ユキの母親が次第にユキを疎ましく思うようになったことに、ユキはかなり早く気が付いていた。

 ユキの服を洗濯しなくなったときよりも、ずっと前に。


 鏖殺人がユキたちを訪ねて、ユキが「……暑くないの?」と聞いたのは、丁度そんな頃の話だった。

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