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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
三章 鏖殺人と証言集
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ある村民の述懐 その三

 もう、そこからは大混乱でしたね。

 異世界転生者の頭からは血がどくどく出るし。

 雑貨屋のばあさんの方は興奮して喚き散らすし。


 えーと、ですね、ちょっと待ってください、何とか思い出しますから。

 ……うん、まずやったことは、ばあさんの取り押さえですね。


 もう、訳が分からなくなったのか、杖を振り回して暴れててね。

 まあ、言っても老人が騒いでいるだけなんで、大して怖くはないんですが……。


 それでも、何をするのか分からないような雰囲気があったんでね。雑貨屋の主人たちが羽交い締めにしてましたよ。

 ……はい、はい、確か、雑貨屋が持ってきたロープで、そこのばあさんを縛ることになりましたね。

 雑貨屋も、まさか自分が持ってきたロープが、こんな使われ方をするとは思ってなかったでしょうけど。


 異世界転生者の方ですか?

 そっちは……どうだったかなあ。


 何度も言いますけど、やはり我々にとって、異世界転生者は怖いんでね。

 もしかしたら、さっきので目覚めてしまって、キレて暴れるんじゃないかって言うのがあったんで……。


 実際には、頭から血を流しながら、倒れているだけでしたけど。

 まあ、俺も含めて、皆遠巻きに眺めていましたね。


 ただ、あまりにも動かないんで……どうだったかなあ、三十分ぐらいは経っていたのかなあ?

 そのぐらいしてから、村長だとか、医者だとかが、恐る恐る見に行きましたね。


 もう、その時には頭から出た血が、血だまりみたいになっていて、さすがにもう死んでいるだろうって言うのがあったんで。

 顔色も、遠くから見てわかるぐらいに血の気の無い、死に顔そのものでしたし。

 それでまあ、確実に死んでるって──怖くて触らなかったらしいから、確定ではないんだけど──分かったんです。


 それからですか?

 えーと、まあ、異世界転生者、死んじゃいましたけど、よく考えたらやることは変わらないなっていう話になりましたね。


 異世界転生者の死体は、何にせよ、鏖殺人に持って帰ってもらわなきゃいけない。

 雑貨屋のばあさんの方も、転生局の人間でもないのに異世界転生者を殺しちゃって、もう罪人なんだから、転生局に引き渡さなきゃいけない。


 どっちにしろ、鏖殺人を待つ以外に、俺たちのやることはなかったんです。

 だからまあ、自然と、それぞれ自分の仕事に戻りましたね。

 雑貨屋だけは、色々揉めていたらしいですけど。


 鏖殺人を待ってる間……?

 別に、変わりませんよ。


 異世界転生者は、まあ、死んだ場所に置いといて。

 ばあさんの方は、村で犯罪者が出た時のやり方に従って、村長の家の地下に閉じ込めました。


 え?その日の天気?

 雨でしたよ。ちょうど、ばあさんを縛り付けたあたりから、ぽつぽつ降ってきて。


 ……異世界転生者の死体は雨晒しだったのか、って?

 まあ、そうでしたけど……何か問題でも?


 別に、悪いことじゃないでしょう?

 異世界転生者には、決して触れないようにって言うのが原則ですし。


 それから、鏖殺人が来たのは、ええと、確か、その日の夕方ですね。

 早馬を飛ばしたとしても、雨の中、えらく早く来たなって思ったのを覚えているから、間違いないと思います。


 鏖殺人のことは初めて見ましたけど、あれですね、仕事が早い人でしたね。

 疲れて眠っちゃった雑貨屋のばあさんも、異世界転生者の死体も、肥料でも運ぶようにして、サクサクと馬に括り付けていましたね。

 村長とかへの聞き取りも早かったし……この村の現場に鏖殺人がいた時間、二時間もないんじゃないかなあ。


 最後に、鏖殺人は、門が発生した場所は分からないかって、聞いてきたんです。

 異世界転生者の持ち込んできたものを、回収するためですかね?


 どうしても、その位置が知りたいと。

 門の発生場所──つまり、この小屋ですね。


 ええ、連れてきましたよ、この場所に、鏖殺人を。

 現場に置き去りになっていたリヤカーを小屋に戻す必要があったんで、それも兼ねて。


 まあ、その時は俺が体験した揺れが、「門」だっていう確証がなかったんで、あくまで気になる体験をした人っていう扱いでしたけど。

 異世界転生者が、こっちに来てすぐは魔法が使えないこととか、「門」を通った異世界転生者が気絶することとかは、その道中で聞きましたね。


 一日しか離れていないんだから当然ですけど、小屋自体は普通にここにありましたね。

 さすがに、仕事に戻っても、鏖殺人を待ってる間は、ここに来れなかったんですけど。


 ただ、まあ、予想していましたけど、リヤカーを置いたら、鏖殺人には俺だけ帰るように言われましたね。

 そして、少なくとも三日は、ここに立ち入らないようにと。


 その三日自体は、あっさり過ぎましたね。

 いちいちきちんと、家から山に向かうのが面倒でしたけど。

 山に向かう途中、この小屋の近くに来た時は、何しているのかなって、小屋を見ましたよ。


 そして、三日が経って、俺はもう一度ここに来ました。

 変化?


 いや、なかったですね。

 鏖殺人が掃除をしたのか、前より綺麗になっていた程度です。


 それから、鏖殺人が村に来ることもなく、いつも通りの日々が戻ってきましたね。

 強いて言えば、雑貨屋のばあさんが、王都へ連れていかれてすぐに病気で死んだらしくて、その葬式をしたことぐらいですか。

 罪人とは言え、同じ村の住人ですしね。葬式には俺も行きましたよ。


 え?本当に病気だったのかって?

 病気ではなかったのではないかって……。病死じゃないのなら何なんです?


 だいたい、もう九十過ぎのばあさんで、放っておいても二、三年もしないうちに死にそうな老人ですよ。

 別に、突然死んでもおかしくないと思いますけどね。


 えーと、これでだいたい言い終わりましたね。

 後は、最後の話。

 最初にちょっと言っちゃいましたけど、お墓の話ですね。




 ……三か月くらい前ですかね、この小屋、質の悪い虫にやられたのか、天井だの壁だのが一度ボロボロになっちゃいましてね。

 しょうがないから大工を呼んで、腐ってしまった部分を取り換えたんです。


 その時、床板の一部も腐ってしまっていることが分かりまして。

 ちょうど、記者さんが座っているところの近くだったんですが、床板を引っぺがしたんですよ。


 そうしたら、大工が妙なことを言いだしたんです。

 床板の下に、何かが埋まっているぞ。

 そんなことに、気が付いたんです。


 埋まっているといっても、そんなに深いわけでもなかったから、大工はそれを掘り出してきました。

 出てきたのは、二つですね。

 二つとも、変なものでしたよ。


 一つは、ちょうど拳一つ分くらいの大きさがある、丸い石でした。

 丸いって言っても、丸っこいんじゃなくて、こう、完全な球形をしたやつ。


 どうやって削り出したのかは知りませんけど、表面もつるつるで、綺麗な石でしたね。

 表面にはね、これまたきれいに文字が刻み込まれてあって。


 ええ、はっきり覚えています。

 そこにはね、「羽場 義之」と刻み込まれていました。


 人の名前だなっていうのは、すぐにわかったんですよ。

 ただ、おかしいのは、下の名前でしたね。


 下の名前ってほら、普通、カタカナで書くじゃないですか。名字は漢字だけど。

 それが、これに限っては、なぜか下の名前まで漢字で書いてある。

 それがまず、変だと思いましたね。


 次に出てきたのが、その丸い石と一緒に埋められていた花です。

 花と言っても、そこらに生えている、生きている花ではないですよ。


 これまた、どうやったらあんな風に作れるのかは知れませんけど、何か、金属を丁寧に切り出して、花の形に整えたもの。

 彫刻って言うんでしたっけ?

 価値は知りませんけど、素人目にも、丁寧に作りこまれていることが分かる、そんな金属の花でした。


 この二つが、うちの小屋の下に埋められていたと聞いて、だいぶ驚きましたね。

 何しろ、俺自身は埋めた覚えなんかないんで。


 何だか、その時は怖くなって……。

 大工に言って、すぐに埋め戻しましたね。


 ほら、よく言うじゃないですか。

 化け物が出てくる場所に、封印のお札を貼っておくとか言う、昔あったまじない。


 そのお札を取ってしまうと、また化け物がやってくる……。

 てっきり、死んだ親が昔埋めた、その手のまじない道具だと思ったんです。


 それの正体に気が付いたのは、本当にすぐ最近ですよ。

 どこでだったかは覚えてないんですけど……一年前の、この小屋に異世界転生者が現れた事件について話していた時、連れの一人がこんなことを言い出したんですよ。


「異世界では、下の名前も漢字で書くらしいぞ」


 あれですね、佐藤トシオとか、下の名前をカタカナで書く異世界転生者もいるけど、それはこっちの世界での習慣に従っただけで、普通は漢字で書くらしいですね。

 文字まで一緒のわりに、変なところで文化が違う。


 これ自体はまあ、なんてことはない雑学なんですけど。

 これを聞いて、あの石の正体がなんとなくわかりましたね。


 あの石に書かれていた名前は、下の名前まで漢字だった。

 つまり、あの羽場義之というのは、異世界転生者の名前ってことです。


 人の名前を刻んだ石が置いてあって、その近くに金属製とはいえ花が供えてあるとすれば、記者さんだって分かるでしょう?

 あれは、お墓ですよ。異世界転生者の、墓石。


 金属の花にしたのは、土に還ってしまうのを防ぐため。

 隠すように埋められているのは、見つかったら、雑貨屋のばあさんみたいな人に壊されてしまうから。


 だから、あんな感じで埋められていた。

 ……じゃあ、これを置いたのは誰か?


 確信があるわけではないんですけど……。

 最初に、鏖殺人に三日間は小屋に立ち入るな、と言われて、長いなって思ったんですよ。


 だって、こんなに小さな小屋ですよ?

 鏖殺人がどう丹念に異世界転生者の落とし物を拾っていったとしても、一日もあれば終わりますよ。

 それなのに、鏖殺人は三日と言った。


 あと、あの金属の花も、丸い石も、結構綺麗だった。

 土の色が染みこんでいるわけでもなかったし。


 埋めたのは多分、かなり最近。

 少なくとも、十年も二十年も前じゃないと思う。


 もしかしたら、もしかしたらですよ。

 鏖殺人には、異世界転生者の落とし物を調べた後も、仕事があったのかも。


 床板を一度はがして。

 持ってきたであろう石に名前を刻んで。


 名前は、ほら、死体を運んでいるうちに、分かったのかもしれない。

 花は多分、常に持ち歩いているんでしょう。


 それらを埋めて、簡単な墓を作る。

 それから、小屋の持ち主─この場合は俺ですけど─に気が付かれないように、小屋の中を掃除して、床板をはがした跡を消す。

 まあ、全部、妄想なんですけどね。


 ……何でそんなことをしたか?

 さあ……分かりません。

 おっしゃる通り、鏖殺人が異世界転生者の墓を作るなんて、聞いたこともない。


 ただ。

 今回は、よく考えたら、普段の鏖殺人の仕事とは、ちょっと違う点がありますよね。


 鏖殺人が来る前に、雑貨屋のばあさんが異世界転生者を殺してしまった。

 鏖殺人が来た時点では、異世界転生者はもう死んでいた。

 もしかしたら、このせいなのかもなって考えるんです。


 異世界転生者を自分の手で殺した時は問題ないけど……。

 他人の手で殺された時は、墓を作る。


 何でそんなことをするのかは分からないんですけど。

 もしかしたら、鏖殺人のポリシーなのかなあ……?

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― 新着の感想 ―
何故、鏖殺人は自分が排除していない異世界人には墓を作ったのか。鏖殺人が自分で排除した異世界人には墓を作る必要がない理由は何なのか。なんかこのエピソード、重要か気がしますね。さて、この後どういう展開にな…
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