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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
三章 鏖殺人と証言集
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ある村民の述懐 その二

 そこから先のことはね、まあ何とか覚えていますよ。

 ええ、村長の驚いた顔だとか、雑貨屋の泣き顔とかね。


 最初にしたことですか?

 ええとですね、確か、駆け付けた奴らが口々に「そのままじゃ危ないんじゃないか」って言いだしたんで、異世界転生者を縛ったんですよ。


 そのままって言うのはですね、ここはまあ、その時の俺の間抜けなところなんですが、俺は異世界転生者を縛りもせずに積んでたんですよ。

 だから危険だって話になったんです。


 今思えば、本当にやばいところでしたね。

 もし運んでいる最中に異世界転生者が起きだして、後ろから襲われたら俺は死んでましたよ。

 そうじゃなくても、逃げられる可能性もあったし……。


 ええ、ええ。その時も、異世界転生者はぐっすりと眠ったままでしたよ。

 リヤカーに積まれている間も、だいぶ揺れたはずなんですけどね。

 起きるような様子はありませんでした。


 やっぱりあれですね。さっきも言いましたけど、「門」をくぐるって言うのは、やっぱり人間にとっては大ごとなんでしょうね。

 「門」の近くにいただけの俺でもあんなに気分が悪くなったんだし、真っただ中にいた異世界転生者だってそりゃあ、一日や二日寝込むよな、て後で考えました。


 ほら、よく言うでしょ?移動型の異世界転生者は捕まえやすいって。

 鏖殺人が、すぐに捕まえてくれるって。


 あれを聞いた時にね、ちょっと不思議に思ってたんですよ。

 異世界転生者を捕まえるのは基本的に転生局の人間で、移動型の場合は鏖殺人がすぐに現場に行かなくてはならない。


 異世界転生者が発見されて、伝書カラスを飛ばして、それを鏖殺人が読んで、早馬を飛ばして……なんてやってる間に、どうしたって時間は過ぎる。

 場所によっては、一週間ぐらいかかるかもしれない。


 それだけ時間があったら、異世界転生者だって門が開いた場所から移動してるでしょう?

 近くの人たちも、現場近くには怖がって近づかないだろうから、案外ばれずに遠くにまで逃げてしまうかもしれない。


 それなのに、どうして鏖殺人があっさりと捕まえられるのか。

 そこが不思議だったんです。


 今ならわかりますよ。

 あれですね。移動型の異世界転生者って言うのは、こっちの世界に来てしばらくは、あの気持ち悪さに耐えきれずにずっと気絶してるんでしょうね。

 それも、ちょっとやそっとじゃ起きないような、深い眠りにつく。


 だから、門が目撃された場所に鏖殺人が行くと、多分、大抵の場合は、気絶した異世界転生者が転がってる。

 あるいは、目覚めて間もない、混乱した状態の彼らが佇んでいる。

 

 鏖殺人としては、そいつらを捕まえてしまえばいい。

 そりゃあ、楽な仕事でしょう。


 尤も、個人差もあるでしょうから、確かなことは言えないんですけど。

 ただ、ちょっと、鏖殺人に対する印象が変わりましたね。


 何となく、「魔法を使う悪魔たちと激闘を繰り広げる戦士」なんて印象を勝手に抱いてたんですけど、実際は違うんでしょうね。

 むしろ、門が現れた場所に、気絶したまま転がっている異世界転生者を、ええと、その、そのまま殺してしまう。


 そういった仕事の方が、多いのかもしれない。

 そう考えると、案外簡単な仕事かもしれませんね、あれも。

 やりたくはありませんけど。


 えー、すいません、脱線しましたね。

 どこまで話したっけな……雑貨屋のばあさんのところからですか?


 え?もっと前?

 あ、そうか。その異世界転生者を、縛り上げたところでしたっけ。


 その時の俺はですね、リヤカーを村長の家の前にまで運んできていたんです。

 だからまあ当然、異世界転生者を縛り上げよって言っても、俺はロープを持ってないんで─着の身着のままでリヤカーを引いてきたんで─村長からロープを借りることになる。


 その時には騒ぎを聞きつけて、結構な村の人間が集まってきてたんで、そいつらに頼んでもよかったんですけど、まあ、目の前で調達したかったんで。


 ただ、問題は、その時に村長がくれたロープが、結構短かった、という点なんですよ。

 異世界転生者の腕を、こう、背中側に持ってきて、胴体を縛ったんですけど、五周位したところでロープが切れてしまった。


 その時は彼が起きたところで、魔法を使えないっていうことは知らなかったんでね。

 そのぐらいのロープじゃあ、どうも心許ないっていう話になった。

 村長の方も、他にロープはないって言うし。


 それでですね、雑貨屋の方の話になるんです。

 雑貨屋と言っても、一日に半分は農家をやってて、もう半分で食いもんだの水だの売ってるような場所なんですけどね。


 ただ、農作業に必要なものも売ってるので、ロープくらいはあるだろう、と。

 うまい具合に、雑貨屋は村長の家からあまり離れていなくて、この騒動の時にはもう、野次馬の中に雑貨屋の主人がいたんですね。

 それでまあ、頼むから取ってきてくれ、と。


 最初はね、皆すぐに戻ってくると思ってたんですよ。

 何分近いんでね。

 五分もかからないはずだ、と。


 ところが、十分待っても、十五分待っても、雑貨屋が戻ってこない。

 何やってんだって、皆してイライラしましたね、はい。


 異世界転生者が起きていたら、まだやることもあったんでしょうけど、その間もずっと気絶したまま。

 まさか起こしたくもないから、集まった連中は俺も含めて、物音を立てないように静まりかえって。


 村長は村長で、もう転生局への伝書カラスは飛ばしたから、やることもないし。

 変な時間でしたよ、あれは。


 ようやっと雑貨屋が来た時には、どうだったかなあ。

 三十分くらいは確実に経っていたと思いますね。


 いい加減皆も心配になってきて、雑貨屋のところに使いをやろうか、あるいはとりあえず別のところからロープだけでも取ってこようか、なんて言ってましたね。

 そんな風に考えるんだったら、三十分も待たずにそうすればいいのに、なんて今は思いますけど、それをしなかったことを見ると、俺以外の人たちも混乱していたんでしょうね。


 そんなだから、雑貨屋が来た時には、安心の気持ちが強かったですよ。

 尤も、さらに近くまで来たら、混乱の方がとってかわりましたけど。

 何でかって言うと、それがさっきもちょっと言っちゃったことなんですけど……雑貨屋が、自分のところのばあさんを連れてきたからなんですよ。


 雑貨屋のばあさん……確か、今の雑貨屋の主人の祖母だったと思うんですけど、その人を連れてきたんですね。

 もう九十を優に超えた、杖なしには歩くこともできないおばあさんなんですけどね。


 雑貨屋が言うには、ロープを取ろうとしたら、このおばあさんがどうしてもそこに行きたい、と言い出したと。

 何度も説得したんだけど、どうしても来るっていうから、仕方なくつれてきたんだけど、そんなことをやっているうちに遅れてしまったんだと。


 そんなことを困った顔で説明してましたね。

 ……これはここだけの話にしてほしいんですけど、正直言って、かなりボケの来ているおばあさんでね。

 ボケたばあさんのわがままなんて、聞いてやることないんじゃないかなあ、なんて思ったのをよく覚えてます。


 まあ、そんな事情を聴いているうちに、夜も更けてきたんで。

 とりあえず、持ってきてもらったロープでこの異世界転生者をギチギチに縛って、見張りでも立ててほかのみんなは寝ようってことになりました。


 明日になれば、多分鏖殺人が来るだろうと思っていましたし。

 よく考えてみれば、大騒ぎこそしたけれど、そもそも俺たちがすべきことなんてたいしてなかったんですよ。


 ……そんなことを話していたからでしょうかね。

 俺たちは終ぞ、例のおばあさんが、リヤカーに向かって杖を突きながら向かっていることに気が付きませんでしたね。

 気が付いたのは、もうそのおばあさんが軽く縛った異世界転生者の目の前に来た時──おばあさんが、杖を振り上げた時です。


 最初はね、なんか変な音が聞こえたな、と思ったんですよ。

 こう、結構大きなかすれ声というか。


 皆、異世界転生者を万一にも起こさないように小声で話してましたからね、絞り出したような声でも、大きく響いて聞こえたんです。

 それで、反射的に振り向いてみたら、いつの間にかおばあさんがリヤカーのすぐそばで、杖を振り上げて、声を上げている。


 驚いた時には、もう……。


 雑貨屋が声をあげるのと、おばあさんが杖を振り下ろすのがほぼ同時でしたね。

 ちょっと離れた位置でしたけど、はっきり見えましたよ、ええ。


 異世界転生者の方は、縛りやすいように、リヤカーの側面に背中を預けるようにして座らせてましたからね。

 それも、おばあさんにとってはやりやすかったのかもしれない。


 振り上げた杖の先端は、確かに異世界転生者の頭を叩きましたよ。

 この老人のどこにこんな大きな力があるんだ、と驚くほどの大きな力で。


 こう、ゴッ、と、ガキッ、て感じの、絶対に人間の体が鳴らしちゃいけないような音が、異世界転生者の頭からしたのが、はっきりと聞こえました。

 同時に、異世界転生者の体がグラッときたのもね。


 なんだか、突然時間がゆっくり進み始めたみたいで……。

 異世界転生者の体が、ゆっくりと倒れていく姿だけ、変に鮮明に覚えてます。


 その倒れていく先────ちょうど、頭が乗りそうな位置に、とがった石があることもね。

 まあ、その石をリヤカーの車輪を止めるためにかましたのは俺なんで、当然なのかもしれませんけど。

 ……今度は、メシャッ、って感じの音でした。




 後でね、雑貨屋が言ってました。

 あのおばあさんの、それまたおばあさんだか、ひいおばあさんだかは、異世界転生者に殺されたんだ、と。


 それ以来、雑貨屋の一家は、ちょっと病気みたいに感じるほどに、異世界転生者が嫌いなんだ、と。

 今の雑貨屋は、さすがに時代が進んだこともあって、そこまで異世界転生者を憎んでるわけではないそうなんですけど……。

 あのおばあさんは、ボケてしまってからもずっと、異世界転生者への恨み言を口にしていたそうですよ。


 しかし、異世界転生者への私刑が法律で禁じられているのは、あのおばあさんの時代から共通でしょうに……。

 まさか、孫に連れて行ってもらってまで、異世界転生者を杖で殴り殺すとは……。

 全員、唖然でしたよ。本当に。

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