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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
三章 鏖殺人と証言集
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ある看護師の証言 その三

 なんだか思わせぶりな話し方になっちゃいましたけど、多分、もうあなたが聞きたいところは終わっちゃったんじゃないですかね?。

 え、何でって……あなた、鏖殺人の指示にその日の私が従ったからですよ。


 まあ、つまり、例の患者さんを受付から通して、すぐに外に出たんですね。

 それから、入り口に休業の看板を掛けて、自分も外で待っておく。


 ええ、そりゃあもう、ちゃんとやりましたよ。

 相手はあの鏖殺人ですしね。言いつけを守らなかった時、何を言われるかわかったもんじゃない。


 そんなものだから、例の患者さんが鏖殺人と院長の待つ診察室に入ってから、何が行われたのか。

 何を話したのか。

 例の患者さんはどんな様子だったのか。

 私はなーんにも知りませんよ。


 院長?

 ああ、そうですね。院長の方はさすがに知っていると思います。何しろ、その場にいたんですし。


 ただ、あれ以来院長もすっかり口が重くなっちゃって。

 ぽつりぽつりといくらか話してくれることはあるんですけどね。それ以外は何とも……。

 あなたも、確か最初は院長に取材を持ちかけて、それが駄目だったから私のところに来たんでしょう?


 ええと、その後のことで、私が話せることはさらに少ないんですよ。

 十五分くらい待っていたら、院長が内側から入口の扉を開けて。


 ここからはいつも通りだからって言ってきたから、診療所の中に戻って。

 ええ、中の様子は別に変わりなかったですね。


 荒らされてるだとか、その、戦った跡だとか、そんなものは全然無くて。

 ただ、鏖殺人と患者さんの姿はもうありませんでしたね。


 不思議に思ってね、聞いたんですよ。

 あの人たちはどこにってね。


 そうしたら、院長はそっけなく、裏口から帰ったって……。

 その返事も、おかしな感じでしたね。


 ……ああ、言ってませんでしたっけ。診察室の奥にね、薬剤とかを運び入れるための扉があってね、そこが裏口になってるんですよ。

 入り口から見たら、ちょうど反対の方にあるんで、入り口にいた私からは見えなかったんですけど。


 もうその時にはね、変だなって気づいてましたよ。

 普通に帰らせるのなら、入り口を開ければいいだけの話ですしね。


 それなのにわざわざ裏口を開けさせたのはね、その、やっぱり、見られたくないものを抱えてたのかなって。

 さすがにね、何となく気が付いていましたよ。私も。


 ただ、ここを出た時点では、患者さんは、その、生きていたと思いますよ。

 あれ以来何度か診察室の掃除をしましたけど、血とか、そういうのは見当たりませんでしたし。


 待たされた時間から言って、拭き取るとかはしていないと思いますし。

 鏖殺人って確か、あの腰にぶら下げてある刀で異世界転生者を斬るんでしょう?


 どこを斬るにしても、人を、その、殺すくらいであれば、やっぱりたくさん血が出ますしね。

 さすがに十五分では拭ききれないでしょう。

 院長だって、もしそんなことが行われたんだったら、返り血の一つや二つを浴びていると思うんです。


 だから、どうやったのか知りませんけど、気絶なりなんなりさせて、縛って運び出すとか、そういうのをしたんでしょうね。

 それで、さすがに外聞が悪い光景だから、裏口から出たと。

 まあ、全部私の推測なんですけどね。


 私が実際に見た光景は、ここでおしまい。

 後はまあ、普通の人と同じような反応ですよ。


 新聞を見て、近くに異世界転生者が現れたと知って。

 その異世界転生者はもう、鏖殺人が殺してあると書いてあって。

 名前を見てみたら、例の患者さんのそれで。


 院長に詳しいことを聞こうとしたら、だいぶ落ち込んじゃってて、聞けずじまい。

 だからね、最後のお話は、その院長からほんの少しだけ聞き出したことについてです。




 再誕型異世界転生者っているでしょう?

 あの、向こうで死んだ人間の魂だけがこっちの世界にやってきて、こっちの赤ん坊の体を乗っ取る、とか言うの。


 あれってね、結構生まれてすぐにわかることも多いんです。

 ただね、異世界転生者であることが分からなくて、そのまま家に帰されちゃうと、ちょっと奇妙なことになるんです。


 というのも、向こうで死んだときの年齢がいくつだったのかによっても変わると思いますけど、異世界転生者からしてみれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 赤ん坊の一日っていうのはね、あなた、赤ん坊だからこそ毎日生きていられるんであって、普通の大人が送るような生活じゃないですよ。


 それでも、異世界転生者であることをばれないようにしないといけないから、文句なんてのは言えない。

 そうなると────暇で暇で仕方なくなりますよ。


 喉が発達していないから、言葉は話せない。

 首も座っていなくて、手足もまだできていないから、その場から動けない。


 やることと言えば、お乳をもらうことと、寝ることだけ。

 最初の頃はよくてもね、だんだん皆飽きが来ますよ。


 しかもね、人間っていうのは忘れる生き物でしょう。

 長いこと手も足も動かさないで、寝てばっかりでいるとね、どうしても、知識とか、経験とか言うのは失われていっちゃうんですって。あまりにも、使わなさすぎる知識だから。


 生き延びて成長した再誕型異世界転生者に話を聞いてもね、自分のことはともかく、異世界にいた頃の生活とかを問いただしても、よく覚えていない人が結構多いんだそうです。

 もちろん、記憶力がいい人は覚えていますよ。ただ、それでも、あまりにも単調な毎日に疲れて、だいぶ衰えちゃうらしいんですけど。


 考えてもみなさいよ、あなた。

 教導院とか専門学校だとか、そういった学校にいたころは、あなたも私も結構勉強したし、いろんな知識を身に着けもしたでしょう?


 だけど、その知識、今覚えてます?

 今仕事の一環として使っている知識はともかく、他のはだいぶ忘れちゃっているでしょう?


 それも、試験前に必死で覚えた、試験の後には忘れてしまうような知識だけじゃなくて、当時の自分たちにとって当たり前だったことですら、今になると忘れてしまってる。

 異世界転生者だって、向こうでは人間ですしね。

 記憶力に関しては、私たちとそう変わらないみたい。


 しかも、これが止めになるんですけど────幼児期健忘って知ってます?

 内容自体はね、そう難しいものじゃないですよ。


 ほら、ほとんどの人がそうでしょうけど、思い出せる過去の記憶の限界って、三歳くらいまでじゃないですか。

 それより前のことは、皆忘れてしまっている。


 あの現象の正式名称みたいなものですよ。生まれて間もない頃の記憶が、成長するにつれて失われていく、あのこと。

 原因はよく分かっていないんですけど、あれってね、再誕型異世界転生者にも起こるんですって。


 向こうの世界、それなりに長い間生きていた記憶。

 その記憶を頼りに、この世界を異世界だと気づいた記憶。

 赤ん坊の真似を必死にやった記憶。


 そういった記憶が、その幼児期健忘に巻き込まれて、消えてしまうこと。

 院長が言うにはね、決して珍しい話じゃないんですって。


 ただね、言っても、彼らは向こうの世界で長い間人間として生きてきて、たくさんの記憶を持ってるわけですしね。

 いくら幼児期健忘だとか、暇すぎる毎日だとかで失われても、さすがに全部消えるなんてことは、普通はないそうです。


 部分的に、昔のことを思い出しにくくなるっていう程度。

 人によって消える記憶の量は違うんですけど、さすがに、自分が異世界から来たことくらいは覚えてるものだって言ってました。




 ただね。

 本当に稀なんですけど、()()()()()()()()()っていうのも、中にはいるそうなんです。


 異世界での記憶はもちろん、自分が異世界転生者だっていう自覚すらも、忘れてしまう人。

 魔法の使い方とかも、みんな忘れてしまって……自分は普通にこの世界に生まれた、ただの人間なんだって思いこんでしまう人。

 例の患者さんこそが、まさにそれだったんです。


 例の患者さんがね、再誕型異世界転生者なのに、誰にも存在を気づかれずに、大人になるまで転生局に見つからずに生きていられたのは、これが理由。

 だって、本人自身が自分を普通の人間だって信じていますからね。


 異世界由来の知識なんて知っているはずがないし、振る舞いだってそりゃあ、この世界の人間のそれですよ。

 正真正銘、この世界で生きた記憶しか持たない人なんですから。


 魔法だって、使い方を忘れてしまって使えない。

 気が付けっていう方が無理ですよ。


 だけど、記憶っていうのは不思議なものですよね。

 さっきも言ったでしょう?「さすがに全部消えるなんてことは、普通はない」って。


 自分が異世界転生者だっていう自覚は失っても、頭のどこかに、向こうの世界での記憶の欠片みたいなのが残ってるんです。

 それが、ふとした瞬間に蘇る。


 あれ、俺はなぜか体験したこともないことを知っているぞ、なんて具合に。

 突然思い出す場合もあれば、夢に出てくることもあるんだそうです。


 例の患者さんは、ちょうどこの状態だったんです。

 自分は普通の人間だと信じ込んでるから、変な記憶が夢なんて形で蘇っても、それが異世界のものだとは思えない。

 だけど、確かに一度は体験したことだから、現実感だけは持っている。


 この変な状態がずっと続いて、やがて自分は心の病なんじゃないかって疑い、病院を訪ねる。

 鏖殺人は、そこに目を付けたんですね。


 人生相談とか、記憶がおかしいとか、そうやって病院を訪れる人の中から、前世の記憶だとか、生々しい夢だとか言う人を医師に見分けさせる。

 知らせがあったらその人に実際に会って、どうやるのかは知りませんけど、異世界転生者だっていう証拠を集めて────殺す。


 うまいことやってると思いますよ、本当に。

 異世界転生者の方はただの診察だと思っているんだから、逃げられる心配がないし。


 そもそも鏖殺人に狙われる理由に思い当たらないから、警戒もされない。

 容疑者に関しては、全部医者が見つけてきてくれる。

 誰が考えたのかは知りませんけど、よくできていますよ、本当に。


 鏖殺人はよく、「異世界転生者は全て殺す」と口にするんですよね?

 この仕組みを見ると、その言葉が本気だってわかりますね。


 鏖殺人は──普通に、自分がこの世界の人間だと信じて、誰にも迷惑をかけずに、まともに生きているような異世界転生者でも、何とか炙り出して殺そうとしている。

 そうじゃなきゃ、こんな仕組み思いつきもしませんよ。





 ……すいませんね、なんだか、後半は感情的になっちゃって。

 こんなに強い口調で話したのは、姑との大喧嘩くらい。


 記事自体はちゃんとできますかね?あ、大丈夫?

 そう、よかった……。


 え、感想?

 記事にはしないから、一言?


 ……そうね、記事にならないなら、言っちゃってもいいかもしれない。

 偉い人たちはね、異世界転生者は危険だから、絶対に殺さなくちゃいけないって言ってますよね。

 だからこそ、鏖殺人は必要なんだって。


 だけど──だけどですよ。

 誰にも迷惑をかけず、普通に、自分はこの世界の人間だと信じて生きていたあの患者さんに、いったいどんな危険があったんですかね?


 あの人と話した私も、院長も、別に危害なんて加えられていない。

 そりゃあ人間だから、多少は人を傷つけたことくらいはあったかもしれませんけど、とても、世界を滅ぼすような存在には……。


 少なくとも、私には。

 あの患者さんは、ただ、線の細い、若い男の人にしか見えなかったんだけどなあ……。

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