十五話(二章 完)
──相も変わらず、早馬の乗り心地は最悪に近いな。
どうでも良いことを考えながら。鏖殺人は器用に手綱を動かして王都への帰路を歩む。
早馬は速度ばかりを重視しているため、人間の乗り心地はとても快適とは言えない。
しかし、既にその感覚に慣れていた鏖殺人は大した不満も述べず────暇に任せて、今回の一件を振り返ろうとしていた。
──あの少年の手紙が引き金になったのは、間違いないな。まあ、あの家にはどの道向かう予定だったが。
過去に異世界転生者が住んでいた家を、転生局職員は定期的にチェックをしなくてはならない。
仮にあの手紙がなくても、いつかは誰かが星野カケルのところを訪れていたことだろう。
ただしそれだけなら、鏖殺人が出張るほどのことではなかった。
だからこそ、副局長の白縫を派遣した。
この時点では、鏖殺人の手を煩わせることではなかったのだ。
──白縫をすぐに星野家に向かわせず、一旦学校で挨拶させたのは……親を呼び込むためだったか。あの時点で事前調査は終わっていて、星野ランが異世界転生者でないことはほぼ分かったいた。最初から、免罪符を渡す前提でいたから……。
通報者の手紙には、普段両親が出稼ぎで家にいないことも記してあった。
手紙を受け取った自分たちとしても、通報者の子ども(流石にに文字でそれは分かった)が、どれくらい頭が良いかは分かるはずもない。
子どもしかいない家に向かって、その子に免罪符を与えたとしても、価値が分からずに捨ててしまう恐れもある。
だからこそ、わざと通報者の通う学校に赴いて、白縫は自己紹介をした。
転生局の存在を感じ取れば、目当ての子供は親にその存在を知らせる。
そうすれば親がエドルの村に戻ってくるので、転生局としても安全に免罪符を渡すことが出来るのだ。
エドルの村にある基礎教導院は、一つだけだ。
迷うはずもない。
それに、あそこで紹介をしておくことで────。
──他に異世界転生者がいた場合の備えも、同時にしたんだろう。
異世界転生者が過去に住んでいた場所は、他の異世界転生者の根城になることがある。
つまりあのエドルの村は、異世界転生者たちからすれば隠れやすい場所なのだ。
星野ランは冤罪だったが、全く別の異世界転生者がエドルの村にいる可能性はなくはない。
だからこそ、白縫は朝から村の各所に挨拶回りに出かけた。
敢えて自分の存在を知らせることで、過剰な反応を起こすものがいないか確かめたのだ。
結果から言えば、反応は殆ど無かった。
過剰な反応をして家に帰ったのは、通報者と思しき少年だけ。
だが────潜伏している異世界転生者自体は、実在した。
──挨拶回りの後、白縫は基礎教導院で生徒の成績表を見せてもらったんだろうな。
学生の成績表を見るという行動は、再誕型異世界転生者を見つけるための基本である。
どんな職員でも、これを忘れることはない。
──あの少年の一家は、妹が天才すぎるから、彼女を異世界転生者だと思い込んだようだが……。
実際のところ、そんな風に幼少期から天才性を示す異世界転生者は最近では減っている。
理由は単純で、そんなことをして目立ったところで、異世界転生者には何も良いことが無いからだ。
見つかれば殺されるのだから。
寧ろ最近の再誕型異世界転生者は、頭が悪い子どもを装うことが多い。
天才過ぎるのならともかく、物凄い馬鹿であると認識されれば、異世界転生者だと疑われることはないはずだと計算したのだろう。
今朝殺した再誕型異世界転生者も、そうだった。
彼の親は、「この子は他の子よりも頭が悪いくらいだから、異世界転生者だというのは有り得ない。異世界転生者は地球でそれなりに生きてきたのだから、頭が悪いことはないはずだ」と主張した。
まんまと異世界転生者の策略に引っかかっていたと言っても良いだろう。
しかし白縫の調査によれば、その子どもは決して、頭が悪くて何もできない訳ではなかった。
ただ、他の子どもよりも遅いだけ。
定期健診の結果から推測できる成長記録によれば、その子は同世代の子どもが何かをこなせるようになった後に、一歩遅れてそれができるようになっていた。
おすわりも、ハイハイも。
言葉を話すことや、宿題の計算すら。
必ず、他の子よりも少し遅れてできるようになる。
それを見れば、「周囲の様子を見て、今の自分は何ができていいのかを決めているのではないか?」という疑惑は自然と生まれる。
これこそ、再誕型異世界転生者の特徴の一つである。
本来、この偽装を見抜くのはなかなか容易ではない。
だがこの手の分析に関しては、白縫の能力は常人の比ではない。
さして時間もかけずに、副村長の家が怪しいと気が付いたのだろう。
こうなると、今回の案件は白縫の手には余ることになる。
対象の子どもは七歳だったから、再誕型異世界転生者であれば、早い者は魔法を発現させている頃だ。
それが強力なものであれば、戦闘に向いていない白縫では返り討ちにされる可能性がある。
──だから、すぐに戻って俺を呼んだ。
早く両親を呼ばせるために、少しは通報者の家に顔を出したかもしれないが、そう長くはそこにいなかっただろう。
星野ランの案件よりも、ずっと重要性が高いものを見つけたのだから。
かくして、今朝早くに鏖殺人はここに来ることになったのだ。
正直なところ、「転生憲章」の契約更新が迫る今は何かと忙しい時期なのだが、発見した以上は対処するのが仕事である。
──それにしても、あんなに簡単に行くのも珍しかったな。
村に来てすぐ、副村長の家に踏み込んだ鏖殺人がしたことと言えば、極めて単純。
以前殺した移動型異世界転生者の所持品である、「スマートフォン」なる電子機器を見せただけ。
それだけで、異世界転生者は多大な反応を示した。
その子はまず、「何でここにスマホが!?」と叫び。
次に鏖殺人からそれをひったくって、しげしげと眺め。
最後に、「この世界にこれが……」と、懐かしそうに呟いた。
確定だった。
最終確認として追加質問をいくらかしたが、その時にはもう刀を抜いていた。
こうして、異世界転生者が一人、アレルから消えたのである。
……いつもならこれで一件落着となるのだが、鏖殺人にはもう一仕事あった。
昨日白縫が渡せなかった免罪符を抱えて、通報者の家に向かわなければいけなかったのである。
あの少年の母親が既に帰ってきていたのは、鏖殺人としては幸運だった。
結果から言えばうっかり気絶させてしまったが、まあ仕方がないだろう。
星野カケルはかなり大人びた少年だったから、彼から免罪符と共に説明をしてもらえば、概ねの事情は両親も把握するはずだ。
この案件に置いて一つだけ予想外のことを挙げるなら、あの少年に説明を求められたことだろうか。
あの時の荷物袋の中には、ついさっき殺した副村長の子どもの死体を詰めてあった。
無理やり入れたせいで、米俵ほどの大きさになっていたが。
ここのところ、朝でもかなり気温が高い。
できれば、死体が腐りだす前に帰りたかった。
しかし、あの少年の疑問を何も解決しないまま帰るというのも問題だ。
説明不足のまま帰ってしまうと、折角渡した免罪符を「罠かもしれない」などと言い出して捨ててしまいかねない。
余計な仕事を増やさないためにも。あの場で説明しておきたかった。
だから、あの少年の疑問に答えた。
先に殺しておいた子どもの死体を、傍らに置いて。
──彼は今、どうしてるんだろうか?
星野カケルのことを、ふと思い出す。
もしかすると、免罪符片手に母親に説明をしているのだろうか?
或いは副村長の家に向かい、衝撃を受けているのだろうか?
──まあ、どちらであっても自分には関係のないことだ。
人間であれば、どんな悪人でも守り。
異世界転生者であれば、どんな善人でも殺す。
それが転生局の指針だ。
副村長の子どもは異世界転生者だったから、すぐに殺した。
星野カケルは人間だったから、基本的には優しく接して、激励もした。
ただ、それだけのこと。
「…………タン、さーん!」
鏖殺人の耳が突然、聞き慣れた声を捕まえる。
顔を上げてみれば、鏖殺人は既に国家理事会の敷地の近くまで来ていた。
正門の近くには、車椅子の影も見える。
鏖殺人はすぐに早馬を止めて、死体を背負いながらツカツカと足を進めるのだった。




