三話
────二十八年前、流行り病によって断絶の危機に瀕したが名家があった。
家名は「天司」。
血が薄くなった王族が臣籍降下することで形成された、由緒ある家である。
貴族の断絶自体は、そう珍しいことではない。
養子縁組や分家の用意と言った対抗策こそあるものの、潰れる時は潰れるものだ。
しかし元王家である天司家が断絶しかけているとなると、話は変わってくる。
天司家は、かなりの財産を有する名家だった。
特に亡くなった当主は領地経営が非常に上手かったことで有名で、他の元王族と比較しても頭一つ抜けた財産があった。
豊かだったからこそ、異世界転生者保護施設の援助が出来たのである。
そんな当主が亡くなったとなると……必然的に生じる問題がある。
遺産争いだ。
遺言も残さず、当主一家が一気に死んだのが不味かった。
残された遠縁の者たちは途方に暮れ……同時に私欲を出し始めたのである。
彼らが口をそろえて、「当主一族の遺産は、自分たちこそが貰えるはずだ」と言い出すまで時間はかからなかった。
結果から言えば、ドロドロとした遺産争いは長期に渡って続いた。
遠縁の家系、自称隠し子、養子として外の家に出た者、更に大本の王家。
こうした親戚たちがめいめい自分たちに都合の良いことを主張して、宙に浮いていた天司家の財産の後継者を目指して争い続けたのである。
しかし……結構な歳月を費やして尚、後継者は決まらなかった。
とうとう遺産争いの参加者たちすら音を上げた、というのだから凄まじい。
余りにも何も決まらなかったために、やがて当事者たちすらうんざりしてしまったのだ。
最終的に、彼らは争いを無理矢理打ち切ることにした。
当時偶々生まれた、天司家の遠縁の娘に目を付けたのである。
彼女の父親は病弱で、娘の生誕前に死亡してしまっており、母親もまた産後の病気で死んでいる。
つまり、生まれてすぐに天涯孤独になってしまった赤子だった。
逆に言えば……親戚がほぼいない娘であるため、妙なしがらみを持たない子どもでもある。
誰が遺産を継いでも文句が出るのであれば……いっそ、何も知らない孤独な彼女にくれてやったらどうだ。
このままでは生活にも困るだろうから、どうせ支援は必要なのだ。
亡くなった天司家の者たちだって、長期間に渡って争い続ける親戚たちに財産を奪われるよりも、無垢な赤子のために使われた方が気分が良いだろう。
こんな突拍子の無い提案が、闘争に辟易していた者たちの間で採用されたのである。
遺産争いに関係ない子どもに全てを渡すことで、遺産争いの勝者などいない形にしたのだ。
王家がこの判断を支持したこともあり、この案は即座に採用され……遠縁の少女たる天司エリカは、一族の後継者となった。
このような事情により、天司エリカは名家の跡取りとして育てられた。
極めて数奇な運命と言えよう。
そしてもう一つ、彼女の人生についてとても変わった点がある。
彼女の養育を、アカーシャ国の転生局職員が行ったことだ。
遺産争いに参加していた親戚が養育を行うと、後見人の立場を利用して遺産を横領する恐れがあるため、親戚たちは誰も養育者にはならず……長らくの資金援助によって天司家とも縁の深い転生局に、養育が丸投げされたのである。
このことが、まだ幼い彼女に大きな影響を与えた。
端的に言えば、転生局で育てられる過程で、彼女は懐いてしまったのだ。
転生局の職員と────アカーシャ国で保護され、彼女とも交流を持った異世界転生者たちに。
いつしか彼女は、彼らを自分の「家族」だと呼ぶようになった。
転生局顧問となった現在でも、変わっていない。
親の顔も知らず、遺産争いの後遺症で親戚も顔を見せに来ないため、彼女は子どもの頃からよく接している異世界転生者たちを本当の家族として認識するに至った。
言うなれば彼女は、異世界転生者に育てられた少女なのである。
「……それで、鏖殺人がこっちに来ちゃうの……面倒くさいんだけどー!」
とても同僚には聞かせられないような砕けた口調で、エリカは自身の「家族」に語り掛ける。
足は崩され、頬杖をつき、服も乱れている。
それでも顔の仮面だけは外されていないのだから、非常に奇妙な光景だった。
しかし、話し相手はそれを咎めない。
手慣れた様子で応答する。
「そりゃあ、大変なことになったなあ……」
「鏖殺人は怖いからねえ」
エリカの目の前にいるのは、五十代くらいの夫婦だ。
容姿は全くエリカと似ていないが、エリカの愚痴に頷きを返すその様子は、娘の働きを見守る両親そのものである。
「じゃあ、私たちは出来るだけ身綺麗にしておいて、変な言葉づかいをしないようにすればいいんだな」
「いつもの視察と同じね」
「そうそう、そういうことー」
椅子に浅く座り、背もたれに体を預けながら、エリカはぼんやりと答える。
流石にこの夫婦……三十年前にここに保護された異世界転生者の夫婦は、視察にも慣れている。
「だけどエリカちゃん、年頃の娘がそんな恰好をしたら……」
「あー、平気平気。私がおばさんたちと会っている間は、他に誰も入らないから」
妻の方────異世界転生者・田村千賀子から放たれた苦言に対し、エリカは得意げに手をひらひらとさせた。
様子としては、仕事に疲れて両親に甘える娘のそれである。
エリカと夫婦の間に存在する透明な壁──異世界から偶発的に持ち込まれた強化ガラスを流用している──が雰囲気を削いでしまっているのが欠点だが、エリカにとってこの面会室は実家も同然だった。
「……前も言ったけど、あんまりここに来て大丈夫なのかい、エリカちゃん。エリカちゃんにも、立場ってものがあるだろう」
「あー、うん。まあ確かに、イムが『転生局顧問が異世界転生者に取り込まれているように見える』とか言うくらいで、ここに来すぎると評判は悪いけどさ」
「だったら……」
「でもそこは、政宗おじさんや千賀子おばさんが心配することじゃないよ、大丈夫だって」
夫の方────異世界転生者・田村政宗から心配の言葉が投げかけられたが、エリカはにへらっと笑って大丈夫だと返す。
エリカとしては、ここの異世界転生者は全員家族だと思っているのだが、彼らとしては不安になることも多いらしい。
「しかし……」
「やめなさい、あなた」
エリカのことが尚も心配なのか、政宗は追加で何かを言い募ろうとする。
だが、すぐに千賀子に宥められた。
ここらが潮時だと察したエリカは、仕方なくその場で立ち上がることにする。
「何にせよ、私も頑張るからさ。愚痴聞いてくれてありがとうね、おじさん、おばさん」
「……ああ、何時でもおいで、エリカちゃん」
「私たち、何時でもここにいるからね」
「分かってるって、家族なんだし!」
最後にそう明るく言い放って、エリカは面会室を去った。
──さて、と。
面会室から執務室に戻ったエリカは、気持ちを切り替える。
先程までは存分に「家族」に甘えていたが、仕事となればそうもいかない。
通報された異世界転生者の保護だけでなく、鏖殺人の視察と転生憲章の会議準備も行うのだから、仕事は山積みである。
細かい部分は職員たちがやってくれるが、エリカが判を押さなくてはならない書類だけでも膨大な量だ。
イムにも言われていたが、本来は「家族」に会いに行く時間だって惜しいくらいに忙しい。
「まずは保護施設の食事と、生活用品の予算案をまとめておいて……視察対策は十五時からかな」
「……お嬢様」
そこで急に後ろから声がかけられ、エリカはビクッと震えつつ振り返る。
呼び方から察していたが、案の定そこにいたのはイムだった。
「大変遅いお帰りでしたね」
「……二時間ぐらいじゃない」
「二時間も、です」
イムは額に手をやり、はあっと息を吐く。
「前々から申し上げていますが、異世界転生者たちに過度に感情移入するのはおやめください。彼らはあくまで保護対象。仕事上付き合わなくてはならない人間たち、というだけなのですから」
「……貴女からすればそうだろうけど、私にとっては」
「家族だと、そう仰りたいのでしょう?」
エリカの言葉に先んじるようにして、イムはぴしゃりと叱りつけた。
──ちょっと怒ってるな、イム。
心の中で、エリカは肩をすくめる。
田村夫妻のような異世界転生者たち程ではないが、付き合いが長いイムのことも、エリカは家族同然に見ていた。
その分、エリカはどうしてもイムには甘えてしまうきらいがあった……どうやら、今朝は甘えすぎてしまったらしい。
「確かに、我が国では異世界転生者を殺しません。しかし、過度に甘やかしもしません。敵意が無いにしても、彼らが魔法を扱い、この世界に在らざる知識を持つ危険な存在であることは事実なのですから。だからこそ、この転生局は設置以来……」
「『同情すれど共感せず』でしょう……もう百回聞いた」
口を尖らせて、エリカは拗ねたような表情で転生局のスローガンを口にする。
人生の殆どをこの場所で過ごしているエリカからすれば、子守歌よりもよく聞いた文句である。
「だけどさ、イム。私からすれば、配置換えで次々といなくなる職員よりも、あの場所にずっといる彼らの方が馴染み深いの……分かるでしょ、イム?」
「理解はします。しかし、納得は致しません……そんな態度でいると足元をすくわれますよ。お嬢様」
「すくわれるって、誰に?」
「そうですね……」
ぶつぶつと呟きながら、イムは視線を外にやった。
それから、歌うように口を開く。
「ひとまずは、鏖殺人に、ということでよろしいかと」
何やら含みを持たせたその言葉に、エリカは首を傾げた。




