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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
八章 鏖殺人と仮面の姫
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三話

 二十八年前、流行り病によって、アカーシャ国における貴族の一家が断絶した。

 その家名は、天司。


 血が薄くなった王家の者たちが臣籍降下することで形成される、由緒ある名家である。

 貴族の断絶自体は、そう珍しいことではない。養子を取ったり、分家を作っておいたりと、対抗策こそあるものの、家と言うものは廃れるときは廃れるのだ。


 しかし、元王家である天司家が断絶したとなると、話は変わってくる。

 彼らは、どこにでもいる下級貴族ではない。それなりの財産を有しているのだ。

 そして、財産ある限り、ある問題が生じてくる。


 ────遺産争い。

 遺言も残さず、当主一家が皆凄まじい勢いで死していってしまったため、残された遠縁の者たちは途方に暮れ、同時に私欲を出し始めたのである。


 結果から言えば、この遺産争いは三年以上続いた。

 遠縁の家系、自称隠し子、養子として外の家に出た者、さらに大本の王家まで巻き込み、正式な財産の後継者を目指して争い続けたのである。


 だが、それだけの歳月を費やして尚、争いは終わらなかった。

 とうとう遺産争いの参加者たちすら音を上げた、というのだから凄まじい。


 最終的に、彼らは争いを延期することにした。

 当時たまたま生まれた、遠縁の娘。


 父親は病弱で程なく没し、母親は産後の病気で死んでいる。

 つまり、親戚の類がいないため妙なしがらみを持たない。


 天涯孤独の彼女を跡取りに仕立て上げ、天司家の財産も相続させる。

 同時に、彼女の身柄は代々天司家が後援し、ゆかりも深い転生局が保護する。

 遺産争いは、彼女が成人してから、正統な後継者たる彼女に決めてもらおう、という斜め上の解決方法に至ったのである。


 もちろん、これでは遺産争いは解決しない。しかし、彼女が成人する二十年後までは争いを延期出来る。

 そういった思惑の元、彼女は────天司エリカは育てられた。

 極めて数奇な運命の元、育てられたといえよう。


 しかし、もう一つ、彼女の生育について特筆すべき点がある。

 彼女の世話は、アカーシャ国の転生局職員が行った、という点だ。

 このことは、まだ幼い彼女に大きな影響を与えた。


 端的に言えば、彼女は懐いてしまったのだ。

 転生局職員に、ではない。寧ろ、仕事の合間に事務的に世話をする彼らを、幼い彼女は嫌っていた。


 懐いたのは、もっと親身に接してくれる者たち。

 転生局で育てられる中、幾度となく出会い、可愛がってくれた者たち────アカーシャ国で保護された異世界転生者たちに。


 いつしか彼女は、彼らを自分の「家族」だと呼ぶようになった。

 それは、転生局顧問となった現在でも、変わっていない。


 言うなれば彼女は、異世界転生者に育てられた少女なのである。






「……それで、鏖殺人がこっちに来ちゃうの……。面倒くさーいー!」


 とても同僚には聞かせられないような砕けた口調で、エリカは自身の「家族」に語り掛ける。

 口調だけでなく、足は崩され、頬杖をつき、服も乱れている。

 だというのに、顔の仮面だけは外されていないのだから、非常に奇妙な光景だった。

 

 しかし、語りかけられた相手は、それをとがめもせず、手慣れた様子で応答する。


「そりゃあ、大変なことになったなあ……」

「鏖殺人は怖いからねえ」


 エリカの目の前にいるのは、五十代くらいの夫婦だ。

 容姿は全くエリカと似ていないが、エリカの愚痴に頷きを返すその様は、娘の働きを見守る両親にしか見えない。


「じゃあ、私たちは出来るだけ身ぎれいにしておいて、変な言葉づかいをしないようにすればいいんだな」

「いつもの視察と同じ、ね」

「そうそう、そういうことー」


 椅子に浅く座り、背もたれに体のほとんどを預けたままエリカはぼんやりと答える。

 さすがにこの夫婦は────三十年前にここに保護された異世界転生者の夫婦は、視察にも慣れている。


 幼い時から転生局について学んできたエリカとはいえ、どうしても経験不足な面はあった。

 そのため、彼らのような経験に富んだ異世界転生者はありがたい。


「だけどエリカちゃん、年頃の娘が、余りそんな恰好をしたら……」

「あー、平気平気、ここ、私がおばさんたちと会っている間は、他に誰も入らないから」


 妻の方──異世界転生者・田村千賀子から放たれた苦言に対し、エリカは得意げに手をひらひらとさせた。

 その様子は完全に、仕事に疲れて両親に甘える娘のそれである。

 

 この場所────異世界転生者保護施設の面会室は、エリカにとって実家のような安心感を得られる場所だった。

 その彼女の感覚は、決して錯覚ではない。


 幼いころから何度も通い、ここに来た異世界転生者たちに可愛がられて育ったエリカとしては、ここは間違いなく実家なのである。

 強いて言うならば、エリカとこの夫婦の間に存在する透明な壁──異世界から偶発的に持ち込まれた強化ガラスを流用しているのだ──が、帰郷の雰囲気を削いでしまっているのが欠点だが。


「あー、あと、前も言ったけど、あんまりここにきて大丈夫なのかい、エリカちゃん。エリカちゃんにも立場ってものがあるだろう」

「あー、うん。まあ確かにイムが『転生局顧問が異世界転生者に取り込まれているように見える』とか言ってきて、ここに来すぎると評判は悪いけどさ」

「だったら……」

「まあ、けどそこは、政宗おじさんや千賀子おばさんが心配することじゃないよ、全然」


 今度は夫の方──異世界転生者・田村政宗からエリカを心配する言葉が投げかけられたが、彼女はにへら、と笑ってその心配を断ち切る。


 エリカが成人してから、このようなつまらないことを心配する異世界転生者が増えた。

 エリカとしては、この田村夫妻も、ここには来ていない他の異世界転生者も含めて、皆彼女の家族と捉えているのだが、彼らとしては不安になることも多いらしい。


「しかし……」

「やめなさい、あなた」


 エリカが自分たちの疑義を笑い飛ばしたことが不満なのか、政宗はなおも何かを言い募ろうとする。

 だが、すぐに千賀子に宥められた。

 さすがにここらが潮時だな、と長い付き合いで察したエリカは、もう少しここにいたい、という本音を抑えてその場で立ち上がる。


「まあ、視察にせよ何にせよ、私も頑張るからさ。愚痴聞いてくれてありがとうね、おじさん、おばさん」

「……ああ、何時でもおいで、エリカちゃん」

「私たち、何時でもここにいるからね」

「分かってるって、家族なんだし!」


 最後にそう明るく言い放って、エリカは面会室を去った。




 ──さて、と。


 保護施設から執務室に戻ったエリカは、気持ちを切り替える。

 先ほどまでは存分に「家族」に甘えていたが、仕事となればそうもいかない。


 通報された異世界転生者の保護だけでなく、鏖殺人の視察と、転生憲章の会議準備も行うのだから、仕事は山積みである。

 細かい部分は剣崎局長以下、職員たちがやってくれるが、エリカが判を押さなくてはならない書類だけでも膨大な量だ。

 イムにも言われたが、本来は「家族」に会いに行く時間だって惜しい程に忙しい。


「まずは、保護施設の食事と、生活用品の予算案をまとめておいて……視察対策は十五時からかな」

「……お嬢様」


 不意に後ろから声がかけられ、エリカはビクン、となって振り返る。 

 呼び方から察してはいたが、案の定そこにいたのはイムだった。


「大変遅いお帰りでしたね」

「……二時間ぐらいじゃない」

「二時間も、です」


 イムは額に手をやり、はあっ、と息を吐く。


「前々から申し上げていますが、異世界転生者たちに過度に感情移入するのはおやめになってください。彼らはあくまで保護対象。仕事上付き合わなくてはならない人間たち、というだけなのですから」

「……あなたからすればそうだろうけど、私にとっては」

「家族だと、仰りたいのでしょう?」


 エリカの言葉に先んじるようにして、イムはぴしゃり、と叱りつけた。


 ──ちょっと怒ってるな、イム。


 心の中でエリカは肩をすくめる。

 田村夫妻のような異世界転生者たちほどではないが、付き合いが長いイムのことも、エリカは家族同然に見ている。

 その分、エリカはどうしてもイムには甘えてしまうきらいがあった。どうやら、今朝は甘えすぎてしまったらしい。

 そんなことを考えているうちに、イムは小言を並べてきた。


「確かにわが国では異世界転生者を殺しません。しかし、過度に甘やかしもしません。敵意が無いにしても、彼らが魔法を扱い、この世界に在らざる知識を持つ危険な存在であることは事実なのですから。だからこそ、この転生局は設置以来……」

「『同情すれど共感せず』でしょう。……もう百回聞いた」


 口をとがらせ、エリカは拗ねたような表情で転生局のスローガンを口にする。

 人生のほとんどをこの場所で過ごしているエリカからすれば、子守歌よりもよく聞いた文句である。


「だけどさ、イム。私からすれば、配置換えで次々といなくなる職員よりも、あの場所にずっといる彼らの方が馴染み深いの。分かるでしょ、イム?」

「理解はします。しかし、納得は致しません。……そんな態度でいると、足元をすくわれますよ。お嬢様」

「すくわれるって、誰に?」

「そうですね……」


 呟くように言いながら、イムは視線を外にやった。

 それから、歌うように口を開く。


「ひとまずは、鏖殺人に、ということでよろしいかと」


 何やら含みを持たせたその言葉に、エリカは首を傾げた。

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