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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
八章 鏖殺人と仮面の姫
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二話

 朝の冷え込んだ空気を突っ切り、エリカはいつものように転生局局長室の扉を開く。

 もちろん、傍にはイムが控えていた。


 そして、すっと息を吸い込み、挨拶を口にする。


「おはようございます、剣崎局長」

「ああ、おはようございます、エリカ姫」


 流れるように放たれるからかい言葉に、出勤早々エリカは顔をしかめた。


「姫はやめてください、昔はそんな呼ばれ方をしていましたが、今の私は天司顧問、あなたの上司なんですから」

「もちろん、承知していますよ。ただ、顧問の子供の頃を知っている身としては、どうしても顧問が子供に見えまして……」


 この十年でずいぶんと薄くなった頭に手を添えながら、剣崎はカラカラと笑う。

 罪悪感を全く感じさせない彼の様子を見つめ、エリカは一人息を吐いた。


 眼前にいる人物、剣崎カイゾウは、現在の転生局局長であり、昔からエリカも世話になっている人物だ。

 今は何やら腑抜けているようだが、かつて行われた転生憲章に関する会議では鏖殺人と丁々発止のやり取りを繰り広げる等、優秀な人物である。

 ただ一点、何時まで経ってもエリカを子ども扱いする、という欠点があるが。


 毎朝毎朝、この手のからかいにはうんざりしているエリカだが、恩ある人物でもあるため無碍にはできない。

 結局、キリの良いところで仕事の催促に話題を移した。


「……呼び方はともかく、仕事をください。昨日やり残した、例の殺人事件に関する分を」

「いえ、そちらはもう大丈夫ですよ。例の犯人、黙秘を止めて色々と話し始めたようです」


 思いがけない報告を受け、一瞬エリカは動きを止める。


 ここ数週間、元々天司家の護衛をしていた殺人犯──桧山ゲンゾウの行いと、彼が黙秘を続けているという状況のせいで、釈明会見や事実確認など、エリカの仕事は増えていた。

 剣崎の言うことが正しいなら────つまり、桧山が自供を開始して事実関係が開示されたなら、それらの雑務はグリス王国中央警士局によって代行され、エリカとしてもずいぶん楽になる。


「本当ですか?本当なら、私としては通常業務に戻りたいのですが」

「向こうの中央警士局局長から直々に言ってきたことですから、間違いではないでしょう。ただ……」


 剣崎はそこで語尾を濁し、柄でもなく深刻そうな表情をした。

 その表情を崩さないまま、傍の机から一枚の手紙を取り出す。


「その通知と同じくして、向こうの転生局から伝書カラスが来ました……内容は、自分でお読みになった方がいいかと」


 彼にしては珍しい、はっきりと結論を述べない話し方だった。

 怪訝に思いながらも、エリカはその手紙に目を通す。




「拝啓 アカーシャ国中枢統御会議所属特別機構『転生局』顧問 天司エリカ殿

 樹木の枝を眩い青で彩っていた若葉もいつしか紅に染まり、朝夕は冷たい北風が吹き抜ける今日この頃、天司顧問はいかがお過ごしでしょうか。


 グリス王国内では、国民を恐怖させた連続殺人事件もようやく終焉に向かい、しばし騒然としていた国家理事会も、何とか落ち着きを取り戻しているところです。

 私個人といたしましても、未だ至らぬ身ではありますが、今回の件では転生局局長として恥じない振る舞いが出来たと、胸をなでおろしております。


 さて、話は変わりますが、以前、私の問題により途中閉会をしてしまった転生憲章の改定会議について、司会役としてその扱いをお知らせしたいと思います。

 一時は来年度における再開催を目標としておりましたが、こちらの身辺が落ち着いたこと、私の体調も十分に回復したことを考えますと、やはり今年度中に再開催をするのが妥当、という考えに至りました。


 ただ、前回のようにマーズ大書院を借り切る必要はありません。

 内容自体はごく少ないのですから、転生局局長同士で個人的な会議を行い、やり残された議題の決着と替えさせていただきたい、と存じます。


 折しも、この冬には元々、私によるアカーシャ国転生局関連施設の視察が予定されておりました。

 それと合わせて会議を再開させることで、より建設的かつ効率的な議論が行えるだろう、と愚考しております。

 また、私が個人的にそちらに出向く形となるため、天司顧問の負担は最小限に抑えられるでしょう。


 この案に賛同いただけるのであれば、この手紙を運んだ伝書カラスにその旨をお書きください。

 賛同いただけない場合は、恐れながら代案をご連絡いただきたいと思います。

 双方の明るい未来のために、素早い判断を期待いたします。


 敬具

 グリス王国内務省所属平和庁直属特務機関『転生局』局長 ティタン              」




「えーと、これはつまり……」

「会議の再開を名目として、鏖殺人がこちらに殴り込みに来る、ということです。お嬢様」


 剣崎よりも早く、エリカの傍に控えていたイムが状況を整理した。

 なまじわかりやすい言葉で語られた分、すぐに理解できてしまい、エリカはげんなりとする。


「しかも丁寧なことに、連続殺人を解決しただの、自分が原因で中止になったことのお詫びとしてこちらを訪ねるだのと、色々理由を付けていますね……」


 手紙の中では丁寧な表現に置き換えているが、要はそれぞれ「そっちの尻拭いをしてやったんだからこっちの要求ぐらい呑め」、「あくまで謝罪の意を示すだけだから、まさか断りはしないよな」という意味を持つ。

 鏖殺人の真意を知れば知るほど、文章の丁寧さが不気味になってくる手紙だった。


「どうしましょうか、天司顧問。個人的には、受けても受けなくても面倒くさい話になると思いますが……」


 剣崎が顔をしかめ、首を振りながら問いかけてくる。

 彼が、鏖殺人がここに来る、というだけのことをここまで渋っているのには、もちろん理由がある。


 今まで何度か歴代ティタンによるアカーシャ国への視察は行われたことがあるが、そのすべてが無事には終わっていないのだ。


 ある時はティタンに恐怖する、保護された異世界転生者が彼に襲い掛かり。

 ある時は「人の翼」が、ティタンを殺せて同胞を解放できるのだから一石二鳥、とばかりに施設を襲撃し。

 またある時はティタンの発言に激怒したアカーシャ国の職員と、ティタンの間で乱闘になり。


 四、五年に一回のペースで行われてはいるものの、何かと問題がある行事なのである。


 それらのごたごたを抜きにしても、こちらが何か一つ失態を犯せば、それは鏖殺人からすれば攻撃材料の一つとなる。

 転生憲章に関する会議までセットになるのであれば、向こう側からの執拗な攻撃はより密度を増すだろう。

 何にせよ、アカーシャ国の転生局としては頭が痛い話だった。


 かといって、断ってしまえばそれはそれで鏖殺人の機嫌を損ねる。

 この件を元に、何かしら報復が行われないとは限らない。

 結局、エリカはため息をつきながら結論を出した。


「向こうがこう言ってきている以上、仕方ないでしょう。粗相がないよう、迎え入れる準備をしましょう」

「承知しました」


 剣崎としても結論は見えていたのか、特に取り乱すこともなくエリカの返答を受け入れる。

 そのまま彼は、局長室を離れて部下たちの執務室へと向かった。鏖殺人の襲来に備え、準備に入ったのだろう。


「仕事が一つ消えても、また一つ仕事が出てくる……。キリがないわね、イム」

「はい。ですが、それが私たちの使命でもあります」


 局長室の椅子に深く座り込み、エリカは現状を嘆く。

 エリカがこの立場になったのは三年前だが、就任以来心休まる状況、というものになったことがない。

 さすがに鏖殺人のように、異世界転生者と命のやり取りをするわけではないが、ここの仕事も十分に殺伐としている。


 そうやって通常業務もせずにぶつぶつと愚痴を言っていると、エリカはふと思いつくことがあった。


「そうだ、イム。朝から暗い気分でいるって言うのもあれだから……気分を明るくさせるために、会いに行ってもいい?私の『家族』に」

「またですか」


 口にした瞬間、隣でイムが露骨に嫌そうな顔をする。


「確か、一か月前に会っていませんでしたか?」

「一か月待ったのならいいじゃない!普通の家族なら毎日会うのだから」

「確かにそうですが、彼らは普通の家族という訳では……」

「お願い!」


 エリカが子どものように両掌を合わせて拝むと、イムはしばらくそれを無言で見つめていたが、やがてはあっ、とため息をついた。


「いいでしょう。行ってもいいですよ」

「そう!ありがとう、イム!」


 途端にエリカが顔をパアッと輝かせたのを確認して、イムはもう一度ため息をついた。

 それから、無駄だとはわかっていたが、一応忠告をした。


「いいですか、言って置きますが、彼らはあなたの本当の家族ではないのですから、あまり気を許しすぎないようにしてください。彼らはあくまで…………ここで保護された異世界転生者たちに過ぎないのですから」

「分かってるってー」


 絶対に分かっていない口調で、エリカは駆けだしていった。

 この転生局本部の建物の隣────異世界転生者保護施設へ。

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