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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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十五話(七章 完)

 その面会室を訪れることは、ジンにとっては二回目の体験だった。

 一度経験しただけでは慣れない雰囲気に少しばかり委縮しつつ、いつかのように扉を開ける。


 背後から、馴染みの刑吏が面会時間を告げてくるところまで、あの時と同じだった。

 異なる点を探すとすれば────。


 ジンは顔を上げ、眼前で縛られている人物を見つめる。

 直に会うのは三週間ぶりだろう。

 しかし、彼の変わりようは、それ以上の年月が経過したのではないかと、ジンに錯覚させるほどのものだった。


 それなりに身綺麗にしていた顔はまばらな無精ひげに覆われ、口元にはよだれの跡が見える。

 服装が囚人服であることは、彼の立場からすれば仕方ないことだが、その服も嫌に古びていた。

 かつては剣を握っていた手も、強い踏み込みをこなしていた足も、何かに怯えるように小刻みに震えている。


 ──あの時は、老人には見えないくらい元気だったんだが。


 捕まっていた時の光景を思い出し、ジンは目を細める。

 あの時の姿が幻覚だったのではないか、と思えるほど、目の前の人物は────囚人・桧山ゲンゾウは衰えていた。

 今となっては、その年齢相応の、いや年齢以上に老けた老人にしか見えない。




「……よう、久しぶりだな。奇しくも、あの時とは置かれている状況が逆になったが」


 とりあえず、声をかけてみる。

 反応が得られるよう、少しばかりの皮肉を込めて。


 しかし、眼前の老人は押し黙ったままだった。

 落胆はしない。


 刑吏の話によれば、三週間前に鏖殺人によって捕縛されて以来、桧山は黙秘を続けているらしい。

 それも、何か重要な話を隠し通そうとしているのではなく、まるで放心状態になったかのような姿だ、と。

 嬉々とした様子で、ジャクが伝えてきた。


 先日ジンが提出した面会希望書が、あり得ない程の速さで認可されたことも、彼の精神に何らかの変化を与え、黙秘を止めさせることを期待する人物の手によるものだろう。

 尤も、ジンとしては別段、彼が黙秘をしようがしまいが、どうだっていいのだが。


 彼の犯した罪については、既にそのほとんどが立件可能な段階に至っている。

 まず間違いなく、容疑者が黙秘を続けているという事情が考慮されたとしても、彼の罪状は死刑になるだろう。

 ジンが求めた償いは、既に果たされた────終盤は鏖殺人に任せっきりになったというのは、やや締まらないが。


 だからこそ、ジンがここに来たのは、それとは別の話。

 事件の本質とはあまり関係はしないのだが、それでも彼に聞かせた方がいい話について。


 それをするために、今一度ここを訪れたのだ。

 自分の意思を再確認し、やがてジンは口を開く。


「……あんたが話を聞いているかどうかは分からないが、話さないのもなんだから、言って置く。あんたが最後まで忠誠を誓っていた、天司家の死の真相について、だ」


 天司家と言った時点で、桧山の首が、ほんの少しだけ動いた気がした。


「あんたは、あの死を鏖殺人による暗殺だって思っていたみたいだが……あれは、その、本当にただの病気だったみたいだぞ。なんていったかな、えーと…………インフルエンザ?だったか?」


 そこからは、ジンは記憶が薄れぬ間に、一気に話を続けた。

 何しろ、ジンとしても囮役の報酬代わりに、ついさっき、無理して鏖殺人から聞き出した話なのだ。






 そもそもの始まりは、天司家の当主が流行り病にかかったことにある。

 桧山は、この「流行り病」というのはあくまで鏖殺人が捏造した建前のように語っていたが、実際に当時のアカーシャ国では伝染病が流行っていたらしい。


 運悪く、流行していたその病にかかった当主は、桧山の話通り、感染を拡大させないように使用人たちを帰らせた。

 問題はこの後、桧山がこの命令に従って、天司家の屋敷に通わなくなった時に起こる。


 かかりつけ医の腕が悪かったのか、当主自身、体が弱かったのかは知らないが、その病気が瞬く間に悪化してしまったのだ。

 桧山たちを下がらせてから三日もしない間に、当主の容態は死線をさまようほどにまで悪化したらしい。


 ここまでなら、悲劇ではあるが、同時によくある話だ。

 しかし、ここからの話は、希少な話となる。


 当主が死線をさまようようになった、次の日。

 彼の看病をしていた側仕えの人間と、家族に対して先代ティタンが行った事情聴取によれば、瀕死となった当主の前に、あるものが現れたらしい。


 異世界へとつながる、<門>が。


 そう不思議な話でもない。

 あの門は、異世界──地球からこちらの世界へと繋がるものが有名だが、その本質は自然現象である。


 死にそうな人間の前に突然現れ、その人物を異世界へと誘う。

 伝染病によって死に瀕した当主は、偶発的に異世界・地球に繋がる門を開いたのだ。


 だが、その大きさは、人間一人を異世界に運ぶほどのものではなかった。

 当時の記録によれば、せいぜい掌大の大きさだったらしい。

 そのため、瀕死の当主が地球に向かって異世界転生してしまう、という事態は避けられた。


 だが、その小さな<門>が発生した数秒間の間に、それを通って地球からこちらの世界へ異世界転生してきた存在があった。

 こちらの世界では未だ発見すらおぼつかない、ごく微小な病原体────インフルエンザウイルスである。


 鏖殺人の話では、このウイルスは異世界における冬の日本で、猛威を振るう存在らしい。

 この時現れた門が繋いだ場所こそ、運悪くその冬の日本であり────。

 門が開いている数秒間の間に、流れ込んできた異世界の空気に混ざって、こちらの世界に侵入してきたのである。


 鏖殺人曰く、普通はこの手のウイルスの異世界転生というものは、そんなに心配する話ではない。

 まず、あまりにも体が小さすぎて魔力を蓄えられないため、異世界転生者のように魔法が使えない。

 加えて、こちらの世界の微生物に比べて弱いのか、だいたいすぐに駆逐されてしまう。


 だが、今回ばかりは環境が悪かった。

 何しろ、それらの異世界転生をしたインフルエンザウイルスの目の前には、当然のことながら瀕死の当主と、それを看病する者たちがいたのだから。


 そして、天司家一家の人間は、インフルエンザウイルスに感染した。


 元々弱っていた当主は、思わぬ追撃を喰らう形となり、さらに病状は悪化。

 その当主の近くにいて、流入した異世界の空気を直に浴びた家族や側仕えの人間も、次第に体調を崩し始めた。


 普通、人間が病気にかかっても、自身の免疫力がそれを治癒してくれる。

 しかし、今回感染したのは異世界の病原体である。免疫などあるはずもなく、病状はあっという間に悪化した。


 かかりつけ医はついに匙を投げ、別の医師を────異世界の医学に詳しい医師を探し始めた。


 先代ティタンが呼ばれたのは、この時期のことである。

 アカーシャ国が当時保護していた人間の中にも医者はいたらしいが、隔離施設の外に連れ出すことは法律で禁じられている。すなわち、天司家の人間を診察させるわけにはいかない。

 異世界の病気に関する知識を持ちながら、国と国の間を自由に行き来出来る存在は、彼しかいなかったのだ。


 だが、先代ティタンとて、仕事上異世界の知識を有しているだけであり、決して異世界の医学に精通しているわけではない。

 治療の甲斐なく、当主はほどなくして死亡。


 残った家族も、多少の時間差をおきながら死んでいった。

 これが、桧山の言うところの「先代ティタンが訪れてすぐに、天司家の人間が全員死んだ」という件の真相である。


 その後、先代ティタンと当時のアカーシャ国転生局局長が話し合い、天司家の人間の死因は公表されないことが決まり、表向きには流行り病で、ということになった。

 先にも述べたが、この時期実際に伝染病が流行し、アカーシャ国の人間は病気というものに対して敏感になっていた。

 この時期に異世界から来た病原体で死んだ人間が居る、と公表すれば、社会に混乱がもたらされる、と判断されたのだ。


 加えて、天司家の人間が異世界由来の病原体で死んだ、と公表すること自体が、異世界転生者を保護、隔離しているアカーシャ国では微妙な意味を持つ。

 天司家が異世界転生者の保護を熱心に行っていた──つまり、保護した異世界転生者とも交流があった──ことは、広く知られた事実だった。

 その天司家の人間が異世界由来の病原体で死んでしまっては、異世界転生者が病原体を運んできて、天司家の人間に感染させたかのように受け取られかねない。


 アカーシャ国とて、異世界転生者の保護に反対する人物は一定数存在する。

 彼らがこの事実を悪用し、異世界転生者を、まるで病原体を運んでくる害虫であるかのように喧伝してくれば、そのように信じる人間も出てくるかもしれない。

 そうなっては、冗談ではなくアカーシャ国転生局の存亡にかかわる。


 これらの政治的、心情的要因が絡まり合い、天司家の人間の、真の死因は秘匿された。

 真実を知るのは、当時側仕えをしていて、門の発生を目撃したものの、たまたまインフルエンザに罹患しなかった人物と、当時の転生局職員くらい。


 二十八年経った現代では、鏖殺人くらいしか真実を知らない。

 当主の命令通り屋敷に来なかったために、徹頭徹尾蚊帳の外だった桧山にももちろん、真実は知らされなかった。


 そして天司家の死から数年が経ち、遠縁の娘──後の天司エリカ──を天司家の後継者とすることで、天司家の断絶も回避。

 すべての事態は終結した。

 ただ一人、復讐に走った元護衛だけを取り残して。




「まあ、だいたいこんな感じだったらしい」


 個人的な興味からせがんだ末、なんとか鏖殺人から聞いてきた話を伝え終わり、ジンは肩から力を抜く。

 チラリ、と視線を前にやるが、桧山は表情を変えない。

 果たして話を聞いているのか、いないのか。


「……まあ、これも所詮は鏖殺人から聞いた話だから、疑おうと思えばいくらでも疑える。だけど、俺は真実だと思う。そもそも、あんたは先代ティタンが暗殺をしたって言うけど、当時から先代ティタンは結構な権力を持っていた……つまり、やろうと思えば暗殺なんてしなくても、他国の貴族ぐらい他の方法でいくらでも黙らせることが出来たはずだ。わざわざ屋敷を訪れてまで暗殺をする理由なんてない」


 もっと言えば、今回の鏖殺人の手口を見るに、仮に暗殺をするなら他人にやらせるだろう、という気もした。

 何しろ、「異世界転生者は全て殺す。しかし、人間は誰一人として殺さない」を地で行く人なのだから。

 先代ティタンとて、同じ信念、同じやり方で戦ってきたはずだ。


 現に、先代ティタンと鏖殺人の両方を襲撃した目の前の老人は、あくまで捕縛されただけで、殺されずに生きている。

 彼が「人間」だから、何をやった人物であろうと、鏖殺人の手では殺されないのだ。


 ジンがそこまで考えた時。


「……あ…………れは」


 突然、桧山が口を開き、ジンは目を見開いた。


「お前、話が……?」

「……あれは、何だ?小僧?」

「は?」


 意図のつかめぬ問いかけに、ジンは疑問を口にする。

 さすがに不親切だと思ったのか、それを見た桧山は言葉を重ねた。


「あれは……あの、鏖殺人というのは……何だ?何者なんだ?」

「はあ?」


 より詳しくなった問いかけに、今度こそジンは強く困惑する。

 言うに事欠いて、自分が襲った標的に対して「何者」とは。

 訳が分からない。


 まさかこの三週間で急速にボケが進んだのか、と、ジンは本気で思案する。

 だが、それを見た桧山は、弱々しい様子で首を振った。


「信じてもらえなくとも構わん……だが、一度でいいから聞いてほしい。……貴様が気絶している間、俺は鏖殺人と打ち合った……知っているか?」

「まあ……」

「俺は、腐っても剣豪と呼ばれたことのある剣客だ。……多少なりとも打ち合えば、相手の剣の技量というのははっきりとわかる。だから、俺は鏖殺人と切り結んだ時、驚いた……余りにも、その刀の振るい方が、二十八年前に打ち合った先代ティタンのそれと似ていたから、だ」

「似ていた?」


 そういえば、代々のティタンは刀を武器にしてきたんだったな、とジンは昔聞いた話を思い出す。


「だけど、それは不思議な話じゃないだろう。単に、鏖殺人が父親である先代ティタンから刀の振るい方を習ったってだけじゃないのか?」

「そうじゃない……そんな生半可な類似性ではないのだ」


 桧山は先ほどまでの押し黙った態度が嘘であるかのように、激した様子で首を振る。

 その姿は、自分ではわかり切ったことを相手に伝えきれないのが、悔しくてたまらない、という風に見えた。


「剣を極めていない貴様には分からんだろうが、どれほど同じ流派、同じ武器、同じ環境で学ぼうと、剣筋にはどうしても『癖』というのが出てくる。他の誰にも真似できない、その人物が武器を扱うときにだけでてくる癖……特徴と言った方がいいかもしれん。人間の特徴が千差万別であることと同様、この剣筋の特徴もまた、千差万別。決して他人と同じになることはない」

「……つまり、いくら鏖殺人が先代ティタンから刀の振るい方を学ぼうと、その扱い方や強さが、先代ティタンと全く同じになるわけじゃないってことか?」

「そうだ。どうしたって、個人差というものはあるからな。どれほど忠実に師匠の腕を再現したところで、完璧に模倣しきることなどありえん」


 そこで、桧山は少し言葉を切った。その顔色は、心なしか先ほどよりも青い。


「だが、だが……鏖殺人のそれは、先代ティタンと空恐ろしくなるほどにまで一緒だった!剣の弾き飛ばし方も、構えも、口調も……何もかもが、先代ティタンと一緒だった!」

「お、おい……」

「俺には……俺にはあれが、先代ティタンと同一人物だとしか思えん!そうじゃなければ、あれほどにまで刀の振るい方が酷似するなどありえんのだ!双子に同じ剣術を学ばせたとしても、ああはならん!」


 次第に興奮してきたのか、桧山の息は荒くなり、目つきも常軌を逸したものになる。

 その雰囲気の異常さに気が付いたのか、ジンの背後でゴソゴソと人が動く音が聞こえだした。刑吏が人を集めているのだろうか。


「だが……だが同一人物のはずはないのだ!先代ティタンは俺よりも十は年上だった!しかし、仮面で顔は隠せるにしても、あの動きは老人のそれではない!小僧、もう一度聞くぞ、鏖殺人とは一体何なのだ?俺を二度も打ち負かしたあの人物は、一体何者なのだ!」


 それが、ジンが聞いた最後の言葉だった。

 囚人の異常な様子を確認した刑吏たちが、ジンの背後から一斉に飛び掛かる。


 結局、ジンは桧山の疑問に答えることなく、強制的に面会を中止させられた。






 ──鏖殺人とは、一体何者なのか……。鏖殺人と先代ティタンが同一人物、ね。


 監獄からの帰り道、ジンは一人思考する。


 桧山が言っていた推測を、老人の妄言と一蹴するのは簡単だ。

 だが、ジンとしても一つ、思い出すことがあった。


 ちょうど三週間前、ジンが鏖殺人から桧山について話を聞いていた時のことだ。

 推理の発端となった、二十八年前の、桧山による先代ティタンによる襲撃について、鏖殺人はこう言っていた。


 ──「記録に残っていない話なんだが」、と。


 あの時は流していたが、今は少し不思議に思う。


 ──何故、その記録に残っていない話を、鏖殺人は知っていたのだろうか?


 無論、普通に考えれば、これは父親である先代ティタンから直接聞いていた話、ということになる。

 この説明に、矛盾はない。


 しかし、桧山が言うように、先代ティタンと鏖殺人が同一人物だとしても、このことには説明を付けられる。

 彼らが同一人物だというのなら、二十八年前襲撃を受けた先代ティタンというのは、鏖殺人自身になる。当然、襲撃者について知っているはずだ。

 何しろ、自身の経験談なのだから。


 そう、確かにあの時。

 ジンの記憶が正しければ。

 自身の父親が襲撃された話をしていた時の鏖殺人は、何か「懐かしそうな」表情を浮かべてはいなかったか────。


 いや、もしかすると。

 先代ティタンだけではないのかもしれない。


 初代ティタンから、連綿と続く歴代のティタンたち。

 何故か彼らは、皆一様に刀を愛用する。


 そしてその剣術は、異世界転生者を圧倒するほどにまで強い。

 ただの一人として、剣術が不得手な者や、無能な者は存在しない。


 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 歴代のティタンは皆、同じ目標を掲げ、同じ武器を持ち、同じ強さを有する。


 これらが、皆、同一人物だとすれば。

 このことも、説明がつくのではないだろうか────。


「ばかばかしい」


 頭を振って、ジンはその考えを追い払う。

 こんな話、中央警士がやるべき推理ではない。これではただの妄想だ。


 そもそも、桧山の言っていた通り、年齢の壁がある。

 歴代のティタンが皆同一人物であるというのなら、鏖殺人は不老不死ということになるだろう。

 だが、不老不死など、異世界転生者の魔法ですら不可能な奇跡だ。まさか実現させている者がいるとは思えない。


「やっぱり、あの爺さんはボケているんだろうな……」


 そうやって思考を打ち切り、ジンは再び歩き始めた。






 もし、酒井がこのことを知ったならば。

 ため息をついて、こう言ったかもしれない。


 「相変わらず、頭の固い人ね」、と。

























 丁度、その頃。

 鏖殺人は局長室で、ある似顔絵を見つめていた。


 中央警士局の似顔絵係が書いた、女性の似顔絵だ。今回の件で被害者となった須郷ジンの証言をもとに書き直されたため、かなり精緻な絵となっている。

 描かれているのは、一人の女性。

 メイド服を着込み、怜悧な美貌をさらしている。


 彼女は、今回の事件──鐘原ツバキの殺害に置いて、桧山ゲンゾウの協力者として第一発見者役を引き受けた女性である。

 ジンの証言から、彼女の正体は人の翼の構成員であることが判明している。


 鏖殺人が地下通路を通って駆け付ける前に、別方向に去っていったらしいので、鏖殺人は彼女の姿を見ていない。

 だからこそ、事件処理のごたごたを納めてから、似顔絵を求めたのだが────。


「……やはり、彼女だな」


 それだけ言って、鏖殺人はふう、と息をつく。

 同時に、局長室の扉がコンコン、となった。


「入れ」

「失礼します。お茶をお持ちしました」


 返答と共に、きゅらきゅらと車椅子を滑らせる音が聞こえる。

 入室した宮野ユキは、いつものように紅茶を机に置いた。

 それが終わったのを見計らい、鏖殺人は彼女に声をかける。


「……宮野君。白縫副局長は?」

「申し訳ありません。まだ、みたいでして……」


 別段彼女の責任、という訳でもないのだが、いかにも申し訳なさそうに、ユキは眉を下げる。


 この転生局に勤めるもう一人の一等職員、白縫キョウヤは、この三週間無断欠勤を続けている。

 理由は簡単。出勤するよりも大事な、研究テーマが出来たから。

 中央警士による職務停止も、研究者肌な彼にとっては自由に研究が出来る余暇時間が出来ただけに過ぎない。


 結果として、事件が終わり、職務停止が解かれても尚、彼は転生局に姿を見せていなかった。

 彼の性格上、たまにあることであるため、大きな問題という訳ではないが、褒められたことでもない。


「申し訳ありません。職務に滞りがあるようでしたら、私の方から叱責を入れますので……」

「いや、いい。代わりに一つ、頼まれてくれないか」

「はい……何でしょう?」

「白縫に手紙をやってくれ。そうだな……『ご執心の魔導人形が見つかった』とだけ書いておけばいい」

「それだけ、ですか?」


 いくら崇拝する鏖殺人の言葉とはいえ、意図を掴めず、ユキは怪訝な顔をして聞き返す。

 しかし、鏖殺人はその無機質な仮面を揺らしもせず、じっとどこかを見つめるだけだった。

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