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その3

 ヤマルを始めとする三人の技士は、シジャン博士に任務の詳細を聞こうとした矢先、キブノ兵に射殺される。だが、なぜか三人は極光オーロラの甲冑の中で意識を取り戻した。

 まずは技術再現本部から脱出しようとする三人に、もう一人の極光甲冑が立ちふさがる。これを撃破し、進もうとしたところで、三人の極光甲冑は水中に落とされてしまう。

 リリが動かす極光甲冑の視界の動きに合わせて辺りを観察した。上から見た印象とは違って、意外と水は澄んでいる。だから、極光色の人型はすぐに目についた。

 筒状の何かが、こちらに向けられる。

 

「銃!?」

 

 リリがとっさに団子のように体を丸める。無音の圧力が全身にかかり、体が後方に流された。

 

「水鉄砲!? さっき、俺らを打ち落としたのもこれか!」

「落ち着くんじゃ! 水中では、水自体が抵抗になって、威力が落ちておる」

 

 相手の極光甲冑はこちらに筒を向けたまま、頭を左右に動かしている。何かを探しているかのような動作だ。リリも釣られたように視線を動かした。

 

「分かった、筏じゃ!」

 

 マリアンの言葉と同時、敵の極光甲冑は床を蹴って浮上、筏の底に捕まった。

 あの筏……ひょっとして。

 

「左様、あの黒い円筒を乗せた筏じゃ。底にある印と番号が上で見たものと一致するぞ」

「しまった! リリ、円筒を乗せた筏ごと逃げられる。捕まえろ!」

「分かった……魔術も使ってみる!」

 

 リリが突き出した極光甲冑の両手から泡が出始めた、と思ったら、すさまじい数の泡が視界を覆った。

 

「やっぱり! 足からも……全身で魔粒子の流れを動かせる!」

 

 目の前の水がいきなり消え、リリが水底を蹴って走り出す。

 水の抵抗を全く感じることなく、測る暇もない速度で敵の極光甲冑の足下に移動した。

 蹴りで追い払おうとする敵の動きをしゃがんでかわして背中側に回り込み、水底を蹴ってジャンプ、敵の極光甲冑と同じように筏の底にぶら下がった。

 

「その水鉄砲は使わせない!」

 

 敵の極光甲冑の全身を泡が包む。

 

「あたしの魔術は水を分解する。どういうカラクリだか知らないけど、水が無けりゃ水鉄砲は撃てないだろ!」

 

 泡の中、極光甲冑が筒を捨てたように見えた。そして、目の前から消えた。

 

「は!?」

 

 俺たちの戸惑った言葉が意識を埋めた次の瞬間、足に凄まじい重みを感じた。

 

「リリ、下じゃ! 足をつかまれておる!」

 

 急な重みで筏を掴んでいた手が離れてしまい、リリは慌てたようにウォーピックを筏のロープにひっかけた。が、ブツッっとロープがちぎれる音が響くとともに、俺たちの体は引きずられるように筏から離れていった。

 

「こうなったら壊してやる!」

 

 リリはウォーピックを相手の肩の関節部に差しこんだ。肩の陶器のような装甲を引き剥がそうと、梃子の原理を利用した釘抜きの要領でウォーピックを手前に引く。

 ぴく、と相手の極光甲冑は体を震わせた。この体は全く痛みを感じないわけじゃない、効いている!

 掌底でウォーピックが殴りつけられるが、ぴくりとも動かない。

 

「がっちり隙間に刺さっているし、この高速度工具鋼ウォーピックは20世紀級の代物。

 そうそう折れはしないよッ!」

 

 その言葉と同時、敵の極光甲冑が宙返りをかける。とっさに膝と腕で体をガードするも、両足の蹴りが俺たちの体を弾き飛ばした。

 

「水中宙返りでウォーピックを外しながらの蹴り――奴は水中に慣れておる!」

 

 リリと同じく潜水型ができる奴か!? さっきの素人くさい動きとは別人だぞ!

 

 お互い距離をおいたところで水底に立つ。鈍い金属音が横から聞こえた。

 相手からさらに離れながら、音がした方にリリが視線を移す。

 筏に乗せてあった黒い円筒が水底に落ちていた。どうやら、筏はウォーピックをひっかけたときに壊れてしまったらしい。

 リリは相手から視線をそらさずに、じりじりと円筒に近寄っていく。中にある俺たちの体は無事なんだろうか。

 円筒に手が触れると同時、外壁がスライドして開いていく。ペンキで書かれた『1』という数字が隠れていった。

 違ったな、俺たちの体が入っているのは『2』だ。こっちは空のはず――じゃないぞ!

 

「え!?」

 

 その円筒内に寝ていたのは――シジャン博士!

 

「どういうことだ!」

『アクセス拒否』

 

 いきなり聞いたことのない印象の言葉が意識に響いた。

 訛りの強い汎ユーロ語だった。

 

「今のはマリアンか!?」

「わしじゃない、それより、あの極光甲冑の中身は!?」

 

『2』の円筒に俺たちの体があり、この極光甲冑の中に意識がある。

『1』の円筒にシジャン博士の体があるということは、敵の極光甲冑の中身は――

 

 水泡がいきなり視界を覆った。

 

「しまった、魔術か!?」

 

 すぐに水泡の嵐は消えた。敵の姿はない。振り向こうとした瞬間、首を絞められ、肩を極められた。

 肩への違和感が――広がっていく! 腕を引きちぎるつもりだ!

 

「リリ、何とか抜けるんじゃ!」

『エネルギー低下。緊急自動接合を開始。止める場合は非常停止操作が必要』

 

 さっきの声がまた響く。

 

「おい、ヤマル! 体を貸せ! 完全に動かせなくなったぞ!」

「いや!? 俺は何も! マリアンか!?」

「いや、わしはなにもやってはおらん!」

 

 エネルギー低下って、まさか、この甲冑、壊れたのか!?

 突然、噴射音が鳴った。視界の端にある『2』の円筒から、泡が噴射され、浮いている。

浮き上がった円筒は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 肩の違和感がとれている。後ろの極光甲冑も同じことになっているのかもしれない。

 何もできずに見ていると『1』の円筒からも泡が噴射されはじめた。

 『2』の円筒は、俺たちの側にやってきた。何の前触れもなく、今度は俺たちの体から泡が吹き出し始める。

 

「リリの魔術!? じゃないですよね」

「当然だ! 体だけじゃない、魔粒子の流れも全く制御できない!」

 

 俺らの極光甲冑は10センチほど浮上すると、その場でぐるりと横に180度回転した。

 そこには、敵の極光甲冑の背中があった。両手がだらりとさがり、脇や腰の隙間から水泡が噴射している。俺らの体にも同じことが起きているんだろう。

 しばらく噴射音が続いていたが、後ろから押されたような感覚とともに止んだ。そして、さっきの訛りの強い汎ユーロ語の声が響いた。

 

『装着完了。作業が継続できます』

「体はどうだ?」

「動かせる!」

 

 目の前の、敵の極光甲冑の背中に『1』の印がついた円筒が突き刺さっている。

 そう、これで極光甲冑と円筒の関連は確定した――が。

 極光甲冑の『1』号機は、いきなり身を翻し、水底に落ちた筒をすばやく拾い上げ、その先をこちらに向けた。

 

「えっ?」

「なにを!?」

 

 次の瞬間、内臓があったらひっくり返るであろう衝撃とともに、俺らの体は吹き飛んでいった。

 

「ぐあああっ!!」

 

 いや、どうして!? 博士ほどの人間が、分からないはずがない!

 

「シジャン博士! 自分の円筒が極光甲冑に接続されたと分かるでしょう!?

 ならば『2』の極光甲冑が我々だって、分かっているはずです!

 なぜ、その極光甲冑で我々を襲うんですか!?」

 

 聞こえるわけもない。シジャン博士の極光甲冑1号機は水底を蹴ると、一気に浮上、泳いで2階の手すり近くまで移動した。

 

「追いかけるぞ!」

 

 同じように水底に足をつけて水中ジャンプをしようと屈んだとき、断続的な破裂音が頭上から振ってきた。

 

「AK47か!」

「水底に伏せるんじゃ! 水の抵抗で弾は届かん!」

 

 しばらくして銃撃は止んだが、シジャン博士の極光甲冑の姿は見えなくなってしまった。水から上がってしまったに違いない。

 つまり――キブノ兵はシジャン博士の極光甲冑には攻撃していない。

 

 なぜ、赤紙任務を受けた技士の証明写真なんてものを、キブノ兵が持っていたのか。

 なぜ、シジャン博士は、混乱の最中、自由に歩きまわれたのか。

 なぜ、自在堀が稼働してすぐ、キブノ兵は筏を用意できたのか。

 なぜ、シジャン博士は俺に円筒を触らせて、魔粒子過敏症を発症させたのか。

 なぜ、移動中見なかったキブノ兵が、倉庫に入ってすぐに現れたのか。

 

 さまざまな事実が、一つの可能性――シジャン博士の裏切りを示している。

 

「ヤマル!」

「集中するんじゃヤマル! 今はそれどころじゃなかろう!」

「分かってる!」

 

 そう言ってみたものの、今やキブノ兵がどこにいて、どこからこちらを狙ってるのか――水中から外を見ても光の具合で水上の様子は分からない。しかし、水上からでもこちらのいる場所はなんとなく分かるだろう。

 AK47による銃撃は水の抵抗で防げても、ここから手榴弾を投げ入れられ、直撃したら、この体も保たないかもしれない。

 

 しかたない。

 

「リリ、マリアン。反対側の、1階の出入り口から泳いで外に出よう」

「え、逃げるって事かよ!」

「そうだ。ここから無事に脱出するっていう最初の目的を忘れんなよ」

「そりゃそうだけど、シジャン博士のことはどうすんだ!」

「この状況では無理じゃ。顔を出したら最後、爆発物で集中的に狙われるじゃろ」

「リリ。気持ちは分かるが、ここは退いて、いったん体勢を整えるしかない」

「分かったよ……ごめん。それじゃ、一気に出るよ」

 

 リリは両手両足を水底につけたまま、手足の周りの水を分解しはじめた。水の抵抗を減らして、一階の入り口だった場所まで四つん這いで素早く駆けていく。

 入り口から出るところで、待ち伏せがいないかどうか、あたりを見渡してもらった。

 

 俺の乗ってきた馬車が沈んでいた。都市連邦兵士の体がその馬車の下にある。姿格好から見て、俺にオーディチガワ案内をしてくれた護衛兵に違いない。

 

 メートル原器の再現に引き続き、またも人類の発展に貢献されること、信じております。 どうか、どうか生きて還られますように。

 

「さっき、ヤマルの話に聞いた兵士か……

 無事を確認したかったのはそういうことじゃったか。御心中、お察しする」

「このままじゃ水ぶくれして可哀想だね。運んで、おかにあげてやるか」

「いや」

 

 キブノ兵が追撃してくるかもしれないし、俺らには次にやるべきことがある。

 

「リリ、頼む。キブノ兵が逃げるときに通りそうな水路へ急いで移動してくれないか。

 あの極光甲冑を捕まえるなら、奇襲するしかない、と思う」

「分かった」

 

 そう返事しながら、リリはなおも視界から兵士の体を外そうとしなかった。もう一度「急いでくれ」と言ったら、ようやく真っ直ぐ、正面を向いて泳ぎ始めてくれた。

 

 

                ◇ ◇ ◇

 

 

 俺たちは水中に潜ったまま水門を通って運河に出て、ある橋の下の水底でキブノ兵を待ち伏せしていた。

 土地勘のあるリリの話によると、ここの運河は深いので、オーロラのように光る俺たちの体も目立たないはず、らしい。目測だが、この運河の水深は15メートルほど、幅は40メートル以上はある。どんだけでかい船が通るんだか。

 

「海の船も途中までは通れるようにしてあるからな」

「なら、橋は全部跳ね橋ということかの? あれだけの騒ぎがあったのに、ずっと降りてて通れるようになっておるというのは、少しばかりおかしいのう」

 

 確かに、自在堀で水没している地域は一部。俺らやシジャン博士の極光甲冑みたいに、水路を潜って移動できるならともかく、キブノ兵が脱出するには陸路で移動しなければならない。

 跳ね橋を上げてオーディチガワ内にキブノ兵を釘付けにしておければ、周辺都市にいる都市連邦軍がこの都市を包囲し、キブノ兵を捕まえてくれる可能性が高くなる。

 しかし、俺らがここにいる間、跳ね橋は降りたままだった。

 

「跳ね橋の緊急開閉信号、自在堀の稼働信号が出せるのは、市長と九人の都市評議会特別委員だけだ。停止・中止信号もその10人が出せる。全員がキブノ兵にやられたとは考えにくいし、単に急な襲撃のせいで混乱してるんだろうな」

「念のため確認させてくれ。つまりはシジャン博士がその信号を出せる、ってことだな」

「もちろん、彼女も特別委員の一人だったからな。

 つけ加えると、ほかの委員より大きな権限があって、非常時には事後承諾で跳ね橋や自在堀を動かしていいことになってるはずだよ。自在堀の主な目的は防衛じゃなくて、水の流れをコントロールして、水害の被害を減らすことだし、跳ね橋も川が氾濫しそうになったら、上げとかないと壊れちゃうからね。

 特別委員のメンバーで、水害を正確に予測できるのは、シジャン博士だけだった」

 

 特別委員の一人だった、か。裏切ったというならそういう言い方になるか。

 

 二人に無断で体を制御して、水面を見上げる。

 水底にいてはっきりと見えるわけではないが、光の具合からして、日が落ちかけている。

 結論を下す時間になってしまった。

 

 跳ね橋が降りていたとなれば逃げる経路はいくらでもありそうだ。途中まで筏で移動し、そこから陸路で逃げたのだろう。時間も充分にあった。

 もう、そう簡単にシジャン博士とキブノ兵達を追うことはできない。

 

「残念じゃが、空振りのようじゃ」

「半日もしたら、周辺の都市から援軍が来ているだろう。追跡は任せるしかないか」

 となると、次にやるべきことは――もちろん、この極光甲冑を調べること、だ。

「そうじゃな。安全な場所で、別の技士にこの極光甲冑を解析してほしいところじゃが……今晩は無理そうじゃのう。技術再現本部は大混乱になっておろう」

「この都市の首脳の一人であるシジャン博士が裏切っているとなれば、俺たちのこともどういう扱いにされているか、分かったものじゃないぜ。少し、様子を見た方がいい」

「陸に上がり、どこかで一晩しのぐとするかのう」

「あたしんちの1階の作業場なら、この体も入りそうだけど……やっぱり、人目に触れるとまずいよな」

「だろうな。リリ、なにか他にアテはないか。友達の家とか」

「うーん。知り合いは――正直あまり巻き込みたくないな。

 この体で一晩ぐらい泊まれそうなところっていうと……

 準都市地域の木炭倉庫街にある、灯台の詰め所かな。ここは普段、昼も人がいないんだ。河が洪水になりそうになったときだけ人が立ち入る」

 

 倉庫街に灯台? と疑問を感じると同時に、風景が意識に差し込まれた。

 見下ろした先には無骨なコンクリート造りの倉庫が碁盤状に並んでいる。その間を縫うようにいくつかの川が流れており、その合流点や分岐点に灯台が立っている。これは、リリが灯台の一つに上って辺りを見渡したときの風景だろう。

 

「確かに人気はなさそうじゃな」

「そういうことさ。じゃ、早速行くか。マリアン、この周辺の地図は思い出せる?」

「無論じゃ。図解は専門ゆえ、見た図は自然と覚えてしまう性質たちじゃ」

「さすがだね。じゃ、ヤマルは案内をよろしく」

 

 返事をする前に、リリは平泳ぎで運河を上り始めた。

 そこに、マリアンの記憶から再現された、オーディチガワの地図が意識に差し込まれる。

 こんなことができる極光甲冑の正体について――今は、考えたくない。

 俺は地図を読み解くことに集中することにした。


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