その1
ヤマル・リリ・マリアンの三人の技士は、赤紙任務のため河川都市オーディチガワに集うが、キブノ兵に殺されてしまう。だが、意識だけは一体の極光甲冑の中で復活した。
技術再現本部を脱出する最中、襲いかかってきたもう一体の極光甲冑の正体は、赤紙任務の依頼元である当のシジャン博士だった。
シジャン博士を捕らえることができなかった三人は、体勢を立て直すため灯台で一晩過ごすことにした。
しばらくして日が落ち、水の中は真っ暗になった。夜の水中で距離を測るなんてことは初めての体験で、距離感をつかむのが大変だった。
それでも、リリが地図上に指示した目的地になんとか案内することができた。
「少し回り道になっちまったな。距離計の技士が面目ない」
「いやいや、夜間、しかも土地勘もないのに大きなズレもなく、よくたどり着けたよ。うちの水中測量計の技手にもコツを教えてやってほしいもんだよ、ほんと」
感情こもってるなあ。計の技士の測量結果に、型の技士から『現場と違うぞ!』と文句が出るのは、よくある話だけれども。
「行こうぞ。人目に気をつけてな」
コンクリート製の階段が、地上の灯台の根元から河の中へと降りている。階段を上る途中、操縦役のリリは、水面から頭だけを出して空を見上げた。
今日は三つのうち二つの月が出ている。その二つの月にベールをかけているかのような薄緑のオーロラもよく見える。
この惑星から発する魔粒子は、はるか上空、電離層の電子にも影響を与えているのだという。この惑星で、いつでもどこでもオーロラが見えるのは、それが理由らしい。オーロラの光が天体観測を邪魔するので、天文学の研究も滞っていると、ガキのころ教師から習った。
今晩のオーロラは普段より少ない。多いときは、この極光甲冑の体じゃなかったら――前の魔粒子過敏症の体だったら、体の違和感で寝るのに一苦労することになる。
なんにせよ、二つの月のおかげで周囲の状況がよく分かった。人気は無い。
上ってみると、灯台の1階の扉はダイヤル式のチェーンロックで締め切られている。
「ダイヤル錠の番号は4週間ごとに知らせが来る。覚えてるから大丈夫」
「手のひらは普通の人間並みに小さいから助かったな」
「他の部位は相応に大きいようじゃがな」
リリがダイアル錠をつかんだ、そのとき。
「■△完了。解除可能」
ん? 今のは、声の質はマリアン似でも、言ったのはマリアンじゃないな。
「技術再現本部で、背中に円筒がささったときに聞いたのと同じ声じゃ」
「この機械にもう一人はいっているのかな? 何が解除可能なんだ?」
「分からぬが、可能じゃと言うならば、皆で『解除』と念じてみようぞ」
本気か。なに起こるか分からんのにか。まあ、やってみるか。
――解除、解除、解除しろ、解除しやがれ、解除しなさい、解除してください――
「解除■。動きが止ま※■」
え、と思ったときには目の前の扉がぐにゃりと曲がり、真っ暗になった。
いきなり俺はバランスを失って倒れ込んだ。
「がっ!」「きゃっ」「うわっ!」
今度は何だよ。頭痛え……。
どうやら俺は、何か柔らかいものの上にうつぶせに倒れているようだ。
「う……ヤマル、か、体を起こせ」
「ん、あ!」
リリのぱっちりとした目と視線があう。慌てて手を突いて立ち上がろうとした。
『痛っ! なんなんですかあぁ!?』
汎ユーロ語の悲鳴の主はマリアンだ。俺の突いた手が彼女の顔面を押していた。
謝りながら立ち上がり、周囲を見渡す。さっき、極光甲冑で見た倉庫の光景がそのまま広がっていた。振り返ると、円筒がささった極光甲冑の黒い背中があった。
改めて自分の手のひらを見てみる。月の明かりが、オレンジ色に俺の手を照らしている。あの甲虫にも似た極光のように色が変わることはない。
人間の体で、俺の体だ。
「リリ、マリアン。もしかして……」
「そうじゃな。我々はどういうわけだか、生きておるようじゃ。それどころか、わしの腕も元通り繋がっておる」
確かに、あの円筒の中に入ったマリアンの右腕は、もげそうなほど骨が出ていたはずだ。
俺の頭だって半分が欠け、脳みそがはみ出していた。でも、触ってみると、元通りの陰気な顔――かどうかは分からないが、少なくとも鼻はついてるし、頭蓋骨も無事のようだ。
ふと思いついて上着のボタンを外し、シャツの襟をつまんで胸の辺りの古傷を見てみた。古傷はついたままだが、新たな傷はついていないようだ。
上着にもシャツにも、明らかに銃弾で貫かれた跡があるというのに、なぜ生きている?
リリは言葉もでないようだ。自分の体をぺたぺたと撫でて確認している……
っと! あの水着みたいな服がぼろぼろだ。というか、ほとんど脱げかけている。
「見るな!」
掌底が俺の胸を突き、変な空気が口から漏れ出た。
ゲホゲホと咳き込みながらも一九世紀級紳士に倣って回れ右。
俺の詰襟の上着も、下に着ているシャツも、血の跡が染みついているうえ、あちこち穴だらけだ。それでも、体を一応包んではくれている。ほとんど裸のリリよりはマシだ。
俺は上着を脱ぐと、後方に向かって突きだした。
「血で汚れているし、穴だらけだが、その格好よりは良いと思う。俺の上着、使ってくれ」
無言で上着が取られた。布ずれのあと「いいよ」と声が上がる。
振り返ると、落ち着きを取り戻し、笑顔のリリがいた。
「ありがと。助かったよ。取り乱してごめんな」
う……それは助かっているんですかね。やっぱりあちこち見えているし、下は履いてないみたいじゃないか。
「ヤマル。もうちょっとわしの方に視線を寄せた方がよいのではないかのう」
「何の話だ」
そう言い返して、こちらをジトリと睨むマリアンの様子を観察する。あのゴシック・ファッションの服はやっぱり穴だらけで、胸のかすかな膨らみや、腰の際どいところが露わになってしまっている。マリアンも少しは自分の格好を気にした方がいいはずなんだが……。
……だめだこの娘。懐に手を入れて、切れたブラジャーの紐を結んで肩にかけ始めた。まあ、マリアンの場合はブラジャー無くたって多少は大丈夫そうだけどな。
マリアンは何を考えたのか、自分の手の甲をぺろりとなめた。
「やけにベトベトすると思うたら塩水じゃ。海水とも違うようじゃが……」
「分析は後で! 早く中に入ろうよ。その前に、極光甲冑はどうしよっか」
もう一度振り返って、円筒が突き刺さった甲冑の背中を見る。極光に輝いていた甲冑の表面は真っ黒だ。円筒も、俺らが外にいるってことは一旦開いたってことなんだろうが、今は隙間も見当たらない。
『2』とペンキで書かれた円筒の数字が、俺たちがこの中にいたという事実、生き返ったという現実を確かにさせている。
何にせよ、極光甲冑は隠した方がいいだろうな。
『何とか灯台の中に運べませんかね』
マリアンの言葉に、リリが首をかしげた。
「すまぬ、つい。円筒の中にいたときの癖で汎ユーロ語が出てしもうた……。
灯台の中に運ぶか、川に沈めておくか、じゃな」
「中に入れようか。1階の倉庫に、救命ボートを運ぶための台車がある。こっち来て」
リリは扉に駆け寄り、手早く鍵を開け、倉庫の扉を開けた。俺もリリの後ろについていこうと足を踏み出した――が、いきなり後ろから小さな手に目を覆い隠された。
「あんまりじろじろ見るなと言わんかったかの?」
「今は必要悪だろ」
◇ ◇ ◇
極光甲冑は金属の塊というほどには重くはなかったが、三人でボート用の台車に乗せるのは一苦労だった。倉庫にあった道具だけではなく、水中土木型の技士であるリリの指示がなければ無理だっただろう。
何とか極光甲冑を灯台1階の倉庫に運びこみ、鎖とダイアルロックに加えて内側の閂を下ろして戸締まりをする。それからリリの案内で灯台の中の階段を上った。
灯台は4階建てだった。1階は救命ボートや工事用工具などの物置、2階は災害用の非常食や毛布の倉庫、3階は仮眠室になっていた。4階には灯台の火があるんだろうが、見に行く必要はない。
「灯台守が住み込みで働いていると思っていた」
「海の灯台ならともかく、ここは見張り台みたいなもんだからね。洪水が起きそうな時期だけ、下流に状況を連絡するために泊まり込むんだ。長いときで1週間ぐらいかな」
リリは仮眠室の一角を指さした。
「だから、台所があるし、その奥にはシャワー室もある」
「おや、水は4階の、灯台の火と同じところに溜めてあるのかのう?」
「いいや、この都市じゃ、3階ぐらいまでの高さなら水道管を引ける。シジャン博士が再現した、20世紀級の上水道系の技術なんだ」
そりゃすごいな。俺の故郷の町じゃ水道の栓は全部1階、水道管を自宅に引けるのも金持ちの家だけだった。それでも水道が開通したときは町中お祭り騒ぎだったと聞いている。
しかし、この言い方……リリは、この都市にそれだけ偉大な貢献をしたシジャン博士が、裏切るとは到底考えられないし、認めたくないようだ。当然といえば当然か……。
ふとマリアンの顔を見ると、眉をひそめて苦しそうな顔をしている。
「どうしたマリアン? 顔色が悪いぞ」
くしゅん、とマリアンがくしゃみした。
「風邪をひくとまずいね。さっさとシャワーを浴びて、塩水を落として体を拭こうか」
俺らは2階の倉庫から着替えを拾ってきた。『男・中』と書かれた袋には、半ズボン、腰巻きの布、そしてベストしか入っていない。
ひょっとして、オーディチガワの男と女はこの水着もどきが一般的な服装なのか? 馬車に乗っているときは、19世紀ヴィクトリア朝の洋服を着ている人間を多く見かけたんだが。
「男の上着はこれだけなのか。ちょっと冷えそうだ」
「そうかもしれないと思って、冬用のパーカーも持ってきた。ほら」
「助かる」
女々しいかもしれないが、上半身を隠すものがないと個人的には落ち着かない。
「では、先に入ってくれ」
「リリ、女のわしらは一緒に入って時間を節約しようぞ。さっさと洗い流さんと、ヤマルが風邪を引くじゃろ」
「そうだな、じゃ、いこう」
二人はシャワー室に寄り添うように入っていった。その背中に声をかける。
「念のため、自分は2階の倉庫にいる。着替えが終わってから呼んでくれ。
あと、リリ、後ろ向いているから、ドアの隙間から俺の上着を戻しておいてくれ」
はーい、と間の延びたリリの返事が返ってきた。
なんというか、彼女の緊張が取れた声が初めて聞けた気がする。
これこそが、俺たちが生還した証なのかも知れない。




