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メートル原器のそれから ~極光甲冑の三技士~  作者: 子中工円
それでも技士は追いかける
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その2

 リリが返してくれた上着を羽織った俺は、2階に下り、階段に腰を下ろした。

 生き返ったことは実感できたのだが。

 

『いったい何が起きてるっていうんだ』

 

 愚痴の一つも言いたくなる。

 赤紙任務で呼び出されたらキブノ兵に襲撃され、

 殺されたと思ったら謎の極光甲冑に乗って生き返り、

 俺たちを呼び出した当のシジャン博士はキブノに寝返った。

 

 色々と現実離れしたことが起きすぎて、細かい分析なんて無意味にすら思えてくる。

 

 視界の端に銀色の光が映った。計の技士であることを示す日時計の銀バッジが、このぼろぼろの上着に、まだくっついていた。

 

『そうだな。技士が『分析は無意味』なんて言っちゃあまずいよな』

 

 シジャン博士の思惑は、本人がここにいない以上、分かることにも限界があるが、あの極光甲冑のことは調べられなくもない。

 時間は貴重だ。決心した俺は立ち上がると、1階に続く階段を二、三段下りた。

 

「弱※な■■ま」

 

 これは……極光甲冑の円筒の中で聞いた声だ!

 

『なにか極光甲冑で起きたのか!? 調べようとした矢先にこれか!』

 

 1階の極光甲冑目指して階段を数段駆け下りた、が、突然がっくりと膝から力が抜ける。危うく階段から転げ落ちそうになりながらも、何とか背中から階段に倒れ込む。

 

 体が……動かない。

 

 自分の脳と体をつなぐ糸が切れたようだ。

 動かせ、という意志が空回りしている。

 自分が呼吸している感覚、腕と顔に当たった床の冷たい感触だけがある。

 次、何をすればいいのか。何をする? 何をするって何だ? 俺は? ここは?

 上の方で物音がする。物音、じゃなくて叫び声。しかし、すぐにしんと静まった。

 しばらくして、また物音。何の音。何って何だ?

 褐色と白ピンク色の塊がこちらに近づいてきた。俺の上にのっかる柔らかい。とても。

 

「※復?!#」

 

 さっきの声だ。なんだ? あれは円筒の中で鳴っていたんじゃないのか。

 俺は自分の体にのしかかっている濡れたものを抱え込むようにして体を起こした。

 今度は声が出なくなった。

 腕の中にはリリとマリアン。二人とも、濡れた髪が肌に張り付いている。

 そして、一糸まとわぬ姿だった。

 

「うっきぁああああああ!」

 

 体が浮いた。とっさに頭をかばって丸まって、俺は1階まで転がり落ちていった。

 

                ◇ ◇ ◇

 

『振り向いたら次は殺す』という主旨の言葉を背中から投げかけられながら、3階まで後ろ向きで上った。

 

「よし、こっち向いていいぞ」

 

 俺の上着をはぎ取って羽織ったリリと、穴だらけのゴシック調ワンピースをまとったマリアンと再び顔を合わせることになった。

 

「あたしらがシャワー浴びている間に、あんたがやった行動を教えてもらうぞ」

 

 なんで俺が犯罪者みたいな扱いになってるんだよ。

 少しは言い返したかったが、このシチュエーションで男の立場は著しく悪い。大人しく、俺はなるべくこと細かにリリ達が風呂に行った後の行動を説明した。

 

「なるほどのう。リリも少しは落ち着いたらどうじゃ。

 裸でシャワー室から出たのはわしらじゃ。ヤマルは突き飛ばされ損じゃろうが」

「ふん、わかってる、悪かったよ」

「こちらこそ、嫁入り前の女の肌を見たのは悪いと思う。だが、奇妙なことに、自分が二人の姿を見たときは『ただの褐色と白ピンクの塊』としか認識できなかった」

 

 あ、この言葉は余計だったかもしれん。リリに鬼神の目の輝きが復活してしまった。

 一方のマリアンは顎に手を当てて考え込んでいる。こんな場でも冷静で助かるよ。

 

「ふむ、思考能力が制限された、ということかのう。わしはいきなり目の前が真っ暗になって、全ての感覚を失ったかのようじゃった」

「あたしも同じだね。自分の出した声が、微かにしか聞こえないというか」

「ヤマル、つかぬ事を聞くが――症状が出る前に、誰か女の声を聞かなかったかのう?

 わしはその言葉を聞いたから、リリとともに風呂から出て、おぬしを探したのじゃ」

「マリアンもか。自分も聞いたが、何を言っているのかよく分からなかった。ただ、極光甲冑の中で聞いたのと同じような声だった気はする」

 

 そうか、とマリアンはうなずくと階段の方へと歩きだした。

 

「なにをするつもりだ」

「わしらは技士じゃ、ヤマル。実験じゃ。濡れた体で悪いがのう」

 

                ◇ ◇ ◇

 

 交代で階段をゆっくり上り降りして実験した結論――俺らは脳の機能を分け合っている。

 思考や認識はマリアン、運動制御はリリ、感覚は俺。脳の機能を担当する人間から離れすぎると、他の人間はその脳の機能が著しく制限される。

 測ったところ、直線距離にして10メートルぐらいで例の声が頭に響いてきて、分け合っている脳の機能が鈍ってくる。さらに遠ざかってしまうとほとんど使えなくなり、一度、くっつくぐらいに近づかないとお互いの脳の機能を回復できない。

 

「どうやら、何の代償もなく生き返ったわけじゃなさそうじゃのう」

「分析には材料系の技士だけじゃなくて、生体系の技士も必要そうだね」

「それはつまり、下手をすると自分らが実験動物になるという意味か」

 

 俺たちは改めて顔を見合わせた。

 

 「くしゅん!」

 

 マリアンがまたくしゃみした。

 

「とりあえず状況は少し分かったから、浴び直すか。ヤマル、3階から動くなよ」

 

 俺はうなずいた。

 

「絶対に、だ」

「分かっています」

 

 自然と敬語が出た。

 

                ◇ ◇ ◇

 

 しばらくして水着みたいな格好のリリとマリアンが出てきた。俺は二人となるべく目を合わせないようにしてシャワー室に入った。

 

 ちょっとかび臭いが、白いタイルに目立った汚れはない。小さなランプが揺れている。

 蛇口を捻ると、結構な勢いでシャワーから温水が出てきた。体を洗い流しながら周りの設備を確認してみると、この機構を解説するパネルが張ってあった。

 シャワー室の外にある給湯器と、灯台の火をともす木炭ガスタンクが連携していて、廃熱調整弁を動かすことで温水を出すことができるらしい。

 水道に関する技術は本当に20世紀級のものばかりだ。

 

「ヤマル、下半身を隠すのじゃ」

 

 ドアの方から声がした。

 

「え、あ?」

「着替え、全部忘れておるぞ。濡れたタオル一丁で出てこられても困るのじゃが」

 

 しまった! さっさと入れ替わるのに夢中だったからか。

 

「よいかの。隠したか。開けるぞ」

 

 う……まずい。取りあえずタオルを腰には巻いたが、なんと言ったものか。

 

「まさか、また気絶してるんじゃないか」

「とするとまずいのう。ヤマル、悪いが開けるぞ! おあいこということじゃ!」

 

 なんで嬉しそうなんだよ!

 

 ガチャッと勢いよく扉が開けられ、マリアンが顔だけひょいと覗かせてきた。

 口元に浮かんでいた笑みは、ゆっくりと驚愕のあまり開いていった。

 ちゃんと『下は』隠してある。だから、驚いているのはそこじゃないだろう。

 

 俺は右手をマリアンに差し出した。

 

「……すまない、わざわざ」

『ごめんなさい。失礼しました』

 

 汎ユーロ語で言い、俺に着替えを渡すと、マリアンはゆっくりとドアを閉めた。

 驚くのも仕方ない。俺は自分の上半身を眺めた。

 

 右肩の丸く跡のついた傷は、すぐに銃創と分かるだろう。右脇腹をえぐり取ったような跡のような傷も、拳銃で零距離射撃を受けそうになり、ぎりぎりで躱したときのものだ。左胸から肩にかけては、切り傷の跡があちこちにあって、みみず腫れのようになっている。両方の上腕にも深い切り傷がいくつかあり、こちらは老人のしわのような深い溝を作っている。

 

 ――どう見たって、堅気の人間には見えないよな。

 シャワーを終えた後、どういう会話になるのか、考えたくもない。

 

                ◇ ◇ ◇

 

 俺は充分時間をかけて体と服の塩水を洗い流し、水着もどきの上に冬用のパーカーを着込んでシャワー室を出た。よく考えれば、元々の服を着て風呂から出ると言い返しておけば問題なかったはずなんだが、後の祭りだ。

 俺の姿を見ても二人は無言でいる。やれやれ。

 

「体の調子はどうだ」

 

 リリとマリアンは顔を見合わせた。

 

「あたしは大丈夫。食欲はないけど」

「わしも平気じゃ。少し眠くなってきたぐらいじゃ」

 

 そうか、と俺は鷹揚にうなずいてみせた。

 

「自分、腹は減っていないが、体はだるい」

 

 二人から言葉は返ってこない。リリと視線を合わせたがすぐに外された。

 俺がシャワー室にいる間、不自然なほど喋り声はしなかった。マリアンは得意の図解で俺の体のことをリリに伝えたとみえる。

 

「なら、明日に備えてもう寝ることにしよう」

「そうだね。あ、ここが安全だといったのはあたしだけど、念のため、夜討ちなり盗賊の類は警戒した方がいいと思うよ」

「そうじゃな。入り口に何か仕掛けておくか」

 

 三人一緒に1階へ降り、事務的なやりとりをしながら簡単な警報器を作った。1階の扉が開いたら、ロープが引っ張られて3階の俺たちの部屋にあるバケツが落ちる、という単純なものだ。

 寝床は3階、寝具は2階にあった毛布と敷き布団だ。俺はさっさと端っこの方に布団を敷いた。結果、リリ、マリアン、俺、という並びになった。

 部屋のランプを消し、横になる。4階の灯台の光が、階段の方から微かに漏れている。

 

「そういえばさ、誰かが寝たら、さっきみたいに感覚がなくなったりするのかな」

「例えば、自分が寝ていたら、警報器が鳴っても二人は気づかない、ということか」

「いや、寝ている間も脳の機能は生きている、というのが定説じゃ。むしろ活発に動く脳の部位もあるくらいじゃ。わしらの脳に何が起こったのかは分からぬが、問題なかろう」

 

 マリアンのその言葉を最後に、俺たちは無口になった。

 今日起きたことを反芻していると、目が冴えてしまうような気がした。こんな精神状態で眠れるのだろうかと心配しているうちに、俺はいつの間にか目をつぶっていた。

 


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