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その1

 極光色の雲を抜け、月光でわずかに煌めく海が視界に入ってきたとき、コンテナの側面から板が延びてきた。伸びた板の幅はさほどではなかったが、落下スピードは大きく下がった。

 やがて、コンテナは木の葉のようにふわふわと左右に舞うようになり、そのまま海の上に、大きな衝撃もなく着水した。

 

 コンテナはぷかぷかと海に浮いている。

 長い間の後、冷たく女の声が響いた。

 

『着陸完了』

『コンテナ内の生存者、なし』

『自動分解モードへ移行。設定により管理者の治療器も分解対象となります』

『分子分解準備開始』

 

『あっ、あ、じ、自動分解強制中断! 強制待機モードへ。座標取得!』

 

 マリアンの言葉の後、しばらくして、着地地点付近の地図が頭に浮かび上がった。

 

「意外と陸が近いのう。どうすべきじゃろうか」

「舟影はない。ひとまず、どの街からも遠く離れた浜辺に移動しよう。リリ、あたりを見渡して、山賊か、海賊か、とにかく誰か近くにいないか気をつけて」

「分かった」

 

 マリアンが指示すると、水に沈んだ部位から空気の噴射が起こり、コンテナは水を切って進み始めた。ここらへんの機構は極光甲冑と同じようだ。

 

 小1時間ほどして、とある浜辺にコンテナは乗り上げた。

 リリに無断で極光甲冑を立ち上がらせ、砂浜に降りて、しゃがむ。

 

『解除』

 

 治療器の扉が開くなり、俺は転がるようにして外に出た。ずぶ濡れの服に砂をつけたまま、コンテナによじ上って辺りを見渡した。

 コンテナはその先だけを浜辺に乗り上げ、大きな波が来るたびに揺れている。雲一つない空には月が一つ浮かび、周りには灯台の光も街の光も全く見えない。

 

「零号機の旧地球人との会話と、『205号』の話からの想像、なんだけどさ」

 

 いつの間にかリリとマリアンもコンテナに上って、後ろに立っていた。

 

「たぶん、あたしたちの……御先祖様の故郷――旧地球は、人間が住める状態じゃない」

「そうじゃろうな」

 

 マリアンはうなずいた。

 

「さもなくば、旧地球人とその政府が、人間の『オリジナル』遺伝子にこだわるような行動を、これほどまでするはずもなかろう」

「あたしたちの地球のテラフォームが終わって、地上に魔粒子に適応した生物や人類が生まれても、旧地球の人間に近い遺伝子を持っている人々は、魔粒子の中じゃ生きられないから、宇宙船の政府はいつまでも船に閉じこもると決めたんだね」

「反抗する者は『地球懐古罪』で死刑。勇気ある者は別の惑星系を目指して脱出、そうして人口が減り続けた結果、宇宙船の政府は自壊してしまったというわけか。

 わしらからすると信じがたい愚かしさじゃが、旧地球人にも数千年旅しただけの理由、使命があったと考えると、無遠慮に悪くは言えんのう」

「そんな環境でも、諦めずに魔粒子に耐え、地上に降りることができる『極光甲冑』を作った技術者・205号がいたというわけだ」

 

 海に向かって、コンテナにひざまずいた極光甲冑を見やる。大気圏突入したにもかかわらず、損壊箇所は見当たらない。

 

「205号の言葉通り、旧地球人が地上に降りてきて、自分らに技術を伝えてくれれば、シジャン博士が暴走することはなかっただろうに」

「そうは言うがのう。わしはあの零号機の旧地球人を責められぬ」

「あたしも。同じ状況で正気を保つことができたかどうか」

「いや、そういうつもりで言ったわけではない。ただ、暴走したシジャン博士について、放っておくわけにはいかないという話だ」

 

 そう、もう一つだけ、最後の大仕事が待っている。コンテナの管理端子に接続されている、アラビア数字の『1』が書かれた治療器に手を触れる。

 

『強制解除』

 

 外装が開く。仰向けに横たわったシジャン博士の姿があった。

 内壁も開け、外気に触れさせてみたが、起きる様子はない。ためしに耳を顔に近づけてみたが、呼吸はしているようだ。

 体を抱えて治療器の外に出し、コンテナを降り、乾いた砂浜に横たえてしばらく待ったが、それでも起きない。

 

「ヤマル。シジャン博士をどうするつもりだ」

 

 リリの言葉に目配せで応える。二人でシジャン博士が武装していないことを確認したうえで、少し離れ、でも彼女から目は離さないようにして、三人で顔を寄せる。

 

「マリアン、まずは系の技士である君の意見を聞きたい。彼女をどうすべきだと思う?」

「わしは……なんというかのう、胸と頭が一杯で、正直、シジャン博士のことなどどうでもよい、というのが本音じゃ。じゃが、どんな状況じゃろうと、考えなくてはな」

 

 深呼吸の音が聞こえた。

 

「多くの人間を死に追いやった原因じゃ。強いられて、というわけではなく、全ては彼女の意志、信条の元に行なわれたことじゃ。見逃すわけにはいかぬ。

 極光甲冑、この地球の真の歴史、あえて裁判の場で全てを明らかにし、シジャン博士には相応の罰を受けてもらうしかあるまい。ただ、この方法が、人類が真の歴史を知る『過程』としてふさわしいかどうかは、正直、疑問じゃ」

 

「リリはどうだ」

「ヤマル――あんたの――その、信条に反するようで……申し訳ないんだけど……」

 

 涙声だ。だが、視線は砂浜に横たわるシジャン博士に固定したままで、耳をすませた。

 

「裁判所の代わりに、あたしに、シジャン博士を処断させてほしい」

「代わりに処断じゃと……リリ、おぬし正気か!?」

 

 裁判所が当然下すであろう処罰をリリが執行すること――その意味するところは、シジャン博士の命の問題だけではない。

 

「マリアンと意見は同じ。シジャン博士は処罰されるべきだとは思う。

 でも、あたしはどうしても、自分が受けたあの不公平な、理不尽な裁判のことを思い出しちまうんだ……。

 きっと、人を殺めた罪を裁かれるだけじゃなく、シジャン博士が救った命のことを否定されるに違いない。それがあたしには、どうしても、どうしても耐えられないんだ。

 同じ治水に関わる技術者として、その技術を人殺しに使ったシジャン博士は、絶対に許せない。たとえあたしの命の恩人だとしても、その気持ちは揺るがない。

 シジャン博士は、命を以て償うべし、とされて当然だよ。

 でも、彼女の名誉を守りたいのも本当の気持ちなんだ。

 あたしなら、シジャン博士を苦しまずに終わらせることができる。それがあたしの望みに一番近い」

 

 何か言わなきゃいけないと思うが、言葉に詰まる。命の恩人を手にかけさせて欲しいというリリの気持ちが、飲み込もうとしても飲み込めない。

 

「だけど、最後は、ヤマル、あんたの判断に従いたい」

「自分が!?」

「計の技士らしく、あんたは肝心なところであたしたちが行くべき方向、行くべき座標を示してくれた。同じように、シジャン博士の罪を『計れる』と思う」

「考えてみれば、この事件は、この星の今までの人類の歴史を覆す事柄の上に起きた。わしらの持つ尺度では測りきれぬことがある。計の技士であるおぬしならば、この状況にも新たな物差しを作り、シジャン博士の罪と罰を正しく判断できよう」

「本当に、自分が決めてしまっていいのか。二人とも、後悔しないのか」

 

 二人とも黙ってうなずき、俺の目をじっと見返してきた。この二人に、迷いの色はない。


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