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その4

 極光甲冑の超高感度光学センサーが、シジャン博士のコンテナの姿を捕らえた。

 アラビア数字の『1』が書かれた治療器が、コンテナの前の窪みに差し込まれている。コンテナの外にある管理端子に触れ、強制的に管理者権限を奪取するという手は使えない。

 

 その管理端子に差された治療器の側に、移動機が佇んでいる。

 

「管理端子はシジャン博士の治療器で埋まっていて、そばには移動機か」

「つまり、あのコンテナを止めるには……」

「シジャン博士の極光甲冑を倒さねばならぬ。そういうことじゃ」

 

 自分たちが乗るコンテナを180度回転させ、速度を調整し、シジャン博士のコンテナの真上に移動させた。

 シジャン博士が乗るコンテナと、その移動機を見上げる。その先は、魔粒子が織りなす一面のオーロラが地上を覆っていた。

 

 再び、会話要求が来た。

 

「今度こそ、私のコンテナは着陸態勢に入ったわ」

「そのようだ」

 

 体を動かす役目のリリが、黙って右手のウォーピックの重みを確認した。ウォーピックの先には、腰のベルトに差しておいた培養液タンクを、そのベルトで結びつけてある。

 

「諦めないのね。もはや、諦めないで何をしようとしているか、私には分からないけど。

 ……どうにかして、コンテナを大気圏で燃え尽きさせるつもり?」

「お前からそのコンテナの制御権を奪ってから考えるさ」

「改めて言うわ。貴方たちと意見が違うのはもう諦める。でも、これ以上邪魔するなら私も手段を選ばないわ。

 私も邪魔するより、コンテナが地上に降りた世界で、いかに人類の発展に貢献するか、貴方たちなりに考えなさい」

「断る。そのコンテナが地球に降りてしまおうが、他の旧地球人がすでに降りて地上を混乱させてようが、俺たちはお前を追い、その行動を止める。それだけだ」

「なぜそんな無駄なことを!?」

「俺が――俺たちが求めるのは、あるべき『過程』だからだ!」

 

 俺がその『過程』を誤魔化して技士になり、死という『結果』だけを追い求める人間になってしまってからも、どうやら、その気持ちは僅かながら残っていたらしい。

 

「マリアン、シジャン博士との通信を切ってくれ。これで終わりにする。リリ、準備はいいか」

「大丈夫だよ」

 

 コンテナに飛び乗ろうとするこちらの意図をシジャン博士が読んだのか、コンテナは左右にゆらゆらと軌道を揺らしている。

 

「着陸態勢に入ってはいるが、一時的に手動モードで動かしてるな」

 

 飛び乗るタイミングはリリに一任だ。

 数秒の間の後、俺たちが乗ったコンテナが一気に回転、その遠心力で俺たちの体は空を飛んだ。宙返りしてシジャン博士のコンテナの上に両足で着地する。

 

「ぐっ――」

 

 衝撃に意識の声が漏れてしまう。

 

「我々のコンテナの自動制御は、今の高度が限界です」

 

 マリアンが告げる。

 

「廃棄モードへ。ヤマルの指示通りA経路を入力済。大気圏内で分解、燃え尽きます」

 

 もう、引くことはできない。シジャン博士のコンテナを俺らが奪うしかない。

 

「その大ジャンプ、外せば地上へ一直線――いえ、いくら丈夫な治療器といえども大気圏突入時に燃え尽きる。よくそんな無謀なことをしたわね」

「リリの技術を舐めるな」

 

 コンテナの急加速・急停止に備え、姿勢を低くして、ゆっくりとシジャン博士の極光甲冑に近づく。

 

「水中ならともかく、重力下の体術でお前がリリに勝てるわけがない。覚悟しろ」

「つまり、どうあっても私の移動機を排除するつもりね」

「もちろんだ」

「そう。なら――死になさい」

 

 無音の宇宙に、足下の衝撃が音となって頭の中に響き渡り、俺たちの体が宙に吹き飛ばされた!

 

「ぐあぁあああっ!?」

 

 宙で姿勢を何とか取り戻して、コンテナを見下ろす。真下から、かなり前方に移動している。俺たちが立っていた位置のコンテナの外壁が、跳ね上げ扉のように開いており、その口に小さな噴射口が並んでいた。

 シジャン博士の極光甲冑が、首だけをこちらに向け、俺たちを見上げている。

 

「ごめんなさい。そこから落ちて大気圏で燃え尽きる前に、自殺装置をつかいなさい」

「その謝罪も説明も不要だ!」

 

 シジャン博士のコンテナの進行方向を見やる。

 

「えっ」

 

 もう一つのコンテナが、擦るようにシジャン博士のコンテナの上を通過した。

 コンテナに撥ねられた極光甲冑は、遙か遠くの地上に向けて落ちていった。

 

『出力最大!』

 

 体中から噴射が起きる。もちろん、地球の重力を拒絶できるほどではない。シジャン博士の極光甲冑を撥ねた俺たちのコンテナは、すでに分解フェイズに自動移行し、足下に呼び戻すことはできない。

 

『安全ロック完全無効、警告を無視、強制解除!』

 

 マリアンの早口と同時、リリがウォーピックを横に向けた。その先につけた培養液タンクの口から、一気に水素と酸素が噴出する。

 

 地表に近ければ魔粒子がある。魔粒子があれば、リリの水を分解する魔術が使える!

 

 ウォーピックの先の培養液タンクで作った簡易ジェットエンジン、治療器、移動機、その全ての噴射機構を使いきって、空に跳ね上げられた俺たちの極光甲冑は、再び、シジャン博士のコンテナに着地した。

 

「シジャン博士、あの短時間に、ちゃんとコンテナの構造を隅々まで調べたんだな。

 『過程』を大事にしろ、って言葉、少しは伝わってくれたか?」

 

 単に俺たちに勝ちたかっただけだろうが、そうであってほしい。

 

「お前がプライドの高い技術者だとは知っていた。コンテナのことをよく知らないだろう、と挑発したら、必ずコンテナの仕掛けを使って意趣返ししてくると思っていた。

 だから、俺は意識的に「鼻のかかった」言い方をするようにしてお前を挑発した。

 そうしておいて、お前の移動機を吹き飛ばせるよう俺たちのコンテナの経路を調整し、あえて機動銃を持たずに軌道調整用アクセルの噴射口に立って、お前が俺たちを空中に跳ね上げてくれるのを待ち構えたんだ」

 

 返事はない。

 

「まだなんか仕掛けてくるかと思ったけど、様子がおかしいね」

「確認しようぞ。リリ、シジャン博士の治療器に手を触れるのじゃ」

 

 リリがコンテナの全ての噴射口を避けて移動し、管理端子につながれた治療器に手を触れる。

 

『治療器内の対象は気絶しています。強制解除はできない環境です。非常制御の――』

 

「気絶!?」

「治療器の中にいるのに、気絶とはどういうことじゃ」

「いや、でも……ロケット発射台にパラシュート降下したとき、AK47で一斉に打たれたよね。あのとき、あたしは意識が飛びかけたと思う」

 

 そうだったか。なら、気絶というのは本当か。今なら管理端子の制御権も奪えるんじゃないか?

 

「そのようじゃ。シジャン博士の治療器も、こちらの非常時制御を受け付ける状態じゃ」

「非常用管理者鍵だっけか? 今のうちに、それを使って俺たち以外の操作を遮断するよう設定するんだ。コンテナの着陸態勢の解除も試してくれ」

 

 早口の後、マリアンが叫ぶ。

 

「もう、コンテナを宇宙に戻すのは無理じゃ。降下スピードがどんどん上がっておる!」

 

 やっぱり間に合わなかった――か。

 

「ヤマル、不穏なこと考えるなよ」

「大丈夫だ。結論を出すには、まだ早い。考えよう」

 

 そう言った矢先、今まで無音だった外の宇宙空間に、風切音が聞こえてきた。

 

「空気が!」

「とにかく体をコンテナにくっつけるんじゃ! 風圧が体にかかったら、ひとたまりもなく吹き飛ばされようぞ!」

 

 ウォーピックを放り捨て、シジャン博士の治療器に覆い被さるようにしてコンテナにしがみつく。この状態で、地上に無事降りられるかどうかは単なる賭けだ。

 

「賭け――じゃろうか」

「どういう意味だ、マリアン」

「最後の街の本屋で、わしはヤマルの選んだ本に駄目出しをしたはずじゃ」

「ああ。結末が楽しくない本は嫌だって」

「だから、わしは、あがくつもりじゃ。リリ、ヤマル、今からこのコンテナの中にいる旧地球人を『再現』して、知恵を借りるという案についてはどう思う?」

「その手があるか。どうせ、地上に降りたら、嫌がられたとしても一度は生き返って助けてもらう必要があったしな。でも、さすがに再現には時間がかかるんじゃないか」

「やってみなきゃ分からぬ。調べてみるぞ……え?」

 

 女の冷たい声が『不在』と告げたのが俺にも分かった。

 

「このコンテナの中、85機の治療器の中に、人間は一人もおらんとは……」

「シジャン博士――自分の最後の砦は、自分なりに選んでいたのね」

 

 リリの様々な感情が押し寄せる――が、極光甲冑の冷えた声がそれを中断した。

 

「会話要求! コンテナ内の治療器からです!」

「隠れてたのか!? つなぐんだ!」

 

 泡の音とともに、男の声が聞こえてきた。

 

「私は、205号。この単純な番号で分かると思うが、再現器、治療器、そして移動機の研究者であり、開発者だ。このメッセージは、地球への降下を検知した際に再生される」

「日本語!?」

 

 静かに。

 

「このメッセージを聞いているということは、次の二つの可能性があると私は考える。

 一つは、私と同じく『地球懐古罪』により、強制的に地上に投下されようとしている可能性だ。地上に降りれば、地核からの粒子動により、耐えがたい神経痛と重要神経の麻痺を経験し、99.87%の確率で死ぬことになる、と貴方は考えていることだろう」

 

「もう一つの可能性は、この治療器と移動機が粒子動に耐えうるよう、小型化した粒子動制御装置が増設されていると知った上で、自ら地上に降下しようとしている可能性だ」

 

「だとすれば、貴方は『地球懐古罪』の罪人の中に、魔粒子に耐性を持った体質とその遺伝子を持った者がいること、政府により廃棄された技術記録を元に、新たな文明を築き始めていることを知っているはずだ。貴方もそれを発見してしまったがために処罰されたのかもしれない」

 

「私も、メンテナンスと誤魔化して全ての治療器と移動機を改造し、次いでコンテナ群の改造に手を付けたところで、バックアップしておいた私の生体記録の一部を政府に分析されてしまった」

 

「だが、私には希望がある。このメッセージを再生している、この粒子動に耐えうる治療器と移動機がその証だ」

 

「幸い、政府が分析した私の記録に、この治療器と移動機の記憶は入れておかなかった。地上から宇宙に戻るためのロケット船は接収されてしまったが、この治療器と移動機が地上の人々の手に渡れば、彼らは必ずや宇宙へ行く手段を開発し、我々を解放しに来るだろう」

 

「この治療器は本来一人用だが、不完全ながら親子三人が行動できるよう改造した。まだ出発していないなら、引き返して貴方の家族を連れて行くことも可能だ。四人以上、もしくは別々の治療器で行動したいのなら、移動機と接続した上で、コンテナの上部に吸着すればよい。地上降下に耐えるよう、耐熱処理と吸着力強化を行なってある」

 

『吸着!』

 

 リリとマリアンがほぼ同時に叫んだ。極光甲冑から、『吸着完了』の冷えた声が響く。

 

「……このような改造を施したのは、真実を伝える者を一人でも多く私の代わりに地上に降ろして欲しいからだ。残念だが、私は治療器なしにコンテナに直接入れられ、地上に投下されることが決まっている。二度と会うことはないだろう。貴方の無事を祈っている」

 

 通信が遮断された。轟音が増していく。宇宙から見える地球の姿を目に焼き付けておきたいと思ったが、眼下の地上は夜になっていて、あたりに見えるのはオーロラと、稲光のような閃光だけだ。

 

 俺も、リリも、マリアンも、地球に落ちていく最中、自分の意志と感情を明確に言葉にすることができなかった。

 

 


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