その3
マリアンが受けた中央制御システムからの報告である程度分かっていたことだが、コンテナとは居住施設の部屋一つ一つを構成する箱のことだった。まあ、こうやって自力航行できるし、30人は乗せられる観光フェリーぐらいの大きさがあるから、小さな宇宙船みたいなものだ。
俺たちの地球上に残された宇宙船――改めコンテナは、あまりにも簡易に見えたので、大きな宇宙船が別にどこかにあるんじゃないかという研究があったが、実際はこれらが寄り集まって一つの巨大な宇宙船となり、旧地球から移動してきたというわけだ。
こうして宇宙空間にいると寂しさを感じる。太陽に照らされ、魔粒子の作用で極光色に染まる雲に覆われた地球の姿にだけ、暖かみを感じる。が、こうして辺りを観察できるのはここら辺までのようだ。
極光甲冑の望遠機能を使って行く先を見渡してみる。
シジャン博士率いるコンテナ群は、すでに地球の周回軌道上に差し掛かろうとしていた。あれだけ集まれば、オーロラに遮られていても、地上から見える可能性がある。
残念だが、地上はもう大騒ぎになっているのかもしれない。だが、それでも止めなきゃいけない。
白い紐のように見えたコンテナ群が、オーディチガワの石畳の道路のように見えてきた。さらに、横列で並んでいるのが分かってくる。
無音の時間を、極光甲冑の冷えた声が遮った。
「会話要求じゃ。繋ぐべきかのう」
マリアンの意識上の声は、ずいぶんと平静さを感じさせた。
「シジャン博士の気持ち……聞いてみたいよ、あたしは」
「では、繋くことにしよう。ただ、最初に話すのは俺に任せてくれ」
「何か考えがあるようじゃな。分かった、任せようぞ」
耳音で泡が弾けるような感覚が走った。
「念のため確認するわ。貴方たち、私を止める気?」
「それ以外何がある?」
「すぐにそのコンテナから離れなさい」
「のめない要求だな。この状況でどうやってコンテナから離れるんだ?」
「逆に聞くわ。高速航行するコンテナの外にどうやってくっついているの?」
どうやってと言われても――宇宙空間を進むコンテナの外壁をつかんでいるだけだ。
手足を一本ずつ失った移動機は捨てて、新しい移動機に乗り換えているから、それほど不安はないが。
ああ、持ってきたベルトを外して新しい方に締めてあるから、元の移動機と勘違いしたのか。
「そういう意味ではないわよ」
「もしかして博士様は、幼年学校のことなんて覚えてらっしゃらないんですかね。宇宙空間は、ほぼ真空なんで、風圧で吹き飛ばされることはないんですよ」
「確かにそうね。失念していたわ」
さすがに、こんな安い挑発には乗ってこないか。
「まあいいわ。そのコンテナに『機動銃』の射出を命じなさい」
「ヤマル、問題ないはずじゃが、良いかの?」
マリアンはそう言うと、俺の返事を待たずに極光甲冑に早口で指示した。
音が無いはずの宇宙空間に、地響きのようなものが聞こえた。
足下に、見たことのある筒が斜めにせり出している。
「へえ、技術再現本部で俺たちに撃ってきた水鉄砲はこの『機動銃』だったのか」
「コンテナ間を移動するための緊急移動補助器。燃料は液体水素じゃ。常温の水でも問題ないようじゃが」
「いつ知ったの?」
いや、たった今調べたんだろうよ。
どういう頭の構造なのか一緒にいても分からんが、系の技士は、人智によって整理されているものならば、自由自在に情報を拾ってこれるらしいからな。
「それにしても解析が早すぎるでしょうに――ヤヴォルスキー技士」
「シジャン博士の持っていた筒の謎が解けておらんかったから、心の隅でずっと気にかけていただけじゃ。正直、当の博士からそのような反応をされるとは思わんかったぞ」
「博士、機動銃のことをあたしたちに教えて、どういうつもりなんだい」
リリの心の声は、熱くもなく、冷え切ってもいなかった。
「あと21秒弱でそのコンテナを破壊するわ。機動銃を使って離れなさい」
「いよいよそこまで覚悟したか。できるものならどうぞ」
「誠心誠意、警告はしたわ」
沈黙が再び訪れた。
21秒という時間は信用しない。ただじっと待つ。
「20,439,302!」
半身をもがれたかのような衝撃が連続、視界の隅で、何千もの光の束が、コンテナのあった位置を突き抜けていった。
「なに!?」
続けて警告なく放たれた光の束、これもコンテナにジグザグの機動をさせてかわした。今度の動作に、意識の声は上げなくて済んだ。
「経路上にある岩や氷を破壊するための光線砲か、シジャン博士」
「ど、どうやって――どんな射撃予測関数を使ってるの!?」
「そんなものはない。自分の知らない計算式はこの治療器でも計算しようがないぞ。使ったのは三角関数と三平方の定理ぐらいだ」
ただ、この中にいると平方根と乗算があり得ないほど速くなるみたいだけどな。
「なるほど――光は限り無く直線に進む。全てのコンテナの砲の向きを見ることができれば射線は分かる。撃つタイミングは熱源反応を測っているようね」
それがすぐ分かるとはな。恐ろしい。
「次にお前が考えていることは『何度も撃って激しく避けさせ続ければ、治療器の中にある体が慣性と振動に耐えきれなくなるに違いない』かな。だが、その光線砲は連続して何度も撃てるものではない。今ので決められなかったお前の負けだ」
「私の負け……そうかしら」
シジャン博士が導いているコンテナ群の先頭が、向きを変えて平行移動を始めた。
「ついに、地球の周回軌道態勢に入ったわ。じきに着陸態勢に入る。そうなったら、もう私にも止められない」
「お前には止められないだろうな。だが、俺たちなら止められる」
「ここまで地球の重力の支配下に入ると、機動銃を使っても、地上に落ちていくことは避けられないわよ。コンテナの向きを変えなさい」
シジャン博士の警告は無視する。俺はマリアンから教わった方法で、極光甲冑のセンサーと計算能力を最大限に使い、航路を計算した。結果をマリアンに伝え、コンテナの速度と位置を微調整してもらう。
シジャン博士のコンテナ群に続いて、俺たちが乗っかっているコンテナも周回軌道上に入り、石畳の道路に見える列から少し離れた位置から追いかける。今までは地球と三つの月の重力と軌道を計算し、利用することで、自動操縦より速く移動できたが、ここから先はシジャン博士のコンテナ群と同じ経路、同じスピードで地球の周りを回ることになる。
「いくら移動経路を短くしても、追いつけなかったようね。このコンテナが、この航路でこれ以上の速度を出せないのは確認したわ。残念だったわね。
そろそろ着陸態勢に入るわ」
冷たい女の声で警告が告げられるが、マリアンが現状維持を指示する。
その指示に被せるように同じ声が告げた。
『前方のコンテナ群に状態変化。地上への着陸態勢に移行します』
「というわけで、残念だったわね、エギン技士」
「確かに残念だ……こうも勝負があっけなくつくとはな」
「何を考えてるの――えっ!?」
シジャン博士のコンテナ群が、いきなり速度を落とし、目の前に迫ってきた。ぶつかった衝撃で宇宙に放り出される――ことはない。
目の前に迫ってきたコンテナ群は、再び速度をあげ、俺たちのコンテナとの距離を一定に保つように速度を上げた。無論高度は下がっていない。
「な、何故、着陸を中止するの!」
シジャン博士の言葉に、ついマリアンが調べ上げた事実を思い浮かべてしまった。
大量のコンテナを同時に扱う方法は、現実的には自動操縦モード以外無いこと。
自動操縦モードでは、当然、他のコンテナとぶつからないよう制御されていること。
地球の周回する物体が地上に降りるためには、減速する必要があること。
なにかの障害があって降りる直前で速度を落とせなければ、当然、自動操縦による着陸は中断されること。
障害とは――そう、例えば、減速すると後ろにぶつかるものがある場合だ。こんだけ大量のコンテナが隙間無く一列に並んでしまっていては、後方の数台が減速できなければ、他のコンテナ全てが着陸を止めてしまう。
「どうして、それを――!」
「あのな、地上へのコンテナ着陸はお前の作戦の根本を成す技術だろう。なら、着陸するときこのコンテナがどう動くか、なぜ調べなかったんだ? 周回する宇宙船が着陸のため減速することなんて、下手すりゃ俺たちのご先祖様が再現した百科事典にだって載ってるぞ。
そもそも、さっさと自動操縦に全てを任せてしまうなんて、博士様ともあろう方がやることじゃないんだよ。なぜ自分がそんなことをしてしまったのか振り返ってみろ、分かるはずだ」
返事が返ってこないが、続けて呼びかける。
「お前が、ただただ、旧地球の技術という『結果』だけ求めて、その『過程』にあるものを無視する考えに染まってしまったからだよ。分かったか、その意味が!」
「――全ては、結果よ。数万機が100機足らずに減っても、私はやり遂げてみせる」
一つのコンテナが、風で道路から吹き飛ばされたチラシのように飛び上がり、俺たちの頭を飛び越え、後方に飛んでいった。
「シジャン博士も手動操作モードを起動したようじゃ!」
俺たちの体を動かすリリが、コンテナに捕まったまま慎重に姿勢を変え、後ろに向けた。遠ざかるコンテナが視界に入った。
「あそこだ! ヤマル、距離と速度を指定しろ!」
「待ってくれ、先にシジャン博士が残したコンテナ群の自動操縦権を奪って、居住施設へ戻すんだ!」
いくら極光甲冑の全ての感覚力と計算能力を生かしたとしても、手動操作での地上降下停止は素人の俺たちには無理だ。シジャン博士のコンテナに大気圏突入されると、もう止める手段がなくなる。追いつかないとまずい。それは分かっている。
「いくら地上のみんなが大事だからって、このコンテナの中の人たちを放っておいては、あたしたちがここまでシジャン博士を追ってきた『過程』の意味がなくなるからね」
「その通りだ。分かってくれてありがとう」
「リリ、この距離なら『機動銃』を使ってあの先のコンテナに飛び移れるはずじゃ」
「飛び移れなかったら?」
ふふふふふ、とマリアンが話すように笑い声を上げた。
「地上へ真っ逆さま、じゃな」
「まあやるしかないんだけどな。飛び移った後は、何すればいい?」
「コンテナの外にある管理端子に直接触れるのじゃ。特別な措置をしていない限り、それでコンテナの管理者権限を奪取できるじゃろう」
「分かった」
「二人とも、任せたぞ」
俺はこの先、二人の邪魔しないよう別のことに意識を集中した方がいい。つまりはどうやってシジャン博士に追いつき、そして止めるか、それを考える。
期限は、マリアンとリリが全ての操作を終えて、俺たちの極光甲冑がこのコンテナに戻ってくるまで、だ。




