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その2

「貴方たち、他の治療器の中は見たようね。では、ここの旧地球人達が何をしているか、分かったかしら」

 

 零号機の旧地球人が残した言葉、居住施設の様子からして、答えは一つのようだ。

 

「エギン技士の考えどおりよ。『生きている』ただそれだけ。ここにいる人たちは、人類の種を保存することだけが目的になっていて、それ以外のことは全くしていないわ。

 それだけならいいけど、貴方、そのコンテナで気づいたことはない?」

 

 コンテナって……ひょっとして部屋の一つ一つが分離できる箱型の施設になってるのか。

 

「あいにく起きたばっかりで右も左も分からん。このコンテナがどうした?」

「この移動機と治療器だけではなく、コンテナを始めとする居住施設のいくつかは、魔粒子に耐える能力があるの。私はそれを知ったとき、許せなかった」

 

 突然、頭の中に、灰色一色の光景が差し込められる。

 コンクリート製の画一的な長方形の家々。同じくコンクリートの石畳。

 この風景――ふと、とある兵士の案内口上を思い出す。

 

「これ……建物が塗装される前のオーディチガワか!?」

 

 ござをかぶせられた……おそらくは、死体。それがコンクリートの道路に等間隔に並べられている。その規則正しさに異常を感じる。

 

 10歳ぐらいの女の子が、その死体の一つを見下ろし、肩をふるわせていた。

 くせのある髪は金色と黒色のまだら、魔術を使い始めた子ども特有の髪の色だ。

 その女の子の顔をのぞき込もうと視界が変わる――

 

「あたしだ――」

「そうよ。リリ、貴方の両親は、私が技士になって最初に設計した堤防が決壊して死んだの。原因は些細な、基本的な設計ミス。

 赦しを乞うことなんてできないけど、この光景を、私はずっと胸にして生きていた」

「シジャン博士!」

 

 リリの声が悲しい風景を吹き飛ばした。

 

「シジャン博士、あたしはそのことであんたを怨みはしない。決壊した堤防を設計したのが誰かなんて、今まで気にしたこともなかったぐらいだ。

 それこそ、あたしの作った堤防や水門だって、そのうち些細なミスが原因で事故を起こすかも知れない。あたしらは間違うことがある、ただの人間なんだ。

 そのことは、オーディチガワに住んでる奴なら誰だって身をもって知っている。水の災いを他人のせいに、堤防を作った技士のせいにしたりなんかしないよ」

「そうかもしれない。でも、私には事故を起こさせない力があるはずだった。なのに防げなかったのは、やはり罪ではないかしら。ただの早熟な技士だった私は、その日から、ただの技士でいることに我慢ができなくなった」

「ただの技士でいられないとは……どういう意味だ」

「こういうことよ!」

 

 シジャン博士の想いが、積み重ねた経験が、頭の中に流れ込んできた。

 

 自らの研究だけではなく、優秀な研究者を助けて仲間へ加えていくチトセ・シジャン。

 政治系、話術型を学び、都市連邦政治の中枢に入り込んでいくチトセ・シジャン。

 博士となり、たったの10年ほどでオーディチガワを大陸一番の治水都市に成長させたチトセ・シジャン。

 

 その合間合間に、あの日、運河道に並んだ水死体のイメージが重なった。

 

 孤独なシジャン博士は、誰にも心の内を打ち明けることがなかった。代わりに、警備兵に無断でオーディチガワの城壁をくぐり抜け、人気がない水場に赴いて一人で泳ぎ、心のざわめきを静めていた。

 

 とある日、その泳ぎの最中のこと。シジャン博士は河の上流で3体の巨人が川底に沈んでいることに気づく。そのうちの一つが動きだし、彼女に極光甲冑に乗り込むよう勧めた。

 

 そして、シジャン博士は、この地球の秘密を一挙に知ることになる。

 

 宇宙空間の居住施設に行くためのロケットがキブノの域内にあること。

 これら3機の極光甲冑には、そのロケットを制御する力があること。

 生き残ることに飽きた旧地球人が、地球の衛星軌道上に、そして、今まさに自分の目の前にいること。

 

「私は悔しかったし、旧地球の人たちが許せなかった。旧地球の技術があれば、あの洪水で亡くなった人たちは死なずに済んだはずよ」

「だからと言って、旧地球の技術を以ってしても、時を戻すことはできないだろうが!」

「そうね。でも、あるはずだった旧地球の技術が無いが故に死ぬ人が、今この瞬間もいるはず。そういう人を一人でも多く、早く救う必要があるでしょう。この極光甲冑があれば、それをなせるはず。

 亡くなったキブノ、都市連邦の人たちには申し訳ないけど、仕方ない犠牲、意味のある死よ。私の未熟故に無為に死んだ人たちとは違うわ」

「意味のある死だと……そんな考えに、俺たちが賛同するとでも思ったのか」

 

 返答の思念はしばらく聞こえてこなかった。どうしたのかと思い始めたところで、そうね、と短い言葉が響いた。

 

「私は、ずっと一人だったけど、この仕事にだけは仲間が欲しかった。無数の技士の中から、旧地球の技術を扱うにふさわしい候補を選び出した。それが貴方たちよ。

 マリアン・ヤヴォルスキー技士は、最年少で技士の称号を得るほどの才能を持ちながら、どの研究所にも属しておらず、仕事も取れていないことが私の心にひっかかった。よくよく調べて、貴方が元は孤児で、若いのにわざわざ家を出て研究生活に身を投じていることを知ったわ。貴方のような人に、苦労と能力に見合った研究の場を与えたかった」

 

 マリアンが、言葉になっていない何かの激情を現したが、それはすぐに消えた。

 

「リリ・コーカワ技士は言うに及ばず、私が償わなければいけない相手。もちろん、水中・水上に造る建築物の技士としてトップクラスだったからというのもあるけど、なにより、貴方には、私が知ったこの世界のことを真っ先に教えてあげたかった」

「シジャン博士……」

 

 リリは、続きの言葉が出てこないようだった。

 

「そして、ヤマル・エギン技士。旧地球人に出会う前から、私は貴方のことを知っていた。オーディチガワの治水技術向上のために、貴方のような若い才能の持ち主が欲しかったの。

 調べてみたら、メートル原器を再現するプロジェクトを完遂した後、貴方は一切、論文を書いていない。それどころか、技士に就任して半年後に軍部に出向、訓練が終わった後は危険な任務を自ら選んでいる。

 だから、そのメートル原器の研究に、なにか問題があったと私は考えた。一度、直接会って、その事情を訊いて、助けてあげれば、仲間になれると思っていた」

 

 思い出したくもない、あの紙が目の前に思い浮かばされる。

 

「貴方が作ったメートル原器の元になった論文。この通り、最後のページに、あまり意味の無い資料が付記されているわ。貴方、本当は、ここに何を書くつもりだったの」

 

「今あるメートル原器を、俺の作ったもので入れ替える必要はない、と書くはずだった」

 

                ◇ ◇ ◇

 

 これまで、他の距離計の博士・技士達は、オリジナルのメートル原器同様、光の速さを自分たちで可能なやりかたで計測し、それをもって1メートルの長さを予想していた。

 俺は旧地球の資料を漁って、重力や魔粒子に影響されず、かつ正確な『長さの結果』が記載された科学実験を数多く再現するという手法でより正確なメートルの長さを割り出した。

 

 指導教官は回り道と揶揄しつつも、技手の俺には読めない資料を取り寄せてくれたり、貧乏な俺に飯を奢ってくれたり、研究活動の内外で助けてくれた。

 おかげで、書き上げた論文は査読者から高い評価を受け、思いがけず技士に推薦されることになった。推薦からほどなくして、俺は連邦技術局より技士内定の連絡を受けた。

 

 論文の正式発表の前日、落ち着かない時間を潰すため、俺は図書館を訪れた。技士内定の連絡書を利用して、技士しか閲覧できない貴重な旧地球の資料を漁っていた。

 

 そして、あの論文を見つけてしまった。鉱石内の光の屈折を扱ったその論文は、俺の割り出した1メートルの長さに対して、一つの事実をつきつけた。それは、俺が計算したメートル原器の誤差の範囲が、元々のメートル原器よりだいぶ広くなるということだった。すなわち、俺の作ったメートル原器は、オリジナルのメートルの長さと違う可能性が、元々のメートル原器より高くなってしまったことを意味している。

 

 俺の研究が無為ってことはない。メートルの長さを計算する新しいやり方を見つけだし、しかも一定の成果を出せたのだから。だが、元々のメートル原器を入れ替えたり、実績の少ない技手を技士に特別昇格させるほどの研究成果ではないことも確かだ。

 

 あわてて教官に『最後のページに付け加えたいことがある』とだけ連絡し、俺は寮で追加の資料をまとめ始めた。だが、この事実を追加して次の日に発表したとき、皆がどういう反応をするのか想像してしまった。

 

 助けてくれた指導教官。喜んでくれた研究仲間。『魔粒子過敏症の人間は、余程優れた能力がなければ真っ当に生きられない』と言った両親。皆、なんて言うだろうかと。

 

 その夜、俺は図書館に忍び込み、世界で唯一存在するその論文を盗み出し、燃やした。これで、俺のメートル原器の誤差をより正確に知る者は、この大陸上にいなくなった。

 そして、謎の1ページが加わった論文は、通ってしまった。『存在する』文献を参考に再現実験が行なわれ、俺の論文の『正しさ』が証明されてしまった。

 

 俺の論文を受けて、全てのメートル原器と、それを基準にした定規が、重量計が、水量計が、意味もなく入れ替えられていった。

 

 計量器の入れ替えを拒否した貧しい酒屋の主人が牢に入れられ、その家族は離散した。

 計器類の入れ替え予算に充てるため、魔粒子過敏症の福祉予算を減らした都市があった。

 スーフーガイで見たように、魔粒子過敏症患者の向けの設備がなくなっていった。

 

 そんなことが、俺が技士の称号を得てたったの数ヶ月の間で起きた。

 そんな事件が起きても、皆は俺を慰めてくれた。それでもなお、褒め称えてくれた。

 あの論文を訂正することもできない。また同じ犠牲が起きるだけ。

 だから、あのとき、俺は死ぬことを決意した。

 

 自分で死ねないほど臆病な俺が選んだ仕事は、魔粒子過敏症の体を使ってAK47の弾倉に魔粒子を注ぎ込んでいる兵士を探す『戦場のカナリア』だった。我々の地球では生きられなかったカナリアのように、すぐに死ぬはずだったのに。


 俺は、意味もなく運が良かった。

 

                ◇ ◇ ◇

 

「エギン技士。貴方は自分を責める必要は全くないわ。なぜなら――」

 

 メートル原器をいれたガラスケースの風景が浮かび上がり、その上に数字が書かれる。

 

「もしや、この1.00..と続く数字は……」

「その通り。この移動機で計って確認した結果、貴方の作ったメートル原器は旧来よりはるかに正確だと分かったわ。誤差の可能性と言ったけど、それは結果としては非常に少なかったのよ。過程はどうあれ、貴方の研究成果は正しかった」

「バカか、テメエは……」

 

 思わず、素の言葉が出た。だが……今度は自分を見失ったりはしないさ。

 

「馬鹿……とはどいいう意味かしら」

「シジャン博士……今の言葉で、お前がこんなことをしでかした理由が分かったよ。

 お前は人が新たな技術を受け入れられるのは、その技術が生まれ、受け入れた『過程』に納得しているからだと分かっていない」

「過程?」

「そうだ。俺だって、あの論文を読んだのがメートル原器を入れ替えた後だったなら、謝罪こそすれ、俺の研究成果の不備を技術者として罪だと考えることはなかっただろう。俺を攻める人はたくさん出ただろうが、俺の指導教官も、研究仲間も、両親も赦してくれたと思う」

 

 それぐらい、俺は仲間に恵まれていた……今も。

 

「それが、私の旧地球の技術を地上に降ろそうという話と、どう関連する?

 元から旧地球の技術というのものは、地上にあるべきものだったのよ」

「この宇宙空間に住む、旧地球の誰かが、お前の言うとおり『技術を地上に降ろすべきだ』と考え行動しても、同じように大陸全体が混乱し戦乱が生まれるだろう。だが、俺はそれなら納得できる。

 政府が無くなり、旧地球人は個人の意志で行動するしかなくなった、という過程を辿ったんだから」

「それなら……」

「だがな、『旧地球の技術を手に入れるために、大勢の罪のない人間を裏切り、犠牲にしました』なんて過程は絶対に受け入れられるべきではないし、俺は受け入れないってことなんだよ」

「犠牲は一時的なものよ」

「一時的なものか! ある技術者が祖国を守るために作ったはずのAK47が、旧地球とこの地球でどのように広がり、どれだけの人命を奪い続けたか知っているだろう。新たな技術を受け入れる過程を無視して、局所的に伝わった高度な技術は必ず混乱を招く」

「それは私も同意見よ。だからこそ、ここに来る必要があったの。治療器が3機だけだったら、都市連邦なりキブノなり、一部の国家、一部の人間だけが得し、持っていない人間への一方的な文化侵略や略奪が始まってしまうからね」

「3機だけだったら……って、シジャン博士! まさか――」

 

 マリアンが早口で極光甲冑と話し始めた。

 

「そうよ、地球に落とすのは、無数の治療器と、それに詰め込んだ旧地球人よ」

「ヤマル! わしらの周辺以外のコンテナが全て切り離され、地上に向かっておる! コンテナの数は数万を下らぬ。

 地上にまんべんなく、極光甲冑入りのコンテナが降り立つことになるぞ!」

 

 それがもたらす人災の想像で頭がいっぱいになった。

 

「単に混乱する地域が爆発的に増えるだけだ! それに旧地球人を巻き込むなんて!」

「オーディチガワで亡くなった人たちを考えれば当然の処罰よ」

「シジャン博士、それは違うだろ! それは形を変えた私怨だ! あんた、いや、あたしたち地上の技士の責任だろ!」

 

 リリの言葉に対し、すぐには反応はなかった。ため息を漏らすだけの間があった。

 

「残念だけど、もうこうやって話している時間はないわ。貴方たちと共に旧地球の技術を伝えていくのは、諦めるしかないわね。

 信条は違っても、このコンテナ群で地球の様子が一変しても、貴方たちなら『技士』らしく、人類の技術発展に貢献してくれると信じてる。

 そうね、いつか、同じ道を歩めるといいわね。今回は物別れに終わったけれども、私はいつでも貴方たちを、人類の真実を早く知った仲間として受け入れると約束するわ。

 地上に戻って落ち着いたら、その治療器から連絡して。貴方たちからの通話要求はいつでも受け付けるし、私の治療器の場所もいつでも検索できるようにしておくわ。

 連絡、待ってるから。さようなら」

 

 極光甲冑の女の冷たい声が響く。通信が切断されたようだ。

 手を壁から離し、横を向く。リリもマリアンも、同じように手を離し、俺の顔を見つめていた。

 

「マリアン」

 

 そう呼びかけたとき、あまりにも自分が落ち着いていたので逆に少し驚いた。

 

「シジャン博士が言っていた『コンテナ』について、探索的に調べてくれ」

「わしらが今いる部屋であり、なんらかの荷物を詰めて運ぶための箱、という情報以上に『コンテナで何ができるのか』ということじゃな。少し時間をもらってよいかの」

 

 返事を待たず、マリアンが再び手を壁に当て、中央制御システムと会話を始めた。

 

「それにしてもどうやって先行してるシジャン博士を、幾多のコンテナの動きを止めようか……ヤマル」

 

 あんなことを知られた後だが、マリアンとリリは余計なことを言わなかった。

 

「自分の記憶が正しければ、どんなに科学技術が発達していようと、宇宙から地上に安全に降りるには、それなりの準備が必要なはずだ。そこに隙がある。

 相手は天才博士様だが、宇宙科学に関する知識レベルが一緒なら、こちらにも勝機がある」

「あたしたちは――その隙を突く準備かい?」

「ああ。それと、シジャン博士を追いかけるにあたって、無重力下でも体を動かせそうなのが君しかいない。心の準備も頼む」

「無重力か……ま、潜水型の要領がどこまで通じるか、だね」

「頼む」

 

 一応、手に持っていた培養タンクを懐に入れた。本格的な手術の時間を確保するのは絶望的だが、今の状況では、持って行ける道具は何でも持っていった方がよさそうだ。もう一つ二つ、持っていくことにしよう。


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