その1
遠くで女の冷えた声がする。技術再現本部でAK47の銃弾に斃れたあと、極光甲冑の中で蘇ったときに聞いた声だ。
「みんな、大丈夫か」
返事がない。視界の風景は意識を失う前と変わらない。目の前に寝かせた治療器がある。手を動かしてみたが、重力を感じる。まだ地上にいるのか。
「体を動かしているのはヤマルですか」
「マリアンか。意識はどうだ」
「だいぶ、ぼんやりしておったが大丈夫のようじゃ。極光甲冑に状況を確認する」
「ごめん、今ようやく意識が戻ったよ。状況は?」
別の声が聞こえた。
「リリか、おかえり。マリアンが極光甲冑に状況確認中。今、ロケットはどうなっているのか、ここが地上なのか、宇宙なのかもまだ分からん」
「いや、多分、宇宙にいると思う」
「なんでそう思うんだ」
「この体でも感じられたはずの、魔粒子の流れが全くない。妙な気分だよ」
「ええっ!?」
いや、でもまあ、確かに、宇宙に出て俺たちの地球から離れれば、魔粒子の影響を受けないはず。ということは、本当に宇宙にきてしまったってことか。
「少し、良いかの?」
極光甲冑と話していたマリアンが、俺たちに分かる言葉で呼びかけてきた。
「まず、治療作業は終わっておる。致命傷については三人とも回復したとのことじゃ」
その言い方だと完全には治ってない奴がいるってことか。
「残念じゃがその通りじゃ。ヤマルだけは脳の損傷が激しく、これまで通りエネルギー充填が必要となる。とはいえ、以前より長く活動できる上、脳の機能をわしらと分け合う必要はない」
「完全に治すにはどうすりゃいいんだ?」
「本格的な手術を受ける必要があるのじゃが……どういうものか、調べても分からんかった。面目ない」
「残念だけどさ、その手術は旧地球人の居住施設のどこかで受けられるんじゃないの?」
「じゃろうな。もうこのロケットは、居住施設に到着、接続済みとのことじゃ。この居住地区を探せば、その手術を受ける手段は見つかるじゃろう」
「問題は、シジャン博士が俺の手術が終わるまで待ってくれないだろう、ってことだ」
おまけに、このロケットが居住施設に着いてどれくらい時間が経ったか、つまり、シジャン博士をどれくらい自由にさせてしまったか分からない。
「なんにせよ、敵は時間ってことだろ。手を動かそうよ」
リリは俺たちの応答を待たず、養生したおいたウォーピックを取り外し、床に寝かせてあった治療器を立てた。続くマリアンの命令で、極光甲冑は片膝と片手を地面につきながら向きと位置を変え、治療器と接続した。
「片手片足なのに、自動的に治療器を背負う動きができちゃうとはね……。それはともかく、どうやってここから出ようか?」
「まずは、入り口だった壁に……極光甲冑と同じ操作方法を試すべきじゃな。『開け』と念じながら壁に手を触れてみるんじゃ」
そういえば、最初に俺が治療器に触れたときも『中身を見たい』って思ってたっけな。そう思ってなけりゃ、開かなかった可能性もあったのか。
扉のそばに行くのも、左腕右足が欠けているので一苦労だ。リリは、ウォーピックを杖代わりにして近づいたあと、屈んで扉に手を触れた。
例の女の冷えた声の後、治療器の開閉時と同じ、ワイングラスを弾いた音が鳴った。壁に亀裂がうまれ、左右にスライドして出口ができる。
出口の向こうには、高さも幅も10メートルほどの真っ白な廊下が遠くまで続いていて、先が見えない。わずかな継ぎ目がこれも10メートルの間隔をあけて床と壁に入っている。総じて、10メートル幅の正方形が組み合わさったような構造に見える。
「これは……見たことがあるよ」
「俺もだ。この壁はまさしく歴史の教科書で習ったとおりの宇宙船内部だ」
教科書と違うのは、壁が無限とも思えるほど奥まで続いていることだ。
「この広さじゃ、どこから手を付けていいのか分かんないね」
「奥まで行かずとも、大きな建物の入口近くには、簡易な医療施設があるはずじゃ。これは、紀元前の神殿から、20世紀後半の小学校、果てはわしらがこの惑星に建てた技術再現本部にいたるまで、数千年以上変わらなかった原則じゃ」
廊下の左右に目をやると、等間隔に扉らしきものが並んでいる。
「あれは旧地球の医療を表わすシンボル……当たりじゃ」
意識の中に矢印が差し込まれた。その矢印は、赤い十字が印された扉を指している。
赤い十字といえば、俺たちにとっては、宗教や商売の勧誘を禁じた公共施設に張られるものなんだが……マリアンが言うなら旧地球では違う意味だったんだろう。
リリが近寄ってその赤い十字の扉を開けた。
「極光甲冑がこんなに……」
左手の壁にはいくつもの移動機が背中を壁につけて立っている。そして右手には。
「治療中の旧地球人じゃろうか」
床だけではなく、天井近くまで、いくつもの治療器が壁から生えているかのようにくっついていた。
「治療器は……60機、移動機は12機。移動機は複数人で共有してるってことか」
「こんだけ治療器が一カ所に集中してるってことは、やっぱりここが治療室なのかな」
「確信は持てぬ。が、ヤマルが一人で治療を受けるためには、どこかでわしら全員が治療器から出る必要があろう。特に危険物も見当たらぬここで出るのが得策じゃろう」
「……呼吸できることを祈ろうな」
「治療器が水中にあるときは、安全機構を毎度無効にせぬかぎり外に出られないほどじゃ。空気が無かったら警告されるじゃろ。恐れることはなかろう」
技士としては理論と理屈には乗っ取って考えたいけど、どんな実験だって初めては緊張するもんだ。
壁と床をよく見ると、帰還ロケットの中と同じように突起と目印の線がある。同じ要領で背中から取り外した治療器を壁際に、目印に沿って置く。
突起が動いて、治療器と接続した。『接続完了』と極光甲冑の声が上がる。
「ほんとに出て大丈夫なんだよな」
「リリ、あれこれ悩んでも仕方なかろう。出るぞ」
直後、『解除!』とマリアンが叫んだ。
◇ ◇ ◇
気づいたら、俺はいつの間にか体を起こした姿勢で、深い呼吸をしていた。空気はある。
治療器から出て、もう一度深呼吸する。空気が澄みきり過ぎて、逆に喉が痛くなりそうな気がする。
そして、服が完全に乾いている。水気は宇宙船の方に吸い取られたんだろうか。
リリとマリアンの二人はすでに治療器から出て、辺りを見渡していた。最後に治療器に入ったのは俺のはずだが、湖に落ちた衝撃で位置がシャッフルされていたらしい。
「すまない。ぼーっとしていたが、自分も起きた。ここまでは生き残れたみたいだな」
「その通りだけど、感慨にふけってる時間はないよ」
「そうじゃな。ヤマルが起きたことじゃし、すぐにでもこの治療器の中の人間と話してみたい」
言葉にならない二人の緊張感が伝わってきた。俺だって緊張しているのだろう。
旧地球人は、地上から上がってきた俺たちのことを、どう認識するんだろうか。
「いずれはやることだ。接触は、旧地球の英語が得意なマリアンに任せたい」
マリアンはうなずくと、胸の高さほどにある治療器の一つに手を伸ばし、そっと触れた。外装が横にスライドして開く。
誰もいない。いや、何もないわけではなく、液体が入っている。よく見ると、俺たちが技術再現本部で見たのと違って、液体が黄色く淀んでいる。マリアンが再度手を触れる。
「頭の中に声が――保全モード、という状態にあるようじゃ」
「あの零号機の旧地球人が言っていた、生体情報で保存されている状態、ってことか」
「残念じゃが、通信を受け付けぬ。代わりに強制的に体を復旧するか聞かれておる」
「勝手に復旧はまずい。とりあえずこのままにするしかない。手分けして他をあたろう」
マリアンによればここは治療室だ。治療に必要なものはあって当然のはずだ。
俺は、移動機と、壁に突き刺さった治療器の間を抜け、奥の壁の前に立った。その壁、床、あちこちに手を当て『開け』と念じていく。
突然、冷たい女の声が頭の中に響いた。
『解除します。下がってください』
「よし!」
急いで飛び退くと、壁を構成する正方形の一つがせり出してきて、止まった。中には切れ目で模様が入った箱が、規則正しく詰められている。手にとって振ってみると、いかにも中に液体が入っているかのような手応えがあった。
「お、ヤマル! 何かみつけたか。中身は?」
「培養液のタンクかその類に違いないと思う。開けてみるぞ……『解除』」
『解除不能。培養液は□□。細胞組織が融解する可能性があります。□□をして□』
「融解する!? 治療用の液体なのに? 言葉の意味が汎ユーロ語と違うのか」
マリアンも駆け寄ってきて、タンクを手に取ると、耳を澄ませるように頭を傾けた。
「いや、確かにそう言っておる。体を分解して『保全』するのじゃから、このような作用があってもおかしくはなかろう。この居住施設も極光甲冑のように、様々な知識、情報が蓄えられているはずじゃ。使い方を調べてみようぞ」
「ここが共同生活の場ということは、極光甲冑と違って複数人で操作できそうだ。マリアンに任せっきりにしないで、手分けして調べよう」
「だな、あたしもやってみる」
俺たち三人は、壁に手を当てた。
「待ってたわ、三人がこちらの中央制御システムに繋いでくるのを」
女の声、だがこれはいつもの極光甲冑の声じゃない。
「シジャン博士!」
「中央制御システムに繋ぐだと……そうか!」
今、俺たち全員が壁に手に触れて『この居住施設のシステムを使いたい』と念じている。それが『中央制御システム』と、この施設のどこかにいるシジャン博士と繋がった理由か。




