その3
「ヤマル、治療器がどこに行くか計るんじゃ!」
「分かってる、俺の思考に線を合わせてくれ!」
マリアンの図解の助けを受けながら、治療器の落下地点を予測する。このままだと俺たちが落下した近く、キブノ兵が集まってきたところに降下してしまう。治療器が落ちるのに安全そうな場所は――ロケットと城壁を結ぶ橋を挟んで向こう側だ。船がくぐれない程度に橋桁が低いから、船を出すまで時間が稼げる。
「なるほど、了解だ!」
「まだ何も言ってない、でも頼む、リリ、やってくれ!」
体の支配権が再びリリに移る。水上のキブノ兵に感づかれないよう、地面をそっと蹴りながら進む。当然、いつもの水を分解しながらの移動は厳禁だ。
途中、リリが落としたウォーピックが足に引っかかった。それを拾い上げ、杖代わりにしてさらに移動速度を上げる。
そうしてキブノ兵のボートの下を通過し、ロケットと城壁を結ぶ橋を無事くぐることができた。
「そろそろ、治療器の落下位置を調整してくれ。とにかく、10時方向に向ければいいはずだから」
「分かった。それくらいの調整なら見えなくたって大丈夫」
治療器につけたサブ推進器には、水だけが詰められたものがある。リリが魔術でその中身を水素と酸素に分離し、ボンベ内の気圧をある程度まで高めれば、ロケットエンジンに追加の燃料として供給され、ある程度針路を制御できる仕組みだ。非常装置にも関わらず、湖畔でのテント生活の合間に、何度も制御操作を練習してくれたリリに感謝するしかない。
「感謝はうまくいったらの話だね。指定の角度に向けたよ」
「人間の体って何メートルぐらいの落下なら耐えられるか、分かるか」
「え? うーん、工事現場での経験で言うと……10メートルぐらいなら。それでも死ぬ奴は死ぬ。足から水面に落ちればもっといけると思うけど」
城壁の高さは10メートルあった。安全な高さまで降りてくるまで待つ、なんて悠長なことはやってられないか。
「マリアン、浮上して治療器の位置を確認してくれ。撃たれたらリリに替わるんだ」
「分かりました」
リリと交代したマリアンは水底を蹴ると、うまく顔の表面だけを水面に出した。一度で力加減のコツをつかんだらしい。
「ありました、あ!」
魔術を使うまでもなく、ゆっくりと落ちてくる治療器をサーチライトが照らしていた。湖底に沈んだ俺たちを探すのに躍起で、上空への注意は逸れるんじゃ無いかと思ってたが、甘かったか。
俺たちの体が入った治療器をキブノに回収されたら、こちらの負けが決定する。
「一か八かだ。こちらからパラシュートを切り離す」
「本気かい」
「キブノ兵に受け止められるよりはましだ。治療器が橋の上空を越した辺りで落とす。足の方から落ちれば致命傷にはならないだろ。急いでくれ」
橋の近くまで戻り、顔を水面に出して待ち受ける。
「よし、越した、やってくれ!」
水がつめられたボンベの一つには、気圧が高まるとパラシュート解除のレバーを起こすものがある。リリの魔術で、これを作動させることができる。
「3、2、1――行け!」
治療器が落下を始めた、と同時、地上から一斉射撃が始まった!
銃弾の衝撃で治療器が回転し、頭の方から水面に落ちていく――
「あっ!」
水柱が上がった。
終わった――いや、俺の意識は、まだある!
「リリ! 治療器を回収して、橋の下へ!」
極光甲冑の、女の冷たい声が響いた。『警告』という単語が入り交じったその言葉にかぶせるように、マリアンが翻訳した。
「今の衝撃で、わしらの全員の、頭蓋骨を始めとする体の重要部位に損傷。このまま外に出れば致命傷となるとのことじゃ。
じゃが、生命維持はエネルギーが続く限りは可能じゃ」
「宇宙に行って治療しない限り、俺たち三人は外に出られないってことか」
嘆いている時間はない。リリが水底に落ちた治療器を拾い上げ、立てて置き、回れ右して背中をくっつけた。
『自動装着、開始!』
技術再現本部で起きたときと同じく、体中から泡が吹き出し、制御が効かなくなる。治療器も移動機もあまり動かなくて済む分、早く終わるはずなんだが。
「早く……早くしてくれ」
気持ちは同じだ。こんなに泡を出してちゃ、橋の下に逃げ込んだことはすぐにバレる。
なんの兆候も無くぴたりとその泡が止んだ。
『装着完了。作業が継続できます』
「リリ! バレてもいいから帰還ロケットまで走って、そこから水面に上がれ!」
返事もなく、いきなり周りの水が一気に無くなった。ウォーピックを杖にしつつ、水底を片足跳びで蹴り、周囲の水を破壊しながら進む。一息の間にロケット発射台の入り口に到達すると、リリは水底を蹴ってジャンプし、橋にウォーピックを引っかけ、一気によじ登る。
サーチライトが一斉にこちらを照らし、視界を奪う。頭部を狙った銃撃を、上腕で防ぐ。降下時に撃たれた時ほど、激しくはない。
「爆発物を使ってこないってことは、まだロケットが惜しいみたいだな。このまま後ずさりしてロケットへ!」
そう言った直後、左方の視界の端に、急速に近づいてくる船が映った。
「どうする、こちらから飛び乗って蹴散らすか!?」
「いや、待ってくれ!」
乗っている兵士が、銃を持っていない。なぜ?
なぜ、体には多数の弾倉と手榴弾を携えているのに、銃を持っていない?
「まさか――体を貸せっ!」
一間のあと、船が橋に激突。船の上から、キブノ兵たちが飛びかかってきた!
無事な左足に抱きついてきた兵士を左手でつかみ、船の方に突き飛ばす。だが、斜め後ろから、突き飛ばしで伸びた左腕に別のキブノ兵が抱きついてきた。
その兵士と目が合う。
血走った、しかし真っ直ぐな目。口元は結ばれ、虚勢で叫んでいるということはない。
船に残った兵士から、一斉に手榴弾が投げ込まれた。左手を盾にしながら、片足の力だけで精一杯後ろに飛び退く。
爆音と発光、空中で横に一回転させられ――仰向けに倒れた。
煙の中、サーチライトの光を頼りに辺りを見る。俺たちが立っていたところに、極光甲冑の装甲の欠片――左腕の残骸と、内臓をぶちまけ、へそから下だけを残した人体の肉塊があった。
「うっ! おっ……」
吐きたくても吐けないか。爆発でちぎれた人間の塊ってやつは、何度も見たことがある俺も慣れない――体に爆弾を巻き付けての自爆攻撃は見るのも初めてだが。
サーチライトと頭部の銃撃で俺たちの視界を制限したのは、このためだったか。
行き場なく沸き上がる感情を、冷たい女の声が中断した。
「他の極光甲冑からの会話要求じゃ!」
右手に持ったままだったウォーピックを頼りに立ち上がり、応じる。
「今度こそシジャン博士か。どこにいる!?」
「位置は――6時方向、高さ上方10メートル、ロケット内部じゃ」
「会話を許可してくれ」
泡が耳元を通ったような音に続けて、女性の声がした。
「手短に言うわ。そのまま後ろに下がって、帰還ロケットの中に入りなさい」
「どういうつもりだ」
「巻き込みたくないの」
振り向くと、目の前には極光色にうねる、湾曲した壁があった。治療器と同じように、切れ目がうまれ、外装が開く。
罠か――いや、入るしかない!
奇跡的に残っていた左足と、右手のウォーピックを駆使して、ロケットの中へと転がりこんだ。直後、足下で振動が起き始めた。
「この地響きは――爆弾じゃない!」
もう三回目だ、さすがに分かる、だが、どうして――
「ヤマル、壁の何かにつかまれ!」
「無理だ!」
代わりにつるつるの床に大の字になって這いつくばる。見上げるようにしてロケットの外をうかがう。
ロケットを覆っていた布が湖に吸い込まれていく。いや、流されていく。俺たちの左腕を奪った爆発の煙が、ようやく晴れた。
爆音とともに、城壁が根元から崩れていく。ぐるぐる回りながら落ちていくサーチライトが、流されていく船と、兵士達の顔を瞬くように見せ、そして水の中に消えていった。
爆発音が収まってくると、代わりに滝のような音が聞こえてきた。
予測は確信になった。湖の縁の地盤が破壊され、地滑りを起こしている。
キブノ兵を道連れに、下流の街を犠牲に、この湖が地図から消えようとしている。
ロケットの入り口が閉まった。あの大きな水音が、微かにしか聞こえなくなった。見えるのは、全体的にうっすらと白く光る、つるつるした壁面だけだ。
がくん、と宙に浮いたような感覚。
あの女が、このロケットを出発させようとしている。
「シジャン博士、言ってみろ」
「通信が切られておる」
「シジャン博士――テメエは俺たちを裏切った。結果、たくさんの技術者が死んだ。
命と引き替えにしてでも旧地球の技術を守ろうとしたキブノ兵をも裏切り、虐殺した。
いったい、どんな理由があるってんだよ――クソッタレがァアアアアアアアッ!」
「ヤマル!!」
「これからどんな目に合っても!! オレはテメエを追い詰める!!
テメエの脳ミソの中身にあるこのクソッタレのワケを見るまでは絶対に終わらねえ!
オレがドンだけ死ぬべき男だろうが、テメエだけは絶対に許さねェ!!」
「その通りじゃ、シジャン博士を追おうぞ」
「あァ!?」
「周囲を確認せい。扉はつるつるじゃが、左右の壁には、治療器と移動機を接続する突起に似た形状のものが、壁からいくつも生えておる」
左右の壁を見やると、確かに、人間の身長の高さぐらいに出っ張りが並んでいる。
「この突起に治療器を接続すれば、エネルギーを充填したり、ロケットを制御できるのではなかろうか。このロケットはすでにシジャン博士の手にある故、わしらの治療器の制御が乗っ取られないよう、注意が必要じゃがのう。
何にせよ、エネルギー充填なしでは、安心して戦えぬ。わしらと移動機はすでに致命傷を負っておる。この上、エネルギー不足になれば、その時点で敗北が決定するじゃろう」
周りを改めて見回す。ロケットは外から見えた通り円筒型だ。シジャン博士の姿がないということは、少なくとも2階層になっているはずだが、ここ1階から2階に上がるための梯子はないし、天井に扉らしきものもない。
視線を落として突起の下の床をよく見ると、ロケットの中心に向かって伸びる長方形が描かれている。目測では治療器と同じ長さの縦幅・横幅だ。どうやら、これは治療器を床に置くときの目印らしい。
そうして状況を分析して――やっと自分が何を言っていたか、振り返ることができた。
「そうだな、治療器をこの突起と接続してみよう。すまない、マリアン、取り乱した」
ここ2週間の極光甲冑内での作業で出来るようになった『心の深呼吸』をやってみた。
そうだ、もう一人の仲間にも謝らなければいけない。
「リリもだ。すまなかった。俺がこの中で一番平静じゃなきゃいけなかった」
「別にいいさ。早く動こう」
短くさっぱりと、リリは応じてくれた。
◇ ◇ ◇
治療器を慎重に床に転がし、壁に寄せる。ふと思いついて、突起の繋がる口を右手のウォーピックで邪魔しながら、床の模様に治療器の位置を合わせた。予想通り、頭の中で警告のアナウンスが鳴り響き、その警告の言葉から、突起の名前が『標準多目的保全端子』という名前だと初めて分かった。
早速マリアンに『標準多目的保全端子』に関する機能を調べてもらい、外部からの制御操作には、事前に全て確認をするよう設定を変更した。これでシジャン博士もそうそう妙な手は打てないはずだ。
この作業の間、本で読んだ宇宙船の知識とは違って、加速度が急激に増えたりすることはなかった。本当に宇宙へ行っているのか不安だが、船の上で揺られているような、傾きが変わっては戻りを繰り返しているようには感じるので、飛んではいるみたいだ。
改めて治療器を置くと、継ぎ目の見えない突起が壁をするりと移動して治療器と繋がった。マリアンが治療器と会話を始めたが、話が進むにつれ、だんだん興奮してきている。
「ええと、二人とも。良い知らせじゃ。
この帰還ロケットには培養液がある。わしらの体を治療できるそうじゃ!」
「本当か!」
「おお! そっか、そりゃ非常時に備えて、乗り物には医薬品の類を積んでおいてもおかしくはないね」
「問題は、この状況で、治療の間は意識がなくなるということじゃ」
「シジャン博士は俺らを生かしておきたい様子だった。治療中は逆に安全だろう」
「つまりは、治療が終わって、旧地球人の居住施設に着いたときが勝負ってことだね」
「その通りだ。空の上でケリをつけてやる」
移動機も充填ができるというので、俺たちは治療器の向かいの突起に背中を合わせた。
「あ、待ってくれ。このウォーピックを養生しておかないと、何かあったとき大変だ」
リリに体を渡すと、彼女はウォーピックをきつく腰のベルトに固定した。
こうしないとなにかの衝撃があったとき、部屋の中をウォーピックが跳びはねて治療器や壁を壊す恐れがある。
「ま、そんな事態になったとき、あたし達に打つ手はなさそうだけど、一応ね」
「それでは、全員、無事目覚められることを祈ろうぞ。『治療開始!』」
一呼吸する間の後、ばつんと意識が切れた。




