その2
山頂で発射台のキブノ兵達の動きを見張っていたが、発射する気配は全くないまま、日が完全に落ちた。
夜空を照らすのは、1つだけ出た月といつもの極光の輝きだけだ。
今夜、期間ロケットが発射するかは分からない。だが、発射できる状況になったと確信はできる。行動の時だ。
運んできたガスボンベの弁を開き、大きな布袋に中身を注入する。少しずつ膨らみ、浮き始めているのは『水素ガス気球』だ。
気球そのものは技術再現本部に調査用のものを借りられたのだが、もちろん人間用だし、元々は危険防止のため目立つ色をしている。極光甲冑用に改造し、夜間迷彩を施すのはかなりの手間だった。
気球内に水素が充満し、地面と繋がれたロープがピンと伸びた。気球に繋いでおいた極光甲冑も、1メートルほど宙に浮いている。
リリが腰のベルトに差したウォーピックを抜き、左手に握った。この新しいウォーピックは、通常より刃が大ぶりなツルハシの刃を研ぎ、柄は木製から長い鉄製の柄と交換したものだ。極光甲冑の体の大きさに合わせて、リリが一番扱いやすい重みと長さになっている。
20日以上かけた準備が、今、ようやく実を結びつつある。
「全て、問題なし。皆、覚悟はよろしいか?」
「最初からできてるよ」
「同じくだ。マリアン、引き続き作戦の進行管理を頼む。
全ての準備工程を予定通りに進めた、君の系の技士としての能力を信じている」
「了解じゃ。では、帰還ロケット奪取作戦、第二段階、開始する」
リリが大型ウォーピックを一振り、ロープが断ち切られた。想像していたよりもずっと速く、足と地上が離れていく。
精神が緊張しているのに、それを誤魔化すために動かす体がないから、覚めることのない恐怖の夢を見させられているかのような気分になる。
視界の端に見える極光甲冑の足の大きさと、出発地点に立っていた木の大きさを比較して、地上との距離を測ってみる。やはり、上昇速度そのものは想定通り、単に初めての空中移動で不安になっていたみたいだ。
「ヤマル、ありがとう。あたしも落ち着いてきた」
「ん? ああ、計測した上昇速度の話か」
自分の思考がたまに漏れることのには、結局慣れなかったな。
「時間じゃ。リリ、メイン推進器を起動せよ」
リリがゆっくり背中に手を伸ばし、酸素ボンベのバルブを開け、ロケットエンジンに点火する。ロケットエンジンの噴射で、気球は前へと進み出す。
このロケットエンジンの再現と改良だけで論文になるんじゃないかと思うが、もちろん書いている暇はなかった。
ロケットエンジンの向きは、左右に体を捻る程度しか動かせない。風に流されたりしたら、大回りして進路を修正するはめになる。
山々の間の風の流れを読むのは難しいと聞いたことがあるが、今晩は風はほとんどなく、穏やかだ。これが強い向かい風だったら、作戦の中止もありえた。運も味方しているようだ。
本当、今回ばかりは、運が良くて助かった。
しばらくして、発射台の明かりが見えてきた。一晩だけ、夜に何をしているか山頂から偵察したが、灯火制限されているらしく、明かりらしきものは僅かだった。
今日はそのときよりはずいぶんと灯りが多い。やっぱり、今夜、発射するつもりなんだろう。
突如、発射台を囲む城壁から光の線が延び、山肌を撫で始めた。サーチライトだ。
湖から流れ出る川とその川沿いに、念の入った様子で光が交差する。
「わしらが水路で来ると予測しておったようじゃのう」
そこを読んだマリアンの作戦は、裏をかいて、途中で船を下り、空から行くというものだった。今のところうまくいっているみたいだが――あ!
「待てよ。サーチライトが『今になって』点けられた理由はなんだ?」
「やっぱり今日発射するつもりだからだろ? なら、警戒するのは当たり前だろ」
「いや、だとしたら夜になった時点で点けるはずだ……この近くに俺たちがいるとバレたか、行動を読まれていると思った方がいいな」
俺たちの極光甲冑は、シジャン博士の極光甲冑に発見されないよう、あらゆる探知・探索から検知されないよう設定している。しかしそれでも、シジャン博士の頭脳は侮れない。シジャン博士には、俺たちの狙いや作戦が読まれているという前提で動かないとまずい。
「ならば、ロケットの直上近くまで一気に移動するとしょう。そこまで行けば、発見されたとしても作戦を継続できよう」
「リリ、どう思う」
「元よりおまかせだよ。指示をおくれよ」
「承知した。では、リリ、降下装備を確認、報告せよ」
「効果装備、問題なし」
「リリ、メイン推進器バルブを全開にせよ」
リリがバルブを開くと、背中を突き飛ばされたような感覚とともに体が一気に前に進み始めた。背中に感じるロケットエンジンの温度は異常なし、だが噴出口が轟音をたてているし、頭上には火気厳禁の水素ガス気球があるので、冷や冷やする。
俺たちは光が点る城壁をほぼ真下に見下ろす位置に来た。ここを越したら湖、その先には帰還ロケットだ。
「リリ、メイン推進器、切断せよ」
ロケットエンジンを止め、噴射されていた燃焼ガスが風に流されて気球から充分離れるだけの時間をおく。推進力は無くなっているが、慣性で俺たちの体はついに城壁の上をまたいだ。
「これより降下を開始する。リリ、左手でガス排気ロープをつかめ」
「了解、つかんだよ」
全員の意識が、眼下のロケットに注がれるのを感じる。ロケットを覆う幕の内側から淡い明かりが点々と漏れていた。
「リリ、左手のガス排気ロープを引っ張れ」
シューッという噴出音とともに、地上の湖がゆっくりと迫ってきた。ガス気球の一番多い事故が、ガスを抜きすぎて急降下してしまうって話だから、第一段階はクリアだ。
「それどころか、降下地点もロケットの目の前、どんぴしゃじゃないか」
怖いぐらいにね。どんぴしゃすぎてロケットに当たらないよう注意が必要だ。
ロケットの位置と、自分たちとの距離を測り続ける。と、ロケットを覆う幕の内部で、一斉に明かりがついた。
「まずい、発射か!?」
「そのときは覆いを完全に取るはずだ。まだ少し時間はある」
だが――城壁の外側を照らしていたサーチライトが、一斉にこちらを向いた!
「見つかったぞ!」
「緊急解除! 緊急降下!」
マリアンの叫びと共に、リリはウォーピックで体を繋ぐロープを引きちぎった。一気に地面が近づいてくる。
「全パラシュート展開!」
リリの叫びとともに、ぐっと体が引っ張られた。非常用のパラシュートのおかげで落下速度がゆっくりになり、ほっとしたのも束の間、サーチライトの光が再び俺たちに当たる。
風を切る音、そして発砲音が地上から鳴った。
「リリ、体を丸めるんじゃ!」
マリアンの声を待たず、腹から水面に飛び込んだような衝撃が連続で襲ってきた!
「ぐああああっ!」「あああああああっ!?」
マリアンとリリの叫びが意識の中で一杯になる。俺は意識を声にすることもできない。体から火花が散っているのが見えるが、その視界の一部が時折欠ける。冷たい女の声で極光甲冑が何かを告げたが、全く頭に入ってこない。
がくん、と体が傾く。パラシュートの一部が銃弾で引きちぎられ、バランスを失ったらしい。地上の近づくスピードが上がる。
「だめだ、落ちる!」
「くそっ!」
リリがウォーピックを手から放す。少しして、湖の水面に水柱と波紋が広がる。落下にかかった時間からして地上まであと150メートル……せめて100メートル以内に――
ばつん、という音とともに、体の支えが一切なくなった。
「リリィーーーーッ!!」
体をピンと伸ばし、足のつま先をたてたのが感覚で分かった。続けて手が挙がり、万歳の姿勢になる。
「うがああああぁあっ!!」
足下からの衝撃に飛びかけた意識を戻すと、そこは水底だった。水は経験したことないほど酷く濁っている。落ちた勢いで水底へ一気に着地したようだ。右足の感覚がない。
「意識があるってことは、俺たちの体は、まだ大丈夫ってことだ! マリアン!」
「マリアン、意識を戻せ!」
「失礼、大丈夫じゃ! 今後は不確定要素が多いため、指揮権をヤマルに移譲する」
「了解、まずはマリアン、魔術を使いながら、思いっきり水底を蹴れ!」
「わかった!」
一気に浮上し、水面に頭をのぞかせる。
「上を見て探せ! 俺たちの治療器を!」
こうやって落とされたとき、いくら極光甲冑が丈夫でも、中の人間は耐えられない。それを想定して準備していたマリアンが『緊急解除』を極光甲冑に命じ、治療器と移動機を分離した。パラシュートは治療器と移動機両方につけてある。
治療器の方は、パラシュートが開くと、治療器に備え付けられたサブ推進器が自動的に稼働し、落下位置を微妙に変えるようになっている。目立つ移動機の方は囮ということになる。
囮とは言え、落下や射撃で移動機が破壊されずに済んで良かった。何しろ、治療器そのものには『目』になるものがない。
一か八かで治療器の外に出たら地上数十メートルの空の上、なんてこともあり得る。
「あれじゃ!」
空の極光に紛れて緑色に光っているのは、間違いなく、治療器に備え付けたマリアンの鉱石棒だ。
極光甲冑の魔術増幅のメカニズムは未知だが、治療器と移動機の両方に備え付けられた装置に関係がありそうだと旧地球人に聞けたのは幸運だった。こうやって、移動機と治療器を分離した状態で、治療器側でも魔術を使うという技術を編み出すことができた。
「よし、潜って!」
手足をじたばたさせてなんとか顔を出していたマリアンは、体を再び水中に沈めた。
「さっきジャンプしたときに分かったのじゃが、右足が無くなっておる」
「着地したとき、岩にでもぶつけたか」
ついに、この極光甲冑の体に大きな損傷が出てしまったか。だが、嘆く暇はない。
帰還ロケットに乗る前に治療器を回収できなけりゃ、こちらの負けだ。




