その5
ヤマル・マリアン・リリの三人の技士は、シジャン博士の裏切りにあい、2.5メートルの人型装置・極光甲冑なしでは生きられない体となってしまった。
三人は、衛星軌道上にある旧地球人の居住地区に行って治療するため、シジャン博士と戦ってロケットを奪う作戦準備を進める。作戦準備も大詰めになり、ヤマルの提案で、この惑星で最後の息抜きをすることにした。
店の中に入ってみると、ちょっとした市場が中で開けそうなほど大きな店構えだ。流通の中心地だけあって、俺たちみたいな、よそ者らしき客が多く目についた。
「月並みだが、なんでも揃ってそうだな」
「ついでじゃ。わしらが作戦に必要な品を補充しておく。リリは先にゆっくり買い物を楽しむとよい。あ、それとも一緒に見て回ろうかの?」
「いや、あたしの買い物はすぐに終わっちゃうと思うから」
リリの言うとおり、俺たちが必要なものを買い物カートに詰め込んで精算所にいったら、彼女はすでに買い物を終えて待っていた。せっかくなら一緒に買い物すれば良かったな。
リリ曰く、この店で買った荷物は船着き場に運んでおいてくれるらしい。
「サービスが行き届いているのう」
「この技士の銀バッチが効いているんだろうね」
ありがたいが、手間を増やされた店員にはちょっと同情する。
「リリはなにを買うたのじゃ」
「これさ」
リリは紙袋から金属の円筒を取り出した。
「缶詰か。そんなものでいいのか。船の上でいくらでも料理できるが」
「あたし、逆にこういうの普段食べないからさ。高いし、ちょっと栄養も偏っているし。でも、美味しい奴は本当に美味しいと聞いてたから、一度高い奴を味見してみたかったんだ」
「なるほど」
最後ぐらい食いたかったものを食べるというわけか。悪くない。俺が最後に食べたいもの――なんて無いな、そんなものは。
「というわけであたしのやりたいことはこれで済み。食べるのはいつでもできるしね」
「そうか。さて、次はヤマルの番じゃのう」
「自分か」
「まさか、言い出しておいて自分は何もやりたいことはない、とは言わんじゃろうな」
「その、いや……」
そのまさかなんだが、先に言われると言い出しにくくなるぞ。
「本当だよ。人に偉そうに言っておいてそれはないよな?」
「いや、その、なんと言えばいいか。何もやりたいことがないというか、何もしない時間が欲しいんだ」
と、適当に言いつくろいながら、案内板にあったこの街の地図を思い出す。
「河際がちょっとした公園になっていたはずだ。そこでのんびり、ぼーっとさせてくれ」
◇ ◇ ◇
苦肉の策で提案したものの、ここはしばらく過ごすには良い場所のようだった。親子連れやカップルが散歩し、ベンチや机にはチェスやカードゲームに興じる地元民らしき老人達がいる。
マリアンは一人でじっくりと本を読ませて欲しいらしい。とはいえ、あまり遠くに行けないので、俺とリリは芝生を挟んで向かいのベンチに腰掛けることにした。
魔術禁止エリアにあるベンチだから、メンテナンスされておらずボロボロだが、あるだけありがたいと思わなきゃいけない。これに付き合わせるリリには申し訳ないと思うが。
リリは座ろうとするなり俺に荷物を預け、そばの道路際に立つ屋台の方へと走って行くと、やがて二つの紙コップを手に戻ってきた。
「珍しいだろ、ホットミルクが売っていたよ。はい、どうぞ」
「暖めて殺菌してあるといえ、牛乳を屋台で売れるとは、ここの衛生系技術はなかなかの水準にあるようだな。牛乳は冷温で保管しないとすぐに腐るはずだ」
「あたしも不思議に思ってさ、聞いてみた。なんでも、物流が盛んだったおかげで、貯蔵氷を作るための製氷技術は20世紀級みたい。近くに住んでたのに知らなかったよ」
「それでマリオペラにいた気圧計の技手に、ガスボンベを買うならこの街がいいと勧められたのか」
大量の製氷には劇薬であるアンモニアガスを使う。だから各種ガスの管理技術も優れているというわけか。計画上、この街へ移動する前にガスボンベが必要だったから、ここで買うということにはしなかったが。
ホットミルクをすすっていたら、リリが買ってきた缶詰の一つを開けた。サクランボの砂糖漬けだ。一つもらって口に放り込んでみると、サクランボの風味が申し訳程度になってしまっているほど甘い。だがホットミルクには良く合う。
俺たちの向かいには、一人用の椅子に座るマリアンがいる。時折、河の流れを撫でるように吹きつける風に髪をかき乱されるが、本から目は離さず、片手で髪をなでつけたり抑えつけたりしながら読み進めている。
その金髪の美少女マリアンに、通りかかる同年代の少年達が目を奪われているが、さすがに声をかける勇気のある者はいないようだ。
「絵になるよな、マリアンは。さしずめ美貌の才媛といったところじゃないか」
「そう、だな」
ただ、あいつが読んでるのは火星で昆虫と融合した人間が殺し合う暴力的なSFなので、実態としてはどうなのかな、とは思う。
「お前さんが買っていた本も、金髪の少女が描いてあったな。やっぱり、マリアンみたいな、金髪白肌の小柄な少女が好みなのか」
「いや、別に好みってわけじゃない。この本はマリアンに押しつけられたんだ、彼女と同じようなことを言わないでくれ」
「マリアンと同じようなことって?」
「いや、たまたまバールを持った銀髪のヒロインが描かれた本を手に取ったら、リリみたいなのが好みなのか、と聞かれたんだ。それだけだ」
「ふうん……ふうん、ふーん」
その「ふうん」と繰り返すのは何か含むところがあるのか。
「そういうリリはどうなんだ。どういう男が好みなんだ」
「別に好みなんてないし、誰かと付き合いたいなんて気持ちも……無いと思う」
「意外だな。正直、リリの場合は周りの男が放っておかなさそうだけどな」
「余計なお世話だ」
そういえばこの手の話題は禁句っぽいとマリアンも言っていた。しまったな。
「悪かった。気に触ったのなら謝る」
「別に。昔いた恋人が同じこと言ってたんでね」
「へえ、リリの昔の恋人か……」
この先は聞かない方がよさそうだが――
「うん……ヤマル、あたしの昔話、聞いてくれるか」
低い声のトーンでリリはそう言うと、恋人の話というより、身の上話を始めた。
◇ ◇ ◇
リリは漁師の家に生まれた。両親二人とも漁業系なり釣法型なりの技術者というわけではなかったが、他の漁師と比べて多く稼いでいた。二人とも同じベテラン漁師に師事しており、技術を身につけることの効果と重要性を痛感していたらしい。
そんな両親は、リリが生まれ、彼女の物心がついた頃になると、習い事を色々と試させるようになった。リリは『潜水型』や『電解魔術型』など、多くの型の技術で天賦の才能を見せた。
その中で特に彼女に嵌まったのが、身の回りの棒状の道具を何でも武器として使う『護身杖型』だった。リリは幼年学校に入った歳から数えて4年で技手の資格を得たという。
リリにとって、ツルハシは自分を守る武器の一つと言うだけではなく、どんな固い物でも砕くことができる玩具だった。色んなものをツルハシで砕くのに夢中になり、果ては近所の堤防の一部を壊してしまったという。
技手の資格も取り下げられそうになるほどの大目玉を喰らったあげく、罰として壊した堤防の修復作業に従事するよう、両親と港湾警察に言い渡された。
だが、その修復作業中、罰としてやらされているにもかかわらず、水際に立つ巨大な建築物を作る楽しみにリリは目覚める。そして、治水に関する仕事に就くことを決心した。
両親にねだって技手養成学校に通うようになり、治水や土木の勉強を始めた。
「その養成学校で恋人になった男に出会ったんだ。授業についていけないあたしに色々教えてくれる、面倒見の良い奴だった。なにより……13歳のとき、両親を堤防事故で亡くしたときは毎日のように慰めてくれたし、身の回りの世話すらしてくれた」
それをきっかけに二人は付き合い始めた。ただ、15歳になり、法的にも社会的にも結婚が認められた歳になっても、リリは子どもができるような行為をずっと拒んでいた。その上、すぐには結婚しないことを恋人に告げていた。
「子どもができちゃうと、どうしてもそっちにかかりっきりになっちゃうからね。技術者として一人前になるまでは我慢することにしたんだ。あいつも、不満そうだったけど、最後は笑って『分かった』と言ってくれていた」
それから1年間、技術を磨き続け、内々に水中土木型の技手の候補になったと担当教官から伝えられたその日、リリは結婚する決心をした。同じ日に、恋人から逢い引きの呼び出しを受けた彼女は、わずかな給金の中で揃えたアクセサリーを身につけ、待ち合わせ場所の海岸埠頭へ赴いた。
待ち合わせの時刻を10分ほど過ぎた頃、銃を持った恋人と、斧、ナタ、ハンマーなどの工具を携えた幾人もの男達が現れた。リリの恋人は、大人しくすれば怪我することはない、と告げた。
「……どういう、ことだ」
「仲間を集めた、ってこと。あたしの体を好きにするための、ね。
あたしがバカだったんだ。勝手に二人の関係に不満はないんだと、あたしの気持ちを分かってくれてるんだと思ってた。なのに、あいつの気持ちは全く考えていなかったんだ」
思わず、俺はリリの顔をのぞき込んだ。光のない目が、地面を向いている。
俺は……とんでもないことを訊こうとしていたのか。
「そのお前の元恋人はどうなったんだ……捕まったのか」
「眼窩に刺さったツルハシが脳に貫通して死んだ――いや、あたしが殺した」
ため息をつくと、リリは続けた。
「抵抗するなんて思わなかったんだろうね。いや、そう思っていても、どんな技術があろうが女なら力でねじ伏せられるし、銃さえあれば言うことを聞かせられると思ったんだろう。
でも、手前の男が持っていた得物はまさしくツルハシだった。あたしの一番得意とする武器だった。
隙をついてツルハシを奪ったとき、あの男はあたしに向けて銃を撃った。かすりもしなかったけどね。
あたしの技術を認めていて、危険だと思って殺すつもりだったのか、それとも殺すのはさすがに躊躇して外したのか、威嚇射撃程度で大人しくなると思ってたのか、今考えてもわかんない。
でも、その銃声で全ての迷いが消えたのを覚えてる。
あたしは奪ったツルハシで、男達を一人一人、技術の全てを使って、潰した」
「まさか、それを気に病んで護身杖型の技手でありながら、銅バッジをつけてなかったのか。そんなことを自分の罪だと思っているなら、おかしいぞ」
「あんたはそんなことが気になったのか、ふふ」
リリは微かに口元を緩ませたが、視線を落としてまた黙り込んでしまう。こちらも黙って次のリリの言葉を待った。
「事件について、あたしは正当防衛を主張したけど、何しろ『皆殺し』にしてしまったから、証人がいない。それどころか、技手がその技を私的にふるったこと、あたしが恋人に、結婚して子どもを産むことを待って欲しいと言っていたことが、裁判で不利になった」
魔粒子過敏症のせいで、20世紀級の医療水準があっても、周産期死亡率・新生児死亡率は高くなる。子どもを産まない選択肢を取る女性を忌避する社会圧力は非常に強い。
ましてや、リリほど自由に魔術を使えるぐらい魔粒子に適正がある女性なら、魔粒子にまみれたこの惑星で生き残れる子孫を増やすことが期待される。そうしなかったのが余計に裁判官の心証を悪くしたんだろう。
「あわや死刑にされそうになったとき、有能な弁護士やらなにやら手配し、助けてくれた人。それが当時まだ技士だったシジャン博士だったんだ。
あたしの水中土木型の技を極めたいという気持ちも理解してくれて、なにかと助けてくれた。もちろん、オーディチガワ首脳の一人だから、直接会う事なんてなかったけど、困ったときに手紙を出して相談したら、若い独身女性の一人暮らしに理解がある大家に口を利いてくれたり、大きな仕事を紹介してくれたりしてね。
シジャン博士が助けてくれていなかったら、あたしは技士どころか首を吊られて人生を終えるところだったんだ。技士になれたのだって、シジャン博士がいたからなんだ」
リリの目に光が戻り、涙がこぼれていた。
「あのな、リリ」
「見てくれ、このオーディチガワの写真」
写真集を開き、次々とページをめくって、建築物を指さしていく。
「この橋も、この住居一体型の水門も、浄水施設も、遊水池も……全部、シジャン博士が監督したんだ。あんたと同じく15歳で技士になってから、休むことなくオーディチガワの治水に貢献した人なんだ」
バタン、と開いたばかりの写真集が閉じられる。
「そのシジャン博士も裏切るなんて……誰も信じられなくなりそうなんだ。
他にも信じられる人だっているって、頭で分かっていても、この先、生きたからって、技術を磨いたからって、何になるんだって気持ちになってくるんだ」
言葉に悩んで顔を上げると、いつの間にかマリアンが目の前に立っていた。視線を俺とリリの顔とで交互に行き来させた後、無言で困惑した表情と視線をこちらに向けてくる。
マリアンには応じず、大きく深呼吸し、そしてうつむくリリの顔をのぞき込んだ。
「リリ、シジャン博士には何か、考えがあるのは確かだ。これはただの慰めじゃない」
こちらに見開いた深緑の瞳を見つめながらうなずき、リリの故郷、オーディチガワの写真集の表紙を指さした。
「シジャン博士は、この写真技術を独占したいと思うようなタイプの技術者とは全く違う。自分の力と能力を他人のために振るうことに意義を見いだす人なんだろう。
普通、赤の他人が犯罪者だと告発されても気にかけない。裁判所に任せて放っておくだけだ。でもシジャン博士はそうしなかった。恋人に裏切られ、身を守るため恋人を殺さざるを得なかったリリのために、自分の力を振るうべきだと考えたんだろう」
事情を知ったマリアンが息を呑む気配を感じつつ、続ける。
「シジャン博士が言っているとおり、今回の事件を人類のために起こしたのというのは本当なんだろう。ただ、過程が間違っている――昔の自分と同じだ」
話してしまうのか。俺は。いや、話せる奴なんて、この二人しかいない。
「君らは――今のメートル原器が、全て嘘物だと言ったら信じるか」
長い沈黙のあと、口を開いたのはリリだった。
「ありえないだろ……バカなあたしだってすぐ分かる」
「マイナーな分野ならともかく、長さの基準は全ての計測、いや、研究や実験の基礎となるものじゃ。間違いやねつ造があったら、すぐに見つかるじゃろう。
ねつ造は専門家が検証すれば必ず見つかる。旧地球、そしてこの地球の研究史が、何度もそれを証明しておる。
ましてや、おぬしの技士論文は、半年もの間、全分野の博士・技士に検証されておる。これは他の技士論文の数十倍の検証労力が掛かっているということじゃぞ」
「そのとおりだ。だが、間違いだと分からない嘘だったら、どうだ」
「どういう意味だよ」
『エネルギーが■■■警告。速やかに■してください』
冷たい女の声が、全てを遮った。
「今、頭の中で声がしなかったか」
「あたしには何語かわからないけど、例の極光甲冑の声だよ」
「エネルギーが少なくなっていることを警告しておる。全員がこの状態のようじゃ」
「そうか、昨晩は極光甲冑に入って作業してないから、脳のナノマシンのエネルギーが充填されていないのか」
リリがすっくと立ち上がった。
「まずいよ。あたしたちはこれから、荷物を運び込んで、船に乗って、人目の着かないところまで移動しなきゃいけない。極光甲冑に乗れるのはそれからだ。かなり時間がかかるよ」
「急いで戻ろうぞ、話す時間も惜しい」
俺たちは荷物をまとめると、駆け足で船着き場へと向かった。




