その4
次の日、予定通り工業都市アグラビン所属の準都市、スーフーガイに到着した。川辺から見えた城壁は簡易なものだったが、港に着いて中の街の様子を見てみると、レンガ造りの建物はどれも正規の都市かと思うほど立派だ。
桟橋に立っていて聞こえてくる言葉は、日本語7割、汎ユーロ語3割といったところだ。役所の場所を案内する看板も日本語・汎ユーロ語混じりになっている。こういう違う文化の混じり合いを体験できる場所は嫌いじゃない。
「キブノとの国境が近いから、軍事施設に溢れたもっと殺風景な場所かと思っていたが」
「ここがキブノに荒らされたって話は聞かないね。山合で河に挟まれていて、攻めにくい地形だからと聞いたことがある。でも、水運に恵まれているおかげで、商売は盛んだ」
「これだけ栄えていたら、城壁をきちんと造りさえすれば都市に昇格できそうだ」
「山合にあるから、都市に昇格するには食料生産力が足りんのじゃろう。もっとも、流通の中心地だけに、食料を買うには困らなさそうじゃ」
「買い物以外の重要なことを済ますにも問題なさそうだな」
「昨日言ってたな。なんだよ、その重要なことって」
いぶかしがるリリに、なるべく穏やかな表情を作り、微笑みを返した。
「この街で息抜きをする。皆で好きなことをやって半日過ごす」
え、とマリアンとリリは同じく声を漏らした。
「息抜きと言うてものう、わしらは極光甲冑の傍から離れるわけにはいかんじゃろ」
「明日からいよいよ国境越え準備だろ。遊んでいる暇なんてないよ」
「リリの言うとおり、明日から自分らは本格的な作戦準備に入る。そして2週間以内には、キブノの帰還ロケット発射台に対して襲撃をかける。
この大陸最強の軍隊が守る場所を襲うんだ。死ぬ確率はこれまでの非ではない」
俺は二人の顔を順繰りに見やった。俺の軍人としての経験はわずか3年。技術者でいうなら技手の域にも達していないだろう。それでも、こんな表情をした新兵を何人も見てきた。
「それに、うまく帰還ロケットを奪って宇宙に行けたとしても、地上に戻ってこれる保証はない。今日は、この惑星で人間らしい生活ができる最後の一日になるかもしれない」
どういう反応がくるか待ってみたが、二人とも顔を伏せてしまった。
「良い思い出を作った方がいい。そうすれば、また生きて戻って来たくなるだろうから」
そう重ねて推してみて、ようやく、二人はうなずいてくれた。
「さて、出かけるにしても、船はどうしたものかのう」
「技術再現本部の予算で兵士に警備させよう」
「さっきも言うたが、他人に預けてよいのか」
「大丈夫だ、問題ない」
「そう言うた者はたいていボコボコにされるという印象があるんじゃが」
「保険はかけておくさ」
さっき呼んだ船着き場の警備兵がようやくこちらに戻ってきた。警備班長だという男にオーディチガワ技術再現本部の襲撃事件のことを聞いてみると、だいぶ日が経っただけあって、こんな遠く離れた街にも被害の詳細が伝わっていた。
その中で気になったのは、多数の技士・技手・警備兵だけではなく、都市を統べる都市評議会委員の二人も殺害されていたことだった。この委員は多分、シジャン博士の計画を一部知っていたか、計画の邪魔だったのだろう。一方、当のシジャン博士はキブノによって誘拐されたことになっていた。
三人の市政代表者を失った市民の憤りは最高潮になり、オーディチガワの市民と連邦軍部の職員がもみ合う事態になったらしい。
それほど市民の指示を得てても、報復と奪還のための軍事予算承認には3週間ほどかかるそうだ。都市連邦政治の中枢にいたシジャン博士のことだ、その3週間という期限を予測して、それより前に帰還ロケットを出発させるだろう。
それとなくカマをかけてみたが、さすがに極光甲冑のことは伝わってはいなかった。だが一応、マリアンとの約束通り保険はかけておく。
「ちょっと君たちは船に戻って荷物の準備をしてくれ」
俺の目配せを悟ったマリアンがリリの袖を引いて船のキャビンに戻っていった。
ドアが閉まったことを確認してから、警備班長に耳を貸すよう合図した。
「ここだけの話、例の任務のため毒ガスが入ったボンベやその材料を船に積んでいる。迂闊に船のものに触らないでくれ。ガスは、死ぬタイプのものではないが、万が一のことがあったら大勢の一般市民に影響が出る」
「なるほど……軍に技術省が協力しているのは、そういうことでしたか」
「燃料補給が終わったら、警備を頼む。その警備兵自身も、船の中に入らせないでくれ」
「分かりました。他の船もこのドックには入れないようにしますよ。なに、今日はそんなに船が入る日じゃないんです」
「そうか、でも苦労をかけて済まない。感謝する」
マリアンとリリを大声で呼び戻し、警備班長に敬礼を返すと、俺たちは歩いて大通りに出た。角に立っていた案内板を三人で見上げる。
「それじゃ各自、やりたいこと、行きたいところを言ってくれ、もちろん、頭のナノマシンのことがあるから、三人一緒に行けるところに頼む。女物の服や下着の店とかは勘弁してくれ」
マリアンが半目でこちらをじとりと睨んだ。
「なんでそんなところに行きたがると思うたのじゃ。長い船旅でずいぶんと欲求不満のようじゃのう」
「行きたくない、って言っているだろう」
「ふん、こちらこそ、猫耳メイド服のいかがわしい店とかお断りじゃからな」
「猫耳? メイド服? 何のために行く店なんだよ」
「……それは哲学的な問いじゃな」
意味が分からないので無視することにした。
ここ数日、マリアンは俺の分からないネタを遠慮なく振ってくる。マリアンの過去のことは知っているが、さすがに付き合いきれないので、こうやってなるべく素の反応を返してやることにしている。それで怒ったり、悲しんだりはしないだろうし。
「で、マリアンはどこにいきたいんだ? あたしは後からでいいよ」
「そうか、じゃ、遠慮なく」
マリアンは細かく書き込まれた地図にさっと目をやると、こっちじゃ、と早足で歩き始めた。先に行っていいとは言ったが、俺たちにも行き先を悩む暇ぐらいくれよ。
◇ ◇ ◇
マリアンに連れられて来たのは、3階建ての本屋だった。レンガ造りの建物を見上げると、ここ数年の旧地球の復刻本と新刊本、その全てを取りそろえていると豪語した看板が掲げられている。近年の書籍の復刻や出版のスピードを考えたら、3階程度の建物じゃ収まらないはずなんだが、宣伝なんてそんなものだろう。
「今日一日で読むつもりか。酔い止めがあっても船上の読書はきついぞ」
「すぐ読み終わる本なら問題なかろう。復刻した漫画の新刊があれば良いのじゃが。
それでは、ゆくぞ」
勇ましく言うマリアンの後ろについていく。お互い、本の興味の違いはあるはずなんだが、離れると脳を補うナノマシンが動かなくなる。くっついて行動しなきゃいけない。
うろうろと一列行進で店内を歩き回ったあげく、3階に来た。
変わっていることに、この本屋はジャンルがなんであろうが執筆時が古い本ほど上の階にある。つまり旧地球の文献は全て3階だ。
「あたしの友人に書誌系の技手がいるんだけど、この本の並びを見せたら卒倒しちゃいそうだ」
「あはは、でも、わし好みの21世紀初頭の書が一カ所に集まっているのは有り難い。しばらくこの階で本を漁らせてもらうぞ」
「ごゆっくり。リリは何を読むんだ」
「あ、あたし? あたしは――まあ適当にここで選んでるよ」
と言うリリの視線の先にあるのは、冒険活劇というカテゴリーでまとめられた小説や漫画だ。オーディチガワをほとんど出たことがないと言ってたから、やっぱり、そういうのにあこがれるんだろうか。
リリの本の趣味に対する興味は尽きないが、邪魔しちゃ悪いな。そっとしておこう。
「せっかくだからヤマルも何か買っていってはどうじゃ」
「そうだな。宇宙関係の本でも読んで、知識を少しでも蓄えておくか」
20世紀後半のサイエンスフィクション名作フェア、という店内広告が掲げられた本棚の前に立って、適当に目についた本を取る。
表紙を見ると、人間が豆粒に見えるほど大きな赤いロボットが、宇宙空間を背景にして、岩だらけの惑星の地上に立っている。
中身を見ると総天然色印刷の漫画だった。文章は日本語だがこれなら漢字だらけでも読めそうだ。
その主人公の赤いロボットは、圧倒的な物量で迫る敵の宇宙戦艦の船団の攻撃を、体中から光学兵器を蜘蛛の糸のように無数に発射して打ち落とす。そして、両手で抱えるほど大きな銃で、竜巻と化した砲撃を放ち、敵船団を一瞬にして灰燼にする。
背表紙の値札を見ると、総天然色印刷の本の例に違わず、黒色印刷の本の数十倍の値段がついている。だが、この本は俺の人生の最後の読み物になるかもしれん。金を惜しむべきではない。幸い、途中の街の銀行で、かなりの路銀を引き出してある。
「景気の良さそうな内容だし、なにより派手でいい。これにしよう」
横にいたマリアンが表紙を一瞥するなり顔をしかめた。
「……もう少し結末が楽しい本にしてくれんかのう」
「読んだことがないのに結末が楽しい本を選べと言われても困るんだが……この本、マリアンはどんな内容か知ってるのか」
「無論じゃ。解説してもよいが、作戦に成功した後でないと絶対にお断りじゃ」
そう言われるとどんな結末なのか、かえって気になるが、漫画に詳しいマリアンの反対を押し切って買うほどのこだわりはない。戻して、近くにある別の本に手を伸ばす。
「これなんてどうだ。自分らの極光甲冑に似てないか」
虫を思わせる形状で、玉虫色に表面が光ってて、人間数人分程度の背の高さ。そして、この時代の典型的なロボットものの作品と違って、銃器類や光剣でなく鉄剣を構えている。ウォーピックを振り回して戦う俺たちとどこか重なる。
マリアンの表情を確認すると、今度は最初から顔をしかめていた。
「これはさっきよりはちとマシじゃが、結末的に縁起が悪い。やめておけ。あと、わしらの極光甲冑に似ている、と言うのも思うのも絶対に止めよ」
これもか。それにしても『思う』のすら禁止かよ。
「結末が楽しくなかったり縁起の悪い本が、なんで何冊もあるんだ」
「それは……原作者が同じじゃから、かのう……いや、本人は救いのある話にするつもりのようじゃったが、色んな事情でそうなってしまったらしい……」
それは業の深い話だな。作者にはお気の毒様だ。
「20世紀末期の作品は暗いものが多いのじゃ。さっきも言った、わしの好きな世代の本から選ぶと良いぞ」
と言って連れてこられたのは21世紀初頭の少年少女向け小説のコーナーだ。
「さ、どれでも好きなのを選ぶとよいぞ」
お前の本じゃないぞ。
「どうでもいいが、なぜ表紙が女の子だらけなんだ」
「それは――若く可愛い女子が嫌いな男なんておらんじゃろ」
「それはそうだが、全部そうだと選びようがないぞ」
裏の本棚に回ってみると、こちらはうってかわって端正な男の肖像、それも二人組が書かれた表紙の本ばかりだ。どうも21世紀初頭は美青年のバディものが流行っていたらしい。
「あー、そっちはいかん。わしはお勧めせぬ」
「そうか?」
目についた本を取って表紙を読む。
「『俺の聖剣を咥え込むがいい』――なかなかに勇ましいファンタジー活劇らしいな。面白そうだし、読み仮名も振ってある」
「ああ! だからそれは違うのじゃ! とにかくいかんと言うとるじゃろ!」
と、マリアンは俺を無理矢理ひっぱって元の女の子の絵だらけのエリアに戻した。
ここから選べと言われてもどれもこれも似た表紙に見える。題名と女の子の特徴ぐらいしか違いがなさそうだ。題名が漢字交じりで読めないとなると、女の子の特徴で面白さを見つけるしかない。
ファンタジーもので剣を持っているのはいいとして――なんだこの本は。
「……バールだよな」
これは、ツルハシを持った女の子が表紙を飾る小説があったって、おかしくはないな。
気配を感じて横を見ると顎を落として驚くマリアンがいた。
「や――やっぱり、リリみたいに工具を持ったおなごが好みなのか。あと銀髪か!」
いや、何だか見た目も推測される性格も、リリとはかなり路線が違いそうだぞ。
むしろマリアンの方が近そうだ。
「たまたま目についただけだ。そういうわけではない」
面倒くさそうなので、マリアンの反応は追求しない。適当に本を取る。
「ああ。ええと『俺』の――『は』――これは分かるぞ『漢字』が――『める』か。
ん、なんだよマリアン……」
その口を引きつらせた笑い方は、美少女っぷりが台無しになるので止めて欲しい。
「何がおかしい」
「くふふ、その本、ひらがなの文章も沢山書かれてるからのう、お勧めじゃぞ」
ぱらぱらと本をめくってみる。
「いや、ほとんど漢字混じりだぞ。自分は読み仮名がないと日本語は無理だ」
「そういう漢字が読めない男が主人公の本じゃ」
さすがにむかついたので「もがっ」と言うまで頬をつねってやった。
◇ ◇ ◇
結局、金髪の外国人の転校生が、日本国のとある学校にやってきて、日常をうだうだ過ごす、という漫画を半ば押しつけられて買うことにした。正直、説明を聞いてもどういうオチがつく漫画なのか皆目見当がつかん。
リリの方はというと、冒険小説は読むのに時間がかかりそうだからと買うのを止めていた。彼女は、1階に降りた俺たちに待つように告げ、やがて1冊の本を抱えるようにして持ってきた。
「早かったな。なにを買ったんだ」
「少し値が張ったが、これだ」
意外にも、オーディチガワの風景を集めた写真集だ。生きて帰ればまた見られる、と言いそうになったが、余計な一言だと思ってやめた。
「それにしても、よく写真集を買う金があったな」
総天然色印刷の本も高いが、写真を印刷できるほど高精細なものになると、一般人には手が出せない値段になる。どこぞの超有力商人お抱えの技術者が、その技術を秘匿し独占しているからだ。
そのせいで、例えば写真入りの身分証明書というのは、技士を初めとして一部の特別な市民にしか発行できない。こういう事態にならないよう技術開発に努めるのが、公務員たる技士や技手の存在意義ではあるのだが。
「作戦のため、貯金のほとんどを最初の街、マリオペラで引き出しておいたんだ。金で解決できるものはそうしようと思ってね」
「なるほど、でも、マリアンの書いた申請書が早めに通ったおかげで、路銀は節約できているから、自分の金は好きに使うといい。次はリリの番にしよう」
本屋を出ながらマリアンが続けた。
「別に買い物でなくてもよいぞ。わしらに遠慮は無用じゃ」
「ありがとう。でも、あたしも自分用にちょっと買い物がしたいだけなんだ」
そう言ってリリが指さしたのは、通りを二つ挟んだ先にある食料雑貨店だ。




