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その2

 海岸通りの他の店で必要最低限の買い物をしてから、軍の海運事務局で頼んでいた荷物を受け取り、それからようやく夕飯ということになった。

 

 リリが案内してくれたレストランは、外から見てもかなり高級そうだった。まとまった金の持ち合わせがあるのがリリだけなので、小銭しか持ってないマリアンと俺は薦められるがままだ。

 中に入ると、よく磨かれた木製の床と柱が、蝋燭の灯りを受けて光り輝いていた。さっきまで買い物していた市場もどきの店とは大違いだ。

 中央にはコの字型のカウンター席があり、壁に沿って半円型にくぼんだ半個室の席が並んでいる。俺たちはその壁際の席の一つに案内された。

 隣の客の話し声は聞こえない。リリの言ったとおり、相談事にはよい店だ。

 

「ここでよくお偉いさんが秘密の会合をしてる」

「わしらも立場的には『お偉いさん』側じゃぞ」

「これから自分らが始めるのも『秘密の会合』だな」

 

 まあね、とリリは首をすくめた。

 

「技士になって早一年だけど、まだ偉いって実感は湧かないね」

 

 注文した果実ジュース、肉と野菜を煮込んだホワイトシチュー、そして焼き野菜を和えたショートパスタが運ばれてきた。シチューには、マリアンの希望で白麦のパンを付けてある。

 料理人に無礼にならないよう適度に食事をつまんでから、俺たちは作戦会議を始めることにした。

 

「まず、全体の手順を確認しつつ、個別に議論していこうぞ」

 

 中央に座るマリアンが書いてみせるメモを、リリと俺が左右からのぞき込む。

 

「まずは、旧地球人が自分らに見せた帰還ロケットが浸かっている山合の湖のこと。

 あれはキブノ領ビセン湖。ヤマルの計測結果じゃ」

「自分の測量計の技術は、距離計の研究の余技だが、ほぼ間違いないと思う」

 

 もっとも、測量しなくたって、山の中腹にあれほどの大きさを持った湖は他にない。他にあったとしたら、たとえそこがキブノ領だろうが都市連邦の俺たちの耳にも入っているだろう。旧地球人の話しぶり、状況からして、海を渡った別の大陸の湖の可能性も薄い。

 間違いなく、俺たちの目的地はビセン湖だ。

 

「次の問題は『期限』じゃ。これはリリの見積もりに依るところになるのう」

「ロケット打ち上げ台なんて作ったことないけどね。まあ、水上に建つ塔、一回限りで壊れていいものとしても、20日はかかるだろうね」

「キブノの国策がかかっている仕事だぞ。そこから工期を縮めてくると思うが」

「いや、あんまり頭数多すぎても、工事ってのは進まない物なんだよ。これ以上早くしようとしても、どこかで『作業待ち』がでてしまう。それを無くすのもあたしの仕事なんだけどね」

 

 リリの水中土木型の仕事ぶりをしっかり見たことはない。まあ、若くして技士になったこと、ふとした雑談の中で聞いた仕事の成果から察するに、リリを大きく上回る技術者は、キブノにもそうはいないだろう。とすれば20日の時間的余裕があると考えて良さそうだ。

 

「20日以内にビセン湖に行く方法は大きく分けて二つ、陸路と水路じゃ」

「陸路には見張り台の兵士と警邏中のキブノ国境警備隊がいる。万が一見つかった場合、周囲の警備が厳重になり、20日以内に突破することはできなくなる。要は、少しのミスで取り返しがつかなくなる手だ。

 水路、つまりビセン湖から流れる河を上る経路はシジャン博士も警戒しているだろうが、水底を進む自分らを見つけるには、やはり極光甲冑が必要だ。シジャン博士が帰還ロケットから離れた場所に極光甲冑を配備することはないだろう」

「そこで、わしらは大きく迂回して、国境付近まで船で河を上り、その後は極光甲冑で潜ってキブノ領に侵入。そのまま荷物を抱えてずっと川底を進み、ビセン湖から離れた山の麓で上陸する。

 上陸後は、定期的に山を登って帰還ロケットを監視する」

 

 マリアンが簡易な地図に手順を書き込んでいく。

 

 ①船で河を上って国境付近まで移動する。船の上で作戦準備をする。

 ②船を捨て、極光甲冑で潜って国境を越えて河をさらに上る。

 ③ビセン湖から離れた山の麓の近くで地上に戻る。

 ④山のふもとでキャンプ、定期的に登山して帰還ロケットを監視する。

 

「さて、そうやって首尾良くビセン湖にたどり着き、監視できるようになったとしてもじゃ、最後の最後、どうやって帰還ロケットに近づくかが問題となろう」

「陸路から行ったら、もちろん爆発物で集中砲火を受けるだろうね。頼みの水路ってことで、潜って河を上ったとしても、今度こそシジャン博士の極光甲冑が待ち構えている。治水型を修めた博士相手に、あたしらが上手を取るなんてて無理筋だよ」

 

 陸路はダメ、水路もダメなら、とマリアンが提案した経路はかなり無謀に思えた。

 

「というわけで、改めて言うが、わしの提案は『空路』じゃ」

「その話だけど、具体的にどんな乗り物を使うんだ。まさか今からエンジン付き飛行機を発明しようってんじゃないだろうね」

「まさか。わしら一九世紀級の技術でも使えるものがある」

 

 石油と石炭が採れないこの惑星では、木炭ガスエンジンを動力に使うしかないが、これを積んだ飛行機を製造することに成功した者はまだいない。他に飛行機に類するものといえば、ハンドグライダーやパラグライダーは再現されている。が、これらは山の上の方に位置するキブノ湖へ飛ぶには都合が悪い。

 とすると、旧地球の伝説的戦略家、リョウ・ショカツがその原形を発明したと言われる、あの乗り物ということになる。

 

「気球を使うのか」

 

 マリアンはうなずいた。確かに、技術省や軍部は、地形調査用に気球を持っている。大型のものなら極光甲冑の中に人間三人を乗せても空を飛べるだろう。だが別の問題がある。

 

「空にあのような大きなものが飛んでたら目立つ。夜に飛ぶしかない」

「そうじゃな」

「熱気球には空気を暖めるバーナーが必須となる。夜空に煌々と灯りを照らしながら進むのか。自殺行為だ」

「ガス気球、つまり空気より軽いガスを詰めて飛ばすタイプの気球を使えば良かろう」

「そのガス気球に入れるヘリウムガスは貴重だ。技士の権限を以てしても調達には一週間以上かかることになるぞ。軍部もおいそれとは渡してくれない」

「別の、もっと軽いガスがあるじゃろ。極光甲冑を手にしたわしらがほぼ無限に手に入れられるものじゃ」

 

 リリと俺は顔を見合わせた。

 空気より軽くて、極光甲冑があれば大量に手に入る物。

 

「まさか……水素か?」

「降りるときに撃たれたりしたら大爆発だよ」

 

 確かに、リリの水を分解する魔術を極光甲冑で増幅してやれば、大量の水素が手に入るが、そいつが防火コンクリート造りの倉庫を吹き飛ばす威力は体験済みだ。

 

「ずっと飛ぶ必要はなかろう、ある程度近づいたら、飛び降りれば良い」

「極光甲冑がいくら丈夫だろうが、治療器の中の自分らは無事では済まんぞ」

「どちらにしろ、万が一のためのパラシュートは必須じゃ。それを使えば良かろう」

 

 極光甲冑の重量を支えるパラシュートか。人間用を五つぐらいは束ねる必要がありそうだ。

 

「気球にはもう一つ問題があってさ、風任せで、移動方向を調整するのが難しいって聞いてる」

「そうだな。監視のために籠もる山とビセン湖の間は5キロメートルもある。何か推力が必要だ」

「推力がついたら、気球というよりは、飛行船じゃな」

「手頃なのはプロペラエンジンか……燃料の重さが問題だが」

 

 顎を撫でていたマリアンが、にやりと笑った。

 

「燃料は水素と酸素を使った、絶好の推進機関があるじゃろ」

「……言ってみてくれ」

「それは『ロケットエンジン』じゃ」

 

 またリリと顔を見合わせてしまった。

 

「は?」

「じゃから、ロケットエンジンじゃ。水素と酸素を燃焼し、その噴出力で進む」

「発明は無しって話じゃなかったっけか?」

「小型の簡易なものなら再現されておる。構造はとても簡単じゃ、素人のわしらでもなんとかなる」

「夜間に飛ぶから、火が出るのはまずいと言っている」

「ヤマル、燃えるのは炭素でなく水素じゃぞ。水素の燃える炎は無色、じゃろ?」

「う……そうだったか」

 

 メートル原器再現の周辺実験のおかげで数学と物理は得意になったんだが、化学実験はほとんど使わなかったんだよな。それが拙かったんだが。

 

「どうじゃ。他に案はあるかの?」

 

 リリは腕を組んで正面を睨んでいる。

 俺は、目の前の皿からシチューを手元に盛り、パンを浸し、ゆっくりと噛んで食べた。

 パンをのみ込んでから口を開く。

 

「船舶用のプロペラエンジンを技術再現本部から借りていこう。ロケットエンジン製作に失敗したときの保険だ」

「つまり、失敗するのは承知で、ロケットエンジン製作に挑戦するってこと?」

 

 次のパンを口に詰め込みつつ、首を縦に振った。

 

「はあ、そうかい。正直不安だけど、あたしに対案はないよ」

「リリ、対案がないとしても、何かこの案に補足したり、改良することはないか。水素の扱い、実際のところは君が一番よく知っていると思うが」

 

 うーん、とうなりながら、リリもシチューを盛って、パンを浸して食べた。

 

「気になることと言えば、ロケットエンジンからは熱くなった水蒸気が出るんだろ? その上方に水素ガス気球があるわけだ。熱で爆発しないようにする機構がいるね。

 あとは、燃料が足りるのどうか、とか。燃料タンクが重くなっちゃあ意味ないし」

「そこは色々試して実験してみるしかないのう。道具と部材が足りれば良いが」

「ふむ。リリ、ここらへんの街の物流状況はどうなっているんだ?

 モノを揃えるために、一度、オーディチガワに戻った方がいいか?」

「いや、それは時間がもったいないんじゃないか。第一、新聞読んだ限り、オーディチガワもまだ混乱しているみたいだし、必要な物が買えるどうかも分かんないよ」

「その通りじゃ。先が見えなかろうが、時間が限られている以上、走りながら知識と道具を揃えるのが最善手じゃ」

「それはそうだな」

 

 立ち止まって考えていいことがあるのは哲学者だけだ。

 

「よし、だいたい必要なものは決まりじゃな。技術再現本部に出す申請書を書いていくぞ」

「ここでやるのか? 次の街で作業する予定だったはずだが」

「まあ見ておれ、小一時間もあれば仕上がるぞ。今晩ここから引き上げる前に、技術省の事務所のポストに放り込んでおけば、次の街で資材を受け取ることも出来よう」

「そりゃ、前倒しできたらそれに越したことはないけど」

 

 となると、俺ものんびりしてられないな。

 

「なら、自分も軍に出す経過報告書をここで書くことにする」

「そっか。二人とも、なにか、あたしが手伝えることはない?」

「そうじゃな。できれば、次のシチューはわしに譲るようにな」

 

 空のシチュー皿を見て、またもリリと俺は顔を見合わせた。

 オーディチガワが旅の終点のはずだった俺には、金の持ち合わせがない。

 

「りょーかい、了解」

 

 リリは苦笑して、ウェイターを呼んだ。


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