その1
ヤマル・マリアン・リリの三人の技士は、シジャン博士の裏切りにあい、2.5メートルの人型装置・極光甲冑なしでは生きられない体となってしまった。
捕虜にした旧地球人からこの惑星の真実を聞いた三人は、衛星軌道上にある旧地球人の居住地区に行って治療するため、シジャン博士と戦ってロケットを奪うことを決心する。
極光甲冑を隠すとしたらどこが良いのか。
数分の議論の結果、街から少し離れた海の底、ということになった。
俺たちは、極光甲冑に石を抱かせて水底に座らせ、強制的に治療器の扉を開け、泳いで水上に出た。
「こうしてお互いの顔と体が無事なのを見てようやく、生き残ったという実感が沸いてくるな」
陸に上がった俺たちは、夕日の中で笑みを交しあった。
「だな。あ、でも、あんま人の体をじろじろ見んなよ、もう」
「そういうつもりでは……」
「二人とも、そういうのは後にするんじゃ。早く移動しないと、夜になって店が閉まるぞ」
ここはオーディチガワから10キロほど離れた海岸沿いの準都市・マリオペラのすぐ近くだ。
準都市には二種類の形態がある。
一つは、都市が直接管理する地域であるが、城壁に囲まれておらず、都市内ほどの庇護が受けられない地域。昨日、シジャン博士達と戦った倉庫街はこちらだ。
もう一つの形態は、都市連邦から都市とは認められてはいないものの、独立した政治体を持つ『小さな都市』。今から訪れる準都市マリオペラも、形式的にはオーディチガワに所属しているものの、ある程度独立した行政組織がある準都市だ。
濡れた体を乾かしながら30分ほど歩くと、海際に並ぶ店の列と、その合間に10メートルほどの高さの見張り台が立っているのが見えてきた。まだ夕日は出ているが、ぽつぽつと蜜柑色の木炭ガス灯の光が見えた。
「街の周りに簡単な柵もないのか。不用心だな」
「ここらへんを出歩いているのは海水浴場目当ての客がほとんど、店も観光客向けの雑貨類ぐらいしか置いてないからね」
「観光客が集まるなら、お金も集まるだろう。なおさら夜盗やら強盗が出そうだが」
「あんたが言ってたとおり、ここは遠征軍向けの宿舎もあって、兵士も常時駐屯してる。そんなところわざわざ襲ったりしないだろ」
「そういうものかな」
個人的には、遠征の途中、野営してて盗賊団に襲われたことが何度もあるんだが……。
考えてみると、ここは海岸沿いの裕福な都市に近くて、仕事も資源もある。だから、大きな盗賊団ができるほど貧乏人がいないのかもしれない。
「早う行って店を探そうぞ」
「あ、待ってくれ。この服、灯台から調達したものだろ。不審に思われないか」
「この都市の公務作業服と同じデザインだから、あたしが普段着ててもおかしくない服だよ。ただ、念に念を入れるなら、あんたたちは着替えた方がいいかも。
そう大きくはない街だし、見慣れない技士ってだけで顔を覚えられるかもね」
「左様か。なら、リリ、浜辺の端にある、そう、あの売店で、わしとヤマルの水着を買うてきてくれ。わしらは周りから見えない場所で待っておる。すまぬな」
「わかったよ、お店の裏あたりに隠れててくれ。離れすぎないようにね」
お互いの体が離れすぎると、俺たちの脳を補完しているナノマシンがうまく動かなくなる。やっぱり難儀な話だ。
買ってきた水着をリリに渡され、こそこそと裏の共同更衣室に移動して着替える。
もらった水着は紺の絹製ハーフパンツ。無難だ。元の服につけてあった計の技士の銀バッジと、魔粒子過敏症の赤バッジは、両方とも腰に付けることにした。
「ヤマル! わしの水着はどうじゃ」
更衣室から出てきたマリアンも、紺一色のワンピース型水着で地味な感じだ。
似合っていると言ったらかえって怒られそうである。
「どうかと言われても……特に感想はないな」
「……おぬしにスク水属性はないと分かった」
なんだよスクミズって。
「さて、回りくどくなったけど、その向こうの海岸通りの店は、水着で入っても問題ないようなところなんだ。そこで服を買おうよ」
「ヤマル、おぬしの服はどうする? ちょっと言いづらいのじゃが――」
「気をつかわなくていい。自分も、この古傷だらけの体を店中で晒すつもりはない」
「それなんだけど、一応、大きめのタオルも買ってきたんだ。使ってくれ」
「ありがとう、でもこれを羽織っただけではまずいだろうな」
俺の体は訓練と戦闘でつけてしまった傷だらけだ。マリアンに聞いて知ってはいるだろうが、リリは初めて見るはずだ。ふとした拍子に彼女の視線を感じる。
リリがこうなら、一般人が見たら記憶に残ってしまうだろう。浜辺の人はまばらだが、夕飯時が近いのか、店のある通りの方はかなり賑やかになっている。あそこに出る前に何か着ないといけない。
あたりを見渡して、盾に拳のシンボルが描かれた看板の建物を探す。
「あった。すまないが、服を買う前にちょっとあそこまで付き合ってくれないか」
「なにかと思ったら軍の海運事務局か……」
「元より寄るつもりじゃったろ? 問題ない、早う行こうぞ」
近寄ってみると、木造平屋建てのその建物は意外と大きく、奥に倉庫もありそうだった。
あんまり期待はしていなかったが、これなら、装備もすぐ調達できるかもしれない。
「表で待っててくれ、すぐ戻る」
入り口に衛兵が二人立っている。そのうちの一人がじろりとこちらの方を見たが、俺の腰に付けた技士の銀バッジに目をやるなり、なにも言わず目礼して通してくれた。
中に入ると、10名ほどの兵士が机に座って書類仕事をしていた。士官らしき服装をした者は一人だけ、こちらに背を向けて座っている。不用心といえば不用心だ。
受付に座っていた兵士が立ち上がる。
「技士、何の御用でしょうか」
「備品の要請をしたい。ここで無理なら、オーディチガワの西側の準都市のうち、最も調達の都合がつきやすいところでいい」
「失礼ですが、技士と言えど……」
「G11のH2、コードは《第三の目|サードアイ》だ。照会してくれ」
何か言いたげな受付の兵士に、水着のポケットから身分証明書を取り出して押しつけるように渡す。
不躾で申し訳ないが長々と問答するよりは良い。
兵士はいぶかしげな顔をしながらも俺の言ったコード名をメモした。
「暗号対象数列は943513です。あ、手回し計算機はそちらの机の引き出しです」
「いや、要らない。応答の暗号数列は……」
頭の中に思い浮かべた数式を解く。頭にナノマシンが入っているからといって計算が速くなったりはしなかった。
「……11436445だ。検証を頼む」
「お、お待ちください」
受付の兵士はメモを片手に奥の倉庫に引っ込んでいった。
四肢を失うこともある軍部では、個人認証のために指紋は使わない。代わりに非対称性の暗号を使う。暗号化した数列が正しいことは誰でも検証できるが、その暗号化した数列を作り出すことは、秘密の数字と計算式の組み合わせを知っている者にしかできない、という数学系のとある技術に依っている。
コンピューターがこの世界に実現できていれば、これを100桁以上の数字でこなせるらしいが、俺たちは機械式の計算機に頼るか、暗算するしかない。
5分ほど待つと、その計算を終えた兵士が奥から出てきた。
「確認できました。暗号化を暗算で出来るんですか?」
「暗号化は検証に比べてかなり簡単だからな。っと、こんなことを言ってはいけないか」
「いえ、簡単に暗算できるのは特務軍曹殿だけかと」
兵士は苦笑した。
「さて、本題だ。今、オーディチガワの事件で軍部に非常警戒態勢が出てるはずだ」
「数時間前は、ですね。今は解除され、警戒態勢に移行しています。警戒態勢は少なくとも一ヶ月は続く見込みです」
非常警戒態勢が解かれたにもかかわらず、一ヶ月も警戒態勢が続く見込みということは、根本の問題はすぐに解決できない見込みだということを意味する。
つまりは、シジャン博士はキブノ領に逃げてしまったということだ。
「警戒態勢でも、銃火器の貸与は無条件で許可されるはずだな?」
「はい、申請すれば。ただ、拳銃類に限られます」
「それでも助かるが、こんな状況でもライフル銃はだめなのか?」
相手はAK47抱えたキブノ兵だ。拳銃で撃ち返したって蜂の巣にされるだけだぞ。
「ショットガンなら可能ですが、支給される弾は6発までという規定です」
「なら、それも遠慮なく使わせてもらう。それと隠密行動戦闘装着一式、戦闘糧食30日分も申請する」
戦闘糧食は、俺の階級で事後承認でも問題ないギリギリの数だ。
本音をいうと、手榴弾とか対物無反動砲とか、あと河川用のクルーザーも欲しかったんだが、この分じゃ到底申請は通りそうにない。下手に目立っても面倒なので申請は止めだ。
クルーザーは当初の予定通り、次の街の技術再現本部で手に入れよう。
兵士は手元の机で書類の束をたぐっていたが、やがて顔を上げた。
「申請した銃器も、装備も、食料もすぐここで用意できますよ。30分程度お待ちいただけますか」
「問題ない。あ、そうだ、服! 平服でいいから今すぐ供与できないか」
「分かりました。管理上の都合で、野外活動装着一式になりますが、よろしいですか」
「そっちの方が助かる。ありがとう」
「了解しました。それにしても、あのメートル原器の天才、エギン技士が軍部に……」
「おいッ! 余計なことを言うなッ!」
兵士の後ろから鋭い声が上がった。背中をこちらに向けていた士官だ。こちらを見てはいなくとも、会話は聞いていたらしい。
「し、失礼しました、エギン特務軍曹殿……」
「かまわない。服を持ってきてくれ」
受付の兵士は駆け足で奥に引っ込むと、すぐに軍制式の大型リュックサックを持ってきた。このリュックサックには服だけではなく、銃器以外の一通りの装備と工具が入っているはずだ。正直、これがあるだけでも買い物する手間がずいぶん省ける。
「助かった。貴官の働きに感謝する。30分後、いや、1時間後、ここにまた来る」
「はっ!」
大げさな敬礼に会釈を返し、俺は事務所を出た。
◇ ◇ ◇
先に服に着替えさせてもらい、浜辺を沿う大通りに出た。この海岸通りは日も落ちたというのにまだまだ賑やかだ。リリが言っていたとおり、海岸通りを行き交うのは、水着の上にシャツを羽織った海水浴客が多い。
「それにしても、10キロ離れたオーディチガワが襲われたというのにのんきなものだ」
「その理由は、ほれ、新聞じゃ」
マリアンが渡してきた新聞は、オーディチガワの技術再現本部および木炭燃料倉庫街がキブノ軍に襲撃されたことに伴い、市民の都市外の移動が制限されたことを報じていた。
「ここの海水浴客は、ここに留まって食べて飲んで遊ぶしかないのじゃ」
「大人しく宿に閉じこもっていればいいのに」
「そう言うなよ、ヤマル。あたしたちにもありがたいだろ」
まあ、そのとおりだ。店が開いてなかったら技術再現本部と軍部相手に面倒くさい書類仕事が増えていたところだ。
歩きつつガイドブックを読んでいたマリアンがとある店を指さす。
「服屋はここが一番大きいようじゃ」
店の建物はショーウィンドウもドアもない、柱に屋根を載せただけの上屋だ。そこに服が並べられているのを見ると、ただの屋根付きの市場に見える。
他の多くの店もそんな構造になってるが、少なくともおしゃれな服を選ぶような場所には見えない。
「こんな市場みたいなところでいいのか」
「凝った服は必要なかろう。どうせじっくり選ぶ時間もない」
「あたし達におキレイな服を着て欲しいってんじゃないだろうね」
「いや、別に。作業しやすい服を選ぶ必要があると分かっていればいい」
女の服選びって奴は、こだわりの塊だと思っていたんでね。つい聞いちゃったんだよ。
実際、店に入る前は、女同士わいわいとおしゃべりしながら選ぶ姿を想像していたのだが、二人とも事務的な足取りで、違う方向へ真っ直ぐ向かっていった。
リリは手前の、水着風の服のコーナーにいる。作戦を意識してくれているのか、目立ちにくい黒や紺の布地の服を手にとって選んでいる。灯台で調達した服はショートパンツだが、彼女が手にしているのはどれもボトムがハイレグになっている服だ。動きやすさを追求した彼女のこだわりなんだろう。
リリがセクシーさを追求するタイプではないのは、この数日だけでも分かっている。彼女のおしゃれは頭の飾り紐にあるらしく、時折、ほつれてしまった紐の端を気になるように撫でている。
マリアンは、奥の婦人服コーナーで服を手に取っているが、ときどき恨めしそうな表情で子ども服コーナーに目をやっている。婦人服コーナーにもマリアンが着られるサイズがあることを祈る。
一方の俺は脳のナノマシンのせいで他の買い物にも行けない。入り口で待っていたら別の女性客に奇異な視線を向けられたので、仕方なくマリアンの方へと行くことにした。
俺が話しかけるより先に、マリアンは服を手に更衣室に入っていった。待つことしばし、着替えて出てきたマリアンは、俺の顔を見るなり破顔した。
「入り口で待つのは手持ち無沙汰じゃったか」
「そのとおりだ。お邪魔する」
「邪魔なんてことはないぞ。どうじゃ、似合うか?」
マリアンはくるりとその場で一回転した。
彼女が着ているのはダークグリーンの木綿地に、黒いレースを袖や襟にあしらったワンピースだ。前のようにゴスロリ調ではなく、一九世紀のイギリス淑女のようなファッションだ。
そんな大人向けの服を、大人びた顔つきのマリアンが着ているわけだが、小柄な体躯と後ろで二つに束ねた髪型が相まると、逆に少女らしさが強調されている気がする。
「似合っている。マリアン、という感じがするな」
「くふふ、わしら出会うてまだ三日目じゃぞ」
マリアンはいたずらっぽく微笑んだ。
「でもまあ、悪い気はせぬ。有り難う」
「あれ、マリアン、そんなヒラヒラの服で大丈夫か」
振り向くと早くも会計と着替えを済ませたリリがいた。
「レースがついている服を着ないと思考能力50%減じゃ」
「いいけどさ。工作するときは裾を縛りなよ?」
そう言うリリはハイレグのビキニ水着の上からパレオにショールと、技術再現本部で初めて会ったときとほぼ同じ格好だ。色は紺と黒で、目立たないようにはしてくれたみたいだ。
「そう言うリリも作業するときは長袖を着ろ。肌の露出が多いと怪我しやすい」
「またお前は人の体をじろじろと――」
「いい加減にしろ。こちらは怪我の話を言っている。型の技士ならその必要性は分かるはずだな!?」
じろりとリリの顔を見やると、ちょっと怯えたようになっていた。
すまん。何度もその手の話をされて、ちょっとイラッときてしまったんだ。でも謝罪の言葉を口にするのはダメな気がしたので、その表情は無視することにした。
「マリアン、その服でいいならさっさと会計を済ませてくれ」
「分かっておる。リリ、すまぬが、また金を貸してくれ」
「あ、ああ」
二人を横目で見送り、俺は入り口で待つことにした。
リリには、やっぱり他の、もっと優しい言い方があったのかもしれない。
ちょっと事務の兵士と話しただけで、軍部の空気に当てられたみたいだ。
気をつけよう。今の俺は……軍人でもあるが、技士なんだ。




