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その3

 ヤマル・リリ・マリアンの三人は、シジャン博士の裏切りにより殺されたが、極光甲冑の力で蘇った。しかし、この極光甲冑の存在は、人類のそれまでの歴史の前提をひっくり返すものだった。

 極光甲冑のさらなる分析を進めようとする三人に、シジャン博士、キブノ兵が襲いかかる。逃亡しようとする三人の前に現れたのは三機目の極光甲冑、零号機だった。

 三人は各々が持つ技術を駆使して零号機を無力化、拿捕することに成功した。

 俺たちは、運河を下って目的地である海軍基地の港、その岸壁に到着した。

 途中、体勢を立て直して河を上っていく都市連邦の河川装甲砲艇を水底でやりすごした。正直、あの河川砲艇はシジャン博士には追いつけないだろう。

 

 運河を下る途中、キブノとシジャン博士からの奇襲はなかった。が、油断は大敵だ。

 

「マリアン、シジャン博士がやったように、他の極光甲冑を探せないか」

「そうじゃな、やってみよう」

 

 極光甲冑との会話の後、マリアンは言った。

 

「他の治療器からの会話を受け付けるモードになっている治療器を探す機能が見つかった。オンにしてみるぞ」

「この機能で他にも数十機の治療器が見つかったらお笑いだな」

「笑えないって……こんなものがたくさんあったら、この都市、いや、この星の人類の生活そのものが根本から変わっちまうよ」

「周囲1M以内、会話を希望している治療器が見つかった」

 

 わざとだろうな、マリアンのこの事務的な言葉遣いは。

 

「零号機と言え。中の人間と会話できるようにしてくれるか」

 

 何回かのマリアンと極光甲冑のやりとりの後、耳元で大きな水の泡が通り過ぎていくような音が鳴った。

 

「こんにちは」

 

 澄んだ、若い男とおぼしき声が響いてきた。

 中の人間は兵士ではない可能性が高い。だが、念のため、軍のルールに従う。

 

「貴官の所属部隊名、階級、および氏名を言え」

「私は軍人ではないし、キブノの人間でもない」

 

 だろうな。リリに左手を極められた後、あんな無様にじたばたするなんて、戦闘訓練を受けた兵士の動作とは思えん。だが、キブノの人間でもない、ということは……。

 

「シジャン博士と同じく都市連邦を裏切った人間ということか」

「はは、ははっはっはっはっは!」

「なにがおかしい!」

 

 書いた字を読み起こしているような笑い方で耳障りだ。

 

「すまない。いや、失礼だが、君が『とある可能性』を否定したくてそういう質問をしているように感じてね。こちらが可笑しいと思っていることを伝えざるを得なかった。私は都市連邦の人間でもない。おそらくは君が予想している通りの人間だ」

「ヤマルの予想、というのはなんだよ」

 

 この状況で、キブノが極光甲冑に乗ることを許可する、軍人ではない人物。

 

「お前は、俺たちの先祖にあたる人間のはずだ」

「その通り。私は地球からこの惑星に来た開拓者の一人の生き残り。

 さしずめ『旧地球人』だ」

 

 重苦しい沈黙がしばらく続いた。

 

                ◇ ◇ ◇

 

 ようやく言葉を発したのはマリアンだった。

 

「……この治療器に旧地球の技術が使われていると分かった時点で、その可能性はあると思っておったが」

「治療器というが、死んだ人間も生き返るのか? 本当にただの治療器なのか?」

「これは元々は地球の――失礼、『旧地球』の生体情報を格納し、そして再現するための装置『再現器』だった。ノアの箱舟の神話のごとく、地球の生物全てを生きたまま運ぶ代わりに、生体情報を運び、それを元通りにするための機械、というわけだ。

 動物の細胞の状態や、神経の電気信号が発されている状態も一瞬でスキャンして、生体情報として記録し、その状態も含めて元通りにすることができる。そういう意味では、スキャンを受けた治療器からならば、何度でも生き返ることができる」

 

 脳が損傷しても記憶障害が無かったのはそれが理由か。最初に俺が治療器を開けたとき、魔粒子過敏症が出たのはその『スキャン』に関係してそうだ。

 

「その再現器を改造し、魔粒子に適応させたのがこの治療器だ。魔粒子の流れと水の電解によりエネルギーを取り出すだけではなく、生体反応を制御することで、君たちが魔粒子過敏症と呼ぶ病気から中の人間を守る効果がある」

「魔粒子を克服する技術を持っていながら、なぜお前らはこの惑星にいる人類を導こうとしなかった。俺たちが地上であがいている様をどこかでじっと見ていたってのか」

「いいや。我々の責務は、人類の遺伝子を絶やさないことだった。普通の人間が住めない地球のことに関心はなかった」

 

 こいつにとって俺らは人間の枠組みを外れた突然変異種ぐらいの扱いなんだろうな。思うところはあるが、感情は抑えて質問を続ける。

 

「この地球に関心がないなら、魔術を増幅させるような機構があるはずないだろ」

「魔術のことは全く分からない。そもそも、魔術のこと自体、私はここに降りてきてから初めて知ったことだ。治療器・移動機それぞれに付け加えられている粒子動――失礼、魔粒子観測装置と、それに直結した脳活動支援装置の機構に関係がありそうだが……。改造した本人に聞いてみないと分からない」

 

 この分だと、治療器の中で体を制御している人間に応じて、極光甲冑の表面の色が変わる理由も分からなさそうだな。

 

「地上にさして興味も無いのに、なぜわざわざ地上に降りてきたんだ」

「我々の責務、というものが存在しなくなったからだ」

「存在しなくなった? どういう意味じゃ」

「人が減りすぎたのだ。我々は、この惑星から少し離れた宇宙空間にある居住施設に住んでいる。だが、無理に地上に降りて魔粒子過敏症で死亡したり、別の惑星を発見するという極々僅かな可能性に賭けてこの恒星系の外へ逃亡したりして、残っている者はわずかだ。

 我々を統べていた政府は、単位時間にして1205日前に解散している」

「政府が解散……」

 

 マリアンの呟くような思念は、まるで世界の終わりを知ったようだった。

 

「それは、『旧地球人』が全員、自由意志に基づいて行動を始めたってことじゃろう!? おぬしのように、地上に降りてくる者も増えてくるということか」

「いいや、私のように、政府が解散したからといって、別の行動を取ろうとした者は稀だ。

さらに言えば、治療器や移動機などが魔粒子に耐えるよう改造されていたことを知る幸運に恵まれたのも、私ぐらいだと思う。が……」

 

 姿も顔も見えないのに、じろりと睨まれた気分になった。

 

「その幸運もここまでのようだ。君たちと取引は無理そうだ」

「取引? 魔粒子に耐性がある俺たちの遺伝子が欲しい、といったところか?」

「いいや。宇宙空間の我々の居住施設に戻れる帰還ロケットを貸与する代わりに、私を王とする国をこの地球上に作ること。それが条件だ」

「正気かい!? あたしたちよりずっと高度な技術を持っている人間の考えることかよ」

「そうだな。人類のために生き残り続けることに、私は飽きていた。無理に地上に降りるなどといった危険行為をするぐらいには、正気ではなかったのだろうな。

 私は、我慢した分、他人からの賞賛を受けるために生きるつもりだった」

 

 その称賛とやらは他人の力で王様になるってことなのか?

 くだらねえ。本当に正気じゃない。

 

「取引の相手には、連邦政府制度を布いている君たちの国で王になるのは難しいから、代わりに立憲君主制のキブノを支配することを提案された、というわけだ」

「まさか、あんたが取引してたのは……」

「君たちがシジャン博士と呼ぶ人間だ」

 

 やはり、か。

 

「今にして思うと、こうやって私が君たちに捕らえられているのも、彼女が用意したシナリオの一節通りなのだろう。

 今日になって突然、一度引き返して君たちが治療器に乗り込むのを待ち、位置を探知して襲撃すべしと提案したのは彼女だった。その提案と襲撃は、昨日のうちにできるはずなのにおかしいじゃないか。全く、指摘しなかった自分の間抜けさに腹が立つよ。

 今やキブノにある治療器はシジャン博士のもの一つだけ。すなわち帰還ロケットを操縦できるのは彼女だけ。作戦は失敗したが、相対的に彼女の発言力は上がっているはずだ」

 

 はあ、と笑ったときと同じ、書いた文章を読み上げたようなため息が聞こえてきた。

 

「対してこちらは移動機を破壊され、この惑星上じゃ水中ぐらいしか自由に移動できない。かと言って外に出たら耐性のない私は魔粒子過敏症で死ぬ。やられたよ」

「その帰還ロケットとやらで帰ればいいじゃないか」

「キブノの協力無くしては無理だ。まず、ロケットは国境近くのキブノ領内の湖に落ちている。それに、治療器と同じように、水の電解を利用してエネルギー充填を充分に行なわなければいけないし、水上にロケットの発射台も用意する必要がある」

 

 山間にある湖の風景が意識の中に差し込まれた。その湖岸には、治療器を細長くしたような質感の物体が打ち上げられている。

 

「キブノの代わりに、わしらに協力するという手も残されておるぞ」

「いいや。私はもうこれ以上、他人の欲望に従って生きたくない。自分の欲望だけに従って行動したい。かと言って、君たちがその移動機を私に渡さないことは分かっている。

 特に、君、ヤマルという人物は絶対に了承しないだろう」

「ヤマル……あたしも……」

「分かってるよ、リリ」

 

 こいつには、移動機を一時的に貸すことすら、やってはいけない。

 

「私は肉体を捨て、この治療器に生体情報を保存し、君たちから身を隠す。

 いずれは、私の治療器を回収する者が現れるだろう。

 それが、宇宙の居住施設にいる私の同類か、それとも君たちの子孫が再現した治療器に乗った誰かになるのかは分からないが。

 ……さらばだ」

 

 爆発にも似た水音とともに、俺らの体が吹き飛ばされた。これまでにない勢いで治療器から泡が吹き出し、沖の方へと彗星のごとく去って行った。

 零号機の残した真っ直ぐな水泡の筋は、やがて見えなくなった。深く広い海の中、あの治療器がどこに行ったのか、探知機能をオフにされた状態で探す術はないだろう。

 

 

                ◇ ◇ ◇

 

 体を動かしていたリリは、船の通りも人の通りも少ないという運河の一つを上り、とある橋の脚の根元、水底に座り込んだ。

 深い緑の光が、ゆらゆらと俺たちの体を照らしている。

 俺たちはどれくらい、目的もなく港の水底近くをふらふらと泳いでいたんだろうか。

 

 泳いでいる間、リリとマリアンの呻くような呟きがずっと響いていた。俺の呟きも同じように聞こえていたのだろう。だが、今は、過去を振り返ることに集中している。

 

 シジャン博士が治療器を見つけた、もしくは旧地球人が彼女に接触したのは偶然だろう。シジャン博士は旧地球人と交渉する中で、今回の事件のシナリオを思いついたに違いない。

 

 目的は、おそらく帰還ロケットを彼女自身で占有することだ。そのためには自分が連邦都市の政治の中枢にいることもお構いなく裏切り、旧地球人も始末し、キブノを利用している。

 

 そんなシジャン博士は、わざわざ赤紙任務のために俺たちを呼び、殺そうとしたキブノ兵に命乞いすらしている。シジャン博士が味方を必要とした理由、それは、キブノを出し抜いて帰還ロケットを奪うための技術が必要だったのだろう。

 

 帰還ロケットの制御方法、操縦方法は旧地球の言語と図解に詳しいマリアンが調べる。

 帰還ロケットの発射台は水上に造る必要がある。そこで水中土木型のリリが要る。

 俺、俺は――ロケット発射台を造るときの測量役かな。

 

「思索中、横からすまぬが」

「別にいいさ、マリアン。なんだ?」

「おそらく、ヤマルにはロケットが発射された後の移動制御を任せるつもりだったのじゃろう。

 宇宙空間の航路設定には、夜の海の中でも現在位置や進行方向を見失わない、ヤマルのような卓越した測量技術が必要そうじゃ」

「でもさ、あたしたちも旧地球人も居ない今、シジャン博士はどうするつもりなんだ」

「引き続きキブノに協力を求めるじゃろうな。そして、隙を見て帰還ロケットを自らの手中に収めるつもりじゃろう」

「隙を見てロケットを奪いたいのは、培養液が必要な俺たちも同じだ」

「わしらの取れる選択肢は二つ。

 ロケットを奪うか、毎日欠かさず極光甲冑でエネルギーを充填し続けるか、じゃな」

 

 ため息をつくような、長い間があった。

 

「あたしたち……一生このままではいられないのかな……」

「リリとヤマルと家族として暮らすことに、問題はなさそうじゃが……」

「あのな、一生、自分らの傍に極光甲冑を隠して暮らすなんてこと、できるわけないだろ。特に軍部は極光甲冑の存在を知っている。武力を使ってでも極光甲冑を探すぞ」

 

 俺の意志を強く二人に示す。

 

「帰還ロケットを奪取し、宇宙に行って培養液を取ってくる。俺はこの道に進みたい。

 二人ともしっかり考えろ。本当に、一生この体のままでいるつもりか?

 最終的に帰還ロケットを飛ばすことになるのがキブノかシジャン博士なのか分からないが、そうされたら、もう一生、旧地球人の居住施設に行く機会はないぞ。

 まあ、宇宙に行く機会も一度なら、命も一つしかないものだ。存分に悩んでくれ」

 

 返事はすぐにはなかった。

 一分ほどして、俺たちの意識に言葉を響かせたのはマリアンだった。

 

「確かに、宇宙に行く機会はこの一度きりじゃ。

 一方、ロケット奪取に失敗しても、100%、必ず命を失うというわけではなかろう。

 少なくとも、まずはロケット奪取に挑戦できないか考えてみるべきじゃ」

 

 幼くても系の技士らしい、論理を重んずる決心の言葉だ。リリも、

 

「やってみよう」

 

 と、続けて決心の意志を伝えてきた。

 

「決まりだな」

「となると、この体を軍部なり技術再現本部に渡すのは無しじゃな」

「ああ、この極光甲冑をのんびり解析されると、帰還ロケットが出発しちまう」

「わしらの極光甲冑を秘匿しつつ、軍部、技術再現本部の協力を得る方法か……」

 

 しばらくの間のあと、マリアンが今の状況を整理した情報と、取りうる作戦案を次々に頭に流し込んできた。どの案も危険だが、この三人ならできそうな気がしてくる。

 


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