その5
ヤマル・リリ・マリアンの三人の技士は、シジャン博士の裏切りの結果、キブノ兵に殺されてしまう。だが、極光甲冑の力で三人は生き返る。
体勢を立て直すため、灯台に泊った三人は、極光甲冑が旧地球の産物であり、この惑星の歴史の前提をひっくり返すものだと認識する。
さらなる調査のため、三人は再び極光甲冑に乗り込むことにした。
なんとか昼前には準備を終え、俺たちはいよいよ極光甲冑に乗り込むことになった。
極光甲冑は背中の円筒を向けて1階の倉庫に伏せている。踏み台に上ったマリアンが円筒に触れると、外壁が開き、しばらくすると、内側の透明な壁も開いた。以前入っていた液体はない。完全な空洞だ。内壁には継ぎ目も模様も無いように見える。
前に俺が触れて開けたときは、魔粒子過敏症の症状が出たが、今回、特に体の痺れなどは起きなかった。その謎は入ってみれば分かるのかもしれない。
それよりも問題は――どうやって入るんだ、これ。
明らかに大人一人分の容量しかない。ま、三人とも入っていたことは確かなんだし、やってみるしかないか。
「自分から入ろう。体の小さいマリアンは、最後に隙間を見つけて入ってくれ」
マリアンと入れ替わって円筒の中に入り、円筒内部の壁に背中をぴったりとつけて寝転ぶ。体を動かすたび、円筒がぐらぐらと揺れるが、いきなり体部分との接合部がポッキリ折れるってことはなさそうだ。
「次はあたしか……」
リリが俺の顔を見てため息をついた。感じ悪いな。
「どうしたのじゃ」
「悪いが、これ以上、奥にはいけない。ぎりぎりだ」
「いや、別になんでもないんだ……うまく入れるかな」
俺の左半身にリリが背中を預けてきた。
左足がリリのおしりと太ももに挟み込まれ、両太ももが俺の右足を擦り上げる……。
これはまずい! 色んなところが! 主に長旅で疲れている男の身として!
「悪いがリリ、一度出てくれ!」
リリの背中を押し出してむりやり体を起こさせる。
「どうしたんだよ、ヤマル」
「いや、今の入り方では、わしの入る余地がなさそうじゃったぞ」
「そう、それ! あとちょっと耐えられないくらい苦しかった」
「そうか、悪かったね。あたしけっこう筋肉質だから、見た目以上に重いかも」
すまんリリ、君の体は大丈夫だ。ウォーピックを振り回すパワーを秘めているとは思えないほど重みも感触もふわふわだった。俺が悪いんだ。
呼吸を整えて考える。安全な方法を。
「中も正円になっているから、中央に小さな体の人間を置いて、周りに大きな体の人間が肩をすくめようにして入るようにすればいい。最初、奥に体の自由が利くリリに入ってもらって、次いでマリアン、自分の順に入ろう」
間にマリアンを挟まないと、どうあってもリリの危険な体が俺と接触しすぎることになるからな。成長の余地が相当に残されているマリアンの体には反応しない、と自分を信じたい。
指示通り二人が入ったので自分も円筒の中に入り、こちらを向いたマリアンに覆い被さる。俺が膝を曲げて、リリの足の間になるべく体を入れるのがよさそうだが、マリアンの膝が当たってそれは無理そうだ。
「リリ。ちょっとマリアンを上の方に持ち上げてくれ。足が邪魔で入らない」
「こうか」
やっぱりこのままじゃ足が邪魔だ。
「マリアンの太ももを持って開かせるのがいいかな――よしそれだ、いける」
「おい、リリ! ちょっとこの格好は……幼児に用を足させるようじゃ、やめよ!」
まあ、年頃の少女が太もも掴まれて股を開かされているのを見るのは忍びない。だが俺はマリアンの叫びを無視するしかない。再び極光甲冑の中に入らぬかぎり、俺らの先はないのだ。
「よし、入れるぞ」
マリアンが鬼の形相で蹴ってきた。
「なにを挿れる気じゃ!」
「違う! 『はいれる』と言い間違えた。日本語は難しいな」
「おぬしの深層心理に『挿れる』というキーワードがあるからじゃろ! 19世紀の学者、フロイトの……」
マリアンの解説が続いているが、俺はかまわず覆い被さって、開いたマリアンの足の間に体を置いた。
「むぐ!」「くっ!」
二人が艶っぽい声を上げると同時、ワインガラスを弾いたような音が鳴った。続けてガシャンという金属音が背中で鳴る。円筒の扉が閉まったためか、一気に真っ暗になる。
『■■■■と接続できません』
これ、昨日聞いた例の女の声だな。
「マリアン、意味は分かるか」
首元からくぐもった声が上がる。
「『液体の充填機と接続できない』ということじゃろうと思う。すまぬが、わしにも意味が分からぬ言葉が混じっておる」
「液体の充填。この中に元々入っていた液体が必要なのか」
「あの液体がないと動かないのか。塩水っぽいんだったら、海水でも汲んでこようか?」
「ちょっと試させてくれぬか。『インフォ』『メニュー』『ホーム』『ヘルプ』――」
『■■■■■』
再びあの冷たい声がした。
「何とかなりそうじゃ。しばらくわしが操作を試みる。しばし待つのじゃ」
マリアンと極光甲冑が会話を続ける。俺の思考が混ざると誤操作の原因になるかもしれないので、外の音に耳を澄ませてやりすごしてみる。もっとも、この円筒の防音機能は完璧のようで、外の音は一切聞こえなかった。
「よし、この機械そのもので何とかできそうじゃ。まずは、自動回復開始!」
『自動回復を開始します。■■■■を固定します。問題が起きたときは『強制停止』を呼び出してください』
極光甲冑がそう言い終えると同時、背中全体がなにかゼリー状のもので押され始めた。
「お、おい! 押しつぶされる!」
『だ、だ、だい、大丈夫のはずです!』
『びびっている上に汎ユーロ語になってるじゃねえか!』
背中どころか、体全体に何か重たい泥をかけられたようになった。顔の周りだけは隙間が空いているが、なにがどうなってるのか真っ暗で全く分からない。
「マリアン、返事できるか。呼吸は大丈夫か」
「大丈夫じゃ。圧迫されてはいるが、そこまで苦しくはない――っと!」
円筒が起き上がった。外の音は相変わらず聞こえないが、動きの慣性だけは感じる。俺の向いた方――つまり前に向かって進み始めた。
「そういえば、ここの扉は?」
「閉めておいたはずだよ。蹴り破るつもりかな」
しばらく動きが止まっていたが、同じようなペースでまた前進を始めた。
「まさかダイアルロックの錠を自動的に外したんじゃないだろうね」
「いや、動きの慣性からして、そのまさかの可能性が高い」
さすがにそこまで高度な機械をキブノは作れまい。この極光甲冑が旧地球の産物であることを示す証拠がまた一つ出てきた。
灯台の足下にある、河へ降りていく階段を下っていくのが分かる。川底に着いたであろうタイミングで動きが止まった。
『■■開始』
頭上から水が注ぎ込まれ始めた。あっという間に口元まで水に浸かる。海じゃないのにしょっぱい、と考えた次の瞬間、俺の意識は途切れた。
◇ ◇ ◇
気づくと、目の前は青緑に淀んでいた。あたりを見回すと、自分の体が極光色に光っている。
また、あの極光甲冑の体に戻ってきたのか。
「そのようじゃの。あ、わしはマリアンじゃ」
「大丈夫、お前の言葉は日本語のままだ」
「左様か。で、しばらくわしにこの極光甲冑と話をさせてくれぬか。念じることで、この極光甲冑内蔵の機械と対話できるようじゃ。機能の説明も聞けそうなんじゃ」
「ヤマルとあたしは、二人の声をなるべく意識しない方がいいね。声の操作にも体を動かすときと同じルール――一人しか操作できない、ってのが適用されてそうじゃないか」
「そうだな。極光甲冑と話す前に、周囲の状況を確認していいか」
返事を待たずに極光甲冑の体を動かし、頭だけ水上に出して周囲の状況をうかがう。昼前だが、まったく人の気配がしないな。
「大丈夫、昼も人が寄って来ない灯台を選んだんだ。そうでなきゃ、ここに泊らないし、試しに極光甲冑に入ってみるなんてこともさせないさ」
「なら、一度戻ってみるか」
倉庫の入り口には、正しい番号に合わせて外されたダイアルロック錠が落ちていた。
「あたしの記憶を読んだのか、それとも全ての組み合わせを試したのか……」
「調べることが増えたな」
ふとした恐怖心を軽口でなんとか誤魔化しつつ、鍵を元通り閉めた。そして、再び川底へと戻る。
「これでいいだろう。マリアン、極光甲冑と話してみてくれ」
「承知した」
さて、次はどんな驚くことが分かることやら。
◇ ◇ ◇
マリアンと極光甲冑の会話の結果、分かったことは予想の範囲内ではあったが、やはり意外に思うこともあった。
「まず、この円筒は治療器で、甲冑の部分はその『付属品』のようじゃ」
「付属品って? 本来は円筒だけで事足りるような機械ってことかい?」
「その通りじゃ。『付属品』にも種類はあるようじゃが、この甲冑に関しては、治療を受けながら移動できるようにするための『移動機』と呼ばれるものじゃ。メインのエネルギー供給源や、体を治療する機能は円筒の方にある」
ふーん、移動するだけだったら車の形をしてた方がよさそうなもんだが、室内で自由に移動することを想定した装置なんだろうか。そうだとしたら、旧地球人って3メートルぐらい身長があったのか? まあ、子どものころ、教科書で見た宇宙船の残骸から察するに、旧地球人は天井がずいぶん高いところで過ごしていたみたいだけど。
「エネルギーって言うけど、この体の燃料はどうなってんだ? どんくらい減ってる?」
「今は満タンじゃ。太陽光と『粒子動』の両方でエネルギーを生成し、溜める仕組みになっておる。根拠のない仮説に過ぎぬが、『粒子動』とは魔粒子のことじゃろう」
「いよいよ旧地球の機械で決まりだな」
百万歩譲ってキブノの公用語が英語になっていたとしても、魔粒子のことを粒子動と言い換えないだろうし。
「もう一つ大事なことは、わしらの脳と体の治療は不充分で、一部の機能はナノマシンで補っているということじゃ」
「ナノマシンというのは、あれだ、ものすごく小さくて、細胞の代わりもできるような機械のことだよね。20世紀初頭のSF小説で読んだことがある」
俺たちの距離が離れると脳の機能が使えなくなるのと関係がありそうだな。
「そこは詳しくは調べても出てこんかった。おそらく、一人分のナノマシンしかないのに、三人分治療したから、足りなくなったのじゃろう。一人分のナノマシンを無理矢理連携させて三人分を補っている、と考えられる。
いずれにせよ、ナノマシンへのエネルギー充填を、この治療器の中で定期的に行なう必要があるということじゃ」
ちょっと待て。今、凄いことを言わなかったか。
「じゃあ、俺たち三人は一生このまま、極光甲冑と共にいないと生きられんのか」
「この機械でその治療はできないのかい」
「脳と体の完全な治療には専用の培養液が必要で、それは完全に空じゃ」
「ほんとかよ……」
リリの気持ちが言葉以上に伝わってくる。マリアンは随分落ち着いているな。
「いや、わしも多分にショックを受けているとは思う。しかし、なんというかのう、旧地球の技術に直接触るという異次元の体験で、気持ちと思考が乖離してしまったようじゃ。ヤマルの方こそ落ち着いておるぞ」
「慌てるほど状況がよく分かってないかもな。それにしても本当に何も手がないのか?」
でも、これと同じものなんてこの惑星にあるわけ――あった!
「そう、例えば、シジャン博士の治療器を奪うっていうのはどうだ。キブノ兵に撃たれた俺たちと違って、彼女に治療は必要ない。なら培養液とかも残ってるだろ」
「さすがはエギン技士、逆境に強いわね。レンタルを軍部が渋るだけのことはあるわ」
今の声は、いや、思念は……まさか!
「でも、せっかく拾った命は、大事にするべきよ。危険な賭けはおよしなさい」
間違いない。この思考が聞こえるということは、極光甲冑に乗っている者――
「シジャン博士!」
リリの心の声が、俺の意識を切っていった。
「聞きたいことは山とあります。ですが、まずはあなたのご用件をうかがいます」
「あなた方にキブノへの投降を勧めに来たの。今度はきちんと命の保証を取り付けたわ」
キブノへの降伏勧告――それが、都市連邦の博士であるチトセ・シジャンの口から出た。
「どういうことです! シジャン博士、あなたは――堤防で水害を防ぎ、防御システムで侵略を防ぎ、上下水道で疫病を防いだ――我が都市の守神ではないですか!
そんなあなたが、なぜキブノに与するのですか!」
「もちろん、私はこれまでオーディチガワとその市民のために、持っている力を生かしてきたつもり。だけど、それ以上に人類の未来が大事だと考えている。
コーカワ技士、なにも私はオーディチガワを侵略するとか、都市連邦に刃向かうとか、そういうつもりはないわ」
「では、技術再現本部への襲撃で死んだ兵士、技手、技士達のことはなんとする、博士」
俺は意識的に呼びかけた。
「確かにこの機械は人類の未来を変えるものかもしれない。だが、多くの一般人を、貴重な技術の担い手たちを犠牲にしたのはなぜだ!」
「なるべく犠牲の少ない方法を選んだつもりよ、エギン技士。亡くなった方達のことも、あなたたちのことも、申し訳ないと思っているわ」
治療器のこと、脳の機能を分け合っているのも承知済み、というわけか。
「なるほど。治療器に無理矢理三人詰め込むと、そんな障害がでるのね」
「あっ……」
ちっ、余計なことを考えすぎたか、くそったれ。
どういう仕組みだか知らないが、リリとマリアンに俺の思念が聞こえるのと同じように、シジャン博士にも聞こえている。思考を言葉の形になるほど意識してしまうのはまずい。
「確かに、詰め込んだのは私。命だけは救うためだったのだから、許して欲しいわ」
「感謝も容赦もするつもりはない。
そうして欲しかったら、お前が都市連邦を裏切った理由を聞かせてみろ。
『治療器』が技術再現本部に置いてあったということは、この『極光甲冑』はもともと都市連邦が確保してたブツなんだろうが!
仮に『移動機』の方をキブノが持っていたとしても、それは『付属品』。必須のものではないし、操縦もできない。
キブノに治療器を奪わせてやる必要なんてなかったはずだ!」
「その理由を説明したいのはやまやまだけど、私にその時間はないわね」
「どういう意味だ」
「あなたたちの機械、私が説得に失敗した場合は破壊することになっているの。なるべく、『移動機』の方だけ狙うように言ってあるけど、万が一の場合、恨まないでね」
この言葉の解釈には一瞬を要した。
「リリッ! よけろおぉッ!」
次の瞬間、くぐもった爆音が連続し、視界が白い雲で覆われた。




