その4
手伝うと言ったマリアンと俺の申し出を「簡単な食事だから」とリリは断った。台所に立っているのは、食料庫にあったエプロンをまとった彼女一人だ。
それにしても水着にエプロンの後ろ姿というのは刺激的だな。それもリリのような肉体美を持つ美女ならなおさらだ。隣からの視線が突き刺さっている気もしたので、あまりじっと見ないようにはしてるけど。
「はい、できたよ。口に合えばいいけど」
リリからコップのような深さのお椀を受け取る。
2階にあった非常食用の干しエビ・干し貝柱・乾燥海草と米を煮込んだ料理だ。このシチューのような料理を、こちらではお粥と呼ぶらしい。
「オーディチガワは米が主食か」
「小麦のパスタと炊いた米で半分半分かな。二人はどんなもの食べてたんだ」
「自分の実家は、ふかした芋と豆。軍にいたときも同じだ」
「わしは実家も、旅しているときも、黒麦のパンがほとんどじゃった」
三人にお椀が行き渡った。どろりとした汁をスプーンですくって口に運ぶ。
「うまいのう!」
一口目でマリアンが叫んだが、大げさじゃないな、これは。こんな濃厚な味、高級レストランでも味わったことない。
あんな保存食だけで、しっかりとした料理に仕立てあげるとは。
「大した腕だな。ひょっとして調理型の技手でもあるのか」
「タイミング見計らって材料入れて、煮ただけだよ。ちょっと褒めすぎだよ」
リリは照れくさそうに笑った。
「まー、計の技士様の計測結果は、素直に受け取っておこうかな」
食事はあっという間に終わってしまった。マリアンは、一気に食べたものの、基本的には小食らしく、ちょっと苦しそうに腹をさすっている。
無理して食うこともないのに。恨めしく思いながらお椀の底を眺めた。
「もう一杯あるよ」
リリは俺の返事を待たずにお椀を取り上げ、お粥をなみなみとよそってきた。
「はい、召し上がれ」
「ありがとう」
一口食べて、ふとした疑問が頭に浮かんだ。
「リリは、どこで料理を覚えたんだ。この都市で水中土木型の技士ともなれば忙しそうだし、外食ばかりだろうと思っていた」
「子どもの頃、両親が堤防事故で死んでね。ずっと一人……だったし、親が遺してくれた貯金も限られていたから、レストランでバイトしたり、金を節約したくて自炊してた」
思わずリリの顔をまじまじと見てしまったが、表情は淡々としている。
「悪いことを聞いた。すまない」
「気にしないでくれよ。この河川都市じゃよくあることでね。だからこそ、あたしみたいな頭が悪いのも技士になれるし、みんなが必要としてくれるのさ」
リリは席を立つと、食べ終わったお椀を台所に持っていった。
マリアンも立ち上がり、渋るリリに対して半ば無理矢理割り込んで片付けを手伝い始めた。マリアンの身の上を聞いた後だと、なんとなく、一つ一つの行動が彼女なりに気を遣ってのことだと思えてくる。
改めて、同じく赤紙任務を受けた仲間がこの二人で良かったと思う。
それに比べて俺はどうなんだろうか。この二人に、軍人になった理由を話す時は来るのだろうか。それとも……。
いや……冷める前に食ってしまわないとな。
◇ ◇ ◇
朝飯を終え、食器や寝具などを片付けた俺たちは、1階に降り、踏み台を椅子代わりにして座った。机代わりになるのは倉庫にあった作業台だ。
「さて。これからどうするか話し合いたいと思うのじゃが、よろしいか」
リリと俺はうなずく。最年少だろうが、組織運営系は専門外だろうが、話し合いをまとめるのは物事を系統立てる『系』の技士の役割と決まっている。
「よし。じゃが、その前に皆が事態に対して共通の認識を持つことが大切じゃ。ほぼ間違いなく事実だと分かっていることを、お互い確認していくことにしようぞ」
マリアンは耐水性だったおかげで無事だったというメモ帳を取り出した。それに一枚一枚、『現時点で分かっていること』を書き入れ、作業台の上に並べていく。
・シジャン博士は、自発的か強制されてか、敵国キブノに協力している。
・シジャン博士は、我々三人を仲間に引き入れたいと考えていた。
・シジャン博士だけが、この機械が死人を生き返らせると知っていた。
「確かに。裏切りではなく、脅されている可能性はあるな」
実のところ、直感的にはそう思えないのだが、マリアンのリリを気遣う気持ちを尊重して、ここは彼女の意見にのっかっておく。
「『仲間に引き入れたい』というのは何か秘密の話をしようとしていたから?」
「そうじゃ。それに、シジャン博士は我々を撃とうとするキブノ兵に抗議しておった。これもわしらを始末したいのであれば不要の行動じゃった」
「キブノ兵がすすんで敵の死体を円筒に詰め込むわけがない。生き返ることを知っていて、しかも自分らを味方につける意志がある人間しかやらない行動だ」
まったく、シジャン博士はキブノ兵相手にどういう口八丁を使って、俺たちの死体を円筒に詰め込んだんだろうか。
ここからが本題じゃ、と言いながら、マリアンは別の紙を取り出し、書き入れた。
・極光甲冑は、ほとんどが旧地球の技術で作られている。
・我々の体は、旧地球の技術によって復旧したが、完全ではない。
「マリアン、これはどういう意味だ」
「言葉通りの意味じゃ。ヤマル、疑問に思うことははっきり言って欲しいのう」
斬れ味を持ったマリアンの視線が、俺の目を真っ直ぐ見返してくる。
「そういう言い方は止めな。誤解がないように、まずはマリアンの考えを説明してくれよ。
あたしでも分かるようにさ」
「――失礼した。つい……少し興奮してると思うのじゃ。この状況に……」
マリアンは頭を下げた。そして、深呼吸すると、俺たちの顔を順繰りに見た。
「端的に言おう。わしらが極光甲冑の中で聞き、互いに離れたときに聞こえる声。
あれは汎ユーロ語ではない。
その元になった旧地球オリジナルの言語、英語じゃ」
やはり、か。認めたくなかった。
「聞き違いじゃないのか。あんた、旧地球の言語の発音なんてどこで知ったんだよ」
「紙に書かれた符号から再現された、手回し式デジタルレコードで聞いたことがある。間違いない、技士の誇りに誓おうぞ」
「それが何だって言うんだよ」
「キブノが旧地球の遺物を改造してこの極光甲冑を作ったとして、わざわざ英語を話すようには作らんじゃろ。
英語の文章は数多く読み書きする者がおるが、ふだん話す者はおらん。英語を聞いて分かるのは、わしのような系の技士、それも旧地球の風習を研究している者だけじゃ」
「でもさ、シジャン博士は、この円筒はこの惑星で造られた、とか言ってなかったか」
――そういえば!
俺は思わず作業台を平手打ちした。
「どうしたヤマル」
「思い出した。この惑星産だと言ったのはリリで、シジャン博士はその意見を別に肯定していなかった。ただ黙って微笑んでいただけだった」
「確かに……そうじゃったな」
「そうか。元々、シジャン博士は、キブノ兵に乱入される前、あの円筒の正体について話すつもりだったから、すぐには否定しなかったけど、肯定もしなかったわけか」
だが、しかし。もっと大きな問題を俺たちは抱えることになる。
「旧地球の技術が、魔粒子の環境下で動いてるなんてことが、ありえるのか」
そう、この街の城壁を見たときに思い出した、歴史の教科書の一節にもある。
『この新たな地球に住む我々は、自分たちが持つ技術のほとんどが旧地球の19世紀級に留まっていることを知っている。しかし、これが魔粒子のせいだと、普段の生活の中で意識する人は少ない』
魔粒子があるから、俺たちの先祖はこの惑星に不時着するしかなかった。魔粒子のせいで旧地球の装置が動かないから、頑張って文明を再建するしかなかった。
これが俺たちの惑星の歴史の大前提だ。そもそも旧地球の技術がこの惑星上で動くのであれば、その技術を再現することに生涯をかける俺たち技士が生まれることもなかった。
「極光甲冑の中にいると、魔術も、普段使うより増幅されておった。魔粒子に関するなんらかの装置が組み込まれているとしか思えぬ」
マリアンの言葉を最後に、俺たちはしばらく黙り込んだ。
◇ ◇ ◇
しばらく様々な思考がぐるぐるとしていたが、ようやく落ち着いてきた。
思えば、悩むことなんて無い。技士としてやるべきことは一つだ。
「この問題、三人だけで抱えるには大きすぎる。そして、自分らは技士。技手とは違う。
技術の問題は、人の助けを借りてでも、自分の命に代えてでも、解決するのが責務だ」
リリとマリアンの顔を順に見やる。
「わかっているさ、もちろん」
「わしも覚悟の上でここにおる」
「でも、自分は、君たちが実験動物になる可能性だけはなるべく潰しておきたい」
お前ら二人には生きる価値があると思うからな。
「なにか手があるのか?」
「ああ。技術再現本部ではなく、軍部にこの極光甲冑を持ち込む」
「本気か、軍部の方が実験動物扱いには遠慮なさそうじゃぞ」
「その通り。だから軍部に保護してもらう一方で、極光甲冑の存在を技術再現本部にも連絡する。
『旧地球の装置で稼働するものが見つかった。キブノの襲撃を受ける可能性があったので直ちに軍部に護衛を依頼した』
という内容でな」
そうか、と言ってマリアンは頷いた。
「そんなものが本当にあると知ったら、技術再現本部、いや連邦技術局は相手が軍部だろうと、どんな力を使ってでもそれを手に入れて調査しようとするじゃろうな」
「そうやってお偉いさん方が押し合いへし合いやってるうちは、あたしたちも無事ってことか……軍部と連邦技術局で協力されたら、もう逃げ場はないってことだけど」
まあね。正直、シジャン博士の行動見てると、すでに協力態勢になってる可能性は高い。
「危険な賭けじゃが……解析するにも、身を守るにも頼れる者は必要じゃからのう。
万が一、軍部と連邦技術局がすでに協力態勢になっていたとしても、わしらも技士、それなりに都市連邦から大事にされていると信じようか」
リリが少しいたずらっぽい表情で、俺の顔をのぞき込むようにして言った。
「ヤマルの、軍での階級が高かったら、もっと安心だけどね」
「残念。ただの技術軍曹で、特務偵察部隊付きだ。命はさほど大事に扱われていない」
リリの表情が曇る。その濃緑の瞳が潤んできたような気がする。
「だが『使い捨ての兵士』とも思われていないはずだ。階級は多少有利には働く」
と、急いで嘘を付け加えておく。そう、どちらにしろ、腹を括るしかないからな。
その後、三人で相談して、次の方針を決めた。
・極光甲冑にもう一度乗り込む。
・昼間、あえて多くの人目の前に登場することで、秘密裏に処分されにくくする。
・身の安全を確保できるまで、円筒から出ず、外に出る方法を知らないことにする。
・ハンドシグナルや、筆談で意志を伝える。
・これらの防御策は相手に不信感を持たれないのが大前提。
・シジャン博士が、俺たちを拘束するよう根回ししていないか、相手の言動に注意する。
・身の安全が保証されそうであれば、覚悟を決めて円筒から出る。
「了解、これで行こう」
「自分もこの方針で問題ないと考えるが、行動を始める前に、ちょっと準備がしたい」
強調するため、言葉に間を置く。
「例えば、この灯台から自分らのいた形跡を完全に消す。元々来ていた服は焼却処分、必要なものだけ身につけてから治療器に入ること」
他にも、2階の非常用の服のどのサイズが何着使われたのか分からないように、使っていない非常用の服も何着か焼いておく、などの偽装が必要だと説明した。
「分かった。でも、ウォーピックと、マリアンの銃は使えそうだから、極光甲冑にベルトをつけて差していこうよ。両方とも量産品だから、あたしたちのだと分かりやしないよ」
「そうじゃな。その二つの準備が終わったら、さっそく極光甲冑に乗り込もうぞ」
昨日、血糊の着いた足跡を拭け、と言ったときは無視されたんだが、やっぱり、軍人の意見だと分かれば聞いてくれるみたいだ。今回は、俺の意見に素直に従ってくれた。
それにしても、技術を認めてもらうには、やっぱり肩書きがいるんだな。これもまた、認めたくない悲しい事実だ。




