その1
ヤマル・リリ・マリアンの三人の技士は、シジャン博士の裏切りにより殺されたが、極光甲冑の力で再び蘇る。その極光甲冑の仕様は、これまでの人類の歴史の大前提をひっくり返すものであった。
極光甲冑のさらなる分析を進める三人だが、もう一機の極光甲冑に乗ったシジャン博士とキブノ兵たちが襲いかかってきた。
「これのどこが『移動機の方だけ狙う』なんだ!」
リリは俺より早くシジャン博士の言葉に反応し、身を翻してその場から大きく離れ、泳ぎ始めていた。一気にこちらを破壊しようとしたピンポイントの攻撃だったから避けられたものの、広範囲にばらまかれ続けるとやっかいなことになる。
「シジャン博士に居場所が特定されておるじゃと……ならば!」
「その通りだマリアン、こっちから探る事だってできるはずだ!」
そして、シジャン博士の指示で砲撃しているキブノ兵もいるはずだ。あれ、待てよ。
「リリ、ここは木炭の燃料やガスボンベやらをしまった倉庫街だろ。可燃物厳禁なのに砲撃して大丈夫なのか。下手すりゃ攻撃してるキブノ兵も巻き込んで爆発するぞ」
「分かんない、シジャン博士がそれでいいって判断しているとしか! でも並のテロ組織じゃ破壊できないって!」
リリの言葉を遮るように爆音が水中に鳴り響き、辺りで白い雲がわく。かすったぐらいなら大丈夫だが、あれが当たったときは、事実上俺たちの最期だ。
リリに周囲の地形のことをもっと聞いてみたいが、泳ぎに集中してる彼女に、これ以上の思考作業は厳しい。
一か八か。この体の身体能力と、オーディチガワの建築系技士を信じてやってみるか。
「リリ、一度、陸に上がれ! 水中にいたままだと反撃できない!」
「陸に上がってどうやって反撃するんだ――って考えている暇はないか!」
リリは、両手両足を岸壁にひっかけて這いずり上り、陸に降り立った。
「よし、走れ! 一度倉庫に登れ!」
そんなところにいたら、いい標的じゃないかと思うかもしれないが、高威力の火砲は照準を合わせるのに時間がかかる。AK47の斉射が来るだろうが、それならある程度耐えられる体だ。
あとは、20世紀級だと言われている、オーディチガワの建築系技士の耐熱・耐衝撃設計を信じられるかどうか、だ。
リリはそんな俺の思惑を読み取ってくれたのか、迷わず目の前の倉庫に一直線に走った。跳んで屋根の端をつかみ、何とか足をひっかけて極光甲冑のパワーで無理矢理よじ登り、屋根の上に伏せる。
泳ぎと近接戦闘は一流だが、こういう動きは慣れていないみたいだ。
「陸は俺に任せてくれ」
この手の走ったり・登ったり・跳んだりは、軍の訓練で吐きまくるほどやったからな。
「分かった!」
短い返事と共に一瞬、甲冑の体から力が抜けたようになった。それを逃さず、体の動きの支配権を受け取って、屋根の中央に匍匐移動し、辺りを素早く見渡す。
いくつもの通りを挟んだ先にある倉庫の屋根の上に、キブノ兵達の姿が見える。すぐに隣の倉庫に跳び移らねば――と思ったが、敵は全くのあさっての方向に向かって撃っている。その先を見やると、水面上に細い鉄の板を雑多に重ねたように見える漆黒の船があった。
「都市連邦の河川装甲砲艇だ!」
河川装甲砲艇、あれがそうか。名前だけは聞いたことがあるが、見るのは始めてだな。
陸上のキブノ兵、つまりはAK47の乱射に対応するための専用の装甲を備えた、全長約30メートルの超小型軍艦だ。
倉庫の屋上に立っていたキブノ兵が手榴弾を次々に投擲するが、装甲砲艇は運河の両岸ぎりぎりまで往復するかのような蛇行航行でこれをかわした。
続けて地上のキブノ兵がAK47を乱射し、装甲から火花が散る。並の軍艦なら鋼鉄製だろうが大被害だが、板を重ねたような形状が銃弾をうまくそらしているようだ。幾層もの装甲の隙間には覗き窓があるが、そこを抜けて中の兵士を殺傷するには至ってなさそうだ。
その覗き窓から都市連邦軍制式の高威力・高精度ライフルを構えるのは、船上射撃の特殊訓練を積んだ兵士達のはずだ。はたして、装甲砲艇の奥から銃声が鳴り響くたび、地上のキブノ兵の頭蓋骨が次々と砕かれていった。
さらに砲声一発、いくつかの倉庫の屋根の上に分散して展開していた兵士が、その一発でまとめてなぎ倒された。装甲砲艇には備え付けの火砲がある。対人榴散弾を使ったのだろう。
それにしてもAK47を携えた兵士達をここまで圧倒するとはな。本当ならこちらで何人かキブノ兵を倒して、キブノ側じゃないってことをアピールする必要があったんだが。
「ヤマル、横からすまぬ。シジャン博士の居場所は分からなかった。じゃが、周囲の極光甲冑に自分の位置を通知し、思念を公開する機能があることは分かった。今、その通知機能と公開機能をオフにしたところじゃ」
「しくじったね。シジャン博士の極光甲冑は、両方オフにしてあるだろうね」
だろうな。シジャン博士のことだ、俺たちがこの機能にじきに気づくことは計算済みだろう。それに、都市連邦軍が来たからにはもう逃げてしまったに違いない。
実際、辺りを見渡してみたが、目に入るキブノ兵は、こちらに背中を向けて逃げている者か、地べたや屋根の上に体を投げ出したまま、ぴくりとも動かない者だけだ。
「周囲のキブノ兵は一掃できたみたいだし、とりあえずは軍と合流するぞ」
倉庫の屋根を繰り返し飛び移り、装甲砲艇の進行方向にある岸壁に降り立つ。そして、装甲砲艇の方を向いて敬礼する。
鉄の装甲板の隙間から、双眼鏡をこちらに構えた士官らしき男が見えてきた。
「やっぱり、撃ってこないな」
「敬礼しているからじゃないのか」
「俺だったら、敬礼してても威嚇射撃はする。少なくとも火砲の狙いはつける」
「では『やっぱり』と思った理由はなんじゃ」
「シジャン博士、この極光甲冑のことは軍部に伝えてあるみたいだ。知っているからこそ、こんな未知の物体相手を火砲で狙うことすらしないんだと思う」
装甲砲艇が目の前に接岸した。中から兵士が二人降りてくる。そして、俺たちの体を見上げるようにして敬礼した。
「え、敬礼? どういうことじゃ」
「ほらな、下っ端兵士すら落ち着いたもんだ。このクラスの兵士にまで知られているとなると、極光甲冑を梱包して技術再現本部の倉庫に運んだのは、案外軍部かもしれないな」
「シジャン博士と軍部が繋がっているとなると、交渉は慎重にしないといけないね」
「まったくだ。ヤマル・エギンがこの極光甲冑の中にいる、と思われてたら、さらにやりにくくなるぜ」
こうなると、軍部と技術再現本部の間でうまく立ち回る、なんてことは難しいかもしれない。
手を下ろすと、兵士の一人が口を開いた。
「日本語は話せますか」
それ、日本語で問いかけて意味あるのか。まあいい。
軍用手信号で、否定、と返してやる。
「あれ、あ、そうか、言葉は分かるけど喋れないという理解であってますか」
肯定、と返す。
「なるほど。中に都市連邦の軍人が入っているんですかね」
このことは黙っているつもりだった。だが、軍部とシジャン博士の繋がりが否定できない今は、こちらが身内であることを伝えた方がいい。
なんにせよ、もう軍用手信号で返事してしまっているから、後戻りはできない。
『肯定』しておいて、続けて『私は貴官に随伴する』と返す。
「え、船に乗れないだろ。どうしてもらおうか」
「明らかに泳げなさそうだしなあ。中からも出られなくなってる様子だし」
話を振られた方の兵士はそう言って「うーん」と唸る。
どうやら極光甲冑の細かい特徴や能力までは知らされておらず、俺たちが水の中から現れたところも見てなかったらしい。
「敵がいつ襲ってくるか分からないのに、のんびりしてるねえ。大丈夫なのかよ」
「こいつらも敵さんもプロだ。装甲砲艇からあれだけの被害を受けておいて、無闇に攻撃してくることはない――と思っているんじゃないか」
「そうじゃの。あの船がある限りは大丈夫……いや、もしや!」
マリアンが叫ぶと同時、地面が振動し、なにかが崩れるような音がした。
地震か!? いや、このざわめくような地響きの音、技術再現本部で聞いたぞ!
「ヤマル! 屋根に登るんじゃ!」
「くそったれ!」
ジャンプして倉庫の屋根の端に掴まる。ざわめく音はいまや轟音となった。慌てて屋根の上によじ登り、周囲を見渡す。
音の正体は津波。オーディチガワの『自在堀』が稼働し、方眼状に並んだ倉庫街の隙間を水の流れで一気に埋めていく。
「つかまれ!」
聞こえるはずがない叫びとともに、俺は屋根から身を乗り出し、手を兵士達の方に差し出した。
反応した兵士の一人が駆け寄り、ライフル銃を両手で掴んで、こちらに銃床を差し出してくる。銃床をつかんだそのとき、兵士の足下を濁流が刈っていった。
「がああっ!」
銃につかまっていた兵士が、足下に吸い込まれるように流されていった。極光甲冑のこの手に残されたのは、哀れな兵士のライフル銃だけだ。くそっ!
もう一人の兵士の姿は影も形もない。装甲砲艇は転覆こそしなかったが、川下へ大きく流され、やがて姿が見えなくなってしまった。
改めて地面を見下ろす。押し寄せた波の高さは、1メートル強といったところか。
「おかしなことを考えるなよ。いま兵士が流された勢いを見たろ。津波は1メートルの高さでも人間を気絶させるぐらいの威力がある。この体でも足下を掬われるよ」
「ここは木炭倉庫街。防火設備として自在堀があるのは当然のことじゃったな……」
それにしても、いくらシジャン博士の指示とはいえ、用もなく自在堀を使わせるか?
「都市の自在堀とは制御系統が別だし、都市のものと比べたら警備も甘いよ。稼働前の警報が無かったということは、キブノ兵に制御施設が占拠されちゃってると思う」
「ここら一帯はキブノの支配下ということか。となると、そろそろ来るか」
辺りを見回した俺の目に、極光の輝きが掠めた。慌ててその光の方へ向き直る。
「いた!」
しゃがんでいる極光甲冑の手には……まずい! 横だ!
隣の倉庫に飛び移ると同時、爆音が倉庫の屋根に轟き、体を揺らした。
「今のは!」
「キブノの60ミリ対人追撃砲だ! そいつをほぼ水平に撃ってきやがった!」
俺たちより極光甲冑に詳しいシジャン博士があの武器を使うということは、要はあの武器で極光甲冑は破壊できるということだ。
対してこちらは極光甲冑を破壊できるような飛び道具はない。懐に飛び込んで、リリの近接戦闘に持ち込むには距離がありすぎる。
避け続けるのは無理だろう。素人のシジャン博士がここまで正確に弾を撃てるのは、極光甲冑の知られざる機能を使いこなしているからに違いない。
「ヤマル! 状況に集中しろ、極光甲冑の謎を追うのは後だ!」
でも、この極光甲冑を使いこなせば、シジャン博士より有利な立場に立てる。
いつもと同じだ、考えなきゃ、生き残れない。




