第14話 一筆、したためまして
東風はそっと封筒を朔夜に差し出した。封はすでに切られている。
「すみません。朔夜宛てでしたが、事が事なので、寝ている間に確認させていただきました」
妙に仰々しく言う東風に、朔夜はむず痒さを感じながらも、封筒に指を差し入れた。
生成り色の紙に記された、存在感のある太い筆文字。ところどころ掠れているのは急いで書いたためだろうか。全体的に無骨な筆跡で、どことなく大雑把さを感じさせる。
文字には書き手の性格が表れるというが、この筆文字はまさしくそうだと朔夜は思った。書き手は間違いなく、柔和な笑みを浮かべていた久世ではない。見るからにがさつで、だらしなく着物を着崩していた猿丸赤也だろう。
手紙には、こう記されていた。
────
先般は、貴殿の美しい舞を拝見し、ただただ感服いたしました。
そのお姿がいまなお目に焼きついて離れません。
もう一度拝見できれば……そんな思いを募らせております。
つきましては、この地を去られる前に、いま一度、あの見事な舞をご披露いただけませんでしょうか。
また、貴殿にぜひお贈りしたい簪をひとつ、ご用意しております。
甚だ身勝手なお願いとは重々承知しておりますが、何卒この切なる願いをお聞き届けいただけますと幸いに存じます。
黒鉄組 猿丸赤也
────
豪快な筆跡に反して、やけに丁寧な文面。あまりにも腰が低いせいで、胡散臭さが半端ない。
朔夜は読み終えた手紙を、ぺしっと宙へ放り投げた。
「なーにが “切なる願いを……” だ。この山猿め」
ひらひらと宙を舞う手紙を環が掴むと、朔夜は東風を見やった。
「で、これが何? ただの賛辞とも読めるし、正体までは勘付いてないんじゃない?」
「そうでもありません。ここ、よく読んでみてください」
東風は前のめりになり、環が握る手紙の一文をそっとなぞる。
そこに書かれていた言葉は……。
──また、貴殿にぜひお贈りしたい簪をひとつ、ご用意しております。
「お母様の形見はどうしました? 朔夜」
一瞬押し黙ったあと、朔夜は大きく目を見開いた。まさか、という思いに駆られ、慌てて立ち上がる。部屋を見渡すと、先日着ていた黒装束と踊り子の衣装が部屋の隅に畳まれていた。朔夜は急いで駆け寄り、一枚ずつ広げて簪を探していく。
「ない……ない!」
思わず声が出た。あの簪は花形として踊るときも、宵狐として夜を駆けるときも、肌身離さず持ち続けているお守りのようなものだ。が、それがない。どこかで落としたのだろうか。いったいどこで──。
朔夜ははっと顔を上げた。呪印の炎を右腕に受けたとき、痛みで反射的に小太刀を右手から離した。そのときに小さな音がしたことを微かに覚えている。てっきり落ちたのは小太刀だけだと思っていたが、違ったのだ。あのときだ。簪を落としてしまったのは。
「あの野郎」
目の前の黒装束を睨みながら、朔夜は吐き捨てるように呟いた。そんな朔夜の言葉が聞こえていたのか否か、東風は淡々と言葉を続ける。
「簪を拾ったのが猿丸なら、あなたの正体には容易く辿り着くでしょう」
「え?」
「忘れたのですか? 大通を皆で歩いたとき、あなたの簪を拾った男がいたでしょう」
朔夜は記憶を辿る。
ほんの二日前のことなのに遠い昔のように感じられる光景。そうして、浮かんだ顔は──。
「……あっ!」
思い出した。一瞬の出来事だったので、すっかり忘れていた。あのとき、大通で簪を拾った男は紛れもなく猿丸だった。
朔夜はがくりと肩を落とし、座り込んだ。
西道を殺りそこねた上に、猿丸に正体がバレてしまうなんて。ここまでの醜態をさらしたのは宵狐となってから初めてのことだ。
「まあ、そう気落ちなさらずに」
穏やかに言う東風を尻目に、朔夜はガバっと立ち上がる。
「朔夜? 大丈夫?」
環が言う。
朔夜は返事をせずに、棚に向かって引き出しを開けた。そうして中に収まっていた筆や紙、墨汁を取り出した。
「ど、どうしたの?」
「返事を書く」
「ええ?」
「どうにかして会って、あの簪を返してもらわないと」
だが、朔夜が円卓の前に座ると、東風が筆や紙をするりと奪い取った。
「あ!」
「まあまあ、そうカッカしないで」
朔夜は瞳に力を込めて、東風を睨みつけた。
「あの簪、絶対返してもらわないといけないの!」
すると、東風は朔夜を安心させるようににっこりと微笑んだ。
「わかってます。大丈夫、大丈夫。わたしに任せてください」
東風は紙を広げ、朔夜の代わりに筆を持つ。
そうして淀みなく、さらさらと文字を書き始めた。
「朔夜の名前、借りますよ。あくまでもあなたからの返事、ということで」
「じゃあ、わたしが書いたっていいでしょ」
「だめだめ、朔夜は壊滅的に字が下手くそですから。こういうのは体裁が大事なんです。相手から舐められるようなことがあってはなりません」
朔夜は頭を棒で叩かれたような気分になった。文句を言おうと口を開いたまさにそのとき、東風は朔夜を見据え、にっこりと笑った。
「丁寧なお手紙には、こちらも品のある内容をお返ししなければなりませんからね」




