第11話 相棒と、肩を並べて
「懸賞金!?」
唐突な言葉に、猿丸は勢いよく起き上がった。
「宵狐に関する、有力な情報を提供した者には金銭百枚。身柄を渡したら金銭五百枚だって」
猿丸は眉をひそめた。
西道の襲撃は確かに大事件ではあるが、即座に懸賞金がかかるなど、猿丸の知る限りでは前例がなかった。つまり、憲衛隊も宵狐の確保に躍起になっていることになる。
「……どういうことだ。何者なんだ、あの宵狐は」
思い返せば、西道の依頼も違和感があった。元最高審問官である西道なら、公費で憲衛隊に護衛を依頼できるのに、ならず者の集まりである黒鉄組にわざわざ依頼した。さらに、西道が襲われる前に暗殺された、政治団体の代表者・高宮。その事件についても、新聞記者は実行犯が宵狐だという情報を掴んでいたという。だが、その情報はどういうわけかまったく公開されていない。
宵狐の存在を隠すような動きがある一方で、憲衛隊は懸賞金までかけ、広く情報を募ろうとしている。宵狐の存在を伏せたい者と、公にしてでも捕らえたい者──まるで二つの立場が対立しているような、そんな構図になっているのだ。
そしてもうひとつ、猿丸が疑問に思っていることがあった。それは、花形が暗転とともに宵狐となり、西道を襲撃した一連の流れだった。
普通に考えれば、宵狐と花形は別々の人間が演じた方が都合がいい。
月影の協力を得るにしても、宵狐は一座とのつながりを隠して動いた方が、足がつきにくい。だが、実際の襲撃では宵狐は舞台上では花形を演じ、そのあと宵狐となり襲撃した。
この作戦は、花形──もとい宵狐の力量にあまりにも頼りすぎているのだ。おそらく、月影の中では宵狐がもっとも、踊り子としての素質があり、暗殺者としてもずば抜けているのだろう。そうでなければ、あそこまで彼女一人に頼った作戦は実行できないはずだ。
だが――。
猿丸は僅かに顔を伏せ、口元を引き締めた。それにしても、宵狐の行動は思い切りが良すぎる。猿丸は極道という立場上、これまで捨て身の覚悟で戦いに身を投じる人間を何人も見てきた。一瞬、宵狐もその類の人間かと思ったが、戦いを終えたいま、そうではないと断言できる。
猿丸の脳裏に先ほどの激戦が蘇る。宵狐は、呪印の炎を右腕に受けたとき、左手で小太刀を握った。呪印の殺気を一身に受けながら、それでも刃を向けることを選んだのだ。あれは、呪印への恐れ以上に勝てるという確信があったから、もしくは呪印の手がかりを掴もうとしていたからに他ならない。つまり彼女は、これまで捨て身で自分に向かっていた敵とはどこか違う。その行動には“生”への意思をはっきりと感じるのだ。
考えれば考えるほど謎が深まっていく。
宵狐はなぜ、危険な襲撃に敢えて身を投じているのか。その裏に何が隠されているのか。好奇心が喉元から沸々とせり上がってくる。
猿丸は思わず、久世の横顔を見やった。
──なあ啓思。宵狐のこと、調べてみねえか。
そう言いかけて、猿丸は押し黙った。久世とは数年前、黒鉄組の一兵としてともにこの天原の地を駆け抜けていた。何度も共闘し、何度も命を救われた。自分の背中を任せられるのは久世しかいない。きっと、彼も同じことを思っているだろう。だがそれは数年前までの話。いまはもう立場が違う。猿丸は組で一目置かれているとはいえ、正式な役職はない。一方で久世は若頭。昔のように、気軽に行動をともにするのは簡単なことではないのだ。猿丸は大きく息を吸い、自らの願望を無理矢理抑え込んだ。
「フーン。じゃあ、とっとと月影が寝泊まりしてる宿を調べて、宵狐を憲衛隊に引き渡すとするか」
「え?」
「そうすりゃ、金銭五百枚貰えるんだろ?」
「そうだけど、いいの?」
「何が?」
「あっさり憲衛隊に引き渡して。宵狐に興味があるんだとばかり思ってた」
猿丸は再び押し黙った。宵狐周りのことで知りたいことは山ほどある。だが、素直にそう言いだせなかった。興味本位でこの襲撃事件に深入りすれば、ややこしいことに巻き込まれるのは目に見えていた。なにより、黒鉄組の一員として、好奇心以上に優先しなければならないことがある。
「興味なんてねえよ。それより金だ。そうだろ」
久世は猿丸の顔をじっと見つめたかと思うと、突然、大声で笑いだした。
猿丸は慌てて両手で久世の口を塞ぐ。
「馬鹿! 憲衛隊に気づかれる!」
「ふぉげんふぉげん(ごめんごめん)」
久世はひとしきり声を押し殺しながら笑い転げたあと、猿丸の手を外した。笑い過ぎたのか、その瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。久世はそれを指で拭いながら、静かに言った。
「猿くんさ、僕が寝不足の若頭だと思って、気遣ってるでしょ?」
唐突な指摘に、猿丸は黙った。図星だ。
──どうする? どう誤魔化せば……。
すると、久世は再び噴き出した。猿丸は堪らず、がくりと頭を垂れる。
──この野郎、俺の心を読みやがって。
見透かされた気恥ずかしさを持て余し、猿丸は大きくため息をついた。だが久世は、どこか嬉しそうな表情を浮かべたままだ。その瞳には、ともに天原を駆け抜けていたころと同じ、懐かしい好奇の光が宿っていた。
「一緒に調べよう、彼女のこと。だって、知りたいから」
久世の声には、どこか待ちきれないような、うずうずとした響きがあった。猿丸はしばらくその言葉を飲み込むことができず、目を見開いたまま呆然と久世を見つめた。やがて返事をする代わりに、にやりと口の端を吊り上げた。




