6 回想Ⅲ
カチカチという音がする。
全身の震えが止まらなくて、上の歯と下の歯が細かくぶつかりあっている。
ここは、道場の広間の中で、わたしの足元には、お母さんが倒れている。お母さんの身体から流れ出る血が、雨の日の水たまりみたいになっていた。
「お母さん……?」
わたしの声に、お母さんはピクリとも動かない。
そして――目の前には、こちらを睨みつける紗久弥の姿があった。
目が血走り、荒い息を吐いて、手には薙刀が握られている。その薙刀の切っ先は、べったりとした赤色で染まっている。
わたしたちの周りには、道場に通っている他の女の子たちの身体が、いくつも転がっていた。そのどれもが、赤い水たまりの中に沈んでいる。
意識は無いのに、時折ぴくぴくと動いている子、声にならない声で何かを叫んでいる子、完全に動かなくなってしまった子――ここは、地獄だ。
そして、誰がこの地獄を作ったのかは、明らかだった。
「どうして……紗久弥ちゃん……!」
彼女の目からは、これまでのような優しさは無くなっていて、どうしてか、目の奥には、何か模様みたいな光が、赤く輝いていた。紗久弥はぜえはあと、荒く呼吸をして、周囲をうかがっていたけれど――
「……!」
わたしの方を見ると、赤い液体がしたたる薙刀を構えながら、ゆっくりとこちらの方へと歩き始めた。
「紗久弥ちゃん! どうして!」
わたしの言葉には答えてくれず、紗久弥はまた一歩、力強くわたしの方へと近づいて来た。その度に、わたしは一歩、後ろに後ずさった。
「ひっ……!?」何かが背中に当たる感触がして、思わず声が出た。後ろを見ると、背中に当たっていたのは壁だった。
どうしよう、これ以上は後ろに下がれない――。
その時、わたしの目にあるものが映った――薙刀だ。薙刀が、背後の壁に何本か並べられている。それらは、わたしが立っている場所からは少しだけ離れていたけど、手を伸ばせば届きそうな所にあった。
「う、うう……は……」
怖くてすぐには体がうまく動かなかった。動け、動けと強く願いながら、指先に、肘に、腕全体に力を入れて、わたしは少しずつ、並べてある薙刀の一本に手を伸ばしていく。限界まで手を伸ばすと、ギリギリの所で薙刀に触れることが出来た。
わたしは必死にそれを手繰り寄せ、紗久弥の方を向きながら、それを構えた。今にも身体中から力が抜けて、膝が崩れてしまいそうだった。
「紗久弥ちゃん、やめようよ……戦いたくないよ……」
わたしの言葉は、紗久弥には届いている様子は無かった。「ガァッ!」という、今まで聞いたことも無い、暴力的な声を上げて、彼女はわたしの方へと薙刀を構えた。明らかな殺意。震える全身になんとか力を入れて、わたしも戦闘態勢を取る。
「やだ! やめて! 紗久弥!」
これまでの模擬戦で、紗久弥と勝てたことは一度も無かった。それが意味する結末を考えると、わたしは今にも気絶してしまいそうだった。
でも、やらなきゃ、こちらがやられて……!
「いやあああぁぁ!」
わたしは言葉にならない何かを叫びながら、紗久弥に向って薙刀の刃を突き出した。紗久弥も同じように、わたしへと刃を突き出す。お互いの刃が、お互いの肉体に向かって突き進んでいく。
「ギアアアァ!」
奇声と同時に、わたしの視界の中では、わたしの放った一閃が、紗久弥の左目付近を切り裂くのが見えた。かと思えば、紗久弥の顔から凄い勢いで赤い液体が吹き出してきて、わたしの顔に、何かべっとりとしたものが当たる感覚があった。紗久弥は膝から崩れ、その場に倒れた。
「紗久弥ちゃん!?」
わたしは我に返って、紗久弥に走り寄った。
「アァ……アアァ……」
うめき声を上げる紗久弥の身体から、徐々に力が抜けていくのが分かった。
「そんな……私が、紗久弥ちゃんを……」
わたしは紗久弥の手を握った。あの時、わたしを孤独から救ってくれた彼女の手。徐々に力が抜けていくその手を、わたしは強く握った。
「いや! 紗久弥は、わたしが死なせないから!」




