5ー4 英
外へ出ると辺りは夕焼けに染まっていた。
エマも今、同じ夕焼けを見上げているのだろうか。
客間に戻ると、一瞬見知らぬ人が縁側に座っているのかと思い、俺は困惑した。
「あ、楠原……」声を聞いて、その人物が朱音であると分かった。
「朱音か……目が覚めてたのか」
「うん……」
「服、着替えたのか?」
「まあな。秋月のおっさんに、何着か置いて置いてもらってるんだ」
そう言って、朱音は縁側から夕焼け空を見上げた。その静かな振る舞いと、服装が変わったことが相まって、まるで別人のように感じられた。
「そうやって普通の服を着てると、朱音も普通の女の子って感じだな」
「ふ、何言ってんだか」
「隣、座っていいか?」
「なんでアタシに聞くんだよ。好きにしろよ」
俺は朱音の隣に腰を下ろす。ここから見える夕焼け空と、オレンジ色に染まる景色はやはり見事で、この平穏が永遠に続くような気持ちにすらなってしまう。だが、このままここに座り続けていても、自分たちの置かれている状況が好転することは無い。
「エマとは、まだ連絡はついてないみたいだ」
「そう……」
朱音は遠くへと視線を向けたまま、小さくそう呟いた。
――誰にも知られずに一人で戦うのは、孤独すぎる。
先ほど秋月さんが放った言葉が、俺の中で渦巻いていた。孤独に戦ってきた朱音にとって、エマの存在は心の支えになっていたのかもしれない。そんなエマと連絡が付かなくなって、そろそろ1日が経とうとしている。朱音は今、何を考えているのだろうか。
「俺は、朱音のこともエマのことも、まだ全然知らないけどさ、エマもきっと今、朱音のことを心配してるんじゃないかと思う。そして俺も今、朱音のことを心配してる。また倒れたりしたら困るしな」
朱音は遠くを見たまま動かない。俺は言葉を続ける。
「強くて、自信があって、誰にも負けないんだっていう意志みたいなものを、昨日までの朱音からは感じてけど、それは、本当の朱音の姿というよりも、エマの前や、他のみんなの前で見せておきたい姿だったのかもしれないなって、今は思ってる。それが駄目なことだって言いたい訳じゃ無くて……むしろ、並大抵の精神力じゃ出来ないことだ。俺にだって出来ない。だから、朱音は本当の意味で強いし、凄いと思う」
朱音はなおも無言のまま、わずかに視線を足元へと向けた。
「ただ、ここで今、エマのことを心配し続けて、朱音が消耗するのは、いいことだとは思えない。朱音が今するべきことは、自分のことをいたわることなんじゃないかな……戦う時に備えるって意味でもさ」
朱音は視線を足元へ向けたまま、静かに目を閉じた。
「……楠原って、時々鋭いこと言うよな」
「やっぱり時々なのかよ」
「ふふ」朱音が俺の方へと体重を傾けた。「楠原の言うとおりかもしれねーな」
朱音の方を見ると、目を閉じていたので、また気を失うのではないかと一瞬焦ったが、そうはならなかった。
「なんていうか、その、ありがとう……」
その小さな呟きを聞いて、俺は少し安心した。昨夜のトラックでも朱音は俺の方へと身を預けてきた――朱音も、ずっと誰かに寄りかかりたいと思っていたのだろう。
こうして、普通の服装をしていれば、朱音だって一人の小さな女の子だ。だが、エマや秋月さんの前では、なかなか弱みを見せづらいのだろう。親の仇、JCOを倒すという強い意志を示すために、強い姿であり続けなければならないのだから。
朱音が感じている重圧を、今この瞬間だけでも軽減してあげることが出来れば、俺がここに居る意味もきっとあるはずだ。
「おっと……」
朱音が突如、体を離した。その視線を追うと、ちょうど秋月さんがこちらへ向かって歩いてくる所だった。俺もなんとなく気恥ずかしさを覚えて、立ち上がって秋月さんの方を向いた。
「みんな、揃ったな」
秋月さんは真剣なトーンでそう言うと、自身のMRDを操作し始めた。
「昨日もらったデータの比較結果が出た」
俺は朱音の方を見る。朱音も俺の方を見て、互いに頷いた。
*
俺と朱音、秋月さんは客間の中央に集まり、円を作るように座った。その円の真ん中の空間には、いくつかのARディスプレイが表示されている。秋月さんがMRDを操作して投映したものだ。
「72時間10分32秒の音声データから抽出された人物は24人。そのうち、40%は英介本人による音声メモだ。残りの音声データは、二十三名に対する取材のログ。それぞれが、一時間から二時間程度の取材を受けたと考えられる。つまり、音声データの分布について、この二十三人に大きな差はない」
「じゃあ、特に注目された人物は居なかったということですか?」
「データ長だけ見ればな。だが、これを見て欲しい」
秋月さんは別のARディスプレイを拡大して見せた。
「これは取材データをテキスト化して得られたワードクラウドだ。このずば抜けて大きく表示されている〝岩垣〟という単語が、全音声データの中で8823回出現している。およそ30秒に1回の頻度だ。要するに、英介にとって、かなり重要な単語であると考えられる」
「〝岩垣〟……人物名のように見えますが」
「ああ、私もそう考えた。そこで、次はこの〝岩垣〟というワードをテミスネットの検索エンジンに掛けた。テキストではなく、画像検索でな。画像検索で得られた画像の中から、人間の顔と認識された画像を片っ端から保存して、英介のMRDの中にある動画データとその画像を比較した。すると、大当たりだ。最終的に、この人物に突き当たった」
秋月さんは別のARディスプレイを引っ張ってきた。そのディスプレイに映っているのは、白髪の男性だ。
「この男は……!」朱音も気付いたのだろう、声を荒げた。
「なんだ、知っているのか?」
「昨日の夜、アタシ達を襲った連中の中に、こいつが居たんだ」
「なに……?」
「どういう人物なんですか? この男は」
秋月さんが新たなARディスプレイを投影した。そこには、白髪の男と、角張ったデザインのロゴらしきマークが表示されている。
「この人物の名前は岩垣達夫。セーフティストラテジーの創立者だ」
「セーフティストラテジー?」
「警備会社だよ。それもかなりの大企業だ。日本の有名企業の多くが、この会社に警備を委託している。国内だけじゃなく、海外の要人を警護することもある。岩垣は日本の陸上自衛隊に三年在籍していた。退職後はフランス外人部隊に十五年ほど所属していたようだ。その後、日本に帰国して、セーフティストラテジー社を立ち上げた。役職としては戦術顧問となっているようだな」
「ふうん……確かに、あのおっさん、かなり戦いに慣れている感じだったな」
「さらに、この男は参議院議員として活動していた時期もあったようだ」
参議院議員という言葉を聞いて、頭の中で映像が一瞬フラッシュバックした。
「そういえば、配信映像か何かで、名前を見たことがあるような……」
「当時のニュース記事をさらってみたが、どうやら記憶の電子化を規制する法律を積極的に支持する活動を行っていたようだ。そして、例の記憶保全法が制定された直後、彼は辞任している。その後はセーフティストラテジーに出戻り、現在に至るというわけだ」
「……そう言えば、岩垣は、JCOとの繋がりを匂わせるようなことを言っていました」
「ああ、アタシも覚えてるぞ」
「〝正確にはJCOでは無い〟って言ってたな。そのセーフティストラテジーって会社とJCOは、何か関係があるってことか」
「ふむ……」秋月さんは右手を額に当て、少しだけ考え込んでから言った。「ちなみに、セーフティストラテジーは、コネクトセンターの警備担当をしている会社でもある」
「じゃあ、やっぱり……!」
「だが、それはセーフティストラテジーの実績を考えれば妥当とも言えるし、もし本当に、岩垣にそのようなことを言われたとしても、内容自体に間違いは無いということになるな」
「くそ……あの時、あいつの言動を全天球カメラで一部始終を撮っておくんだった」
そう言って、朱音はあの槍――アークシータの方をちらりと見た。
「個人的にひとつ、気になっていることがある」と秋月さん。




