4 回想 Ⅱ
「最近、このあたりも物騒だよなあ」紗久弥は、ぼんやりとした口調でそう言った。
わたしと紗久弥は、本屋で一緒に選んだ漫画を買って、わたしの家に向かっていた。〝物騒〟というのは、ここ数日このあたりを騒がせている、猟奇殺人事件についてのことだ。
「もう、十人くらい、だよね……」
「あたしたちの道場の近くでも、あったらしいよ」
夜、ひとりで家に帰ってる途中で、知らない人が目の前に現れたら――。
そして、その知らない人が、包丁を持ってこちらを凝視していたら――。
その人が、突然こちらに走ってきたら――。
「うぅ……怖いなぁ」
「いやいや、あたしたちは、コレでバーン! ってやっちゃえばいいじゃん!」
そう言いながら、紗久弥は手に持っている薙刀を構えた。
「紗久弥ちゃんは、出来るかもしれないけど……わたしは無理だよぉ……」
「大丈夫! あたしが、朱音のことも守ってやるよ!」
「えっ……う、うん……」
紗久弥ちゃんは、聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまうようなことも、平気で言う。でも、紗久弥ちゃんが言うと、とても格好いい。
そんな話をしているうちに、わたしたちは、わたしの家の前までやって来た。紗久弥ちゃんと話をしていると、家までの長い道のりも、あっという間に終わってしまう。わたしはどぎまぎしながら、家の郵便受けを開いた。
「あ……」
郵便受けの中に入った一通の封筒を見て、さっきまでの楽しい気持ちは、どこかへ消えてしまった。
「どうしたの?」
何の飾り付けもされていない、茶色い封筒。わたしは出来るだけ何も感じないようにしながら、郵便受けの中に手を伸ばした。
「……」封筒には、いつものように〝朱音へ〟と書かれている。
「あ〜。お父さんからの手紙か。そういえばそんな時期だもんね」
九重英介――わたしのお父さんは、フリージャーナリストだ。
お父さんは、色んな場所へ飛び回って、世界の秘密を暴こうとしている。ときには内戦中の遠い国へ行って、戦いの渦中に置かれた人々の声を書き留める。ときには最先端の研究所を訪れ、まだ誰も見たことの無い技術について取材をする。
だけど、わたしの近くには居ない。
お父さんの記憶に、わたしの姿は書き留められない。代わりに月に一度、こうして手紙が送られてくる。わたしと過ごす代わりに、どこかで誰かと過ごした時間が書き留められている。
わたしは、もう二年以上、お父さんから届く手紙を開くことが出来ずに居る。この封筒を開いて、手紙を読んでしまえば、きっとわたしは嬉しくなってしまう。そしたらきっと、わたしはお父さんを許してしまう――そんな気がするから。
だからわたしは、茶封筒を乱暴に鞄の中にしまい込んだ。
「手紙、まだ読んでないの?」
「……うん」
こんなとき、紗久弥がいると、気まずい気持ちになる。この手紙のことに触れて欲しくないのに、そんなことお構いなしに、紗久弥は踏み込んでくる。
「ふうん。そうかあ」
でも、紗久弥はこんなわたしを、否定も肯定もしないでいてくれる。
「そんじゃ、今日は何しよっか?」
そう言いながら、紗久弥はわたしの手を引いてくれる。その手から伝わる温度が、わたしを嬉しい気持ちにさせてくれる。
「さっき買った、漫画、読もうよ……」
「えー! それ、朱音が1巻を読み終わるまで、待たなきゃいけないやつだろ!」
「うーん……わたし、頑張って速く読むね」
「じゃああたし、朱音の後ろから一緒に読むね!」
「紗久弥ちゃん、読むの遅いから……」
「なにい!」
紗久弥は、わたしを対等に扱ってくれる。喋るのが上手くなくても、薙刀が上手くなくても、歳がひとつ違っていても――。
それが、とても心地よかった。一緒に居ると、安心できた。
わたしは、紗久弥の手の温度に気持ちを集中させながら、家の扉を開いた。




