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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
CODE: 02 〈九重朱音 編〉

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4 回想 Ⅱ

「最近、このあたりも物騒だよなあ」紗久弥(さくや)は、ぼんやりとした口調でそう言った。


 わたしと紗久弥は、本屋で一緒に選んだ漫画を買って、わたしの家に向かっていた。〝物騒〟というのは、ここ数日このあたりを騒がせている、猟奇殺人事件についてのことだ。


「もう、十人くらい、だよね……」

「あたしたちの道場の近くでも、あったらしいよ」


 夜、ひとりで家に帰ってる途中で、知らない人が目の前に現れたら――。


 そして、その知らない人が、包丁を持ってこちらを凝視していたら――。


 その人が、突然こちらに走ってきたら――。


「うぅ……怖いなぁ」

「いやいや、あたしたちは、コレでバーン! ってやっちゃえばいいじゃん!」


 そう言いながら、紗久弥は手に持っている薙刀を構えた。


「紗久弥ちゃんは、出来るかもしれないけど……わたしは無理だよぉ……」

「大丈夫! あたしが、朱音のことも守ってやるよ!」

「えっ……う、うん……」


 紗久弥ちゃんは、聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまうようなことも、平気で言う。でも、紗久弥ちゃんが言うと、とても格好いい。


 そんな話をしているうちに、わたしたちは、わたしの家の前までやって来た。紗久弥ちゃんと話をしていると、家までの長い道のりも、あっという間に終わってしまう。わたしはどぎまぎしながら、家の郵便受けを開いた。


「あ……」


 郵便受けの中に入った一通の封筒を見て、さっきまでの楽しい気持ちは、どこかへ消えてしまった。


「どうしたの?」


 何の飾り付けもされていない、茶色い封筒。わたしは出来るだけ何も感じないようにしながら、郵便受けの中に手を伸ばした。


「……」封筒には、いつものように〝朱音へ〟と書かれている。


「あ〜。お父さんからの手紙か。そういえばそんな時期だもんね」


 九重(ここのえ)英介(えいすけ)――わたしのお父さんは、フリージャーナリストだ。


 お父さんは、色んな場所へ飛び回って、世界の秘密を暴こうとしている。ときには内戦中の遠い国へ行って、戦いの渦中に置かれた人々の声を書き留める。ときには最先端の研究所を訪れ、まだ誰も見たことの無い技術について取材をする。


 だけど、わたしの近くには居ない。


 お父さんの記憶に、わたしの姿は書き留められない。代わりに月に一度、こうして手紙が送られてくる。わたしと過ごす代わりに、どこかで誰かと過ごした時間が書き留められている。


 わたしは、もう二年以上、お父さんから届く手紙を開くことが出来ずに居る。この封筒を開いて、手紙を読んでしまえば、きっとわたしは嬉しくなってしまう。そしたらきっと、わたしはお父さんを許してしまう――そんな気がするから。


 だからわたしは、茶封筒を乱暴に鞄の中にしまい込んだ。


「手紙、まだ読んでないの?」

「……うん」


 こんなとき、紗久弥がいると、気まずい気持ちになる。この手紙のことに触れて欲しくないのに、そんなことお構いなしに、紗久弥は踏み込んでくる。


「ふうん。そうかあ」


 でも、紗久弥はこんなわたしを、否定も肯定もしないでいてくれる。


「そんじゃ、今日は何しよっか?」


 そう言いながら、紗久弥はわたしの手を引いてくれる。その手から伝わる温度が、わたしを嬉しい気持ちにさせてくれる。


「さっき買った、漫画、読もうよ……」

「えー! それ、朱音が1巻を読み終わるまで、待たなきゃいけないやつだろ!」

「うーん……わたし、頑張って速く読むね」

「じゃああたし、朱音の後ろから一緒に読むね!」

「紗久弥ちゃん、読むの遅いから……」

「なにい!」


 紗久弥は、わたしを対等に扱ってくれる。喋るのが上手くなくても、薙刀(なぎなた)が上手くなくても、歳がひとつ違っていても――。


 それが、とても心地よかった。一緒に居ると、安心できた。


 わたしは、紗久弥の手の温度に気持ちを集中させながら、家の扉を開いた。

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