3ー3 凶炎
「朱音、後ろ! 銃!」
「ちいっ……!」
朱音は振り抜いた反動に従い、右足を軸に身体を回して白髪の男の方を向いた。朱音が左足で勢いを止めて白髪の男と向き合った時、銃口は朱音の方を向いていた。
朱音は向けられた銃口を避ける素振りもせず、槍を両手で握り直し、そのまま身体を白髪の男に向かって一歩踏み出した。銃声の直後、朱音の表情が一瞬曇る。だが、朱音は前傾姿勢のまま、白髪の男に向かって突進していく。
「うお、マジか」男は驚きの声をあげた。流石にこの動きは予想外だったのだろう。朱音の槍が、男の右手目掛けて真っ直ぐ突き出されたが、白髪の男も、身体をひねり、それを受け流した。
「そら!」白髪の男が朱音の足を払うように自身の足を滑らせた。朱音は槍を地面に突き立て、両手で柄を掴んだまま跳躍した。白髪の男の足が空を切り、朱音は槍を軸に高く前転する要領で地面へ再び降り立つ。
「そらァ!」朱音は槍を引き抜くと、再び横に凪いだ。白髪の男は軽く後ろに跳躍しそれをやり過ごす。朱音は引き下がらず、小刻みに切っ先を白髪の男へと突き立てていく。
「うおっ」白髪の男が持っていた拳銃を槍の切っ先が弾き飛ばした。
「いてってて……」白髪の男が数歩後ずさりし、右手を振った。その手からは血が滴り落ちている。
「お嬢ちゃん、いい動きするねえ」白髪の男は、負傷したにも関わらず、にやついた表情で朱音を見た。「やっぱ銃は駄目だな〜。距離詰められたら終わりだわ」
弾き飛んだ拳銃が近くに落ちたのを見て、俺は咄嗟に振り払われた拳銃を拾い上げた。白髪の男は一瞬俺の方を見たが、すぐに朱音の方に向き直った。
「ちゃんと狙って撃たないと、そっちの子に当たっちまうから、気をつけろよ〜」
そう言うと、白髪の男は姿勢を整え始めた。先程とは打ってかわって、腰を低く、拳を前に構えた。
「よっ!」俺が拳銃を向けているにも関わらず、白髪の男は止まることなく、朱音の方へと踏み出した。
「ぐ……!」朱音は槍を両手で回して、白髪の男を牽制する。その目まぐるしく動く槍をかわしながら、白髪の男が朱音に徐々に迫る。朱音が一際大きく横に振り払った槍をしゃがみ込んでかわし、その姿勢から両手を地面に付いて蹴りを繰り出した。
「うっ」朱音の脇腹あたりに男のつま先が深く入るのが見えた。それでも朱音は倒れる事無く、槍を振り上げた。
「おっ! ほっ! はっ!」朱音が槍を振り下ろす前に、男は軽快に身体を前へと転がす。
「朱音……! くそ……!」
白髪の男が朱音から少し距離を取った今がチャンスだ。そう考えた俺は、手にした銃を両手で構え直し、白髪の男へ照準を合わせる。男は前転した勢いで身体を弾くように持ち上げ、地面に降り立つ所だった。
(迷っていたら間に合わない……!)
耳元で轟音が聞こえ、両手に強い衝撃が走る。俺は白髪の男に向かって引き金を引いた。白髪の男の方を見ると、男は自分の身体を少しまさぐってから、こちらを見て両手を上げた。
「残念だったな坊や」
「よそ見してんなよ!」間髪入れずに朱音が追撃する。
「おっと」斜め後方からの攻撃にも関わらず、白髪の男は身体を翻してそれを受け流す。そして――
「はっ、ほっ、はっ、ほっ!」
突然、白髪の男は朱音や俺の居る方向とは逆の方向に向かって走り出し、そのまま、道路の途中にある角を曲がっていった。
(逃げた、のか……?)
そう思った直後、白髪の男が消えたあたりからエンジン音のような轟音が響いた。
「ちっ……楠原! MRDだ!」
そう叫んだ朱音は、黒服の男達がうずくまっている方へと走り出した。振り返ると、先程の黒服の男達が朱音の槍による負傷――とはいえそれは重症という程ではない――に顔を歪ませつつ、それぞれが体勢を整えようとしていた。そしてそこから10メートルも無い距離に、MRDが落ちている。
「くそ!」その場所へ向かって俺は走り出した。だが、黒服の男のうちの一人が立ち上がり、足元に落ちている銃を拾おうとしているのが見えた。銃を取られたら終わりだ……!
(間に合えっ!)
その男が銃を拾う前に、俺は全身に力を入れ走った。そして、男が手にする前に、なんとか足で銃を蹴り飛ばした。黒服の男は、なおもこちらに攻撃を仕掛けようと、拳を構えようとする動きを見せる。
「おあら!」完全に体勢が整い切る前に、俺はその男の腹部目掛けて膝を振り上げた。
膝蹴りが腹部に直撃し、男は「ぐふ」とうめき声をあげて、再び地面に伏した。蹴りの反動が膝を伝わり、全身が響くのを抑えながら、俺は体勢を崩さないようしっかりと足を踏み込む。
「せいや!」後ろから来ていた朱音も合流し、周囲の男達に槍の柄の底を食らわせていく。男たちを再び無力化した朱音が、MRDの方へ走り寄る。が――朱音がMRDに手を伸ばしたその刹那、一台のバイクが前を通り過ぎ、MRDをさらっていった。
「お嬢ちゃん惜しかったな!」少し離れた所でバイクを停止させ、白髪の男は挑発的にそう言った。「なかなか楽しめたよ。それじゃあな!」白髪の男はそう言い残すと、再びバイクを始動させた。その後姿は急速に小さくなり、角を曲がって視界から消えた。
――唯一の証拠品となりうるMRDを奪われてしまった。
流石に走って追いつくことは無理だろう。俺は白髪の男が消えていった道路をただ眺めることしか出来なかった。
「はは、は……うぅっ」
うめき声と共に倒れる音が聞こえて振り向くと、朱音は槍により掛かるようにして崩れ落ちていた。朱音の方に走り寄ると、朱音は何故か、してやったりという表情をしていた。
「朱音……どうした?」
「へへ、あいつに一発かましてやったのさ……」
そう言って、朱音は先程MRDを取り出したポケットとは反対の方から、もうひとつMRDを取り出した。
――それは、間違いなく英介のMRDだ。
「……おまえ、じゃあ、さっきのMRDは……」
「あれはアタシんだよ、あいつ、結構バカなやつだな……ぐっ!」朱音はそうほくそ笑んだ後、顔をゆがめた。
「……! 朱音、左足が……」良く見ると、朱音の左足のふとももから出血している。
「大丈夫だよ。かすっただけだ」
言葉では大丈夫だと言っているが、その声はかすれている。
「それより、エマが……」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「そんなことじゃない!」朱音は俺に鋭い視線を向けた。「行くぞ!」そう言って、朱音は左足をかばいながら、大型トラックが炎上している方へと歩き出した。
周囲を見ると、いつの間にか黒服の男達も消えていた。俺はすぐに追いかけ、朱音の肩を支えながらトラックの方へと近づいていった。
「……」いざ近づいてみると、炎の勢いの大きさに圧倒されてしまった。朱音もまた、不安げな様子で炎を見つめていたが、徐々に現実味を感じ始めたのか、その表情は今にも泣きそうなものへと変わっていった。
「エマ――!」朱音があらん限りの声でエマの名を呼んだ。「エマ! 居たら返事してくれ!」
俺も出来る限り大きな声でエマを呼んだ。だが、さきほど大型トラックに突っ込まれてから、あの白髪の男が去っていくまで、かなりの時間が経過しているはずだ。もし脱出できたならば、もうここには居ないはずだ。
そして、もし脱出が出来ていなかったとしたら、もう既に――
その後、何度かエマの名前を呼んでみたり、周辺を探してみたものの、エマの姿は見当たらなかった。
「うぅ……!」朱音が槍を手放し、火の手があがるトラックの方へと走り出そうとした。「よせ!」俺は間一髪のところで朱音の手を掴み、それを制止した。朱音は俺の方を一瞬睨んだが、すぐに悲しげな顔をして、「そう、だな」とだけ答えた。
どこからかサイレンの音が聞こえ始めた。ここに居続けるのはよくないだろう。
「エマは……大丈夫だ。こんなことで、死ぬやつじゃない」
その言葉は、俺に向けられて放たれたものか、それとも自分自身に向けてだろうか。
「……ああ、きっと逃げられたさ」
根拠は無かったが、俺も朱音の言葉を肯定した。そして、俺と朱音は、少しの間だけ、その場に立ち尽くした。
なおも勢いを増していく炎が、夜の闇に消えていくのをただ見つめ続けながら、ただただエマの無事を祈った。




