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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
CODE: 02 〈九重朱音 編〉

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2 回想 Ⅰ

 地面をこする音と、怒号のような声がわたしの周りで鳴り響いている。ここは、戦場だ。


「せえいっ!」怒号とともに、わたしへと向かって放たれた一閃。わたしはその太刀筋に合わせて、手にした薙刀(なぎなた)を下からぶつけていく。


「やあっ!」わたしの刃が、相手の刃を弾いた。その反動で、相手に僅かな隙間が生まれる。ここだ――!


「はあっ!」


 その隙間へ、わたしは刃を薙いだ。懐へ打ち込んだ感覚があった。これで終わりだ。そう思った。


「ふっ!」


 だけど、突如、相手は糸が切れた人形のように、身体をくねらせた。


 わたしの刃は、それまで相手の頭があった空間を通り過ぎていき――


「はい!」という声の直後、あたまの中が大きく揺れた。上から下へと向かう衝撃に、身体全体が引っ張られる。


「きゃっ……!」


 床に倒れた私の鼻先には、薙刀が突きつけられていた。


――また、負けちゃった……。


「はあ……はあ……朱音、大丈夫か?」


 目の前に立つ女の子――南條(なんじょう)紗久弥(さくや)は、突きつけた刃を引いて、代わりに左手を差し出してくれた。


「うう……今のは、行けたと思ったのにな……」


 そう言いながら手を伸ばすと、紗久弥はわたしの手を取った。力強く、温かいその手に、わたしはなぜか少し緊張する。


「確かに今のは危なかった! ははは!」


 わたしは、一度も紗久弥に勝ったことが無い。それでも、紗久弥はいつもこうやって、笑ってくれる。


 紗久弥が自分の荷物の方へ歩いて行くと、その周囲にはすぐに人だかりができた。


「紗久弥ちゃん、かっこいよかった〜!」

「紗久弥さん、今の動き、どうやったの!?」


 紗久弥は、この道場で一番強くて、自信に溢れていて、とても輝いてる。それなのに、誰にでも対等に接してくれる。みんなにも、わたしにも。


 ときには自分の意見をはっきりと言って、男の子よりもかっこいい服を着こなす――だから女の子からも告白を受けるくらいだ。この道場のみんながそうであるように、わたしにとっても、紗久弥は憧れの存在。


 そして、そんな紗久弥の横顔を見て、勝手に悲しい気持ちになっているのが、わたしだ。


 この道場――九重流(ここのえりゅう)薙刀術(なぎなたじゅつ)の師範代の一人娘。それがわたし。


 わたしには、薙刀の才能はあまり無い。そのことは、この道場のみんなが知っている。師範代である、わたしの母も。


 だけど、誰も何も言わない。わたしは師範代の娘だから。


 わたし自身も、戦うことはあまり好きじゃ無いから、そのことは別にいい。


 けれど、せめて紗久弥のように、自分に自信が持てたら、どんなにいいか。


 誰かと話すときに、緊張することが無くなれば――言葉を選ぶだけで、時間が掛かってしまうことが無くなれば、どんなにいいか。


 道場から帰る時間になると、わたしは毎日そんなことを思いながら、ひとり荷物をまとめ始める。そして、誰の視界にも入らないようにしながら道場を出る。


「雨……」


 雨が降っている日は、なんだか安心する。空だって、毎日晴れていなくてもいいんだ――そんな気持ちになる。だから、わたしも――。


「あーかねー! 待ってー!」


 足下の水たまりを踏んづけていると、突然背後から声を掛けられた。その声に、わたしは何故か嬉しい気持ちになる。


「紗久弥……?」

「あーあ、今日、傘忘れちゃってさあ。途中まで入れてってよ」

「あ うん……」


 わたしは嬉しい気持ちをうまく隠すことが出来ずに、そう答えるしかなかった。


「やった! じゃあ、遠慮無く!」


 そう言うと、紗久弥は、ぎゅっとわたしの身体にぶつかってきた。


「わっ……」


 わたしの体温が、紗久弥に伝わってしまわないかと、恥ずかしい気持ちになった。


――こんな、なんでもないやりとりが、全ての始まり。


 その雨の日から、わたしたちはふたりで帰るようになった。ふたりで帰る時間は、ふわふわしていて、楽しくて――。ひとつだけ思うことがあるとすれば――そう。


 どうして、紗久弥はわたしと一緒に帰るんだろう? 紗久弥がその気になれば、誰とだって仲良くなれる。


 でも、わたしはそれを聞くことはしなかった。なんて聞けばいいか、分からなかったから。


 そうして、わたしたちは友達になった。

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