2 回想 Ⅰ
地面をこする音と、怒号のような声がわたしの周りで鳴り響いている。ここは、戦場だ。
「せえいっ!」怒号とともに、わたしへと向かって放たれた一閃。わたしはその太刀筋に合わせて、手にした薙刀を下からぶつけていく。
「やあっ!」わたしの刃が、相手の刃を弾いた。その反動で、相手に僅かな隙間が生まれる。ここだ――!
「はあっ!」
その隙間へ、わたしは刃を薙いだ。懐へ打ち込んだ感覚があった。これで終わりだ。そう思った。
「ふっ!」
だけど、突如、相手は糸が切れた人形のように、身体をくねらせた。
わたしの刃は、それまで相手の頭があった空間を通り過ぎていき――
「はい!」という声の直後、あたまの中が大きく揺れた。上から下へと向かう衝撃に、身体全体が引っ張られる。
「きゃっ……!」
床に倒れた私の鼻先には、薙刀が突きつけられていた。
――また、負けちゃった……。
「はあ……はあ……朱音、大丈夫か?」
目の前に立つ女の子――南條紗久弥は、突きつけた刃を引いて、代わりに左手を差し出してくれた。
「うう……今のは、行けたと思ったのにな……」
そう言いながら手を伸ばすと、紗久弥はわたしの手を取った。力強く、温かいその手に、わたしはなぜか少し緊張する。
「確かに今のは危なかった! ははは!」
わたしは、一度も紗久弥に勝ったことが無い。それでも、紗久弥はいつもこうやって、笑ってくれる。
紗久弥が自分の荷物の方へ歩いて行くと、その周囲にはすぐに人だかりができた。
「紗久弥ちゃん、かっこいよかった〜!」
「紗久弥さん、今の動き、どうやったの!?」
紗久弥は、この道場で一番強くて、自信に溢れていて、とても輝いてる。それなのに、誰にでも対等に接してくれる。みんなにも、わたしにも。
ときには自分の意見をはっきりと言って、男の子よりもかっこいい服を着こなす――だから女の子からも告白を受けるくらいだ。この道場のみんながそうであるように、わたしにとっても、紗久弥は憧れの存在。
そして、そんな紗久弥の横顔を見て、勝手に悲しい気持ちになっているのが、わたしだ。
この道場――九重流薙刀術の師範代の一人娘。それがわたし。
わたしには、薙刀の才能はあまり無い。そのことは、この道場のみんなが知っている。師範代である、わたしの母も。
だけど、誰も何も言わない。わたしは師範代の娘だから。
わたし自身も、戦うことはあまり好きじゃ無いから、そのことは別にいい。
けれど、せめて紗久弥のように、自分に自信が持てたら、どんなにいいか。
誰かと話すときに、緊張することが無くなれば――言葉を選ぶだけで、時間が掛かってしまうことが無くなれば、どんなにいいか。
道場から帰る時間になると、わたしは毎日そんなことを思いながら、ひとり荷物をまとめ始める。そして、誰の視界にも入らないようにしながら道場を出る。
「雨……」
雨が降っている日は、なんだか安心する。空だって、毎日晴れていなくてもいいんだ――そんな気持ちになる。だから、わたしも――。
「あーかねー! 待ってー!」
足下の水たまりを踏んづけていると、突然背後から声を掛けられた。その声に、わたしは何故か嬉しい気持ちになる。
「紗久弥……?」
「あーあ、今日、傘忘れちゃってさあ。途中まで入れてってよ」
「あ うん……」
わたしは嬉しい気持ちをうまく隠すことが出来ずに、そう答えるしかなかった。
「やった! じゃあ、遠慮無く!」
そう言うと、紗久弥は、ぎゅっとわたしの身体にぶつかってきた。
「わっ……」
わたしの体温が、紗久弥に伝わってしまわないかと、恥ずかしい気持ちになった。
――こんな、なんでもないやりとりが、全ての始まり。
その雨の日から、わたしたちはふたりで帰るようになった。ふたりで帰る時間は、ふわふわしていて、楽しくて――。ひとつだけ思うことがあるとすれば――そう。
どうして、紗久弥はわたしと一緒に帰るんだろう? 紗久弥がその気になれば、誰とだって仲良くなれる。
でも、わたしはそれを聞くことはしなかった。なんて聞けばいいか、分からなかったから。
そうして、わたしたちは友達になった。




