1ー5 手紙巡り
「ええ〜!?」先程まで眠りかけていた朱音が飛び起きた。「マジかよ!? なんで!?」
「エマ、ちょっとそれ貸してくれ!」エマからMRDを受け取り、表示されているARディスプレイの内容を確かめる。
――認証に成功しました《画像一致度:92.4%》
そこには、確かに認証が成功したことを示すメッセージが表示されていた。
(画像一致度……?)
俺はMRDを操作し、認証設定の項目を開いた。そこで設定されている内容を見て、俺は納得した。
「朱音、これを見てみろよ」
「え? ああ……」
俺は表示されているARディスプレイのひとつを朱音の方へと向けた。
「これ、は……」
そこには、画像が投影されている。自室で寝ている所をこっそり撮影したものなのか、あまり画像の状態は良くないが、間違いない。
それは、子供の頃の朱音の寝ている姿を映した画像だった。
エマが先程色々弄ったおかげで、MRDの映像入力がオンになったのだろう。先程ソファで目を瞑っていた朱音の姿が、MRD内部の画像データと比較されたのだ。
それは、朱音の父親が、朱音のことを気にかけていたことの何よりの証明だった。
「はは……なんで、アタシの画像なんか……」
「馬鹿だな、父さん」そこまで言って、朱音は自分の中で沸き起こる感情を抑えきれなかったのだろう、目尻に溢れそうになる涙を拭いながら、俺やエマの視界に入らぬよう、後ろを向いた。
エマはそっと近づき、何も言わずに朱音の背中に手の平を置いた。俺も何も言わず、小さく震える朱音の背中を、ただ見守り続けた。
*
「……なるほどね~、そんなことが」
俺や朱音が今日のことを秋月さんに説明すると、秋月さんは神妙な面持ちで返事をした。
あの後、俺たちは朱音の父のMRDにどのようなデータが入っているのかを確認した。その殆どが、本人の健忘録として保存していたであろうテキストデータだった。
連続殺人事件に関する記事や、記憶の電子化、新たな科学的文献に関する記事をまとめたものが多く、いくつかの記事には本人によるものと思われるコメントがついているものもあった。
次に多かったのは音声データだ。これは本人による取材の記録と思われるもので、合計するとおよそ70時間にもなる。
「じゃあ、テキストと音声だけでいいから、それを一旦全部、こっちに送ってくれない?」
「もちろんいいぜ」朱音もいつもの調子に戻った様子で、秋月さんに頷いた。「というか、そのために秋月のおっさんを呼んだわけだし」
「そうは言っても」俺は素朴な疑問を投げかけた。「ひとりでこれを全部確認するのは、無理じゃないか?」
「そうだね」秋月さんはすんなりと俺の懸念を認めた。「てか、そっちの3人でやったとしても無理っしょ」
確かに、これらの情報を俺や朱音、エマで手分けして確認するとしても、かなりの時間を要するだろう。
「こういう場合、まずはデータマイニング的手法をいくつか試してみるのが定石じゃないかな~」
データマイニングとは、膨大な情報の中から、必要としている特定の情報を取り出す技術のことだ。
殆どの情報は何の整理や加工もされずにテミスネット上にばら撒かれている。その情報量はもはや、総当りして調べるには、人間の一生では到底足りないほどの時間が必要になる。そんな情報の海の中から、必要なデータを文字通り掘り出すのが、データマイニングというわけだ。
「ここ十年くらいのニュースや、配信チャンネルなんかの映像と音声。それと、そっちにある取材音声を使って、両方のデータに出てくる人物が居るかどうかを、まず試したいな~と思ってるんだよね。メディアに露出するくらいの人物なら、もしかすると何か知ってるかもしれないじゃん? そういう人なら、実際に本人を探すのもたやすいだろうし」
確かに、全ての取材音声をやみくもに聞いたところで、何か一貫性が見えてくるかは分からない。そもそも、3人で手分けして聞いたとしても、重要な情報がそれぞれに分散してしまっては意味がない。
「おっさんって、そういうのホント詳しいよな」と朱音。
「まあ、本業だからね」
「頼りになりますね」とエマ。
「まあ、優秀だからね」
どうやら、こういったことを生業にしている人物のようだ。所謂データサイエンティストというやつだろうか。それにしても、どんな因果で朱音やエマと知り合うことになったのだろう。
疑問は尽きないが、現状では秋月さんの提案が一番良さそうに思える。
「そのやり方でいきましょう。秋月さん、よろしくお願いします」
「おっすおす、結果がどうあれ、また明日報告入れるわ。楠原氏も頑張りたまえよ」
「あ、ええ、はい……」
何故か俺を名指しで激励して、秋月さんは接続を切った。
「……さてと、それじゃアタシたちは待つとするか」
「はい、今日はもう休みましょう」
MRDで時間を確認すると、丁度夜の十二時を過ぎたあたりだった。
「そうだな……ふう」
改めてソファに深く腰掛けると、全身に重い疲労感を感じる。ここ数日、色々な事が起きた反動だろう。朱音やエマは、それぞれが寝るために使っていると思しき寝袋を準備し始めていた。その慣れた手つきを見ながら、俺は昨夜からソファに丸められていた毛布を手繰り寄せる。
(このふたりは、何度、この夜をこの中で過ごしたのだろうか)
それぞれが寝床につき、静かに部屋の明かりが落とされた。まぶたを閉じると、間もなくほど良い眠気が身体を包んだ。




