↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
CODE: 01 下

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/110

終 手の中の真実と未来

「信号の逆流?」


 ケーキ屋――ゼルコバ。俺とレイナは、その中のテーブルのひとつに座っていた。テーブルの上には、アイスティーがふたつ並んでいる。


 ケーキを食べに来た訳では無く、再び合流するための集合場所として選んだ。だが、注文をしないのもかえって目立つかと思い、無難なものを注文したのだった。


「これは、あくまで憶測の域を出ないんだけど」レイナは右手で頭をとんとんと軽く叩きながら答えた。レイナはあの時とは違う服装で、帽子を目深に被っている。


「もともとは、クロダの脳が感じていることを他者に共有して、他者が能力を発動しようとしたタイミングでその信号をクロダの脳に返す仕組みだったはず。それが、何らかのきっかけで、他者の感じていることがクロダに流れ込んで、思考が混線した」


 レイナはそこで言葉を区切り、天井を見つめた。「自分で言っておいてなんだけど、全然科学的じゃないわね」そう言ってレイナは自嘲し、アイスティーに口をつけた。


「いや、俺も似たようなことを考えてたよ」


 あの時黒田は、俺やレイナ、葵《あおい》さんではない誰かに向かって叫んでいた。それは、あるいは、意識を取り戻すことが無いと思われていた誰かの意思が、黒田に流れ込んだ結果なのかもしれない。その可能性はゼロではない、かもしれない、というレベルの話だが。


「それで、病院の方はどうだった?」レイナは少しトーンを落として言った。


「……やっぱり、見つからなかった」


 あの後、俺は翔が入院したと思われる病院を探していた。瑞梨《みずなし》家に救急車が来られる範囲の病院には全て問い合わせてみたが、そのどこにも雨宮《あまみや》翔《かける》という人物は入院していなかった。翔の自宅周囲に警察が張り込み続けていることから察するに、そこにも戻っていないようだった。


「そう……」レイナは残念そうに呟いて、再びアイスティーに口をつける。


「そっちは?」


 レイナは俺に答える代わりに、文字や図が印刷された紙を何枚かテーブルの上に出した。ニュースサイトなどの文面を図書館でプリントアウトしたものだろう。


 一番上に置かれた紙に印刷された「襲われた警視庁。死者20名以上か」という大きな見出しの記事が目に入る。俺は紙の束を手に取り、他の記事にも目を通す。


 “符中《ふちゅう》市で突如発見された二名の身元不明死体――駅爆破事件との関係は?”


 “運営停止中の東京コネクトセンター再開の見通し――設備点検の徹底を目指す”


 俺は紙の束をめくった。


 “符中駅爆破事件の指名手配犯、現在も市内に潜伏か”


 最後の記事には、俺とレイナの顔写真が小さく掲載されていた。


「春菜《はるな》、朱音《あかね》、エマ――少なくとも、この三人の名前はまだ出てない」


「そうか……」俺は紙の束を再びテーブルの上に戻し、息を吐いた。


 あの時、散り散りになった皆。その誰とも連絡は取れていない。安否そのものがまだわからないということが、ある意味では救いだろうか。


「……結局、私たちは何も変えられなかった」


 レイナはそう言うと、伏し目がちにアイスティーに口をつける。


「そうかな」誰に言うともなく、そう呟いた。


 レイナは無言のまま、暫くストローの先からコポコポとした音を立てていた。


 俺は、あの夜に、そらのの部屋でレイナが教えてくれた言葉を思い出していた。


「――希望を持つのは絶望するよりもよい。可能なものの限界をはかることは、誰にもできないのだから」


 俺がその言葉を口にすると、レイナがはっとしたように顔を上げてこちらを見た。


「少なくとも、俺たちは真実を知った。これから、変えていくんだ。俺たちが」


 レイナは何度か目をぱちぱちとさせていたが、最後には「そうね」と優しく微笑んで、両手をテーブルの上に組んでこちらを見る。その顔を見ているだけで、こちらもつられて微笑んでしまう。


「実は、手がかりをひとつだけ見つけたの」


「え、本当か!?」


 レイナは小さな紙を取り出して、先ほどの紙の束の上へ置いた。そこにはレイナが書いたと思われる、丸い綺麗な字が記されていた。


「ある人物の連絡先。そこから、何かわかるかもしれない」


 AKIという名前らしき文字と、その横にMRDのユーザーIDらしき文字列。


「試す価値はある、か」


 俺は無意識にそのメモを手に取ろうと左手を伸ばした。


「ちょっと、あの人の左手……」後ろの方で、誰かが小さくそう言うのが聞こえた。俺は伸ばしかけた左手をゆっくりと引く。


「ヒロキ……」レイナが心配そうに声を掛けてくれた。


「大丈夫、良いんだ」俺はレイナに微笑んだ。「俺たちがこうして居られることが、奇跡みたいなものなんだから」


「……そうね」レイナはそっとまつげを伏せた。その表情は、この数日に味わったあらゆる感情を、飲み込もうとしているように見えた。


 そろそろ出る頃合いだろう。これ以上、人目に付く前に。誰かが、俺たちの存在に気づく前に。どちらともなく、俺とレイナは席を立った。


 俺が会計の前に立とうとすると、レイナが先に会計の前に入り込んだ。レイナが無言で目線を送った先に目をやると、先程の客がこちらをちらちらと見ているのに気がついた。つまり、これ以上目立つ前に、さっさと出ろということらしい。俺は頷き、レイナに会計を任せることにした。


 一足先にケーキ屋の出口の扉に手をかける。その扉は、驚くほど軽く開いた――もう、ここに来ることも無いだろう。


   * * *


「ああ、そういえば……」


 ケーキ屋を出てから、俺はひとつやり残していることがあるのに気付いた。ポケットに手を入れ、目的のものを取り出す。それは、俺のMRDだ。


(――この社会と、俺を繋ぐリング。充電はまだ、残っている)


 俺は久しぶりにそれを起動して、連絡先のリストから、ある連絡先を探し出す。目的の連絡先を見つけると、通信申請を送信した。映像通信ではなく、音声通信だ。


 勢いに任せて申請したものの、送信した途端、凄く緊張してきてしまった。数秒の待機時間の後、その人物は応答した。最初はどちらも無言の時間が続いたが、やがて相手の息を吐く音が聞こえた。


「裕樹、なのか……?」


 父はこちらのことに気付いたようだ。ならばもう、充分だろう。


 「裕樹……今どこに――」そこで俺は強制的に通信を切った。息子として、これくらいのことはしておくべきだろう。


 俺は大きく深呼吸してから、MRDの電源そのものをオフにして、近くの茂みの中へそれを投げ捨てた。これで、出発前にやり残したことは、全て終わった。


「はッ!」直後、俺に向けられた視線に気付いて身構えた。


 そこには、美琴《みこと》が立っていた。初めて会った時のように、人混みの中でただひとり、真っ直ぐこちらを見据えている。俺は美琴の方を真っ直ぐ見返しながら、近づいていった。


「俺の選択は、正しかったか?」俺の質問に、美琴は首を横に振り、「正しい選択というものは存在しません」と答えた。


「ただ、選択しなければ、何も変えることは出来ないというだけです」美琴は目を伏せた。「私のように、見ているだけでは」


 美琴には、数多の選択肢を選んだその先に広がる、いくつもの未来が見えているのだろう。他人の心がわかることで、他人と接することを恐れていたそらののように、未来がわかることで、選択することを恐れるのは仕方の無いことなのかもしれない。


 自分の選択が与える影響――その計り知れない大きさ、決して目に見えない重圧を目の前につきつけられた時、果たして俺は同じような選択が出来ただろうか。


「未来を変える力というものを、私は疑いかけていました。でも――」そう言って、美琴は微笑んだ。「あなたを、信じて良かった」


 美琴は両手を胸に当てて、静かに目を閉じた。


「そして、思ったのです。私も、見ているだけではいけないと」


「……そうか。なら、良かった」


 無知であることは、愚かなことかもしれない。だが同時に、それは力になり得る。


 他人の心がわからないから、自分の想いを伝えるために努力出来る。未来がわからないから、理想に向かうための選択をしようと本気になれる。


 また会おうね――そらのの言葉が頭の中で響いた。


 その言葉が、今、俺という存在をしっかりとこの世界に繋ぎ止めている。未知のものに向かって進んでいく力を与えてくれる。


「また、会おう」だから俺も、その言葉を口にした。


 美琴は意外だったのか、一瞬目をぱちくりさせたが、やがて、今まで見た中でいちばんの笑顔を見せた。


「ええ、またいつか――」


「ヒロキ?」声に振り返ると、会計を済ませたレイナがゼルコバの入口から出てくるところだった。視線を元に戻すと、そこにはもう巫女服の少女の姿はなかった。


「……どうかした?」レイナの言葉に、俺は「いや、何でもない」と首を横に振った。


 レイナの手を取ると、レイナは何も言わずにただ微笑んで、俺の手を握り返してくれた。その手から伝わる温度が、俺の鼓動を早めていく。


――また、いつか会える。美琴にも、他の皆にも。選択し、進むことをやめなければ、きっと。


 だから、進み続けるんだ。いつか終わりが来た時、悔いが残らぬように。これで良かったと、思える未来のために――。


「行こう、レイナ」


「ええ」


 俺たちは人混みの中を歩き出した。その先にある、未来を知るために。


 やがて俺たちの足取りは、自然と駆け足になっていった。

【次回予告】

 東総研大学院大学の記念館でのシグマ襲撃。そこから逃げのびた朱音とエマは、楠原裕樹と共にトラックのアジトへと戻り、次の一手を画策する。朱音たちの活動を援助する秋月なる人物からの助言、朱音の父親が所持していたMRDの発見、それらによって、真相の探求は少しずつ、確実に前へと進もうとしていた。だがそれは同時に、朱音とエマの謎に包まれた関係や、突飛な言動をし続ける朱音の内なる暗闇へと、否応なしに光が当てられることにもなるのであった。

-------------

【文庫本のご案内】

イラストレーターぴこぴこぐらむによる美麗な表紙イラスト・挿絵も楽しめる文庫版「Memory's Dogma」シリーズを、コミックマーケット・文学フリマ・コミティアなど各種同人イベントにて頒布しております。詳細はXアカウントをご覧ください。


▼作者Xアカウント

https://x.com/wata_liz

-------------

ここまでお読みいただきありがとうございました。

「Memory's Dogma」の物語はひとつの結末を迎えました。

もし、この先につながる物語に興味を持っていただけましたら、

次話からの「CODE:02」編も、ぜひお読みいただけると幸いです。


もし面白いと感じていただけたら、評価、ブックマークをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。