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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
CODE: 01 下

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19ー1 再逢

 大きな柱で挟まれた道を駆け抜けていく。どの装置も、内部は暗闇に包まれていたままで、来た時と同じように足元の照明だけが頼りだった。


 しばらく走り続けると、やがて入口まで辿り着いた。入る時と異なり、扉の前に立っても、扉は開かなかった。そういえば、ここへ入った直後も、この扉は開かなかったのだった。


「しまったな……」


 まさか開閉できないのではと俺は焦った。しかしレイナが扉の横にあるパネルを指差した。急いで駆け寄り、見てみると、パネルの中央に長方形型の枠があり、その横に “LOCKED”という文字が表示されたARディスプレイがあった。


「ちょっと待って」レイナは上着の内ポケットから何かを取り出し、それを俺の目の前に持ってきた。それは、一枚のカードだ。どうやら、コネクトセンターの研究員であることを示す、IDカードのようだ。


「私がこの研究の首謀者ということは、当然このシステムにもアクセス出来るようにしているはず……だと思う」


 そう言って、手にしたカードをパネルの上に押し当てる。すると、電子音と共にARディスプレイに“UNLOCKED”という文字が表示された。


「もう一回扉の前へ」


 俺とレイナは、先ほどの扉の前に再び立つ。すると今度は扉が開いた。


「捨てようかと思ってたけど、念の為に持ってて正解だった」


「今、初めて、黒田に感謝したよ」


 俺とレイナは顔を見合わせ、軽く微笑んだ。


「さあ、葵さんも――」


 葵さんの方を振り返ろうとしたその時、背中を前に押される感覚があった。


 その拍子に、俺とレイナはよろめきながら数歩前に踏み込んで、扉の向こうの廊下へと飛び出す形となった。


 背後を振り返ると、葵さんはまだ扉の向こうに居た。


 俺とレイナの背中を押して、その場から一歩も踏み出さずに。


「葵さん……?」


 俺の呼び掛けに、葵さんは少しだけ微笑んだ。


 ごめんなさい――そう、唇だけで言った直後、扉は閉まった。二回の銃声。


「葵さん!」俺は扉に駆け寄るが、扉は開かなかった。「どけて!」レイナは先ほど出る時に使ったIDカードを、扉の横に設置されている機械にかざす。しかし、何も起こらず、扉は閉ざされたままだった。


「さっきの銃声……開閉システムを壊したのね……」


「葵さん! 葵さん!」俺は右手で扉を強く叩いた。やがて、向こうからかすかな声が聞こえてきた。


「ごめんね、裕樹」それから少し間を開けて、葵さんは震えた声で言った。「やっぱり、私、お姉ちゃんだから……最期まで、そばに居なくちゃ」


「何言ってるんですか……葵さん。こんな……ずるいですよ……」


「裕樹……生きて……」


 扉の向こうから足音が聞こえた。その音はどんどん俺から遠ざかっていく。


「葵さん!」


 俺は何度も扉を叩いた。


「なんで……」何度も、何度も、何度も。扉を殴りつける右手に痛みが拡がっていく。「なんでだよ!!」


 再度扉を殴りつけようとした右手を、レイナに止められた。


「ヒロキ! 血が……!」


 扉には、朱印のような跡がいくつも出来ていた。


 俺はその後、しばらく無言でその場に座り込んでいた。


「秘匿措置シーケンスが実行されました。本研究施設は十五分後に爆破されます。各スタッフは避難してください」


――あと十五分。


「……俺たちは……俺たちはどうすればいい?」俺は誰に言うでもなく呟いた。


「ここを、出るのよ」レイナがはっきりとした声で答えた。「私たちは、ソラノやアオイの想いを、背負ってる」


 俺は隣に座り込んでいるレイナを見た。その瞳には、力強い光が宿っている。


「マップを元に辿っていけば、きっと地上に出られるはずよ。行きましょう」


 レイナは俺の手を取って、そう言った。この状況を、俺はどこかで体験したような気がした。


 ああ、そうだ――レイナと初めてコネクトセンターで出会った時だ。あの日もレイナに、こんな風に手を引かれたんだ。


 俺はレイナの手を強く握り返し、立ち上がった。俺にはまだ、やることがある。


 目の前に居る少女を――レイナをここで死なせる訳にはいかない。俺はレイナの手を引き、暗い廊下を駆け出した。


 * * *


 振動の衝撃か、壁のあちこちが崩れかけていた。さきほどまで途切れ途切れだった振動が、今はずっと続いている。しかも、その振動はどんどんと大きくなっている。時折、遠くの方から、何かが崩れるような音も聞こえてきていた。


「確か、さっきの部屋が廊下の一番突き当たりだったから、逆方向に行けば階段か何かが――」


「待って……あそこ、塞がってる……」


 俺たちが行こうとしていた方向には、瓦礫の山が積み上がっていた。先ほどの揺れで、崩れたのだろうか。


「くそっ……マップだとこの先に階段がありそうなのにな……」


「別ルートを探すしかないわね」


 しかし、どこを駆け回っても行く手は塞がれていた。俺たちは元の部屋の近くに戻ってきてしまった。


「さっきから、同じところを回っているような気がするな」


「まずいわね……もう一度、マップをよく見せて」


 レイナの表情にも、焦りの色が滲んでいる。


「秘匿措置シーケンスが実行されました。本研究施設は五分後に爆破されます。各スタッフは避難してください」


――あと五分。


 このままぐるぐると廊下を彷徨いながら、終わってしまうのか? そう思いかけた時――


――ヒロくん。


 聞こえるはずの無い声が、聞こえた。


「……え?」


 聞こえてきた声の方向を見ると、廊下の突き当りにあるものが見えた。一匹の白猫――首を傾げた白い猫が俺たちを見つめていた。俺の視線に気がつくと、白猫は角を左へと走り去っていった。


「どうしたの?」


「いや、今、声が聞こえて、向こうを見たら白い猫が……」


「え……?」レイナは廊下の突き当りを少し見てから、こちらを怪訝そうな表情で見返した。「ヒロキ……あなた……」


 レイナが俺の正気を疑っていることはすぐわかった。俺だって、自分が見ていなければ、到底信じられない。だが――。


「いや、本当なんだ」


 俺はレイナの手を引いて、先ほど猫が見えた場所へ走る。


「ちょ、ちょっと!」レイナは立ち止まろうと手を引き返す。


「レイナ、俺を信じてくれ!」


 俺の剣幕にレイナは怯んだ。


「……言い争う時間だって惜しいのよ」レイナの手に込められた力が抜ける。「もし、居なかったら、すぐに別の案を考える」


「ああ」と頷き、レイナを連れて先ほどの角を曲がる。


――居た。


 白猫はまた廊下の突き当りに佇んでいた。そして、俺たちに気付くとすぐに姿を消した。今度は、二手に分かれている角を右に曲がった。


「見たか?」俺の質問にレイナは即答しなかった。自身の正気を疑っていたのかもしれない。しかし、やがてレイナも「ええ」と頷いた。それを聞いて、俺は安堵した。あれは俺の見た幻想ではなかったのだ。だが、レイナは「でも」と言った。


「あれに、付いて行くというの? 付いて行けば、外に出られると……?」


「レイナ、聞いてくれ」俺はレイナの両肩を掴んだ。「今、ここで、一番違和感のある存在は、あの猫なんだ」


「違和感?」


「ここに居るはずの無い存在。普通に考えて、猫がここに居るはずが無い。逆に、だからこそ、何か意味があると思うんだ」


 それは俺たちに何かを伝えたい何者かによる信号なのかもしれない。翔か、美琴か、あるいはほかの誰か。


「……それに、実はさっき、聞こえたんだ」


「聞こえたって、何が……?」


「それは……」俺は一瞬答えるのをためらった。これを言えば、本当にどうかしていると思われるだろう。


「秘匿措置シーケンスが実行されました。本研究施設は三分後に爆破されます。各スタッフは避難してください」


 残り時間を知らせるアナウンスが響く。


――あと三分。


 もう、猶予はほとんど無い。俺は、口を開いた。


「……そらのの、声だ」

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