18ー5 提示された真相
俺は黒田を強く睨んだ。俺と葵さんのやり取りを馬鹿にしているのだと思ったからだ。
「ぐ、ぐぅぅ……」
だが、どうも様子が違う。
「黙れ!」黒田は両手で頭を抱え、悪態をつく。困惑と苛立ちが混ざったような表情。
俺は葵さんを連れたレイナに離れるように手で合図する。
「くそ!」
黒田は、目の前にある空間を右腕でなぎ払うような仕草をした。すると、空間が一瞬歪んだように見え、その直後、黒田の足元の地面が割れ始めた。その亀裂の波が真っ直ぐこちらへと向かってくる。
「……!」俺は左側へ跳躍してそれを避けた。
亀裂の波は背後にある黒い柱の一つにまで伸びていく。黒い柱のガラスにヒビが入り、ARディスプレイが消えると当時に、柱の中の照明が消え内部が暗黒に包まれた。
「こ、の……!」黒田は苦しみにあえぐように叫んだ。「許さんぞ……私に逆らうなど……!」
黒田の周囲の空気が、重くなるのを感じた。黒田が動き出す気配がするのと同時に、俺も足に力を入れた。
互いが互いの方に走り出す形になったが、一歩早く動いたのはこちらだった。俺は身体の奥底の内部から、指先の隅々へと血液を流しこむようなイメージを描く。それに合わせるかのように、ビリビリとした感覚が身体全体へと拡がっていく。
「うおおぉぉ!」
黒田の顎目掛けて、俺は右手を突き出した。
「ぐぅ……!」黒田は俺の前で腕を交差し、構えた。
俺の右手は黒田の身体に届く前に、目に見えない空気の層に阻まれ、弾かれる。
だが、先ほど吹き飛ばされた時のような、強力な力ではなかった。むしろ、空気の層にぶつかった瞬間、少しだけ拳が沈み込むような感覚があった。
「この!」
今度は左手の拳で、黒田の腹部目掛けて打ち込む。再び、空気の層に阻まれた。だが、弾かれる力は、先ほどより弱くなっている。もう一度だ。そう思って、俺が右足に力を入れた直後――
「ふん……!」腕を交差させていた黒田が、左手の平を伸ばした状態で、槍のようにしてこちらに突き出した。
黒田の方へ向けていた右足の力の方向を咄嗟に変えたが、空気が通り抜ける感覚が左頬を通った直後、左の脇腹に痛みが走った。
「つっ……!」その痛みに歯を食いしばりながら足を踏み込み、再び右の拳を黒田に打ち込む。
また空気の層に弾かれる感覚。その間に、黒田は左腕を自分の頭部の右側へ曲げる動作をしていた。その左腕が、真っ直ぐ横に――俺の左側のこめかみ付近へ向かってなぎ払われる。頭上を通り抜ける硬質な空気の衝撃。頭頂部の髪がそれに引っ張られて、何本か引きちぎられる痛みが走る。
俺は姿勢を低くして、黒田の左腕をかわした。直後、黒田がなぎ払った方向に強い風が吹いた。その突風に耐えながら、やや左に移動するために右足を踏み込む。俺の身体の軸を、黒田の身体の中央付近に合わせていく。黒田の身体は、思い切り左腕を回した力に引っ張られる。すると、黒田の身体の中央付近が無防備になった。俺はそこへと左の拳を突き出した。
「ち……!」黒田は舌打ちし、回転の力に乗せて右手を斜め下に振った。その右手が俺の左拳を下側に弾いた。
左手に受けた衝撃に引っ張られるようにして、俺は身体ごと地面に倒れそうになった。
「ぐぅ!」その力に抗いきれず、前転をする要領で転がる。
そのまま俺は黒田に背中を見せる格好になった。俺は一瞬考えたが、振り返るために要する時間を消費するより、即座に距離を取る方を選んだ。首だけを回して黒田の方を見やると、こちらに向けて手を槍のように突き出す攻撃を繰り出すところだった。
黒田と自分を結ぶ直線の延長線上から横に転がることで、その攻撃を回避する。俺が先ほどまで居た地点の床が、穿たれるのが見えた。
「はぁ、はぁ……」俺は立ち上がり、黒田に向かう。
「くそ、何だというのだ、これは……貴様、何をした……!」
先程から、黒田は意味不明なことを口走っている。
「あんた、何を言ってるんだ……」
黒田は俺の質問には答えず、両手を構える。
「こんなもの、貴様を殺してしまえば……!」
黒田はまた腕でなぎ払う動作をしようとした――が、突然それを中断し、両手で耳を押さえつけた。
「何を言ってるんだ!」黒田は俺ではない何者かに向けて叫んでいた。「うるさい! やめろ!」
その動作は、明確に黒田に隙を生み出していた。勝機は今、この瞬間しかない。俺は、黒田目掛けて飛び込んだ。
「黒田ぁ!」
俺は全ての感覚を右腕に集中させた。黒田の防御を突破するための、その一点に。
「ぐううぅっ!」
黒田が呻きながら、耳を押さえていた右手の方を俺の方へ振り払った。俺はそれを避けようとはしなかった。少しでも勢いを止めたくなかった。強い空気の流れが生じる。目には何も見えていない。だが、右足の太ももあたりから左の胸部に掛けて、空気が当たる感覚と同時に、それが刃になったかのように肉を裂いた。
「ぐぁあああ!」だが、俺は立ち止まらない。全ての体重を前に進む力に乗せて、腕を構え――そして、打ち放った。
「このぉぉ!」黒田が両手を前に突き出す。
空気の層が俺の拳を阻む感覚。だが――
「うおおおぉぉぉっ!」俺は両足を更に踏み込んだ。ゆっくりと、空気の層に右の拳が沈み込んでいく――押し切れる!
予感の直後、薄い膜のようなものを破いていく感覚がして、俺の攻撃を阻んでいた存在は消え去った。俺の拳は、確かに黒田の顔面に命中した。激しい衝撃が右手を通して身体全体に響き――そして、黒田の身体は吹き飛んだ。
「がぁっ……!」黒田は背後の壁に激しく頭をぶつけ、ずるずるとその場に倒れ込んだ。
暫く黒田の様子を見ていたが、動き出す気配は無かった。
「はぁ、はぁ……」
俺は自分の右手をじっと見つめた。一矢報いたのだ、この手で。
俺はそらのの前まで歩いた。そらのはこの柱の中で、まつ毛の一本も動かさずに眠っている。俺はそらのの願いに、報いることが出来ただろうか?
「ヒロキ、恐らくこの装置のシステムは、クロダのMRDと連動している」レイナが俺の横に来て言った。「だから、クロダが気を失っているうちに……」
「……ああ」そらのがくれたチャンスを無駄にはしない。俺はレイナに力強く頷いた。
黒田のかすかなうめき声が聞こえて、振り返る。急いで黒田の方へと近づくと、既に黒田は気を失っているように見えた。だが肩がわずかに上下していることから、死んではいないだろう。
黒田もどうにか拘束しておく必要がある。これだけの事実を知った今、それを世間に公表しなければならない。そのためにも、黒田の口から語らせる必要があるだろう。
俺は黒田の前に屈みこみ、左手首に装着されているMRDに手を伸ばした。直後、黒田の右手が俺に突き出された。
「しまっ……!」声を出した直後、俺の身体は宙に浮き、そして、地面に叩きつけられた。
痛みに耐えながら、首を持ち上げると、レイナが俺の元に駆け寄ろうとしているのが見えた。その背後には、黒田が――
「レイ、ナ……」
黒田が、胸元から銃を取り出すのが見え――その銃口が、レイナの背中に向けられる。
「レイナ!! 伏せろ!!」
叫ぶのと同時に1発の銃声が聞こえ、レイナが俺の胸元へ倒れこんだ。
「ヒロ、キ……」
すぐ近くに、レイナの顔があった。
「レイナ……!」
俺は急いでレイナを抱え起こす。そして、急いで背中を確認した。だが、どこにも出血は見られなかった。
「ぐ、は……」黒田の苦しげな声に振り返ると、黒田の胸あたりに赤色が大きく広がっていた。
俺たちのすぐ横に、銃口を黒田に向けた葵さんが立っていた。銃を撃ったのは、葵さんだった。
「な、ぜだ……」黒田は再び背後の壁に背を持たれかかり、壁に血の跡を描きながら崩れ落ちた。
俺はレイナと共に立ち上がって、黒田の方を向いた。
「……本当に、これで終わりだ。黒田」
黒田は口から血を吐きながら、口元を歪ませた。
「ぐ、ぐ……クク、私を、殺し、て、終わりだと、思うかね……?」
「なんだと……?」
「もう、私ひとりの、問題では、無いぞ……」
黒田は震える右手の指で、ある方向を指差した。その指の先を視線で辿ると、部屋の角の天井が見えた。そこには1台の監視カメラが――
「クロダ!」レイナが叫んだ。
黒田の方を見ると、自らのMRDを右手で操作しようとし始めていた。
しまった、今のは時間稼ぎか――!?




