18ー4 提示された真相
「装置を、止めよう」俺はレイナの方を見て、レイナにも俺の覚悟が伝わるよう、ハッキリと言った。
「ヒロキ……本当に、それでいいの……?」迷いを拭いきれない様子でレイナは言った。
そらののことはもちろん大切だ。しかし、そらのやここに眠る人々の人生を狂わせ、葵さんを追い詰め、翔に重症を負わせ――数えきれないほどの悪を積み重ねてきた黒田を止められるのは、俺たちしか居ない。そらのが自らの命を掛けて守った、俺の命を使う時は、今なんだ。
「ああ……生きて、ここを出よう」
世界の均衡を保ち、最善の未来を選びとって欲しいと望んだそらののために。そして、俺に命を預けてくれているレイナのためにも。
レイナは一瞬、足元を見て逡巡し、静かに、だが決意のこもった声で「わかった」と答えた。
「ここまで来られたのは、ヒロキが居てくれたから」そう言って、穏やかに微笑んだ。「だから、ヒロキの一番大切だと思うものを、私も信じる」
「レイナ……ありがとう」
レイナは俺の選択を、受け入れてくれた。
「君たちが出した答えはそれか」黒田は無感情に、吐き捨てるように言った。
「そうだ。あんたの計画は、ここで終わりだ」
「この期に及んでおめでたい発想だな」黒田は再び笑みを浮かべた。
俺の言うことは、黒田には全く響いていないようだ。俺たちに装置を止めることなど、出来る訳がないと高をくくっている。
「ここにいる全員を、ひとりひとり、殺していくつもりかね?」
しかし、俺がこれからやろうとしていることは、言ってしまえばそういうことだ。だが、もう決めた。俺はゆっくりと立ち上がる。そして黒田に対峙しようとして――背後で金属音が響いた。
「アオイ……!」レイナの切迫した声。ゆっくり振り返ると、葵さんが俺に銃口を向けていた。
「裕樹……そらのを見捨てるの?」か細い声で葵さんが言う。
「違う……そうじゃないんです、葵さん……!」
「そうだ……良いぞ、葵くん」黒田はゆっくりと葵さんの方へ歩き始めた。
「黒田……!」俺は無意識に葵さんと黒田の間に入ろうと身体を動かしていた。
「おっと、動かないで頂けるかな? 楠原くん」俺の動きを黒田は見逃さなかった。俺は動きそうになっていた足を止める。
「君のその能力は確かに称賛に値するが、不死になった訳ではないということを覚えておいた方が良い。君を本当の意味で殺すことは、不可能ではないだろう」
黒田はレイナの方へ手を差し出す。「それに例え、君が死ななかったとしても、折笠くんに死んでもらうだけだ」その言葉に、レイナの身体が強張るのが見えた。黒田は葵さんの横へ立つと、葵さんの肩を軽く叩く。
「大切な妹を助けられなかった君も、犠牲を払わなければな」葵さんの耳元で、黒田はささやいた。葵さんは目を見開き、恐怖に顔を歪ませた。
「心配しなくて良い。これが終われば、君にはそらのくんの肉体も、記憶データも手に入る」
黒田の言っていることは、明らかな責任転嫁だ。そらのが居なくなった時、もし自分がその場所に居たら、止めることが出来たかもしれない。そんな結果論による自己嫌悪を刺激して、言うことを聞かせているだけだ。そして、その自己嫌悪を振り払い、過去を無かったことにするための行動が必要だと考えさせ、目の前に報酬をちらつかせる。黒田はこうやって、多くの人間を騙し、操ってきたのだろう。
「葵さん! そらのが攫われたのは、あなたのせいじゃない!」葵さんの中に、葵さんを形成していた何かがまだあることを信じて、俺は叫んだ。
「過去を無かったことになんて、出来ないはずです! 俺にも、葵さんにも! こんなことをしても、一生満たされることなんて無いんですよ! 葵さん!」
葵さんは何も答えず、ただ、震える手で銃口を俺に向けているだけだった。
「楠原くん。結局、君には人を殺す勇気などないのだ」黒田が呆れた様子で言った。「君の駄目なところはそこさ。例え能力を発現していても、使う意思が無ければ無価値だ」
黒田は右手を強く握りしめ、目を閉じ、笑みを浮かべた。
「だが安心したまえ、その力は、私が有効に使ってやろう」
黒田は自身がその力を手にする瞬間を夢想し、楽しんでいるのだ。
「……さて、もういいだろう」黒田はまた無感情な顔に戻った。「君たちには退場してもらおう」
黒田がふたたび葵さんに目を向ける。その目はひどく冷酷なものに感じられた。
「撃ちたまえ、葵くん」
俺とレイナの周囲を緊張した空気が支配する。レイナをかばうように、俺は前に進み出た。
「うぅ……」
葵さんは全身を震わせ、今にも引き金を引きそうな状態だった。その意思の強さは、一見、もう変えようが無さそうに見える。しかし、やるしかない。
「ふう……」
俺はゆっくりと息を吐いて、両手を上げた。
「わかりました、葵さん」
出来るだけ穏やかな声で、俺は葵さんに呼びかけた。
「な、何が……」
銃を握る葵さんの手に力が入る。
「葵さんの決意が、ですよ」
俺は怯まずに、少なくとも怯んだようには思われないように、慎重に言葉を並べていく。葵さんの覚悟は理解できた。だからこそ、葵さんに向き合うことが出来る。俺は一歩前にぐっと踏み込む。
「だから俺も、覚悟を決めました」
「ひ……!」葵さんの小さな悲鳴が聞こえる。
葵さんの人差し指が、引き金に強く当てられ、俺は自身の心臓がよりいっそう強く脈打つのを感じた。
「ようやく、引き金に指を掛けましたね、葵さん」
「え……?」
葵さんは狼狽えた様子で自身の指先に目を向けた。
「本当は、撃つ気が無いんじゃないですか?」
「そんなこと……!」
一瞬、葵さんの銃を持つ両手のバランスが崩れる。葵さんは慌てて銃を持ち直し、俺に照準を合わせ直した。
「良いんですよ、葵さん」俺は静かに言った。「葵さんは、俺のことを、撃ってもいいんです」
「……どうして」葵さんの目には、いまやハッキリとした狼狽の色が滲んでいた。俺は葵さんの目の奥に向かって語りかける。
「だって、葵さんの気持ち、俺もよくわかるから」
俺の言葉に葵さんはハッとした表情を見せた。葵さんの中にはまだ、葵さんが残っている。
「そらのと話せるのなら、記憶だけでも手に入れられるならって、今でも少し思います」
俺はもう一歩前へと踏み込んだ。「だから――」銃声は、まだ聞こえない。もう一歩。
「や、やめ……」俺を制止しようと葵さんが震えた声で言った。だが、その声は最後まで言葉を形にすることが出来なかったようだ。
「だから、もし撃つなら――俺が死んだ後、そらのがこれ以上、酷い目に遭わないようにしてください」
さらに一歩進もうと足を伸ばす。「そして、どうか、そらのを頼みます」
「やめて!」耳を劈くような銃声と、右肩のあたりに痛みが走った。レイナの悲鳴が聞こえる。
ついに撃たれた。
だが、俺はまだ、死んでいない。
もう一歩、葵さんへと近づく。
「やめて……」
葵さんの声には徐々に力が無くなっていく。更にもう一歩。
「もう……」
そして、俺は葵さんが構える銃口を、自分の胸にあてた。
「葵さん」俺は銃口を強く握りしめて、俺の胸の方へと強く引いた。「ここですよ、ここです」
俺の胸の鼓動が、銃を通じて葵さんに届くように。俺の想いが、葵さんに届くように。
「選んでください、葵さん」
そして、俺は待った。葵さんの答えを。どちらになったとしても、後悔は無い。ただ、葵さんが苦しむのを、これ以上見たくなかった。
「う、うぅ……っく……」
やがて、葵さんの嗚咽が聞こえてきた。葵さんは、引き金を引かなかった。
葵さんの抱えてきた悲しみや辛さを受け止められるのは、この世界にはもはや、俺しかいなかった。
彼女は孤独の中で、迷い、狼狽え、深い沼に足を取られていたのだ。
「もう、大丈夫ですよ」
そう言って、葵さんの手からゆっくりと、銃を取った。
「ううぅぅ! うあああぁっ!」
直後、葵さんは堰を切ったように泣き叫んだ。葵さんのその背中を、俺はゆっくりとさすった。
もしも何かのタイミングが違っていたならば、俺が誰かに銃を向ける立場になっていたのかもしれない。そう考えると、たまらなく悲しくなった。
――葵さんだって、誰かに、許して欲しかったのだ。
そのために、危険な道を選んで。痛みや苦しみの多い場所へ、自ら入っていって。でも、その先にあるのは、より苦しい未来だけだ。
レイナに視線を送ると、彼女は静かに俺たちの居る所まで近寄り、葵さんの身体を引き取った。
「な、何だ、これは……」
黒田は突然声を荒げた。




