18ー2 提示された真相
「は……?」
混乱。圧倒的な混乱が、頭の中を埋め尽くした。
――瑞梨そらのは、死んでいない?
「何を、言っているんだ……?」
そんなはずは無い。それだけはあり得ない。
「嘘を、つくなよ……そんなこと、あるわけが……」
「自分の目で確かめたまえ、楠原くん」
黒田が自身のMRDを操作するのと同時に、その奥にある黒い柱のひとつから蒸気が噴き出るような、圧縮された空気が抜けるような音がし始めた。
黒い柱上部の空間に投影されているARディスプレイの色が緑色から黄色に変わり、 “ALIVE”の表示が、 “REVEAL”に切り替わる。三桁の数字が描かれた黒い柱の前面部が、徐々に透明になっていく。
黒い柱だと思っていたものの内部が見えてくる。半透明の水色で満たされているのが見え、それは始め水槽のように思えた。だが、その中に何があるのかに気付き始めた時、心臓が強く握り潰されているような、強い痛みが胸に走った――まさか、そんなはずはない。
俺は駆け出していた。その柱の前へと。
そして、それが完全に俺の目の前に現れた時、俺の思考は空白で塗り潰された。
その柱の中には、そらのが居た。
「これは……そんな……」
俺は両手を伸ばし、柱の表面にあるガラスに触れる。ガラスの向こうに居るそらのは両目を閉じ、何らかの液体で満たされた空間の中に漂っている。その姿は、まるでショーウィンドウの中に飾られた人形のようだ。
「そらの、なんで……そらの!」俺は何度もガラスを叩いた。しかし、そらのの目が開かれることは無い。
これは“棺”なのか? それとも、生命維持のための器なのか?
いくらそらのを見つめても、その判断はつかずにいた。
「さっき、そらのは死んでいないと言ったな……」俺は黒田の方を振り返った。「この中に居るそらのは、目を覚ますのか?」
「脳機能の一部だけ活動している、というのが正しい表現だ。目覚めることも、意識を取り戻すことも永遠に無い。それを“生きている”と表現するかどうかは、立場によって変わってくるのだろうね」
俺は両手の拳を握り締めた。脳機能の一部だけ活動しているが、意識を取り戻すことは無い。それはつまり、限りなく死に近い状態で、生かされ続けているということ。
そらのは、黒田にどんな話をされたのだろうか。抵抗したのだろうか。どんなに怖い思いをしたのだろうか――。
そして彼女は今もなお、黒田によって利用されているのだ。
「そらの……」俺は握り締めた掌に爪が食い込んでいくのを感じた。
ふと、葵さんがふらふらとした足取りで、そらのの方へ近づいてきたのに気付いた。
「葵さんは、知っていたんですか? そらのがここで“生かされて”いたということを……」
葵さんは俺の声に反応することもなく、ただ両手をガラスに当てて、そらのを見つめていた。
「待ってくれ。だって、そらのの葬式もしているはずで……その時に顔を確かめないはずは……それに、俺は確かにコネクトセンターでそらのと……記憶データだって……」
黒田の方に振り向いてそう言うと、黒田はフッと鼻で笑う仕草をした。
「この施設では死者の記憶が保存されているという先入観。そこがポイントだ」黒田は人差し指を左右にゆっくりと振った。
「我々が欲しいと思った発現者を捕獲し、他人の死体を使って事故死したと見せかけ、生きている状態で記憶を電子化し、この施設で話せるようにする。するとどうだ。コネクトセンターを訪れ、記憶と会話した者は、相手はもう記憶だけの存在になってしまった、本当に死んでしまったのだ、と思いこむ。精神的に不安定になっている状態なら、なおさらだ」
黒田は本当に愉快で仕方がないという風にひとしきり笑っていた。
「でも、生きている人間の記憶を電子化するのは法律で禁止されて……」
「クク、その通りだ」黒田は俺に向かって右手の指を突き出した。「生きている人間の記憶を電子化することは法律で禁止されているのだから、国の機関がそれを行うはずがない。だから本当に死んでしまったのだ、と考えるのが普通だ」
「な……」
「死者の記憶の中に生者の記憶を紛れ込ませることで、我々はいとも容易く欲しい発現者を手に入れることが出来るようになった」
黒田は再びMRDを操作した。周囲に蒸気のような音が鳴り響く。見渡すと、あらゆる場所にある黒い柱が、内部を露わにしていくのが見えた。そして、その中には、そらのと同じようにされた人たち――発現者たちの姿があった。
「私の持つ能力は、“見分ける力”だ」黒田低い声で言った。その顔は無表情で、どんな感情なのかは読み取れなかった。「その者が発現者かそうでないかを見分け、どのような能力を扱えるかを見分けることが出来る」
そこで黒田は一度大きく息を吐いてから、ねっとりした声で、噛み締めるように言った。「ここまでお膳立てをするのに、随分と苦労したよ」
全ての疑問が、頭の中で繋がっていく。コネクトセンターを訪れた時に提示された禁止事項――“面会中、死者に亡くなった原因について尋ねてはいけない”。そして、あの時の、そらのの異常な反応。
あれは記憶の再現の不具合なんかじゃなかった。そもそも死んでいないから答えられなかったのだ。
「そして楠原くん――君にはあらゆる面で驚かされた。あの談話室において、死因についてあそこまで追及してきたのは、君が初めてだよ」
黒田の声からは、そのことについては純粋に感心しているように感じられた。
「あの時の記憶データとの対話エラーは、我々にとっても予想外だった。正直、驚いたよ。おかげで、君のような存在がまた現れた時のために、記憶再現のアルゴリズムを修正することが出来た」
黒田の言葉が耳を通り抜けていく。ただただ、打ちのめされていた。今知ったばかりの、本当の現実に。
「この施設は――」長らく黙り込んでいたレイナがそっと口を開いた。「記憶保全法の可決がきっかけで生まれたはず……それなら、存命者の記憶の電子化が禁止されるきっかけになった、拉致暴行被害者の記憶がネットにばらまかれたあの事件――ナイトメア・メモリー事件が起こったあの時点から、あなたたちは関与していたというの……」
「折笠くん、君はやはり優秀だな」穏やかな声で黒田は言った。しかし一転、黒田は突き放すように「だが、それを君が知る必要はない」と答えた。
それから黒田は「ただ――」と付け加えた。「君たちがe-Memoryを発明するより遥か以前から、我々は計画を進めてきたということは教えておこう。e-Memoryは我々の計画のブレイクスルーとなった。おかげで、我々は大きな躍進を遂げることが出来た。本当に感謝しているよ」
黒田は右手を額に当て、何かに対して残念そうな表情を見せた。
「……東耶くんがもう少し物わかりの良い人間であれば、愛弟子を遺して病死することも無かったのだがね。そのことだけが心残りだ」
「どういう、ことなの……それは」低い声でレイナは言った。「まさか……あなたたち、マコト先生を……」
黒田は肩をすくめて言った。「さあて、どうかな。昔のことは忘れてしまってね」
「こ、の……」レイナは両手を握りしめ、頭を下げた。何かが起こる予感があった。
「レイナ! よせ!」俺が静止するより前に、レイナは飛び出していた。
「うわあぁぁ!」レイナは叫びながら、黒田へと突進していく。左手には例のペンが握られていた。ペンの切っ先には、いつの日か見た細い刃物が見える。だが、それで対抗するにはあまりにも――
「クク……!」黒田は俺にしたのと同じように、レイナに向かって左手を突き出す。直後、レイナの身体は、まるで風になびく紙のように吹き飛ばされてしまった。
「キャッ……!」レイナの身体はもろに地面に叩きつけられた。「レイナ!」俺はレイナに駆け寄り、身体を起こす。
「大丈夫」レイナは俺の腕をぎゅっと掴んだ。「酷すぎる……こんなの……」
俺はレイナの手を握り、黒田の方を睨んだ。
「お前のしていることこそが、故人や遺族を愚弄する浅ましい行為じゃないのか!」
「崇高な計画のためには仕方のない嘘だ」そう言い放つ黒田からは、自責の念や良心の痛みなどといったものを微塵も感じられなかった。
俺は身体の奥底から、熱い感覚が滲みだしていくのを感じていた。俺たちを、そらのを、幾多の人間を、どれだけ踏み台にしてきたのか――この黒田という人間だけは、決して許してはならない。
「このおぉぉ……!」
俺は黒田に向かって拳を向ける。身体の奥底から右腕に向かって、痺れる感覚を解放して感覚を呼び覚ます。
「愚かな……ここにそらのくんが居る意味を、よく考えたほうがいい」
黒田は俺の腕の動きを遮るように手のひらを突き出す。俺の拳は、黒田の顔のすぐ近くに出された手のひらの手前で止まる。俺は右腕に更に力を込めたが、それよりも強い力で、後ろへと弾き出された。右腕から身体の全体に強烈な痛みが走り、俺は地面に叩きつけられた。
「ヒロキ……!」レイナの声が背後に響く。
「クロダ、あなたはさっき、“借り物”と言った……」レイナが震える声で言った。「つまり、使えるのね、他人の能力を……」




